この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
王都中央広場。 そこには、ただ一人の男が立ち尽くしていた。 「神の戦士」を自称する巨漢、ジェラルド・ヴァルキリー。彼の振るう希望の剣(ホーフヌング)が風を切るたびに、周囲の空間が衝撃波で削り取られる。
「無駄だ! 我が肉体は受けたダメージを『神の尺度』へと変換し、さらなる奇跡を引き起こす! 貴様のような悪魔の小細工が、この巨躯を貫けると思うな!」
ジェラルドの叫びと共に、彼の身体はさらに巨大化し、鋼鉄のような皮膚が黄金の輝きを帯びる。だが、その足元で影のように揺らめく仮面の男――バニルは、優雅に指先を弄んでいた。
「フハハハハ! 実に素晴らしい。汝のその、肥大化した自己愛から生じる『全能感』。これほどまでに芳醇な絶望の予兆(デザート)は、なかなかお目にかかれるものではない」
バニルはジェラルドの猛攻を、まるで踊るように回避していた。物理的なダメージは一切与えない。ただ、不気味なほどに饒舌に、相手の精神を撫で回すように言葉を紡ぐ。
「……汝は言うたな、『奇跡』だと。だが、奇跡とは確率の偏り。そして確率とは、観測者の『不安』によって変動するものだ。汝は今、自分が無敵であると信じ込もうとしている……。だが、その心の奥底で、『もし攻撃が当たらなかったら?』という微かな毒虫が這いずっているのが視えるぞ」
「貴様……何を……!」
ジェラルドが怒りに任せて剣を振り下ろす。地響きが轟くが、バニルの姿はすでに背後にあった。
「バニル式、精神汚染・因果の拒絶(カオス・フィードバック)」
バニルが仮面に手を当てると、ジェラルドが「奇跡」として蓄積していたはずのエネルギーが、突如として逆流を始めた。巨大化していた身体が、自らの重圧に耐えかねて軋み、黄金の輝きがどす黒い影へと変質していく。
「が、はっ……!? 体が、重い……。奇跡が……私を拒絶しているというのか……!」
「奇跡とは汝を愛でるものではない。汝が世界を信じられなくなった時に生じる『バグ』よ。さあ、汝のその立派な絶望、我輩が残さず平らげてやろう」
バニルは漆黒の魔力で巨大な口を形成し、ジェラルドの存在そのものを飲み込むように影を広げた。戦場に響き渡るのは、神の戦士の断末魔ではなく、美食を終えた悪魔の満足げな溜息であった。バニルは乱れた襟を直し、余裕の笑みを浮かべて次の獲物へと視線を向けた。
一方、王都北の城壁付近では、全く異なる様相の戦闘が続いていた。 「灼熱」のバズビー。彼の指先から放たれる『バーナー・フィンガー』は、触れるものすべてを蒸発させる理不尽な破壊力を持っていた。
「おいおい、リッチーに魔剣使いかよ。組み合わせだけは豪華だが、俺の熱量に耐えられんのか?」
バズビーが指先を突き出す。三本の指から放たれた極太の炎線が、大気を焼き切りながら迫る。
「『カース・ド・クリスタル・ウォール』!」
ウィズが魔力を全開にし、分厚い呪いの氷壁を生成する。炎と氷が激突し、爆発的な水蒸気が視界を奪う。その霧を切り裂いて、ミツルギ・キョウヤが魔剣グラムを掲げて突進した。
「神聖なる輝きよ、悪しき炎を鎮めよ! 『パワー・アタック』!」
「チッ、しつけえんだよ!」
バズビーは瞬時に炎の剣を形成し、ミツルギの魔剣と刃を交える。 キィィィン! という金属音が響き、周囲の石畳が熱量で溶解する。ミツルギの魔剣は聖なる加護によって熱を遮断しているが、バズビーの戦闘センスは圧倒的だった。
「ミツルギさん、下がってください! 追撃が来ます!」 「わかっている、ウィズ! だが、この熱気……隙が見当たらない!」
バズビーの攻撃は苛烈だが、ウィズの無限に近い魔力と、ミツルギの不退転の防御がそれを辛うじて押し止めている。 「凍らせようとしても、すぐに蒸発させられる……」 「斬ろうとしても、炎の勢いで間合いに入らせてもらえない……」
まさに膠着状態。ウィズとミツルギは、互いの背中を守りながら、バズビーの熱波を凌ぎ続けるしかなかった。バズビーもまた、死者の王と勇者のコンビという予想外の粘り強さに、苛立ちを隠せないでいた。
「ハッ、面白いじゃねえか。どちらが先に干からびるか、根比べといこうぜ!」
王都の東側、迷宮のような路地裏では、紅魔族の次期族長・ゆんゆんが絶体絶命の窮地に立たされていた。 相手は、聖文字(シュリフト)を持つ騎士たち。彼らの特殊能力は、上級魔法を主体とするゆんゆんにとって相性が最悪だった。
「……はぁ、はぁ……っ。やっぱり、私一人じゃダメなのかな……」
肩を息つかせ、ゆんゆんは血の混じった唾を吐く。周囲は騎士たちの冷徹な包囲網。 「紅魔族、その程度のものか」 嘲笑う声。ゆんゆんの脳裏に、アクセルで過ごした日々が、カズマたちの顔が浮かぶ。
(……いいえ、まだ。まだ終われない……! 私がここで倒れたら、友達の、みんなの背中が守れない……!)
「私は……紅魔族随一の魔法使い、ゆんゆん! 友達がいないなんて……もう言わせないんだからぁぁぁ!」
ゆんゆんの瞳が、鮮やかな紅に発光した。 それは絶望ではなく、未来への執着。
「『テレポート』! 『テレポート』! 『テレポート』!」
彼女は自分自身を連続転移させ、騎士たちの予測を上回る機動を見せた。攻撃のためではなく、攪乱のために。 そして、騎士たちが一瞬、彼女の「位置」を見失ったその刹那。
「『ライトニング・ストライク』……最大出力ォォォ!」
空を裂く落雷。それは単なる電撃ではない。彼女が自身の魔力を限界まで絞り出し、術式の安定性を捨てて放った、文字通りの必殺の一撃。 衝撃波が路地を駆け抜け、騎士たちの外套を焼き払う。
「……勝った……?」
ゆんゆんは膝をつき、激しい魔力切れに眩暈を起こす。五分五分の勝負。最後は技術ではなく、「負けたくない」という意地が、魔法の出力をコンマ数秒だけ上回らせたのだ。
ゆんゆんがふらふらと立ち上がった時、路地の向こうから怒号と金属音が聞こえてきた。
「おい、死ぬ気で守れ! ここを抜かれたらカズマの野郎に顔向けできねえぞ!」
ダストの声だ。 ゆんゆんは転がるように声の方向へ走った。そこでは、ダスト率いる冒険者軍団が、圧倒的な数の聖兵(ゾルダート)を相手に、泥沼の防衛戦を繰り広げていた。
「ダストさん!」
「お、ゆんゆんじゃねえか! 生きてたか、お嬢ちゃん!」
ダストは返り血を浴びた顔でニヤリと笑った。彼の周囲には、傷ついた仲間たちが壁を作り、不格好だが強固な陣形を保っている。
「……手伝います。まだ、魔法、撃てますから!」
「助かるぜ! 見ろ、あいつらも和尚の墨が効いてるのか、動きが硬くなってやがる。今が畳み掛け時だ!」
ゆんゆんはダストの隣に並び、残された魔力を杖に込める。 「孤独」だった少女は今、不敵な冒険者たちの中心にいた。 「さあ、いきますよ! 『エクスプロージョン』……は撃てませんけど、私の全力を!」
ゆんゆんの放つ閃光が、ダストの剣と重なり、聖兵の群れを押し戻していく。 各地で火花を散らす戦線。 勝利の女神は、まだどちらの手も握ってはいない。 だが、確実に、人間たちの「意志」が、白銀の絶望を削り取っていた。