戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる 作:嵐山田
「私は十五歳の頃に、念願叶ってとある貴族家の騎士になることができました。レティシア領のちょうど反対側にあたる東側の貴族家です」
十五歳で騎士になると言うのは、そう易々と口に出来るほど簡単なことではない。
特に、平民出身であるとすれば尚更だ。
それに東側と言えば、立地上、他国との争いは少ないが、貴族同士の小競り合いが多い。
確かに必要とされる騎士の数は多いが、国内の貴族家同士の争いが多い以上、メンツを重んじる貴族はその騎士に、より高い実力を求める。
「先輩騎士の方々にも良くしてもらって、特に同じ女性騎士のエウレカさんという方にはとてもお世話になりました」
「ユミアがお世話になったということはすごく出来た方なのでしょうね! ぜひ、いつかお会いしてみたいわ」
イシス嬢は普段自分の世話をしてくれているユミアが世話をされたと言うエウレカさんに興味を示した様子だった。
だが――
「はい。とても……とても良い方でした」
元は騎士であったユミアが今は遠く離れた地でメイドをしているということからなんとなく察することも出来るだろう。
しかし、争いとは縁遠いイシス嬢が察せないのも仕方がないことだ。
「……あっ、ユミア、すみません。配慮のない発言でしたわ……」
一歩遅れて、気がついたらしいイシス嬢が少し身を縮めて謝罪を口にした。
「いえ、お嬢様にお会いしたいと言っていただけて、彼女も浮かばれるでしょう。ですのでどうかお気になさらず」
そんなイシス嬢に儚げな笑みを返すユミア。
そして、一度視線を足の上に置かれた自分の手に向ける。
ギュッと強く握りしめられたその拳にはおそらく後悔など様々な感情が握られているだろう。
しかし、フッと顔を上げこちらを見ると、複雑な顔をしながらユミアは続きを話し始めた。
「そして……お嬢様もお察しのことかとも思いますが、争いが起こりました。急激に勢力を伸ばし始めた子爵家がおりまして、詳しいことは末端の騎士だった私は存じ上げないのですが……両家の領の中間に位置していた鉱山の所有権で揉めていたと聞いています」
鉱山の揉め事。
これまたよく聞く話だ。
この国、セベクト王国の東部は未開発の箇所が多く残っており、当時の国王はその地の開発と引き換えに東部に多くの貴族を封じた。
結果、領地の境も曖昧なままに各々が開発を進めていき、鉱山やその他資源の所有権をめぐって揉め事が頻発している、ということらしい。
学のない俺でも、この話しは東側に行く度にその先々で聞かされていたため知っていた。
「騎士の数は相手の方がかなり多く、戦争の開始からものの二、三日で私の仕えていた家は劣勢に追い込まれました」
ユミアは当時を思い返してしまったのかキュッと口を結んだ。
二、三日か……小競り合いならば一日と経たずに終わることもあるが、しっかりとした戦争となれば少なくとも一週間ほどは本格的な戦いが続く。
砲弾の打ち合いから始まり、弾が切れれば銃やその他の遠距離武器で攻撃可能距離まで戦線を上げる。
そこで矢面に立つのが以前までの俺のような傭兵だ。
隊列を組む騎士たちとは違い、俺たちは戦場で好きなように暴れ回る。
愛用の『
遠慮なんかしている暇はない。少しでも気を抜けば、すぐそこには今か今かと首狩り鎌を構えた死神が俺たちの命を狙っている。
と、思考が逸れてしまったが、そんな戦争で二、三日と言う短い間に劣勢に立たされるということは口で言う以上の大きな差があったに違いない。
「同僚は次々に倒れ、雇っていた傭兵たちは早々に逃げてしまいました」
そこで二人から視線を向けられる。
俺はそこにいた傭兵ではないんだが……まあ、逃げた傭兵の名誉のために言っておくか。
「雇ったと言っても、報酬は後払いだろう? 逃げる前まで戦場に居たんなら、頭金分の仕事はしたってことだ。傭兵だって命は一つしかない。忠誠を誓って、貴族家に仕えている騎士とは違って、戦場でしか金を稼げない傭兵には逃げる選択肢が用意されててもいいと思うけどな」
ユミアは不服そうな顔をしているが、イシス嬢は何処か納得したような表情だ。
まあ、もちろん逃げたとなればその噂は広がり、次の仕事に繋がらなくなるし、今、その瞬間に死なないだけで、次の戦場はより厳しい場所になる可能性は高い。
傭兵とはそう言う仕事なのだ。
「……ンンッ。続けます」
俺の言葉とイシス嬢の表情を見て、自身の劣勢を悟ったユミアはわざとらしい咳ばらいをした後に再び語りだす。
「……そして、遂に私の元へ敵方の騎士部隊が迫って来てしまいました。新米で大きな争いは初めてだった私は腰が引けてしまい、恐怖に剣を握る手が震えていました。ですが、そこにエウレカさんが来て下さったのです」
まるで英雄を語るかのようにユミアの顔が晴れる。
「そして、彼女は私の前に立ち……まともに戦えない私を逃がしてくれました」
だが、そんな顔もすぐに深い雲に覆われてしまう。
しかしそれも無理のないことだろう。
傭兵の逃走と騎士の逃亡は意味がまるで異なる。
傭兵には存在する逃走という選択肢だが、騎士にはそれは存在しない。
相手に背を向けた瞬間にそれは背徳行為であり、立派な裏切りになってしまうからだ。
「私は忠誠を誓った家を、共に暮らした仲間を、助けてくれた先輩を見殺しにして、一人遠く離れた西部まで逃げ続けました。ずっと、ずっと、休むことなく。敵の影なんてすぐに見えなくなったのに、私は後悔という何より恐ろしいものから逃げ続けていました」
そう語るユミアの表情は暗く、苦し気だ。
固く握られた拳は震え、見えないが、恐らく爪がかなり食い込んでいるだろう。
あの日と変わらないほどに、その後悔がユミアの中に強く根付いている様が見て取れる。
俺は思わず目を背けたい衝動に駆られた。
しかし――イシス嬢は違った。
「ユミア!」
イシス嬢の可憐な手が、力の入ったユミアの手を優しく包み込む。
「大丈夫です。自分を責めないでください。確かに騎士の逃亡は罪かもしれないわ。でも、罪は償える。あなたはその後悔を背負って、エウレカさんの分もしっかり生きる。それがあなたにできる償いだと、私は思いますわ」
そして曇り切ったユミアの目をまっすぐに見て、イシス嬢はきっぱりと言い切った。
曇り、淀んでいた馬車内の空気が透き通っていくような感覚を覚える。
ユミアは顔を上げた。
その目には光の粒が溜まっており、今にも零れ落ちそうだった。
そんな光の粒をイシス嬢は自らのハンカチで拭い取り、もう一言続ける。
「苦しいことを思い出させてしまいごめんなさい。でも、ユミアなら出来ると、そう思いますわ」
「……はい。はい、お嬢様。ありがとう、ございます」
二人はお互いに手を握り合いながら、思いを通じ合わせる。
そしてしばらくして……。
「……そもそも、私がお話を聞いてしまったことが原因ですね。ユミア、これ以上は無理をしなくても……」
「いえ、お嬢様。よろしければ、どうか最後まで聞いていただけ……いや、聞いていただきたいです」
遠慮しようとするイシス嬢にユミアは自分の意志で聞いて欲しいと言った。
「良いのですか?」
「はい。なんと言っても、まだ、そこの裏切り者の話が出来ていませんからね」
ユミアの顔に笑顔が戻る。
「そうでしたわ! ユミアとセルセトの出会いのお話ですものね」
イシス嬢もいつもの明るい表情で答える。
……やはりイシス嬢は凄い。
これまでも思うことはあったが、今のやり取りを見て確信した。
彼女には天性の素質があると。
カリスマと言う名のそれが、イシス嬢にはかなり備わっていることを、俺は二人のやり取りを見ながら如実に味わっていた。