この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
ベルディアとの一件を経て、俺の名前はアクセルの街で少しずつ「得体の知れない実力者」として広まりつつあった。だが、俺が求めているのは一時の名声ではない。
この世界、この理(ことわり)そのものを塗り替えるための土台だ。
俺は再び、全知全能(ジ・オールマイティ)を使い、アクセルの街の「数日後の可能性」を網羅的に視ていた。そこで一つの欠片が目に留まる。
路地裏。飢えと絶望の中にありながら、その瞳の奥に「秩序」への渇望を宿した一つの魂。
「……そろそろ、一人目の『糧』が必要か」
俺は喧騒を離れ、街の貧民街へと足を向けた。
そこは、冒険者たちが酒を酌み交わす華やかな大通りとは真逆の世界だった。 腐った残飯の臭いと、病に伏せる人々の呻き。その一角、薄汚れた壁にもたれかかり、虚空を見つめている一人の少年がいた。
年齢は十二、三といったところか。 両親を魔物の襲撃で失い、住んでいた村を焼かれ、この街に流れ着いた浮浪児の一人。 だが、他の子供たちと違うのは、その眼だ。 絶望に染まりながらも、周囲を恨むのではなく、ただ静かに「正しき力」を求めている。
「……腹が減っているのか?」
俺が声をかけると、少年はゆっくりと顔を上げた。 俺から放たれる威圧感に怯えることもなく、ただ純粋な疑問を瞳に浮かべて。
「……あんた、誰? 俺を買いに来た奴隷商なら、他を当たってくれ。俺は、誰にも従うつもりはない」
「従う必要はない。私は、貴様に『力』と『目的』を与えに来たのだ」
俺は少年の前に膝をつき、その額に手をかざした。 『全知全能』が少年の過去と未来を走査する。 この少年には才能がある。俺の力を受け入れ、それを増幅させ、俺の半身となり得る素質が。
「貴様は、今のこの世界をどう思う?」
「……クソだ。強い奴が弱い奴を奪い、神様は天国でポテトチップスを食ってる。魔王も、冒険者も、結局は自分の都合で動いているだけだ」
少年の言葉に、俺は微かに口角を上げた。
「ならば、私が変えてやろう。理不尽が支配するこの世界に、唯一絶対の『天秤』を置く。貴様はその天秤の支柱となれ」
「天秤……?」
「そうだ。私の名は佐藤継嗣。だが、今日この瞬間から、私は貴様にとっての陛下となる」
俺は己の指先を噛み切り、一滴の血を少年の唇に落とした。 それは単なる血ではない。滅却師の始祖としての魂の欠片。聖文字(シュリフト)を分け与えるための儀式。
「ぐ、あああああぁぁぁ!!」
少年の体が激しく発光し、周囲の霊子(マナ)が渦を巻いて彼の中に吸い込まれていく。 彼の魂の中に、新たな文字が刻まれていくのが視える。 均衡。天秤。そして、主の代行。
「……目を開けろ。貴様はもはや、名もなき浮浪児ではない」
光が収まった時、少年の姿は一変していた。 ボロボロだった服は白銀の外套へと変わり、その手には黄金の天秤を模した盾と長剣が握られている。
「……体が、軽い。それに、見える……世の中の『不均衡』が……」
少年は戸惑いながらも、俺の前に跪いた。 その仕草は、教育されたものではなく、魂の根源から湧き上がる忠誠心の現れだった。
「今日から貴様の名は、ユーグラム・ハッシュヴァルトだ。私の半身として、私の不在の間はこの世界の均衡を守れ」
「ハッシュヴァルト……。はい、陛下。この命、貴方の望む未来のために捧げます」
一人目の聖十字騎士団(シュテルンリッター)が、この異世界に誕生した。
俺はハッシュヴァルトを連れ、再び冒険者ギルドへと向かった。 当然、見慣れぬ白銀の装備に身を包んだ美少年の登場に、ギルド内は騒然となる。
「ちょ、ちょっと継嗣! 何よその子! どこでそんなイケメン拾ってきたのよ! 私、ショタ属性はないけど、神聖なオーラを感じるわ!」 アクアが真っ先に飛びついてくる。
ハッシュヴァルトは眉一つ動かさず、静かにアクアの前に剣を突き立てた。 「陛下に無礼を。控えろ、下級神」
「えっ……下級……? 私、これでもエリスに敬われてる最高位の……」
「ハッシュヴァルト、そこまでだ。彼女は……まあ、賑やかしとして置いてあるだけだ」
俺が制すると、ハッシュヴァルトは瞬時に剣を引き、深々と頭を下げた。 その洗練された動きに、カズマが顔を引きつらせる。
「おいおい……。継嗣、お前どこでこんな執事みたいな奴を……。しかもハッシュヴァルトって、名前からして中二病全開じゃねえか」
「カズマ。中二病かどうかは、結果で判断しろ。……今日、私はギルドの皆に、そしてこの世界に告げに来た」
俺はギルドの中央に立ち、圧倒的な霊圧(プレッシャー)を放った。 騒がしかった冒険者たちが、本能的な恐怖に喉を鳴らす。
「私は冒険者という枠組みに留まるつもりはない。ここに、秩序なき世界を統治する新たな組織を設立する。名は、『見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)』」
「て、帝国ぅ!? 継嗣、アンタ何言ってんのよ! 国家反逆罪で捕まっちゃうわよ!」 アクアが泡を吹いて倒れそうになるが、俺は無視した。
「魔王を倒すのは、通過点に過ぎない。私の目的は、生と死が曖昧なこの世界の理を正し、永遠の安寧を築くことだ。……ハッシュヴァルト、見せてやれ。我らの拠点となる場所を」
「御意」
ハッシュヴァルトが剣の柄で地面を叩く。 すると、ギルドの影、街の影、あらゆる「影」が蠢き出し、一つの巨大な空間へと繋がった。
「『影の領域(シャッテン・ベライヒ)』。我々は影の中に国を築く。光ある場所に魔王がいても、我々は常に影から全てを監視し、支配する」
これが俺の建国宣言だ。 魔王軍でもなく、王国軍でもない、第三の勢力。 未来を知る者が支配する、絶対秩序の帝国。
「……面白くなってきやがった。帝国、か。……俺も、その影の特等席ってやつに座らせてくれるのか?」 カズマが、不敵な笑みを浮かべて尋ねる。
「貴様らには、貴様らなりの役割がある。だが、今はまだ早い。……ハッシュヴァルト、行くぞ」
「はっ」
俺たちはギルドの者たちが呆然と見守る中、影の中に消えた。
影の領域内部。 そこは、アクセルの街を反転させたような、静寂に満ちた白銀の城郭都市だった。 今はまだ俺とハッシュヴァルトの二人しかいないが、ここがやがて、異世界全土を震え上がらせる帝国の首都となる。
俺は玉座に座り、瞳を開く。 無数の未来が、銀の糸となって俺の指先に絡みつく。
「陛下。まずは何から手を付けられますか?」 ハッシュヴァルトが傍らで問う。
「……魔王軍の幹部が、我が帝国の出現を危惧し始めている未来が見える。まずは彼らに『恐怖』という名の教育を施す必要があるな」
俺の『全知全能』は、すでに魔王の居城、そしてその先にある「世界の終わり」までを射程に捉えていた。
「ハッシュヴァルト。貴様には『不運』と『幸運』の分配を任せる。この街の冒険者たちが、我々の帝国を無視できなくなるように、適度な『奇跡』を与えてやれ」
「承知いたしました。陛下に仇なす者には不運を、陛下の益となる者には幸運を」
俺は影の中で静かに目を閉じた。 異世界転生からわずか数日。 一介の社畜だった男は、今や運命を紡ぐ帝国の皇帝へと変貌を遂げた。
「……待っていろ、魔王。そしてこの世界の神々よ。貴様たちが描いたシナリオは、今この瞬間、私が全て書き換えた」
影の城に、ユーハバッハの……いや、佐藤継嗣の冷徹な笑い声が響き渡った。
今回はちょっと長くなっちゃった