この素晴らしい世界に滅却師の王を!   作:sk20100626

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第13話 黒白の相剋

奪還の四日目。 太陽が地平線から顔を出すよりも早く、世界の「影」が沸騰した。 『氷の宮殿(ジルバーン)』の巨大な門が開き、白銀の外套を纏った数万の聖兵(ゾルダート)が、一斉に地上へと溢れ出した。

 

「我が子らよ、行け。この世界の隅々にまで、我が影を浸透させよ」

 

玉座に座る佐藤継嗣の言葉と共に、星十字騎士団(シュテルンリッター)の精鋭たちが各地へ散る。バズビーは北の砦を焼き、リルトットは西の穀倉地帯を喰らい、アスキナは東の要塞に死を撒く。 世界は一晩で、白銀の秩序に塗り替えられるはずだった。

 

だが。

 

「……陛下、報告に不自然な点がございます」

 

ハッシュヴァルトが、戦況を映し出す水鏡を前に眉を寄せた。 「各地に進軍した騎士団が、敵の本隊と接触できません。王国軍も、カズマ一行も、正面衝突を避け、路地裏や森林、迷宮といった地形を利用して、徹底的な遅滞戦闘を繰り広げております」

 

継嗣は目を細めた。 「のらりくらりと、時間を稼いでいるというわけか。……聖文字(シュリフト)を持つ騎士を避け、力の劣る聖兵のみを各個撃破している。カズマめ、九年で少しは知恵をつけたか」

 

カズマの作戦は徹底していた。 聖文字を持つ幹部が現れれば即座に撤退し、影に潜む。そして、幹部がいない手薄な小隊を見つけては、バニルの悪魔の力やウィズの魔法、そして王国の物量で確実に数を減らしていく。 帝国という巨大な巨人の「足の指」を、一本ずつ、じわじわと切り落としていくような、陰湿で執拗な戦法。

 

「無意味な足掻きを。……全能が戻るまで、あと五日。それまでに、すべての抵抗を無に帰してやろう」

 

継嗣は自ら立ち上がり、戦場へと「影」を伸ばした。

 

王都近郊の平原。 継嗣が戦況を直接掌握しようと空間を裂いて現れた、その瞬間だった。 周囲の「白」が、一瞬にしてドロリとした「黒」に塗り潰された。

 

空中に浮かぶ、巨大な筆。 そして、その筆を肩に担ぎ、不敵に笑う大男。

 

継嗣の心臓が、九年前の眠りから覚めた時よりも激しく脈打った。 かつて読み耽った物語。その記憶の底にある、最も出会いたくない、最も厄介な「理(ことわり)」の体現者。

 

「……どうして貴様がこの世界にいる。兵主部一兵衛(ひょうすべ いちべえ)」

 

継嗣の声は、驚愕と、そして隠しきれない警戒に震えていた。 目の前の男は、ユーハバッハという存在にとって、天敵とも言える「名前」を司る神だ。

 

「……ほっほ。わしの名を知っとるか。感心感心。……いやぁ、管理者さんに頼まれてな。ちょっと生意気な若造の『名前』を、わしの墨で書き換えてやろう思うてな」

 

和尚――兵主部一兵衛(の力を宿した転生者)は、筆を一振りした。 その一振りで、周囲の空間から光が消え、絶対的な闇が支配する。

 

「佐藤継嗣……いや、『陛下』と呼んだ方がええかな? お前さんの白銀の物語、ここで一度、わしが真っ黒に中略してやろう」

 

「……戯言を」

 

継嗣が剣を抜く。 『全知全能』は未だ眠っている。だが、今の彼には九年間の眠りで得た、世界の理と融合した霊圧がある。 白と黒。二つの圧倒的な概念が、激突した。

 

「死ぬなよ、和尚さん! 継嗣を止めてる間に、俺たちはあいつの部下を削りまくるからな!」

 

遠くでカズマの声が響く。 和尚と継嗣が、天を衝くような霊圧をぶつけ合い、空を割っている裏側で、カズマたちの「削り」は最高潮に達していた。

 

バズビーが炎を放てば、ウィズが氷壁を作り、その隙にアクアが聖兵たちの影の結びつきを浄化して消していく。 ジェラルドが巨大化しようとすれば、バニルが精神攻撃を仕掛けて動きを鈍らせ、その間に聖兵の補給線を断つ。

 

「クソッ! なぜ当たらねえ! 陛下、こいつら、戦う気がねえぞ!」 バズビーが苛立ちを爆発させる。 星十字騎士団の面々は、その圧倒的な個人技を披露する場を与えられず、ただ「のらりくらり」と時間を浪費させられ、その間に自慢の軍勢が少しずつ、砂のように崩れていくのを感じていた。

 

「……陛下、いけません」 ハッシュヴァルトが、継嗣の戦いの隙間を縫って忠告する。 「騎士団が疲弊し始めています。カズマたちの作戦は、我らの『無敵さ』を逆手に取った、魂の消耗戦です」

 

和尚の筆が、継嗣の外套の端を掠めた。 掠めた部分は、一瞬にして名前を奪われ、ただの「黒い布切れ」と化して消滅する。

 

「ほっほ。危ない危ない。もうちょっとで、お前さんの『王』という名前も塗り潰せるところやった」

 

継嗣は一歩退き、戦場全体を俯瞰した。 目の前には、名も無き「黒」を操る最強の天敵。 そして背後には、かつての「クズ」とは思えないほど、狡猾に、完璧に自分の軍勢を削り取っていくカズマ。

 

「……認めよう、カズマよ」

 

継嗣は、和尚の筆の間合いから逃れるように、大きく影を広げた。

 

「貴様たちの練った智略。……それが、今の、力を持たぬ私の軍勢を僅かに上回った」

 

「あ? 継嗣、お前……」 遠くで監視していたカズマが、驚いて声を上げる。

 

「だが、勝利ではない。これは『保留』だ」

 

継嗣は、全軍に撤退の号令を下した。 「ハッシュヴァルト、全軍引け! 影の深淵へ戻るぞ!」

 

「陛下!?」 バズビーたちが困惑するが、王の命令は絶対だ。 白銀の軍勢は、霧が晴れるように、地面の影へと吸い込まれて消えていった。

 

「和尚……兵主部一兵衛よ。貴様の存在は、私の予知(これから)にはなかったイレギュラーだ。……だが、次はない。五日後、私の眼が開く時、貴様の『黒』ごと、世界を白銀に定着させてやる」

 

「……逃げるんは早いのぉ。まぁええわ。次会う時は、お前さんの名前、一文字も残らんようにしたるわ」

 

継嗣の姿が消え、戦場には不気味な静寂と、和尚の笑い声だけが残った。

 

 

「……勝ったの?」 アクアが、座り込みながら呟く。

 

「いや……追い払っただけだ。しかも、あいつは自分の負けを認めて、冷静に引いたんだぞ」 カズマの顔は暗い。

 

作戦は成功した。星十字騎士団の数を減らし、継嗣を撤退させた。 だが、継嗣は「全知全能」なしで、あの和尚と対等に渡り合い、冷静に戦況を判断して全軍を救った。

 

「五日後……。あいつの眼が開くまでに、和尚さんと協力して、あの宮殿を根こそぎ塗り潰すしかねえ」

 

カズマは、巨大な筆を肩に担いで空を眺める和尚の背中を見た。 白銀の王と、黒の怪物。 その二つの巨大な理の間に挟まれたこの世界で、カズマたちは生き残るための、より過酷な五日間へと足を踏み入れた。

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