この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
アクセルの街、かつては「冒険者の宿」として賑わっていた広間は、今や王国軍とアクセルの精鋭たちが集う、最後で作戦会議室となっていた。
窓の外は、佐藤継嗣の霊圧によって変質した白銀の空が広がり、刻一刻と「九日目」の終わりが近づいていることを告げている。室内には重苦しい沈黙が流れていた。無理もない。相手は未来を視るだけでなく、その未来を意のままに改変する力を得た「神」なのだから。
「……さて、お集まりの皆さん。葬式なら後でいくらでも出してやるから、今はその湿気た面を上げろ。作戦を始めるぞ」
テーブルの端に腰掛けたカズマが、乾いた声で切り出した。その顔は憔悴しきっているが、瞳の奥には捨て鉢な、それでいて狡猾な光が宿っている。
「カズマ、本当に勝機はあるの……? 相手は未来を書き換えるんでしょう? 私の予知も、和尚さんの力も、全部あいつには視えているのよ」 アクアが半泣きで数珠の欠片を握りしめる。継嗣の宣言通り、その数珠は今や輝きを失い、ただの黒い石ころにしか見えない。
「ああ、視えてるだろうな。だが、あいつには決定的な弱点がある。……あいつは、俺たちを『自分より格下の存在』だと心の底から信じきっていることだ」
カズマは地図の上に、数個の駒を置いた。
「まず、一番の懸案事項だ。継嗣の側に常に控えている、あのハッシュヴァルト。あいつの『世界調和(ザ・バランス)』が健在な限り、俺たちのどんな幸運も不運として跳ね返される。こいつを止めなきゃ話にならない」
カズマが置いた黄金の駒。それを見つめるのは、聖剣を抱いたアイリスだった。
「アイリス、お前にハッシュヴァルトを任せたい。あいつの天秤は『幸運』を糧にする。なら、王家の血筋と聖剣の加護という、この世界で最も強固な『正義(宿命)』で真っ向からぶつかるしかない。お前がハッシュヴァルトを釘付けにしている間だけ、天秤の機能は停止するはずだ」
「わかりました、お兄様。……私が、あの騎士を食い止めます。王国の未来にかけて」
アイリスの決意に満ちた瞳に、カズマは微かに頷いた。これは犠牲を前提とした「足止め」だ。だが、アイリス以外の者に、あの法外な理屈を押し通す次席騎士を止める術はない。
「次に、残りの星十字騎士団の連中だ。バズビー、リルトット、ジェラルド……どいつもこいつも化け物揃いだ。こいつらには、こっちの主力メンバーで総力戦を仕掛ける」
カズマは次々に駒を配置していく。
「バズビーの炎には、ウィズの氷と、ミツルギの魔剣で対抗しろ。リルトットの『食欲』には、ゆんゆんの上級魔法で遠距離から飽和攻撃を仕掛ける。……そして、あの巨大化するジェラルド。あいつの『奇跡』には、バニル、お前の出番だ」
「フハハハハ! 奇跡とは、絶望の裏返しに過ぎぬ。あやつの肥大化した自尊心を、地獄の業火で焼き尽くしてやろうではないか」 バニルが仮面の下で邪悪に笑う。
「ダスト、お前は荒くれ者たちを率いて、聖兵(ゾルダート)どもの進軍を食い止めろ。一分でも長く、一秒でも長く、戦場を混乱させろ。いいか、統制された戦いにするな。卑怯、姑息、何でもいい。あいつらの『予定調和』を狂わせるんだ」
「へっ、任せろ。泥試合なら俺たちの独壇場だ」 ダストが鼻を鳴らし、仲間の冒険者たちと拳を合わせた。
「そして最後だ。……『神』を名乗る佐藤継嗣本人は、俺たちパーティーが相手をする」
その言葉に、室内が凍りついた。アイリスやミツルギですら勝てなかった相手に、カズマ、アクア、めぐみん、ダクネスの四人で挑むというのだ。
「サトウカズマ、正気か!? あの力はもはや魔法や剣でどうにかなるレベルじゃないんだぞ!」 ミツルギが詰め寄るが、カズマは冷たく突き放した。
「わかってるよ。だからこそ、俺たちなんだ。……あいつは未来を視て、書き換える。だがな、あいつが書き換えるのは『自分にとって不都合な未来』だけだ」
カズマは、机の下から布に包まれた何かを取り出した。
「いいか、めぐみん。お前は一切の容赦を捨てるんだ。ダクネス、お前は世界で一番頑丈な盾になれ。アクア、お前は……まあ、適当に泣き喚いてあいつをイラつかせろ」
「ちょっと、私の扱い酷くない!? 私、女神よ!?」
「うるせえ。あいつが俺たちの『名前』を書き換えようとした瞬間、その隙が生まれる。和尚さんが遺した数珠は、今はただの石ころだ。だが、あいつがこれを『ただの石ころ』だと未来を確定させたこと自体が、俺たちのチャンスなんだ」
カズマの作戦。それは、継嗣の「全知全能」にわざと誤った情報を食わせるという、綱渡りのような心理戦だった。継嗣が未来を書き換える時、彼は「自分が優位である」という前提で因果を選ぶ。ならば、その前提そのものを「クズの意地」で歪めてやる。
「作戦は以上だ。……勝てるなんて保証はない。全滅する可能性の方が高いだろう。だがな……」
カズマは立ち上がり、白銀に染まった空を睨みつけた。
「俺たちの日常を、あいつの勝手な『正しい世界』に書き換えられてたまるか。……行くぞ。佐藤継嗣に、この世界の『ままならなさ』を教えてやる」
カズマの号令と共に、アクセルの街から最後にして唯一の「反逆」の軍勢が動き出した。九日目の夕刻。世界の名前を懸けた、最後の戦いの幕が上がろうとしていた。