この素晴らしい世界に滅却師の王を!   作:sk20100626

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第18話 一刻の眠り

和尚――兵主部一兵衛という巨大な概念を喰らった佐藤継嗣の器は、その絶大な力と引き換えに、かつてない危うい均衡状態に陥っていた。

 

「……ハッシュヴァルト。私は……眠りにつく。この異質な『黒』が、私の『白』と完全に融け合うまで……」

 

継嗣の声は、宮殿の石造りの床を震わせるほど重く、そして微かに掠れていた。彼の瞳の中で、無数の瞳孔が激しく火花を散らし、和尚の記憶と能力が継嗣の魂の深淵を侵食しようと暴れ回っている。

 

「畏まりました、陛下。……このハッシュヴァルト、陛下の目覚めの時まで、この帝国と世界を万全の状態で保持し続けることを誓いましょう」

 

継嗣は力なく頷くと、そのまま玉座で深い眠りへと沈んでいった。 その瞬間、氷の宮殿全体を覆っていた圧倒的な霊圧が、凪のように静まり返る。それは平和の訪れではなく、最強の個が「内なる戦い」に全ての力を注ぎ始めたことによる、不気味な真空状態であった。

 

数時間後。宮殿の大会議室には、星十字騎士団(シュテルンリッター)の精鋭たちが集結していた。 中央に立つのは、陛下の代行者、ユーグラム・ハッシュヴァルト。 その周囲には、バズビー、リルトット、アスキナ、ジェラルドらが、それぞれの思惑を抱えた表情で並んでいる。

 

「……陛下が眠りにつかれた。定着には数日、下手をすれば九日間の終わりまでかかるかもしれん」

 

ハッシュヴァルトの言葉に、真っ先に口を開いたのはバズビーだった。

 

「おい、冗談じゃねえぞ。あの和尚とかいう坊主を片付けたんだ。今すぐ王都を更地にして、カズマの野郎を吊るし上げりゃいいじゃねえか。陛下が寝てる間、俺たちが遊んでる必要はねえだろ?」

 

「バズ、あんたは相変わらず馬鹿ね。陛下が力を制御できていない今、私たちが勝手に動いて戦場を荒らせば、陛下の『定着』に悪影響が出る可能性があるわ」 リルトットが、菓子を口に運びながら冷淡に突っ込む。

 

「……不謹慎な。陛下が御苦労されているというのに」 ジェラルドが憤慨して立ち上がる。「我らがなすべきは、陛下の眠りを妨げる不浄な者どもを、一匹残らず排除すること。……誰がどこを攻めるか、今のうちに明確にしておくべきだ」

 

2. 次期後継者と「A」の重圧

 

会議室の空気が一変したのは、アスキナが放った何気ない一言だった。

 

「……ところでさ、ハッシュヴァルト。万が一……なんて言いたくないけどさ、陛下があの『黒』に飲み込まれて戻ってこれなかった場合、どうするんだい? 陛下は『次』のこと、何か言ってたか?」

 

一瞬、部屋から音が消えた。 「アスキナ、貴様……!」 ジェラルドが剣の柄に手をかける。

 

「いや、大事なことだろ? 陛下は『A』の文字を完全に覚醒させた。もし陛下がいなくなれば、この帝国という影は一瞬で霧散する。……誰かがあの力を引き継ぐ覚悟があるのか、って話さ」

 

ハッシュヴァルトは静かに、アスキナを見据えた。 「陛下が戻られないという可能性は、私の天秤には存在しない。だが……陛下はかつて仰った。『もし私が力尽きれば、私の魂を分かち合った貴様たちが、新たな秩序を紡げ』と」

 

「……つまり、後継者はハッシュヴァルト、あんたってことか?」 バズビーが挑発的に笑う。

 

「私は陛下の一部であり、影だ。私に王の座を狙う欲などない。……だが、王都を、そしてこの世界を確実に平定するための『管財人』としての役割は果たす。……バズビー。貴様は北の山脈に逃げ込んだ王国軍の残党を叩け。リルトットとアスキナは西の穀倉地帯を制圧し、物流を完全に支配しろ。ジェラルドは王都の監視を継続だ」

 

ハッシュヴァルトの的確な指示。それは、陛下がいなくとも帝国が機能し続けることを示す、残酷なほどの冷静さだった。

 

「……それから、アスキナ。貴様には特別な任務を与える」

 

「へぇ、面倒なことは勘弁してほしいんだけどね」

 

「カズマたちの元へ向かえ。……戦う必要はない。ただ、彼らに『絶望』を植え付けろ。和尚という希望を失い、陛下がさらに強大な力を取り込んで目覚めようとしている事実を、彼らの耳に吹き込むのだ。……彼らが焦って、陛下の眠る宮殿に無謀な特攻を仕掛けてくるように仕向けろ」

 

ハッシュヴァルトの瞳に、冷徹な光が宿る。 「陛下が目覚める場所。そこを、カズマたちの墓場にする」

 

騎士たちがそれぞれの攻略目標へと散っていく中、ハッシュヴァルトは一人、玉座の間に戻った。 そこには、彫像のように動かない継嗣の姿がある。

 

継嗣の肉体は、時折、黒い霧のように揺らぎ、また白銀の輝きを取り戻す。 その内側で、佐藤継嗣という一人の青年の記憶と、ユーハバッハという全能の王の意志、そして和尚という世界の理が、激しく混ざり合い、新しい「神の形」を鋳造していた。

 

「……陛下。貴様が望んだ世界は、もうすぐそこです」

 

ハッシュヴァルトは玉座の足元に膝をつき、祈るように目を閉じた。 数日間の眠り。 それが終わるとき、世界は「佐藤継嗣」が知る姿を完全に失い、全く新しい、そして不可逆の「秩序」へと生まれ変わる。

 

暗い影の底で、継嗣の瞳が、閉じたままで不気味に蠢いた。 『全知全能』が、次に彼が目覚めるべき「勝利の朝」を、その混濁した視界の中で捉えようとしていた。

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