この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
キャベツの浅漬けという「奇跡」によって、ギルドから一躍時の人として注目を浴びた俺、佐藤継嗣。 しかし、俺の目的は異世界でスローライフを送ることでも、漬物職人として名を馳せることでもない。
この体に刻まれた『
キャベツ収穫の翌日、俺は独り、アクセルの街から少し離れた荒野に来ていた。 カズマたちは、昨日の報酬で朝から酒を飲みに行こうと騒いでいたが、俺には確認すべきことがあった。
「アクアは『段階的な解放』と言っていたが……」
俺は静かに目を閉じ、自身の魂の奥底を探る。 そこには、巨大な「門」のようなものが存在していた。 今はまだ固く閉ざされているが、その門の表面には、アルファベットの形をした刻印がいくつも刻まれている。
「試してみるか……」
俺は前方に視線を向けた。 そこには、この辺りでは珍しく、頑丈そうな岩山がそびえ立っている。 俺は一歩踏み出し、自身の影に意識を集中させた。
まず確認すべきは、基本となる移動術と空間干渉だ。
「『
俺の足元から漆黒の影が伸び、周囲の空間を侵食していく。 この世界における「ワープ魔法」のようなものだが、発動の隙が全くない。俺が「影」に沈み込んだ瞬間、すでに俺の体は百メートル先の岩山の頂上に現れていた。
「……フン。魔力の消費は微々たるものか。次は……」
俺は指先を空に向け、大気中の「マナ」を強引に収束させる。 この世界のマナは、霊子(れいし)と特性は違えど、その根源的なエネルギーとしての性質は似ている。
「『
指先から放たれた光の矢が、向かいの岩肌を容易く貫通し、背後の森まで消し飛ばした。 攻撃力に関しては申し分ない。だが、俺が求めているのは単なる破壊力ではない。
「……見せてみろ。我が魂に眠る『文字』を」
俺は門に刻まれた文字の一つに触れた。 選んだのは、かつて親衛隊の一人が持っていた、致命的なまでの強制力を持つ文字。
「『
俺は、足元を這い回る一匹のジャイアント・トードに視線を向けた。 このスキルは、対象にとってのあらゆる物質の「致死量」を操作する。 俺は、カエルの体内にある「水分」の致死量を極限まで引き下げた。
次の瞬間。 一滴の水を飲んだだけで、そのカエルは全身を痙攣させ、内側から弾けるようにして絶命した。
「……恐ろしい力だ。だが、この世界でこれを使いすぎれば、生態系そのものが壊れるな」
俺は苦笑し、能力を解除する。 他にもいくつかの文字を試したが、やはり多くはロックがかかっている。 だが、確信した。俺が強くなればなるほど、俺はこの世界の「ルール」そのものを書き換える存在になるだろう。
その時だった。 街の方角から、空気が凍りつくような不吉な気配が漂ってきた。 俺は即座に『全知全能』を発動し、数分後の未来を「視る」。
(……ほう。予定よりも早いな)
視界に映ったのは、漆黒の鎧を纏った首のない騎士――デュラハン。 魔王軍の幹部、ベルディア。 彼が、キャベツ収穫で盛り上がるアクセルの街の門前に降り立ち、激昂する未来が視えた。
「原因は……俺が降らせたあのキャベツの雨か」
どうやら、俺が全知全能の力で引き寄せた「未来」の余波が、彼の居城である古城付近まで影響を及ぼしていたらしい。 魔王軍幹部を怒らせるとは、カズマたちにも劣らぬトラブルメーカーの素質が俺にもあるようだ。
「面白い。実戦で『書き換え』の精度を試すには絶好の相手だ」
俺は『影』を使い、一瞬で街の門前へと戻った。
門前では、すでにカズマたちがベルディアと対峙していた。 「おい、誰だあんな古城に爆裂魔法をぶっ放し続けた奴は! おかげで私の昼寝が台無しだ!」
「ち、違います! 私は毎日撃ちに行ってましたが、今日はまだ……」 めぐみんが震えながら弁明している。
「嘘をつけ! 今日、城の庭に大量の『キャベツの残骸』が降り注いできたのだぞ! それもただのキャベツではない、ご丁寧に塩味のついた……屈辱だ! 魔王軍幹部たる私への宣戦布告と受け取った!」
ベルディアが剣を抜く。 その禍々しい魔力に、並の冒険者たちは腰を抜かして動けない。
「ひ、ひぃぃぃ! 継嗣様! 助けて! なんか首のない変質者が怒ってるわ!」 俺の姿を見つけるなり、アクアが泣きついてきた。
「……下がっていろ、アクア。貴様の不始末ではないが、これは俺が蒔いた種だ」
俺はベルディアの前に、一歩も引かずに歩み出た。
「貴様が……あの奇妙な術を使った男か」 ベルディアの首(手首に抱えられた頭)が、俺を睨みつける。
「いかにも。あのキャベツは俺の仕業だ。文句があるなら、俺が相手になろう」
「抜かせ! 名もなき小童が! ……死の宣告を受け、永劫の絶望に沈むがいい! 『死の宣告』!」
ベルディアが俺を指差す。 黒い霧のような呪いが、俺の体にまとわりつこうとした。 カズマが「避けろ!」と叫ぶ。 通常なら、この呪いを受けた者は一週間後に死ぬ。あるいはアクアの浄化が必要になる。
だが。
「……無意味だ」
俺は一瞬だけ、瞳を開いた。 分裂する瞳孔が、ベルディアの「能力」の正体を瞬時に見抜く。
(未来A:俺が呪いを受け、一週間後に死ぬ。 未来B:アクアが呪いを解く。 未来C:『呪いという概念そのものが、俺の体に触れた瞬間に「祝福」に書き換わる』)
俺は「未来C」を選択した。
ベルディアの放った黒い霧が、俺の肌に触れた瞬間――それは黄金色の温かな光へと変化し、俺の体力を回復させ、さらには周囲に美しい花を咲かせた。
「な……ななな、何が起きた!? 私の死の呪いが、何故浄化魔法のようになっているのだ!?」
ベルディアの首が、驚愕のあまりガタガタと震える。
「知った能力は、私を傷つけることはできない。……そして、貴様が今『死を宣告した』という事実は、そのまま貴様自身へと跳ね返る」
俺は手をかざし、もう一つの文字を解放する。 それは、敵の攻撃を反射し、さらに倍加させる権能。
「『』」
「ぐ、ぐわあああああ!?」
ベルディアの体が、自らが放ったはずの呪いの波動に包まれた。 しかも、俺が「書き換えた」ことで、その呪いは彼にとって最も致命的な「強力な神聖属性」へと変貌している。
「熱い! 熱い! アンデッドである私に、これほどまでの浄化の炎を……! 貴様、一体何をした!?」
「何も。ただ、貴様にとって最も都合の悪い未来を『現在』に置いただけだ」
俺は冷徹に告げ、腰の剣を抜いた。 この剣自体に特別な力はないが、俺が「斬った」という結果を確定させれば、それは最強の武器となる。
「……終わりだ、ベルディア。貴様がこの街を襲おうとした未来は、今ここで潰えた」
俺が剣を振り下ろそうとした、その時。
「待ちなさい! 継嗣! 美味しいところだけ持っていくのは許さないわよ!」
後ろから、水色の髪の女神が特攻してきた。 「ゴッド・ブロー! ゴッド・ブロー! ついでにターン・アンデッド!」
「うぎゃあああああ! どさくさに紛れて本物の女神が浄化してくるぅぅぅ! 理不尽だ、この街の連中は理不尽すぎるぅぅぅ!」
ベルディアは、俺の書き換えとアクアの(物理的な)浄化に挟まれ、最後は「次は覚えていろ!」というテンプレのような台詞を残して、影の中に逃げ帰っていった。
夕暮れ時。 ベルディアを(不本意ながら)追い払った俺たちは、再びギルドで宴会を開いていた。
「いやー、今日の継嗣は凄かったな! あの呪いを花に変えるとか、どんな手品だよ!」 カズマがジョッキを片手に肩を組んでくる。
「……手品ではないと言ったはずだ。まあ、お前たちが無事だったならそれでいい」
俺はテーブルの上に並んだ料理を眺める。 すると、ふとまた「未来」が見えた。
(未来:アクアが酒に酔って暴れ出し、隣のテーブルの冒険者の頭にビールをぶっかける。それが原因でギルド全体が乱闘騒ぎになり、最後に俺たちの報酬が修理費で全額消える)
「……やれやれ」
俺は、アクアがビールジョッキを持ち上げ、大きく振りかぶろうとした瞬間に、そっと彼女の足元に転がっていたピーナッツを指先で弾いた。
「うにゃっ!?」
アクアが滑って転び、ビールは空中で放物線を描き――俺があらかじめ「そこにある」ように動かしておいた空のピッチャーに見事に収まった。
「ふぅ……間一髪だな」
「え? 継嗣、今何かしたか?」
「いや、何も。……ただ、少しだけ『マシな未来』を選んだだけだ」
俺は、平和(?)に騒ぎ続けるギルドの喧騒を眺めながら、自らの瞳に宿る力を改めて噛み締めていた。 全知全能の力。それは時に孤独を伴うが、この騒がしい連中といる限り、退屈することだけはなさそうだ。
魂の門に刻まれた残りの文字が、静かに脈打っている。 全てを解放した時、俺は果たして何を視るのか。
「……まあ、今は。この酒を、こぼさずに飲む未来を選ぶとしよう」
俺はグラスを傾け、不敵に微笑んだ。