この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
「九日目」の陽光が、最も高く、そして最も残酷な白銀の輝きを放った瞬間であった。
王都エルロードの遥か上空に浮遊する『氷の宮殿(ジルバーン)』。その静謐なる玉座の間で、佐藤継嗣は深く腰を下ろしていた。彼の周囲には、もはや空気すらも霊子に置換された、絶対的な静寂の領域が広がっている。
「……さて、始めるか」
継嗣が静かに、独り言のように呟いた。 その瞬間、彼の三重の瞳孔が揺らめき、世界の因果という名の糸が、指先一つで弾かれた。
継嗣の号令と同時に、王都の至る所で影が爆発し、白銀の外套を纏った聖兵(ゾルダート)が溢れ出した。しかし、そこに立ち塞がったのは、かつての「逃げ腰」を捨てたアクセルの冒険者たちだった。
「野郎ども! びびってんじゃねえぞ! 相手が神様だろうが何だろうが、俺たちの酒代を奪う奴は全員敵だ!」
ダストが愛剣を振り回し、先陣を切る。彼の背後には、普段は依頼を押し付け合っているようなチンピラ冒険者たちが、今日ばかりは死に物狂いの形相で武器を構えていた。 聖兵たちの放つ神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)が降り注ぐが、そこに割り込んだのは巨大な氷の壁と、眩いばかりの魔剣の光だった。
「『カースドクリスタルプリズン』!」 「我が魔剣グラムよ、その輝きで闇を切り裂け!」
ウィズの放つ極低温の魔法が聖兵たちを凍てつかせ、ミツルギの魔剣がその氷像を粉砕していく。
「バズビー! 貴様の炎は、この死者の王の冷気で凍らせてくれよう!」 「へっ、抜かしやがれリッチーが! 俺の『バーナー・フィンガー』に耐えられると思ってんのか!」
王都の北側では、猛烈な爆炎と極寒の冷気が衝突し、空間そのものが悲鳴を上げていた。バズビーの放つ高熱の指先に対し、ウィズとミツルギが命懸けの連携でその進軍を食い止める。
一方、王都の中央広場。そこには、ただ一人で「軍勢」としての威圧感を放つ巨漢が立っていた。 ジェラルド・ヴァルキリー。
「さあ! 奇跡を見よ! 我こそは神の戦士、ジェラルド・ヴァルキリーなり!」 彼が盾を振るうたびに、周囲の建物が紙細工のように崩れ落ちる。だが、その巨大な質量に真っ向から挑みかかる影があった。
「フハハハハ! 奇跡とは、確率の偏りに過ぎぬ! 我が輩の抱える『絶望』という名の負債を、汝のその立派な盾に精算してやろう!」 バニルが仮面を輝かせ、ジェラルドの影に潜り込む。巨大化する肉体に対し、内側から精神的な自壊を促す悪魔の挑発。 「……ゆんゆん! 今だぞ!」 「は、はい! 『ライトニング・ストライク』!」 バニルが作り出した隙を突いて、紅魔族の次期族長・ゆんゆんが上級魔法を叩き込む。かつての孤独な少女は今、仲間を守るための最強の魔道士として、戦場を統べていた。
氷の宮殿への入り口。そこを守るのは、陛下の代行者ユーグラム・ハッシュヴァルト。 彼の前に、一人の少女が降り立つ。黄金の髪をなびかせ、聖剣アスカロンを構えた第一王女アイリス。
「……王女アイリス。貴女の持つ『幸運』は、陛下の新世界においても価値あるものです。ここでその剣を捨てれば、貴女の望む平和を約束しましょう」
「……いいえ、騎士様。あなたが守ろうとしている平和は、お兄様が愛したこの世界の『ままならなさ』を奪うものです」
アイリスが踏み込む。その一閃は、音速を遥かに超えていた。 ハッシュヴァルトが盾を掲げる。
「『世界調和(ザ・バランス)』」
アイリスの剣が盾に触れた瞬間、彼女の幸運――「致命傷を避ける加護」が反転し、彼女の肩口から鮮血が噴き出した。だが、アイリスは止まらない。
「お兄様が言いました。……あなたの天秤が幸運を裁くなら、裁ききれないほどの『正義の重み』を叩きつければいいのだと!」
「……正義の、重みだと?」
ハッシュヴァルトの瞳に驚愕が走る。アイリスの背後に、歴代のエルロード王家の霊気が立ち昇る。それは個人の幸運などではない。数百年、この地を守り続けてきた人々の「意志の集積」であった。 白銀の天秤が、激しく揺れ、軋み始める。
そして、戦場はついに最深部へと至る。
玉座の間の大扉が、轟音と共に吹き飛んだ。 砂煙の中から現れたのは、四人の男女。 カズマ、アクア、めぐみん、ダクネス。
「……来たか、カズマ」
継嗣は玉座に座ったまま、動こうともしない。彼の眼(まなこ)には、すでに彼らがここへ辿り着く未来も、そしてこの後、カズマが口にする「無駄な悪あがき」もすべて視えていた。
「よお、継嗣。九年ぶりの再会がこんな空の上なんて、お洒落すぎて吐き気がするぜ」
カズマは不敵に笑いながら、腰の刀を抜いた。 隣ではダクネスが盾を構え、めぐみんはすでに爆裂魔法の詠唱に入っている。アクアは数珠の欠片を握りしめ、顔を引き攣らせながらも継嗣を睨みつけていた。
「カズマ。貴様が何を企んでいるかはすべて視えている。その隠し持った数珠に、私の『全知全能』を狂わせる罠を仕込んだつもりだろう?」
継嗣が指を弾くと、アクアの手の中で数珠の欠片が粉々に砕け散った。
「……あ、あぁ……っ!」 アクアが絶望に声を上げる。
「無駄だと言ったはずだ。私が一度『視た』事象、そして『知った』力。それは私を害することも、私を欺くこともできぬ。カズマ、貴様が信じる『幸運』も、今の私にとっては、私が書き換えるべきデータの偏りに過ぎない」
継嗣が立ち上がる。 彼の一歩。それだけで、宮殿全体が震動し、めぐみんの詠唱が強制的に中断された。
「……ひっ!?」 「めぐみん! ダクネス、前へ!」
カズマの叫びと共に、ダクネスが全身で霊圧を受け止める。 「……ぐ、ぅぅ……っ! これが、神の重みか……。だが、私は……カズマの盾だ! この程度の悦びで、折れるものか!」
「……不快な女だ。その歪んだ意志すら、私の秩序には不要」
継嗣が右手をかざす。 彼が「ダクネスが消滅する未来」を選ぼうとした、その瞬間だった。
「……おい、継嗣。お前、さっきから『視えている』って言ってるけどさ」
カズマが、口角を歪めて笑った。
「お前のその『全知全能』。……自分の足元に、誰かが『バナナの皮』を置いてる未来、ちゃんと視えてたか?」
「……何?」
継嗣の三重の瞳孔が、僅かに揺らいだ。 彼が視ていたのは、「カズマが攻撃してくる未来」であり、「数珠で罠を仕掛ける未来」であった。 だが、その視界の端。 カズマの手の中にあったのは、数珠の欠片ではない。 それは、かつてアクセルの街でカズマが手に入れた、何の変哲もない、だが極めて低俗な「魔法具」の残骸だった。
「『ドレイン・タッチ』……!」
カズマが地面に手を触れた。 彼が吸収したのは、継嗣の霊力ではない。 宮殿そのものを構成している「和尚の墨」と「白銀の霊子」の、あまりにも繊細で、完璧すぎて不安定な『結合部』だ。
「……しまっ……!」
継嗣の『全知全能』が、一瞬だけホワイトアウトした。 あまりにも下らなく、あまりにも「神の視点」からすれば無価値な嫌がらせ。 未来を改変する力を持つ者は、その「完璧な未来」に執着するあまり、不完全な「今」の揺らぎに弱い。
「アクア! 今だ! 泣き言は後だ、神様の一撃をぶち込め!」
「う、うわぁぁぁん! 継嗣のバカー! 『ゴッドブロー』!!」
女神の拳が、初めて神の頬を掠めた。 白銀の玉座に、一筋の亀裂が走る。
「……カズマ……ッ!!」
継嗣の瞳に、九年前と同じ、激しい「怒り」の炎が宿った。 それは神の静謐ではなく、一人の人間としての、佐藤継嗣の激情であった。
「さて、始めるか」
カズマが、継嗣の言葉をそのまま、最高に不敵な笑みと共に返した。 世界の「名前」を賭けた、最後の一分間。 神と、クズ。 その因果の激突が、今、爆発した。
ちなみに、主人公は未だにカズマ達を舐め腐っているので全知全能の能力は使用していません。まさかのカズマ図星?