この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
王都エルロードの空を埋め尽くしていた白銀の雲が、今、赤黒い爆炎と漆黒の魔力によって激しく千切れていた。
佐藤継嗣は、崩れ落ちた中央広場の中央で、膝をついていた。 「聖別(アウスヴェーレン)」によって得た最強の霊圧は、ダストの「スティール」によって乱され、ゆんゆんやミツルギたちの連撃によってその防御殻は粉々に砕け散っている。
「……ありえない。私の全知の眼に……このような『醜い結末』など、映っていなかったはずだ……!」
継嗣の三重の瞳孔は、激しく揺れ動いていた。視える。今もなお、数秒後の未来は視えている。カズマが刀を構え、アクアが魔力を練り、めぐみんが最後の一撃を放とうとしている。だが、満身創痍の彼の肉体は、その情報を処理し、回避に移るだけの余力を失っていた。
「未来が視えていても、体が動かなきゃ意味ねえんだよ。……なあ、継嗣」
瓦礫を掻き分け、カズマが歩み寄る。その手には、和尚から受け継いだ墨の力が宿る黒い刀が握られていた。
「お前が作った『正しい未来』ってのは、きっと綺麗で、争いもなくて、完璧なんだろうな。……でもな、そんな未来、俺たちの誰も望んじゃいねえんだ」
「……何だと?」
「ままならないから面白いんだよ。ムカつく上司がいて、金がなくて、女神が泣き喚いて、毎日必死にクソみたいな依頼をこなす。そんな不完全な毎日を……俺たちは『日常』って呼んでるんだ」
カズマの背後には、ボロボロになりながらも立ち上がる仲間たちがいた。アイリスが、ダクネスが、ウィズが、そして復活したバニルが、一歩ずつ継嗣を包囲していく。
「継嗣。お前が視ている『確定した未来』を、今ここで俺たちが上書きしてやる」
カズマが刀を掲げた。それと同時に、めぐみんが杖を突き出し、アクアが神々しいまでの光をその身に宿す。
「――暗黒よりもなお暗きもの……」 「――神の怒りに触れるがいいわ……!」 「――エクスプロージョン!!」 「――セイクリッド・ブレイクスペル!!」
紅蓮の炎と純白の神気が、一本の巨大な光の柱となって継嗣へと収束した。 継嗣は、その光の中に、かつて日本でカズマとゲームをしていた自分たちの姿を視た。笑い、競い合い、下らないことで言い争っていた、ただの「佐藤継嗣」だった頃の姿を。
「……ああ、そうか」
継嗣は、抗うのを止めた。 三重の瞳孔が、ゆっくりと一つの、ただの少年の瞳へと戻っていく。 爆発が王都を包み込み、白銀の霊圧が跡形もなく霧散していった。
静寂のあと
爆炎が晴れた後、そこには巨大なクレーターだけが残されていた。 佐藤継嗣の姿は、どこにもない。 かつて世界を震撼させた「星十字騎士団」の気配も、空を覆っていた不気味な白銀も、すべてが嘘だったかのように消え去っていた。
「……終わった、の?」
アクアが、その場にへたり込みながら呟いた。 カズマは何も答えず、空を見上げた。白銀の雲が消え、そこには異世界の、少しだけ懐かしい青空が広がっていた。
「……ああ。終わったよ」
カズマの足元には、継嗣が最期に纏っていたマントの切れ端と、和尚の数珠の残骸が転がっていた。それは神でも王でもない、一人の転生者がここにいたという唯一の証だった。
それから一ヶ月が過ぎた。
王都エルロードの復興は、驚くべき速さで進んでいた。アイリス王女の指揮のもと、王国軍とアクセルの冒険者たちが協力し、街はかつて以上の活気を取り戻しつつある。
アクセルの街、ギルドの酒場。
「おい、カズマ! また依頼をサボって酒を飲んでるのか! このクズ、ニート、引きこもり!」 「うるせえなアクア! 俺はこの一ヶ月、世界を救った英雄として休む権利があるんだよ! お前こそ、高い酒ばかり注文してツケを溜めるんじゃねえ!」
いつもの光景。 めぐみんは相変わらず「今日はどこに爆裂魔法を撃ちましょうか」と物騒なことを言い、ダクネスは「ふふ、またカズマに罵られた……」と悦に浸っている。
ふと、カズマはカウンターの端に目を向けた。 そこには、新しく作り直された「慰霊碑」の名簿が置かれている。 ハッシュヴァルト、バズビー、そして――佐藤継嗣。
彼らが本当に消滅したのか、あるいは別の世界へ飛ばされたのかは、誰にもわからない。アクアですら「あいつの魂がどこへ行ったか、私にも視えないわ」と首を振るばかりだった。
「……まあ、あいつのことだ。どこかの世界で、また全知全能とか言いながら偉そうにしてるのかもな」
カズマは独りごちて、ジョッキの酒を飲み干した。
「カズマさん、どうかしたんですか?」 ウィズが心配そうに声をかけてくる。彼女の隣には、バニルがいつもの不敵な仮面をつけて座っていた。
「フハハ! 汝、またあの男のことを考えていたな。安心しろ、奴の絶望は我輩が美味しく頂いた。あのような濃密な味は、千年に一度の馳走よ」
「……そうかよ」
カズマは笑い、席を立った。 外に出ると、夕暮れ時のアクセルの街がオレンジ色に染まっていた。 理不尽で、わがままで、ままならない世界。 だが、そこには確かに、自分たちが選んだ「名前」のない明日が続いていた。
「おーい、みんな! 今日はカズマさんの奢りで焼肉だー!」 「はああ!? 誰がそんなこと言ったよアクア! 待て、逃げるな!」
カズマは駆けていく仲間たちの背中を追いかけた。 その顔には、最高に幸せそうで、最高に「クズ」な笑顔が浮かんでいた。