この素晴らしい世界に滅却師の王を! 作:sk20100626
アクセルの街は、今日も相変わらずの喧騒に包まれていた。 ギルドではアクアが借金取りに追われて泣き叫び、カズマがそれを冷めた目で見送りながら、めぐみんとダクネスを連れてクエストの相談をしている。
だが、俺――佐藤継嗣(サトウ・ケイジ)は、その輪の中に加わることはなかった。 俺が手に入れた『全知全能(ジ・オールマイティ)』。この力は、誰かと馴れ合うためのものではない。世界の理を書き換え、新秩序を築くための王の力だ。
「……陛下、準備が整いました」
傍らに控えるハッシュヴァルトが、白銀の外套を翻して告げる。 俺は、カズマたちが笑い合っているギルドの影から、静かに一歩を踏み出した。向かう先は、華やかな冒険者の世界ではない。この世界の光が届かない、どす黒い影の底だ。
俺とハッシュヴァルトが辿り着いたのは、アクセルの隣領にある、地図にも載っていない「廃棄集落」だった。 そこは、戦争で親を失った孤児、人身売買の果てに使い潰された奴隷、そして亜人というだけで迫害された者たちが、泥水を啜りながら死を待つ場所。
「……ひどいものだな。神エリスの慈悲とやらは、この場所を視ていないらしい」
俺の『全知全能』が、この集落の過去と未来を走査する。 昨日、三人の子供が飢えで死んだ。 今日、一人の少女が病で動けなくなった。 明日、野盗がこの村を襲い、生き残った者たちを略奪し、最後の一人まで焼き払う。
それが、この世界が規定した「確定した未来」だ。
「陛下、あそこに」 ハッシュヴァルトが指差した先。泥溜まりの中に、一人の少年が横たわっていた。 体中が痣だらけで、片方の瞳は潰れている。だが、残されたもう一方の瞳には、世界への呪詛を越えた、澄み切った「殺意」が宿っていた。
俺は少年の前に歩み寄り、静かに見下ろした。
「……殺すなら、早くしろ。俺は……神様なんて、信じてねえ」
少年の掠れた声。俺は無言で、自分の指先を噛み切った。 滴り落ちる始祖の血。
「神を信じる必要はない。貴様自身が、神を裁く力となれ」
俺の血が少年の唇に触れた瞬間、爆発的な霊圧が荒野を震わせた。 少年の欠損していた瞳が再生し、その奥に「文字」が刻まれていく。
「聖文字『H』――『灼熱(ザ・ヒート)』」
「あ……あぁぁぁぁ!!」 少年の体から吹き出した炎が、周囲の泥を瞬時に焼き固め、集落の寒気を一変させた。 彼は立ち上がり、己の掌から溢れる業火を見つめて、俺の前に跪いた。
「俺に……名前を、くれ」
「今日から貴様はバザード……いや、バズビーだ。貴様の炎は、帝国の敵を焼き尽くすための業火となれ」
俺の「選別」は続いた。 一万字を綴るに等しい過酷な旅の中で、俺は世界に棄てられた者たちだけを拾い上げ、俺の血を与えていった。
カズマたちのパーティ――カズマ、アクア、めぐみん、ダクネス。彼らは確かに強力なスキルを持っている。だが、彼らの根底にあるのは「この世界を維持し、楽しむ」という甘い思想だ。 俺が求めるのは、そんなものではない。
奴隷市場の地下牢。 喋る機能を奪われ、実験体として魔力を吸い取られ続けていた寡黙な少年。 彼に与えたのは、聖文字『D』――『致死量(ザ・デスディーリング)』。 「貴様の受けた痛み、毒、絶望。そのすべてを、敵の致死量へと変換せよ。世界そのものを、貴様の毒に沈めろ」
国境付近の戦場。 盾として最前線に立たされ、手足を失って放置されていた亜人の巨漢。 彼に与えたのは、聖文字『M』――『奇跡(ザ・ミラクル)』。 「貴様の不運、貴様の傷、貴様の絶望。そのすべてを『奇跡』という名の巨大な力へと変えよ。貴様はもはや、倒れることのない帝国の城壁だ」
俺の周囲には、少しずつ、しかし着実に「白銀の外套」を纏った少年少女が集まっていった。 彼らはもはや、飢えた孤児でも、怯える奴隷でもない。 唯一絶対の主(俺)への狂信と、理不尽な世界を塗り替えるという鋼の意志を持った、星十字騎士団(シュテルンリッター)。
ある日、俺が拠点を構築している最中に、カズマたちが現れた。 彼らは俺が街から消えたことを不審に思い、俺の「影」を辿ってきたのだ。
「おい、継嗣! 最近街で見かけないと思ったら、こんなところで何して……」
カズマの言葉が止まった。 彼の視線の先には、整然と並ぶ二十人以上の白銀の騎士たち。 その一人一人が放つ、異様なまでのプレッシャー。
「……ひっ! な、何よこの子たち……。みんな、死神みたいな目をしてるわ……」 アクアがガタガタと震えながら、俺の後ろに控えるバズビーたちを指差す。
「継嗣。この者たちは一体……。王国に届け出のない私兵を組織するのは、重罪だぞ」 ダクネスが騎士としての剣を半分抜き、鋭い視線を向ける。
俺は玉座――影で作り出した漆黒の椅子に座ったまま、彼らを見下ろした。
「ダクネス。貴様の言う『王国』が、この者たちをどう扱ったか知っているか? 奴隷として売り、ゴミとして捨て、飢えの中で死ぬのを待っていた。……それが、貴様の守る秩序の正体だ」
「それは……だが、改善の道はあるはずだ!」
「道などない。私が視るすべての未来において、この世界の『光』が彼らを救うことはなかった。……だから、私が『影』を与えた。私の血を分け、運命を書き換えた」
俺は静かに立ち上がる。 「カズマ。お前たちは、魔王を倒して英雄になればいい。だが、私の帝国には関わるな。……ハッシュヴァルト。彼らを外へ」
「御意」
ハッシュヴァルトが剣を一閃させると、空間が歪み、カズマたちは強制的に影の領域から弾き出された。 「待て! 継嗣! お前、何をするつもりなんだ――!」 カズマの叫びが遠ざかる。
彼らとの縁は、これで完全に切れた。 俺が作る未来に、彼らの居場所はない。彼らが「光」の中で冒険者ごっこを楽しんでいる間に、俺は「影」から世界を飲み込む準備を始める。
アクセルの街の「影」のさらに深層。 そこには、俺が能力を注ぎ込み、ハッシュヴァルトや騎士たちの魔力を霊子に変換して構築した白銀の城郭都市、**『氷の宮殿(ジルバーン)』**が完成していた。
「陛下。騎士団の練度は頂点に達しております。もはや、魔王軍や王国の騎士団など、我らの足元にも及びません」 ハッシュヴァルトが報告する。
俺は玉座の間から、広場に集まった騎士たちを見下ろした。 かつて泥水を啜っていた孤児。 かつて首輪を繋がれていた奴隷。 彼らは今、一切の迷いなく、俺を「父」と呼び、絶対の忠誠を誓っている。
「我が子らよ」
俺の声が、霊圧に乗って宮殿内に響き渡る。 騎士たちが一斉に、膝を突き、頭を垂れた。
「世界は貴様たちを棄てた。神は貴様たちを無視した。……だが、私は違う。私は貴様たちの絶望を視、貴様たちの未来を我が手に引き受けた。……今、この瞬間より、我らは影を脱ぎ捨て、この理不尽な世界に『審判』を下す」
俺の『全知全能』が、数分後の未来を捉える。 魔王軍の幹部が、この異様な霊圧を察知し、軍勢を率いて接近してくる未来。 王国の軍勢が、脅威を感じてアクセルへと進軍してくる未来。
「魔王も、神も、王国も。私を阻むすべてを『無かったこと』にする。……騎士団よ、進軍せよ。世界を、白銀の影で塗りつぶせ」
「「「ジーク・ハイル(陛下に勝利を)!!!」」」
数千、数万の声が轟き、氷の宮殿が鳴動する。 影の中から、白銀の光を纏った騎士たちが一斉に飛び出していく。
彼らの行く先には、もはや「敗北」という文字は存在しない。 なぜなら、彼らの戦いの結果は、すでに俺が『全知全能』によって確定させているからだ。
佐藤継嗣という男が、異世界において「社畜」から「皇帝」へと羽化を遂げた瞬間。 それが、この世界の終わりの始まりだった。