この素晴らしい世界に滅却師の王を!   作:sk20100626

3 / 31
第3話 聖文字

キャベツの浅漬けという「奇跡」によって、ギルドから一躍時の人として注目を浴びた俺、佐藤継嗣。 しかし、俺の目的は異世界でスローライフを送ることでも、漬物職人として名を馳せることでもない。

 

この体に刻まれた『全知全能(ジ・オールマイティ)』。 その真の力を引き出し、この世界の理を完全に掌握することだ。

 

キャベツ収穫の翌日、俺は独り、アクセルの街から少し離れた荒野に来ていた。 カズマたちは、昨日の報酬で朝から酒を飲みに行こうと騒いでいたが、俺には確認すべきことがあった。

 

「アクアは『段階的な解放』と言っていたが……」

 

俺は静かに目を閉じ、自身の魂の奥底を探る。 そこには、巨大な「門」のようなものが存在していた。 今はまだ固く閉ざされているが、その門の表面には、アルファベットの形をした刻印がいくつも刻まれている。

滅却師(クインシー)の始祖が配下に分け与えた力――『聖文字(シュリフト)』。 その一部が、俺自身の魂に適合する形で眠っているのを感じた。

 

「試してみるか……」

 

俺は前方に視線を向けた。 そこには、この辺りでは珍しく、頑丈そうな岩山がそびえ立っている。 俺は一歩踏み出し、自身の影に意識を集中させた。

 

まず確認すべきは、基本となる移動術と空間干渉だ。

 

「『(シャッテン)』」

 

俺の足元から漆黒の影が伸び、周囲の空間を侵食していく。 この世界における「ワープ魔法」のようなものだが、発動の隙が全くない。俺が「影」に沈み込んだ瞬間、すでに俺の体は百メートル先の岩山の頂上に現れていた。

 

「……フン。魔力の消費は微々たるものか。次は……」

 

俺は指先を空に向け、大気中の「マナ」を強引に収束させる。 この世界のマナは、霊子(れいし)と特性は違えど、その根源的なエネルギーとしての性質は似ている。

 

「『神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)』」

 

指先から放たれた光の矢が、向かいの岩肌を容易く貫通し、背後の森まで消し飛ばした。 攻撃力に関しては申し分ない。だが、俺が求めているのは単なる破壊力ではない。

 

「……見せてみろ。我が魂に眠る『文字』を」

 

俺は門に刻まれた文字の一つに触れた。 選んだのは、かつて親衛隊の一人が持っていた、致命的なまでの強制力を持つ文字。

 

「『致死量(ザ・デスディーリング)』」

 

俺は、足元を這い回る一匹のジャイアント・トードに視線を向けた。 このスキルは、対象にとってのあらゆる物質の「致死量」を操作する。 俺は、カエルの体内にある「水分」の致死量を極限まで引き下げた。

 

次の瞬間。 一滴の水を飲んだだけで、そのカエルは全身を痙攣させ、内側から弾けるようにして絶命した。

 

「……恐ろしい力だ。だが、この世界でこれを使いすぎれば、生態系そのものが壊れるな」

 

俺は苦笑し、能力を解除する。 他にもいくつかの文字を試したが、やはり多くはロックがかかっている。 だが、確信した。俺が強くなればなるほど、俺はこの世界の「ルール」そのものを書き換える存在になるだろう。

 

 

その時だった。 街の方角から、空気が凍りつくような不吉な気配が漂ってきた。 俺は即座に『全知全能』を発動し、数分後の未来を「視る」。

 

(……ほう。予定よりも早いな)

 

視界に映ったのは、漆黒の鎧を纏った首のない騎士――デュラハン。 魔王軍の幹部、ベルディア。 彼が、キャベツ収穫で盛り上がるアクセルの街の門前に降り立ち、激昂する未来が視えた。

 

「原因は……俺が降らせたあのキャベツの雨か」

 

どうやら、俺が全知全能の力で引き寄せた「未来」の余波が、彼の居城である古城付近まで影響を及ぼしていたらしい。 魔王軍幹部を怒らせるとは、カズマたちにも劣らぬトラブルメーカーの素質が俺にもあるようだ。

 

「面白い。実戦で『書き換え』の精度を試すには絶好の相手だ」

 

俺は『影』を使い、一瞬で街の門前へと戻った。

 

門前では、すでにカズマたちがベルディアと対峙していた。 「おい、誰だあんな古城に爆裂魔法をぶっ放し続けた奴は! おかげで私の昼寝が台無しだ!」

 

「ち、違います! 私は毎日撃ちに行ってましたが、今日はまだ……」 めぐみんが震えながら弁明している。

 

「嘘をつけ! 今日、城の庭に大量の『キャベツの残骸』が降り注いできたのだぞ! それもただのキャベツではない、ご丁寧に塩味のついた……屈辱だ! 魔王軍幹部たる私への宣戦布告と受け取った!」

 

ベルディアが剣を抜く。 その禍々しい魔力に、並の冒険者たちは腰を抜かして動けない。

 

「ひ、ひぃぃぃ! 継嗣様! 助けて! なんか首のない変質者が怒ってるわ!」 俺の姿を見つけるなり、アクアが泣きついてきた。

 

「……下がっていろ、アクア。貴様の不始末ではないが、これは俺が蒔いた種だ」

 

俺はベルディアの前に、一歩も引かずに歩み出た。

 

「貴様が……あの奇妙な術を使った男か」 ベルディアの首(手首に抱えられた頭)が、俺を睨みつける。

 

「いかにも。あのキャベツは俺の仕業だ。文句があるなら、俺が相手になろう」

 

「抜かせ! 名もなき小童が! ……死の宣告を受け、永劫の絶望に沈むがいい! 『死の宣告』!」

 

ベルディアが俺を指差す。 黒い霧のような呪いが、俺の体にまとわりつこうとした。 カズマが「避けろ!」と叫ぶ。 通常なら、この呪いを受けた者は一週間後に死ぬ。あるいはアクアの浄化が必要になる。

 

だが。

 

「……無意味だ」

 

俺は一瞬だけ、瞳を開いた。 分裂する瞳孔が、ベルディアの「能力」の正体を瞬時に見抜く。

 

(未来A:俺が呪いを受け、一週間後に死ぬ。  未来B:アクアが呪いを解く。  未来C:『呪いという概念そのものが、俺の体に触れた瞬間に「祝福」に書き換わる』)

 

俺は「未来C」を選択した。

 

ベルディアの放った黒い霧が、俺の肌に触れた瞬間――それは黄金色の温かな光へと変化し、俺の体力を回復させ、さらには周囲に美しい花を咲かせた。

 

「な……ななな、何が起きた!? 私の死の呪いが、何故浄化魔法のようになっているのだ!?」

 

ベルディアの首が、驚愕のあまりガタガタと震える。

 

「知った能力は、私を傷つけることはできない。……そして、貴様が今『死を宣告した』という事実は、そのまま貴様自身へと跳ね返る」

 

俺は手をかざし、もう一つの文字を解放する。 それは、敵の攻撃を反射し、さらに倍加させる権能。

 

「『』」

 

「ぐ、ぐわあああああ!?」

 

ベルディアの体が、自らが放ったはずの呪いの波動に包まれた。 しかも、俺が「書き換えた」ことで、その呪いは彼にとって最も致命的な「強力な神聖属性」へと変貌している。

 

「熱い! 熱い! アンデッドである私に、これほどまでの浄化の炎を……! 貴様、一体何をした!?」

 

「何も。ただ、貴様にとって最も都合の悪い未来を『現在』に置いただけだ」

 

俺は冷徹に告げ、腰の剣を抜いた。 この剣自体に特別な力はないが、俺が「斬った」という結果を確定させれば、それは最強の武器となる。

 

「……終わりだ、ベルディア。貴様がこの街を襲おうとした未来は、今ここで潰えた」

 

俺が剣を振り下ろそうとした、その時。

 

「待ちなさい! 継嗣! 美味しいところだけ持っていくのは許さないわよ!」

 

後ろから、水色の髪の女神が特攻してきた。 「ゴッド・ブロー! ゴッド・ブロー! ついでにターン・アンデッド!」

 

「うぎゃあああああ! どさくさに紛れて本物の女神が浄化してくるぅぅぅ! 理不尽だ、この街の連中は理不尽すぎるぅぅぅ!」

 

ベルディアは、俺の書き換えとアクアの(物理的な)浄化に挟まれ、最後は「次は覚えていろ!」というテンプレのような台詞を残して、影の中に逃げ帰っていった。

 

 

夕暮れ時。 ベルディアを(不本意ながら)追い払った俺たちは、再びギルドで宴会を開いていた。

 

「いやー、今日の継嗣は凄かったな! あの呪いを花に変えるとか、どんな手品だよ!」 カズマがジョッキを片手に肩を組んでくる。

 

「……手品ではないと言ったはずだ。まあ、お前たちが無事だったならそれでいい」

 

俺はテーブルの上に並んだ料理を眺める。 すると、ふとまた「未来」が見えた。

 

(未来:アクアが酒に酔って暴れ出し、隣のテーブルの冒険者の頭にビールをぶっかける。それが原因でギルド全体が乱闘騒ぎになり、最後に俺たちの報酬が修理費で全額消える)

 

「……やれやれ」

 

俺は、アクアがビールジョッキを持ち上げ、大きく振りかぶろうとした瞬間に、そっと彼女の足元に転がっていたピーナッツを指先で弾いた。

 

「うにゃっ!?」

 

アクアが滑って転び、ビールは空中で放物線を描き――俺があらかじめ「そこにある」ように動かしておいた空のピッチャーに見事に収まった。

 

「ふぅ……間一髪だな」

 

「え? 継嗣、今何かしたか?」

 

「いや、何も。……ただ、少しだけ『マシな未来』を選んだだけだ」

 

俺は、平和(?)に騒ぎ続けるギルドの喧騒を眺めながら、自らの瞳に宿る力を改めて噛み締めていた。 全知全能の力。それは時に孤独を伴うが、この騒がしい連中といる限り、退屈することだけはなさそうだ。

 

魂の門に刻まれた残りの文字が、静かに脈打っている。 全てを解放した時、俺は果たして何を視るのか。

 

「……まあ、今は。この酒を、こぼさずに飲む未来を選ぶとしよう」

 

俺はグラスを傾け、不敵に微笑んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。