この素晴らしい世界に滅却師の王を!   作:sk20100626

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第19話 絶望と希望

王都の喧騒から遠く離れたアクセルの街。かつては駆け出し冒険者たちの活気に溢れていたこの街も、今や「見えざる帝国」の影に怯え、静まり返っていた。

 

ギルドの酒場の片隅で、カズマは震える手で地図を広げていた。和尚が敗れ、継嗣が眠りについたという報せは、彼らにとって勝利ではなく、ただの「執行猶予」に過ぎなかった。

 

「……おい、カズマ。そんなに青い顔してどうしたよ」

 

声をかけたのは、チンピラ冒険者のダストだった。彼はいつものように不敵な笑みを浮かべていたが、その手は愛剣の柄を固く握りしめている。

 

「……和尚さんが負けたんだぞ。次はあいつ、もっと化け物になって起きてくる。俺たちに何ができるってんだよ」

 

「へっ、あんな髭坊主のことは知らねえが、俺たちは生きてるだろ? なら、やることは一つだ」

 

ダストが言葉を続けようとしたその時、酒場の扉がゆっくりと開いた。

 

入ってきたのは、白い外套を羽織り、気だるげに首を回す一人の男。星十字騎士団の幹部、アスキナ・ナックルヴァールであった。

 

「やあやあ、失礼。ここが例の『伝説の始まり』の街かい? 思ったより、のどかで、退屈で……絶望に染めがいがありそうな場所だね」

 

「お前……! 星十字騎士団か!」

 

カズマが即座に椅子を蹴って立ち上がる。酒場にいた数少ない冒険者たちも武器を構えるが、アスキナは一切の殺気を見せず、カウンターの空いている席に腰を下ろした。

 

「そう身構えないでくれよ。俺は戦いに来たんじゃない。ただの『メッセンジャー』さ。……ああ、でも喉が渇いたな。この街で一番強い酒を一杯、くれないか?」

 

「ふざけるな! 継嗣はどこだ! 王都をあんなにして、今度はここを焼くつもりか!」

 

カズマの怒鳴り声に、アスキナは薄笑いを浮かべた。

 

「陛下は今、お休み中だよ。……君たちが連れてきたあの『和尚』とかいう不味い魂を、美味しく調理して、自分の血肉にしているところさ。数日もすれば、陛下は真の神として目覚める。そうなれば、この世界は一瞬で塗り替えられる。君たちの名前も、記憶も、明日も……すべてね」

 

アスキナは酒を受け取ると、一気に飲み干した。

 

「だからさ、親切な俺が教えに来たんだ。今のうちに絶望しておけって。あがくだけ無駄なんだから、最後くらいは美味しい酒でも飲んで、眠るように死ぬのを待ちなよ」

 

「……誰がそんなこと聞くかよ! ダスト、やるぞ!」

 

「おうよ! カズマ、援護しろ!」

 

ダストが先陣を切り、愛剣をアスキナの首筋へ向けて振り下ろした。

 

「おっと、危ない」

 

アスキナは椅子に座ったまま、首をわずかに傾けて剣先を避けた。

 

「『致死量(ザ・デスディリング)』」

 

アスキナが小さく呟くと、ダストの動きがピタリと止まった。

 

「……が、はっ……!? 呼吸が……苦し……っ」

 

ダストがその場に崩れ落ち、喉をかきむしる。外傷はない。だが、彼の顔は瞬く間に土気色に変わり、目から血が滲み出した。

 

「な……ダスト! 何をした!」

 

「何って、この空気だよ。……君たちが当たり前に吸っている酸素の『致死量』を、ほんの少し下げさせてもらった。今の彼にとって、酸素は猛毒だ」

 

アスキナは立ち上がり、ゆっくりとカズマに近づく。

 

「カズマ君、だったっけ。君の能力は『幸運』らしいね。……でも、運が良いってのは、体内の物質バランスが絶妙に保たれているから成立するんだよ。もし、君の血液が君自身を拒絶し始めたら、その幸運はどこへ行くんだろうね?」

 

カズマは冷や汗を流しながら、スキルを総動員して対抗した。

 

「『狙撃』! 『フリーズ』!」

 

放たれた矢と魔法。しかし、アスキナはそのすべてを、まるでダンスでも踊るかのように軽やかに回避し、あるいは素手で受け止めた。

 

「無駄だよ。俺は一度受けた攻撃の組成を解析し、それに対する『免疫』を瞬時に獲得する。君たちの攻撃は、二度目からは俺にとって心地よい風に過ぎない」

 

ダズトは地面に伏したまま、苦しそうに喉を鳴らしている。カズマも自身の呼吸が浅くなっているのを感じていた。このままでは、二人ともアスキナの「毒」によって、為す術もなく死に至るだろう。

 

絶望がカズマの心を支配し始めた、その時だった。

 

「フハハハハハ! 汝の負の感情、実に美味! ……だが、我輩の商売道具に手を出そうとは、この地獄の公爵バニル、黙って見過ごすわけにはいかんぞ!」

 

酒場の壁が、轟音と共に吹き飛んだ。 粉塵の中から現れたのは、仮面をつけた大柄な悪魔――バニルだった。彼の両手からは、見る者を恐怖させるほどの漆黒の死線が放たれている。

 

「バニル!」 カズマが、希望の光を見たかのように叫んだ。

 

「おや、地獄の悪魔かい。こんな片田舎で何をしてるんだ? 君の『死の概念』も、俺の『致死量』とどう違うのか、見せてもらえると嬉しいね」

 

アスキナは、初めて興味を示したように目を輝かせた。

 

「お客様、サービスを期待しているぞ」

 

最強の地獄の公爵vs星十字騎士団最強の暗殺者

遂に始まる

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