この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
白銀の静寂が、絶望の重圧となって玉座の間を押し潰していた。
「
「……終わりだ」
継嗣が静かに告げると同時に、カズマの視界から「光」が消えた。 あまりに速い一撃。カズマは防御する暇もなく、ただの風圧だけで壁まで叩きつけられる。ダクネスが必死に盾を掲げるが、継嗣の指先がその盾に触れた瞬間、神聖な金属が飴細工のように砕け散った。
「カズマ、逃げ……っ!」
アクアの叫びも虚しく、継嗣は一歩、また一歩と歩みを進める。 未来が視えている彼にとって、カズマの放つ「狙撃」も、めぐみんが残りの魔力で放とうとする牽制も、すべては数秒前に見た「記録された過去」と同じだった。
「貴様たちの足掻きには敬意を評そう。だが、世界は書き換えられるべきだ。……さらばだ、かつての友よ」
継嗣は崩れ去る氷の宮殿を背に、ゆっくりと宙へ浮き上がった。 もはや、この上空に用はない。 彼は地上の王都エルロード、そしてアクセルの街へと視線を向けた。彼が降り立ち、その霊圧を解放した瞬間、世界は完全に彼の「秩序」へと塗り潰されるだろう。
王都の廃墟。 瓦礫の山となった中央広場に、佐藤継嗣は静かに舞い降りた。 周囲には、配下を失い、希望を断たれた王国軍や冒険者たちが、戦意を喪失して座り込んでいる。
「……私の世界に、争いは不要だ。すべてを忘れるがいい」
継嗣が手を広げようとした、その時。
「フム。ようやく来たか、佐藤継嗣。待ちくたびれたぞ」
瓦礫の玉座に腰掛け、不敵に仮面を撫でる男がいた。 地獄の公爵、バニルである。 彼はカズマたちが敗北し、絶望的な状況であるにもかかわらず、いつものように傲岸不遜な態度を崩していなかった。
「……バニル。カズマの残党か」 継嗣の三重の瞳孔が、不快げに揺らめく。 「私と、戦うつもりか? 全知の眼に映る未来では、貴様は数秒後に塵に帰るが」
「当たり前だ。このままでは貴様に吾輩の食べ物――人間が発する『悪感情』を産み出す存在がいなくなってしまうからな。汝の作る無味無臭の世界など、我輩にとっては餓死を宣告されるも同然よ」
バニルが立ち上がると、その背後から地獄の底を思わせる禍々しい魔力が立ち昇った。
「佐藤継嗣。汝は『視えている』と言ったな。……だが、汝が視ているその景色。それは本当に、この世界の『現実』か?」
バニルの言葉と共に、世界の色彩が、僅かに歪んだ。
「『バニル式、虚飾の鏡像(ミラー・イリュージョン)』」
継嗣の眼が、未来を捉える。 バニルが右から光線を放ち、左から分身を突撃させる未来。 継嗣はその未来を回避すべく、僅かに右へ身を引いた。
カッ!
だが、衝撃が走ったのは継嗣の「左肩」だった。
「……何?」
継嗣は驚愕し、傷口を見つめる。 そこにはバニルの爪による深い斬撃が刻まれていた。 「予知」では、バニルは右から攻撃してきたはずだ。そして、継嗣の眼には、今もなおバニルが「右側」で高笑いしている姿が映っている。
「……全知の眼を以てしても、五感すべてを欺く『虚飾』からは逃れられぬか」
「クハハハハ! 汝の眼は優秀すぎて、脳が現実よりも『予知した情報』を優先して信じ込んでしまうようだな! 地獄の公爵たる我輩の幻覚魔法は、単なる視覚の偽りではない。汝が視る『未来そのもの』に混入するノイズよ!」
バニルが指を鳴らす。 継嗣の視界が、一瞬にして千のバニルで埋め尽くされた。 全知全能の眼は、その千通りのバニルが放つ千通りの「未来の攻撃」をすべて律儀に処理しようとし、継嗣の意識を極限まで加速させる。
「鬱陶しい……。すべてを消し飛ばせば済むことだ!」
継嗣は自身の周囲に、絶対的な全方位放電を放った。 物理的な破壊によって、幻覚ごとバニルを粉砕する算段だ。 だが、その放電は空しく空を切り、背後の瓦礫を灰にしただけだった。
「『バニル式殺人光線』」
無防備な継嗣の背中に、漆黒の極大レーザーが直撃する。 霊子の防護膜が砕け、継嗣の身体が大きくよろめいた。
継嗣は血を拭い、三重の瞳孔を限界まで見開いた。 (落ち着け……。幻覚など、因果の真実の前では虚像に過ぎない。予知の中にある『本質』だけを掴め!)
継嗣の眼が、ようやく幻覚の奥にあるバニルの実体を捉えた。 バニルは今、影の中に潜み、呪詛の魔力を練り上げている。その「未来」は確定している。
「そこだ!」
継嗣が影に向かって神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を放つ。 空間が爆発し、影が吹き飛ぶ。 しかし、仕留めたはずのバニルの肉体は、黒い「バニル人形」へと変わり、そのまま継嗣の身体にしがみついた。
「『バニル式、自爆・人形葬』」
ドォォォォン!!
至近距離での大爆発。 継嗣は煤けながら爆炎から飛び出したが、その表情には余裕が消えていた。 視ている未来が、ことごとく裏切られる。 否、裏切られているのではなく、「バニルが未来を視られていることを前提とした行動」を取っているのだ。
「佐藤継嗣よ。汝の眼は、かつての『和尚』の黒に染まり、アクアの封印に縛られている。……完璧な神の視界ではない。その僅かな『曇り』に、我輩のような悪魔が入り込む隙は、いくらでもあるのだぞ」
バニルは宙に浮き、優雅に両手を広げた。
「さて、次はどのような未来を見せてやろうか。汝が勝利を確信し、その瞬間に奈落へ落ちる……。最高に美味な絶望の未来をな!」
「……戯言を」
継嗣の全身から、これまでにない殺気が溢れ出した。 聖別によって得た膨大な霊圧が、王都の地面を物理的に陥没させていく。 幻覚など通用しないほどの広域破壊。あるいは、認識すら許さないほどの超速の攻防。
「神の領域を、悪魔の詐術で超えられると思うなよ」
継嗣の手が、再び白銀の剣を形成する。 全知の王と、虚飾の悪魔。 未来を予知する男と、その予知を嘲笑う男。 王都の廃墟で、二つの「理外の存在」による、世界を揺るがす持久戦が幕を開けた。