この素晴らしい世界に滅却師の王を!   作:sk20100626

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第26話 反撃の一手

王都エルロードの遥か上空、雲を突き抜け、星に届かんとする白銀の牙。 佐藤継嗣の居城『氷の宮殿(ジルバーン)』の最深部、玉座の間は、もはやこの世の物理法則が剥離した異界と化していた。

 

「……これ以上、何を望む」

 

玉座から立ち上がった継嗣の姿は、神々しくも、あまりに禍々しい。 三重に重なり合い、蠢く瞳孔。兵主部一兵衛の「黒」を飲み込み、白銀の霊圧と融け合わせたその肉体からは、ただそこに存在するだけで周囲の空間を原子レベルで崩壊させるほどの質量が溢れ出していた。

 

対するは、カズマ、アクア、めぐみん、ダクネスの四人。 かつては「クズ」「駄女神」「中二病」「変態」と罵り合い、アクセルの街で不毛な日常を謳歌していたはずの面々が、今、世界の命運を背負って立っていた。

 

「散れ、と言ったはずだ」

 

継嗣が静かに右手を一振りした。 魔法の詠唱も、剣を抜く動作はない。ただ、彼が「そこにあるべきでないものを排除する未来」を視て、それを実行するに過ぎない。 刹那、不可視の衝撃波がカズマたちを襲う。空間そのものが歪み、逃げ場のない全方位からの圧殺が彼らを飲み込もうとした。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

その絶望の前に立ち塞がったのは、漆黒の甲冑を纏ったクルセイダー、ダクネスであった。 彼女は愛剣を投げ捨て、両手で重厚な盾を構える。継嗣から放たれた霊圧の奔流がダクネスに激突した瞬間、玉座の間の床が轟音と共に沈み込み、彼女の甲冑が悲鳴を上げて軋んだ。

 

「ぐ、おぉぉぉぉっ!!」

 

「ほう……。ハッシュヴァルトのように受けた不運を相手に押し付けられるわけでもない。ただの肉体、ただの盾……。そのような不完全なもので、私の意志を阻むか」

 

継嗣の瞳が冷酷に細まる。 彼は未来を視ている。ダクネスの盾がどこから砕け、どのタイミングで彼女の心が折れるか、その全てが彼の脳内には確定した情報として流れ込んでいた。

 

「ハァ……ハァ……。継嗣よ、お前の攻撃は……確かに、痛いな。だが、それだけだ。私は、パーティーの……カズマの盾になると決めた。私が立っている限り、お前の思い通りにはさせん!」

 

「狂気だな。理解に苦しむ」

 

継嗣の攻撃は一方的だった。 白銀の矢が雨のように降り注ぎ、ダクネスの全身を貫く。彼女の盾はすでに半分が削り取られ、剥き出しになった肩が霊子の矢に焼かれる。常人ならば一秒と持たずに塵へと変わる猛攻。それを、彼女は「騎士の矜持」と、そして歪んだ「自己犠牲の悦び」という名の狂信で耐え続けていた。

 

カズマはダクネスの背後で、必死に思考を巡らせていた。 (クソッ、やっぱりまともにやり合って勝てる相手じゃねえ。ダクネスの頑丈さだけが頼みだが、それも長くは持たねえ……!)

 

「アクア、早くしろ! 準備はいいのか!」

 

「わ、わかってるわよ! でも、あいつの霊圧が強すぎて、私の神気が中和されちゃうのよぉ! もう少し、もう少しだけ時間が欲しいの!」

 

アクアは涙目で魔法陣を描き続けている。彼女が準備しているのは、天界の秘術の中でも禁忌とされる最高位の封印術。継嗣はアクアが何かやっていることには気づいていたが全知全能は使用しようとはしなかった。そんあなもの使用しなくても勝てると考えたのだ。基礎能力が桁違いに高いからこその油断。

 

「めぐみん! お前は!」

 

「……カズマ。準備は、できています」

 

めぐみんは、杖を構えたまま一歩も動かない。彼女の眼は、眼前の神ではなく、その先にある「一点」だけを見据えていた。彼女の全身から魔力が蒸気のように立ち昇り、漆黒の外套が激しくなびく。

 

「……ダクネス、もういい! 下がれ!」

 

カズマが叫ぶが、ダクネスの耳には届かない。 継嗣の放つ光の剣が、ついにダクネスの腹部を貫いた。

 

「が、はっ……!」

 

鮮血が結晶の床を汚す。 継嗣は無慈悲に歩み寄った。

 

「終わりだ。貴様の執念は、この世界の新しき秩序の礎にもなれぬ。塵に帰るがいい」

 

継嗣の右手に、高密度の霊子が収束する。 それは「存在そのものを抹消する」一撃。 ダクネスの膝が、ついに折れた。 盾が手から滑り落ち、彼女の意識が遠のいていく。

 

「……さよならだ、カズマの盾よ」

 

継嗣の手が振り下ろされる。 神の眼が視る「死」の結末。 だが、その絶望の結末を、一筋の閃光が切り裂いた。

 

「――暗黒よりもなお暗きもの、夜を統べる深淵の主よ!」

 

継嗣の動きが、止まった。 いや、止められたのだ。 彼が視ていた「ダクネスを殺す未来」を物理的に粉砕するほどに強大で、理不尽な魔力の胎動。

 

「我が真名の元に、万象の理を、今こそ否定せん!!」

 

継嗣は驚愕に目を見開く。 彼の視界――全知全能が映し出す未来の全てが、突如として「真っ赤」に染まった。 回避する未来? 防御する未来? そんなものは存在しない。視える未来の全てに、紅蓮の炎が充満している。

 

「な……!? 何だ、この出力は……!?」

 

めぐみんが、血の涙を流しながら叫ぶ。 それは、彼女の全存在、全魔力、そして「明日」の全てを捧げた、究極の一撃。

 

「――エクスプロージョン!!」

 

カァァァァァァァァァン!!

 

王都中の空気を震わせるほどの大轟音。 宮殿の天井が消し飛び、白銀の霊圧を真っ赤な紅蓮が飲み込んでいく。 それはもはや魔法ではない。この世界そのものが放つ、生存への叫びであった。

 

「……がああああああああかっ!!」

 

未来を視ていれば、避けることができた。未来を改変していれば、そもそも避ける必要すらなかった。その程度の攻撃。威力は大したものだが未来を見て、改変できる継嗣からしたら何の問題もない攻撃。しかし、今は油断していた。全知全能を使用していなかったのだ。その分岐が命運を分けた。

 

爆炎が晴れた後。 そこには、右半身を大きく焼き裂かれ、膝をつく継嗣の姿があった。 神の装束はボロ切れとなり、三重の瞳孔は激しい損傷で焦点が定まっていない。

 

「……バカな……。この私が、一介の魔道士の、このような稚拙な力に……っ」

 

「……やった……ぜ……」 めぐみんは、糸が切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

 

だが、継嗣の回復力は異常だった。 傷口から霊子が溢れ出し、肉体を再構成しようとする。 「……すぐに……修復してやる。もう油断はしない。今度は完膚なきまでに未来を改変し……!」

 

「――いいえ。もう、遅いわよ」

 

静かな、だが透き通った声が玉座の間に響いた。 継嗣が顔を上げると、そこには、これまでにない神々しさを纏ったアクアが立っていた。 彼女の背後には、天界の門を模した巨大な魔法陣が展開されている。

 

「アクア……、貴様……何を……」

 

「継嗣。お前は少し、調子に乗りすぎたのよ。未来を視て、世界を支配する? そんなの、この世界を愛している私たちが許すはずないじゃない」

 

アクアが両手を掲げる。 彼女の瞳から、大粒の涙が溢れる。それは悲しみではなく、世界を浄化するための聖なる雫。

 

「『能力封印(アビリティ・シール)』!!」

 

「……ぐ、ああああああああっ!?」

 

継嗣の全身を、青白い鎖が縛り上げる。 それは肉体を縛る鎖ではない。彼の魂に刻まれた「名前」、そして「権能」を剥奪するための概念の鎖。

 

「改変が……!? 私の……未来を書き換える力が……消えていく……!!」

 

継嗣は絶叫した。 和尚の力を取り込んだことで得た、因果そのものを操る神の権能。 それが、アクアの放つ圧倒的な「神性」によって、強制的に剥ぎ取られた。 未来を「視る」ことは辛うじてできる。だが、視た最悪の未来を自らの意志で「変える」ことは、もう二度と叶わない。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ……っ。これ、で……」 アクアが膝をつく。 彼女の髪は輝きを失い、魔力は枯渇していた。だが、彼女は確かにやり遂げたのだ。

 

佐藤継嗣から「神」としての決定力を剥ぎ取り、ただの「観測者」へと引きずり下ろした。

 

玉座の間には、再び静寂が訪れた。 だが、それは九日間の重苦しい静寂ではない。 未来が再び不確かになり、風が吹き、血が流れる、生きた世界の静寂。

 

継嗣は震える手で顔を覆い、荒い呼吸を繰り返している。 「……未来改変が……消えた……。視える、カズマ……お前が私を討つ未来が……。だが……変えられぬ、それを変える力が、もう、無い……」

 

カズマが、よろよろと立ち上がった。 彼はダクネスを抱きかかえ、めぐみんとアクアの側に寄り添う。 そして、目の前で項垂れる「かつての友人」を見つめた。

 

「……さて。神様ごっこは終わりだ、継嗣」

 

カズマの声には、もう怒りも憎しみもなかった。 あるのは、ただ一つの「決着」をつけるための、静かな意志。

 

「未来なんてのは、誰かに書き換えられるもんじゃない。俺たちが、泥水をすすりながら作っていくもんなんだよ」

 

佐藤継嗣の瞳には、依然として不気味な三重の瞳孔が宿り、目前のカズマの動きを予知し続けている。 だが、その視界に映るのは、もはや支配すべき臣下ではない。 共に不条理な世界を駆け抜けた、「敵」としての友の姿であった。

 

世界の運命を決める「最後の一秒」が、今、動き出そうとしていた。

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