この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
世界が息を止めた。 九日目の太陽が地平線に触れた瞬間、王都エルロードのすべてが「白」に呑み込まれた。影が光を反射し、結晶化した圧倒的な霊子の質量。『氷の宮殿(ジルバーン)』が空を覆い尽くし、佐藤継嗣は玉座を立った。
彼の瞳は、かつての分裂した瞳孔を失い、今はただ澄んだ「青」を湛えている。九年間の眠りと九日間の調整。しかし、彼が最も欲した『未来を視る力』――全知全能は、未だ目覚めていない。
「……ハッシュヴァルト。我が道を阻む、哀れな石ころを退けよ」 「御意、陛下。すべて我が盾にて清算いたします」
ハッシュヴァルトが王都の中央広場へと降り立つ。そこには、王国の最後の一線が待ち構えていた、
広場には、黄金の王女アイリス、悪魔バニル、リッチのウィズ、そしてダクネスとアクアが集結していた。
「……王女に悪魔、死者、そして堕ちた神か」 ハッシュヴァルトが静かに剣を抜く。
カズマ陣営は、継嗣の正体を「未来予知のチート能力者」と定義していた。 「アイリス、気をつけろ! あいつのボスは未来が見えるんだ! だから、この側近も何らかの方法で『これから起きること』を知っているはずだ!」 カズマの怒鳴り声が響く。彼らは、自分たちの行動がすべて読まれているという恐怖と戦っていた。
「『世界調和(ザ・バランス)』」 ハッシュヴァルトの天秤が傾く。ウィズの氷もバニルの死線も、当たる直前に「不運」へと変換され、術者へと跳ね返る。カズマたちはそれを「予知による回避」だと誤認し、さらなる絶望に陥っていく。
「アクア様! 予知できないほどの広範囲攻撃を!」 アイリスの叫びにアクアが応えるが、ハッシュヴァルトの盾は、その「奇跡」すらも淡々と処理していった。
王都の路地裏では、カズマ率いる冒険者たちが、星十字騎士団の下位騎士たちを相手に死闘を演じていた。 「いいか、あいつらは未来を予知してくる! 考えるな、本能で動け! 罠を仕掛けろ、予測不能な動きで翻弄するんだ!」
カズマは「未来視」を前提とした対抗策――すなわち、徹底した嫌がらせと数による飽和攻撃を仕掛けた。 バズビーの炎が襲えば、ウィズの魔法具を投げ込み、爆炎の中で姿を消す。リルトットが迫れば、アクアの「神聖な納豆」をばら撒いて足止めする。 継嗣が予知を使えないとは夢にも思わぬカズマの「勘違い」が、結果として騎士たちの動きを鈍らせる奇妙な粘りを見せていた。
王都の最上階。 漆黒の闇を纏う兵主部一兵衛の前に、継嗣が降り立つ。 継嗣の背後には、巨大な霊子の翼が広がっている。全知全能という「神の権能」を欠いた今の彼が頼れるのは、滅却師としての基礎能力の極致。
「……通してもらおうか、兵主部一兵衛」 その声は重く、低く響く。
和尚は巨大な筆を構え、細い目を開いた。 「……ほっほ。よう言うたな、小僧。全能の眼も開いとらんのに、わしの前に立つか」
「眼など、今は要らぬ。我が指先には、この九日間で研ぎ澄まされた霊子がある」 継嗣は右手を掲げる。そこに収束された霊子の剣は、空間を焼き切るほどの高密度を保っていた。
「軽々しくわしの名前を呼ぶな、小僧。……未来が見えぬまま、真っ黒な闇に突っ込む度胸だけは褒めてやるわ」
和尚が筆を振る。 漆黒の飛沫が継嗣へ迫る。継嗣は『飛廉脚(ひれんきゃく)』を極限まで加速させ、墨を紙一重で回避。同時に霊子兵装を矢として無数に放つ。
「『神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)』」
「ほっほ! 基礎基本がしっかりしとるのぉ!」 和尚の筆が矢を叩き落とし、二人の影が激突する。
未来を視る力はない。ゆえに、この戦いは純粋な「力」と「技」の衝突だった。 継嗣の放つ白銀の霊子と、和尚の放つ漆黒の墨。 一歩間違えれば名前を奪われ、一歩踏み込めば魂を射抜く。 神々の座を懸けた、剥き出しの殺し合いが、崩壊する王都の上空で加速していく。