この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
異世界転生から数日。 俺、佐藤継嗣(サトウ・ケイジ)は、早くもこの世界の「理不尽」に直面していた。 いや、正確に言えば、俺自身がこの世界の住人にとっての「理不尽」になりつつあった。
アクセルの街にある安宿のベッドで目を開けると、視界に無数の銀色の糸のようなものが揺れている。 『
「……今日は、キャベツが降る日か」
独りごちて、俺は身支度を整える。 予知によれば、今日の収穫クエストは、この街の冒険者たちにとってのボーナスステージであり、同時に阿鼻叫喚の地獄絵図となるはずだ。
冒険者ギルドは、朝から異様な熱気に包まれていた。
「おい聞いたか! キャベツの群れが接近中だそうだ!」 「よっしゃあ! 今月は赤字続きだったんだ、気合入れるぞ!」
荒くれ者たちが武器を手に次々と街の外へ飛び出していく。その中には、あの「残念なパーティ」の姿もあった。
「カズマ、カズマ! 見て、私のこの輝くばかりの勇姿! 今日は女神としての私の真骨頂を見せてあげるわ。キャベツなんて私の前に跪いて、勝手に千切りになってボウルに収まるべきなのよ!」 「はいはい、わかったから。アクア、お前は後ろで大人しくしてろ。……お、おい、あそこにいるのは……」
カズマが俺に気づき、片手を挙げた。
「よお、継嗣。あんたも行くんだろ? キャベツ。あんたのあの妙な予言スキルがあれば、一攫千金間違いなしだぜ」 「まあ、付き合ってやる。……だが、アクア。貴様の予言(妄想)は外れる。三十分後、貴様はキャベツに顔面を強打されて泣き叫んでいる未来が見えるぞ」
「はぁぁ!? 何よその縁起でもない予言! 私を誰だと思ってるの、女神よ!? そんな失礼な未来、私の神聖なオーラで書き換えて……」
「……行くぞ」
俺は彼女の騒ぎを無視して歩き出した。 未来を書き換えるのは、神の特権ではない。俺の特権だ。
街の外の平原には、すでに多くの冒険者が集まっていた。 地平線の彼方から、緑色の「点」が猛烈な勢いで迫ってくる。
「来たぞ! 構えろ!」
シュン、シュンと空気を切り裂く音が聞こえ始める。 それは紛れもなくキャベツだった。しかし、この世界のキャベツは自我を持ち、繁殖のために凄まじい速度で飛行する「魔物」に近い存在だ。
「よし、めぐみん! お前の爆裂魔法で一網打尽に……」 「無茶を言わないでください! こんなバラバラに飛んでいる獲物に放ったら、獲物もろとも消滅して、私たちの報酬が塵になってしまいます!」 「あ、そうだった! くそ、地道に捕るしかねえか!」
カズマが剣を構え、ダクネスが(なぜか嬉々として)盾を構えて突撃する。 アクアはといえば、ドレスの裾を捲り上げて網を振り回しているが、空飛ぶキャベツの速度に全く追いついていない。
俺は、喧騒から少し離れた位置に立ち、静かに瞳を凝らした。
(視える……)
無数のキャベツの飛行曲線。 風の抵抗。 冒険者たちの動き。 それらが複雑に絡み合い、数秒後に「どのキャベツが、どこに着弾するか」が確定した事実として脳内にマッピングされる。
通常なら、ここから剣を振るうなり、魔法を放つなりして迎撃する。 だが、今の俺が求めているのは、そんな泥臭い労働ではない。
「……『
俺の瞳の中の瞳孔が分裂し、蠢く。 今はまだ、未来の全てを自在に書き換えることはできない。 だが、「自分に都合の良い未来」を選択し、現在に引き寄せることくらいは可能だ。
俺は一歩も動かず、ただ右手を虚空に伸ばした。
(未来A:キャベツが俺を通り過ぎて地面に激突する。 未来B:キャベツが俺の頭に当たる。 未来C:飛来するキャベツが、突風に煽られて軌道を変え、俺の手の中に吸い込まれる)
俺は迷わず「未来C」を選択し、現在に上書きした。
ガシッ。
次の瞬間、時速百キロは超えていたであろうキャベツが、まるで最初からそこにあったかのように俺の右手に収まっていた。 衝撃はない。なぜなら「衝撃が発生しない軌道」を選び取ったからだ。
「……次だ」
俺は左手を出す。 また一玉。 さらに、足元に置いたカゴを「視る」。
(未来:カゴの中に十数玉のキャベツが、一切の傷なく整然と積み重なる)
その瞬間、空中で不自然なほど急旋回したキャベツの群れが、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、次々と俺のカゴの中へ飛び込んできた。
「な、なんだありゃあ!?」 「あの新人、一歩も動かずにキャベツを回収してやがるぞ!」
周囲の冒険者たちが驚愕の声を上げる。 カズマに至っては、持っていた網を落として固まっていた。
「……おいおい、マジかよ。あいつ、物理法則無視してねえか?」 「カズマ、あれよ! あれが継嗣が言っていたスキルよ! 私にもやり方を教えなさいよ、このケチ! 女神を差し置いて楽をするなんて許さないわ!」
アクアが地団駄を踏みながらこちらへ走ってくる。 だが、彼女の「未来」は、俺が予言した通りに動いていた。
「アクア、来るな。足元の石に躓くぞ」 「そんな子供騙しに引っかかるわけ……あぎゃっ!?」
派手に転んだアクアの顔面に、逃げ遅れた一玉のキャベツがクリティカルヒットする。
「うわぁぁぁん! 痛い! キャベツに殴られたぁ! 服が緑色の汁で汚れたぁぁ!」
「……言ったはずだ」
俺は溜息をつき、カゴ一杯になったキャベツを眺めた。 これで今日の稼ぎとしては十分だが、どうにも効率が悪い。 アクアが制限をかけているせいで、一度に干渉できる未来の範囲が狭すぎるのだ。
(もっと深く……もっと遠くの未来を……)
集中力を高める。 脳が熱くなり、血管が浮き出る。 視界が加速し、数分後の未来が「視える」範囲を超えて、一つの「概念」として結実し始める。
このキャベツたちの本質は何か? 彼らは「食べられたくない」のではない。「より効率的に繁殖したい」のだ。 ならば。
「……お前たちの望む未来を、俺が規定してやる」
俺は地面に転がっていたアクアの杖を拾い、それを地面に突き立てた。 そして、これから起こるであろう「全てのキャベツの移動」という事象に介入する。
(未来:この平原にいる全てのキャベツが、戦う意思を喪失し、自ら外皮を脱ぎ捨てて『食材』として最高の状態で俺の前に集結する)
「……書き換え」
ゴォォォォォ!!
平原全体の空気が震えた。 空を飛んでいた何千、何万というキャベツたちが、一斉に動きを止める。 そして、まるで集団催眠にかかったかのように、一箇所に向かって螺旋を描きながら落下し始めた。
落下地点は、俺の目の前。 しかも、ただ落ちるのではない。 落下中の摩擦と風圧を精密にコントロールし、外側の硬い葉が剥け、中の瑞々しい部分だけが露出する。 さらに、たまたま近くで焚き火をしていた冒険者の塩が風で舞い上がり、キャベツたちに均一に振りかけられた。
「な……何が起きてるんですか……?」 めぐみんが杖を抱えたまま呆然と空を見上げる。
空から降ってくるのは、もはや凶器ではない。 ほどよく塩が回り、絶妙な「浅漬け」の香りを漂わせた、食欲をそそる緑の塊。 それが俺の周囲に、巨大なピラミッド状に積み上がっていく。
「……ふぅ。これで収穫の手間が省けたな」
俺は額の汗を拭った。 周囲は静まり返っていた。 カズマも、ダクネスも、鼻水を垂らして泣いていたアクアも、そして他の全ての冒険者たちも。
「……おい、継嗣。お前、これ……」 カズマが震える指で、浅漬けの山を指差す。
「ああ。これなら市場に持っていく前に加工賃も上乗せできるだろう。……アクア、何をぼさっとしている。これを運ぶ未来を選びたくなければ、手伝え」
「……う、うわぁぁぁぁ! 継嗣様! 継嗣様! アンタ最高よ! これだけの量があれば、今日の晩御飯は高級シュワシュワが飲み放題じゃない! さすが私の選んだ勇者候補ね!」
「手のひら返しが早すぎるだろ、この駄女神……!」
カズマのツッコミが響く中、俺は確信していた。 この世界の「運命」という奴は、案外脆い。 俺が少し指先で触れるだけで、いとも簡単に形を変えてしまう。
(魔王、か……)
その存在が、どれほどの未来を確定させているのかは知らない。 だが、俺の『全知全能』が完成したとき。 この世界そのものが、俺の描くシナリオ通りに動く舞台へと変わるだろう。
「……まずは、この浅漬けを換金するのが先か」
俺は、浅漬けの山を背に、沈み始めた夕日に向かって歩き出した。 背後では、キャベツの山を巡って冒険者たちが狂喜乱舞の乱闘を始めていたが、それも全て「視えていた」ことだ。
俺の異世界生活二日目は、キャベツの香りと、少しの勝利の味と共に更けていった。