この素晴らしい世界に滅却師の王を!   作:sk20100626

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第29話 敗北の瞬間

王都の空が、絶望の白銀と混沌の漆黒に染まり、激しく軋んでいた。

 

佐藤継嗣とバニルの激突は、もはや「戦闘」という概念を超越し、存在の根源を削り合う理(ことわり)の磨り潰し合いへと化していた。

 

継嗣の「全知全能(ジ・オールマイティ)」は、バニルが仕掛ける数千、数万の幻惑の未来を冷徹に選別し、その奥に潜む「実体」を執拗に追い詰めていく。未来改変をアクアに封印されたとはいえ、継嗣には「聖別」によって得た、星十字騎士団全員分の力が宿っている。その物量は、個としての限界を遥かに凌駕していた。

 

「……チョこまかと、鬱陶しい悪魔だ」

 

継嗣の三重の瞳孔が、ついに幻影の層を突き破り、バニルの魂の真髄を捕捉した。

 

「視えたぞ。貴様が『予知の外側』へ逃げようとする、その瞬間の揺らぎを!」

 

継嗣は回避も防御も捨て、最短距離で踏み込んだ。白銀の霊圧が凝縮され、一振りの光の剣と化す。バニルは咄嗟に「虚飾の鏡像」を展開したが、継嗣はその虚像ごと、バニルの本体が逃げる「一歩先」の空間を断ち切った。

 

「『神聖滅矢・裁きの十字(ハイリッヒ・プファイル・ジャッジメント)』」

 

ドォォォォン!!

 

「……が、はっ……!?」

 

初めて、バニルの仮面に深い亀裂が入った。 致死量の霊子がバニルの魔力の器を内側から食い破り、地獄の公爵としての強固な肉体が、光の奔流に飲み込まれていく。

 

「フハハ……流石は、神か……。だが、これほどまでの……」

 

バニルの言葉が途切れる。 継嗣は無慈悲に、その胸部を光の矢で射抜いた。 爆発的な衝撃が走り、バニルの身体は王都の中央広場へと叩きつけられた。広大な石畳がクレーター状に陥没し、もうもうと立ち昇る土煙がその姿を隠す。

 

「……ようやく、一匹。消すべきバグを排除したか」

 

継嗣は宙に静止し、荒い呼吸を整える。 全知全能をフル稼働させ、悪魔の幻惑を突破した反動は小さくない。だが、最大の障害であったバニルを撃ち落としたことで、彼の心には確固たる勝利への確信、そして「油断」という名の静かな隙が生まれていた。

 

継嗣が、広場の底に沈んだバニルへ止めを刺そうと右手をかざした、その瞬間だった。

 

「――お兄様の、邪魔をさせないで!」

 

背後から、大気を震わせるほどの轟音と共に、黄金の光跡が迫る。 聖剣エクスカリバー。アイリスが、ハッシュヴァルトとの死闘の末に辿り着いた、渾身の一撃である。

 

「……アイリスか。無駄だと言ったはずだ」

 

継嗣は振り返りもせず、指先一つでその剣撃を受け流そうとした。 だが、彼が予知していた未来が、微かに「ブレ」た。

 

「な……!?」

 

エクスカリバーの光が、突如として青白い「魔力」へと変質した。いや、エクスカリバーそのものが、二本の聖剣へと分裂したのだ。

 

「我が魔剣グラム、その輝きで神の視界を焼け! 『パワー・アタック』!」

 

ミツルギ・キョウヤ。 アイリスの影に隠れ、ウィズの魔法によって存在を極限まで薄めていた勇者が、継嗣の死角から飛び出した。

 

「勇者ごときが……!」

 

継嗣は咄嗟に防壁を張る。だが、その足元から、凍てつくような死の気配が這い上がってきた。

 

「『カースドクリスタルフィールド』!!」

 

ウィズが、地中から魔力を爆発させた。 継嗣の足首が、瞬時に漆黒の呪いの氷に拘束される。ただの氷ではない。リッチとしての全魔力を注ぎ込んだ、魂を凍結させる拘束魔法。

 

「動けない……!? 未来には……このような『重なり』は無かったはずだ!」

 

継嗣が氷を砕こうと霊圧を爆発させる。 しかし、その爆発のエネルギーを、上空から降り注ぐ無数の魔法陣が相殺した。

 

「紅魔族随一の魔法使い、ゆんゆん! 友達のために……全力でいきます!!」

 

「『ライトニング・ストライク』! 『ストーン・ブラスト』! 『インフェルノ』!」

 

ゆんゆんが、詠唱破棄による超高速の多重魔法を叩き込む。一つ一つは継嗣を殺すには至らない。だが、その目的は「ダメージ」ではなく、継嗣の感覚を麻痺させ、予知の情報を「過負荷」にすることにあった。

 

光、音、熱、振動。 継嗣の全知の眼に、数万通りの魔法の軌跡が流れ込み、彼の処理能力を強制的に奪っていく。

 

「貴様ら……、群れて、何を……!」

 

「へっ、神様が独りぼっちで寂しそうだからよ、みんなでお遊びに来てやったぜ!」

 

瓦礫の山から、一人の男が飛び出した。 チンピラ冒険者、ダスト。 彼はミツルギが切り開いた道を通り、ゆんゆんの魔法に紛れて、継嗣の懐へと肉薄していた。

 

「死ね、佐藤継嗣! これが俺たちの『日常』の重みだ!」

 

ダストが手にしたのは、ただの鉄の剣ではない。 カズマが彼に託した、そしてアクアが聖水をぶっかけた、対神用の特製「ガラクタ」だ。

 

「『スティール』!!」

 

「……何!?」

 

ダストが叫んだのは、攻撃魔法ではない。カズマの得意技である、掠奪スキル。 ダストが奪ったのは、継嗣の武器でも、命でもなかった。 継嗣が「聖別」で吸収し、今まさに身体の修復に使おうとしていた『霊子の流れ』そのものを、強引に引き剥がしたのだ。

 

「……ああああああああああっ!!」

 

修復が途絶え、バニルから受けたダメージが再発する。 継嗣の身体から白銀の光が漏れ出し、彼の霊圧が急速に不安定化していく。

 

未来を視ることはできる。 アイリスが剣を振り下ろす未来も、ミツルギが突きを放つ未来も、ゆんゆんの雷が落ちる未来も。 だが、足を氷で固められ、霊圧を掻き乱され、感覚を魔法で焼かれた今の継嗣には、その「視えている未来」を回避するだけの筋力が、反応速度が、もはや備わっていなかった。

 

「……バカな。私が……このような有象無象に……翻弄されるなど……!」

 

継嗣の三重の瞳孔に、初めて「敗北」という二文字が映り込む。 彼は視ていた。 この連撃の後に、瓦礫の下から再び立ち上がる「悪魔」の笑みを。 そして、さらにその背後で、最強の爆裂魔法を構える「紅魔族の少女」の姿を。

 

(なるほど、バニルの幻覚か…)

 

神の無敵は、今、人の執念によって崩れ去ろうとしていた。

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