『死に戻り』しまくって助けたヒロインが、記憶を引き継いでいたので全員病んだ   作:水葉わいん/わいん。

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第10話 曇りのち晴れ

 

 

 

【月乃side】

 

 

『――月乃、大丈夫か?』

 

 電話から聞こえてきたのは、ユウさんの声だった。

 

「な、なんで雪那の携帯からユウさんの声が……?」

 

『ああ、これは……俺が月乃に連絡したかったけど、連絡先を知らなかったから、雪菜にスマホを借りたんだよ。ごめんな、困惑させちゃったよな』

 

「……ううん、心配してくれてありがとうございます」

 

 もしかして、雪那から何か言われたのだろうか?

 あの子は、自分なりの償い方を見つけたらしいし、私を心配するくらいの余裕が、雪那にあってもおかしくない。

 

「――でも、ユウさん。私のことなら大丈夫ですから」

 

 今のユウさんから優しくされても、嬉しくなかった。

 

 むしろ……苦しい。

 

『そ、そうか……? でも、それにしては最近、顔を見せてくれないし……声もそこまで元気なさそうだけど……』

 

「っ……き、気のせいじゃないですか? 私は……最近、ちょっと忙しいので、ユウさんの所に行けてないだけですよ」

 

『そっか。まあ、色々事情はあるもんな。……でも、何かあったら一人で抱え込まずに相談してくれていいんだぞ?』

 

「……そうですね、ありがとうございます。やっぱり、ユウさんは優しいですね」

 

『……? そうか……?』

 

「はい。とっても……優しいです」

 

 優しい。

 だからこそ――私は死ぬほど苦しい。

 

 その優しさは、私が彼を壊した証拠。

 優しくされるたびに、心の中の誰かが、『私がユウさんを壊したのだ』と、『私のせいで、ユウさんはこうなったのだ』と、囁いてくる。

 

 それが苦しくて辛くて、胸が張り裂けそうで、自分を殺したくなるのだ。

 

 私は、正気を保っている内に電話を切る。

 

「――では、私はやらなきゃいけないことがあるので、ここら辺で失礼しますね」

 

『お、おう……!』

 

 そうして、私は電話を切った。

 

 正確には……やらなきゃいけないことが、今、出来たのだ。

 

 ――ユウさんから距離を取ろう。

 それも……うんと、距離を取ろう。

 

 県外なんて生ぬるいものじゃダメだ。

 せめて海外まで行こう。

 

 それが……私達にとって最善の選択肢だと思う。

 

 私はユウさんから優しくされて苦しまなくて良い。

 ユウさんは、もう私に気を使わなくて良い。

 

 Win-Winじゃないか。

 

「……明日の夜……出発しよう」

 

 そこまで急ぐ必要はない。

 

 けれど……これ以上、ユウさんと一緒にいると、彼の魅力に吸い寄せられて、離れなくなりそうで怖かった。

 この決意が、確かな内に行動したかった。

 

「……あっ、お父さん? お願いがあるのですけれど――」

 

 そうして、私はお父さんに頼み込んで、明日の夜、海外へ出発することが決定した。

 

 これで、ユウさんとはお別れ……か。

 

 逃げるような形になってしまった。

 ――いや、違う。逃げたんだ、私は。

 

 償い切れない罪を抱え、心が壊れそうになって……最後には、罪にちゃんと向き合わずに、逃げることを選択した最低な女だ。

 

「……ごめんなさい」

 

 気がつけば、虚空に向かって謝罪の言葉を口にしていた。

 

「貴方が助けたのが、こんな最低な女でごめんなさい。罪を償わずに逃げてごめんなさい。ごめん……なさい。本当に……」

 

 気がつけば、全身から力が抜けて、床に座り込んでいた。

 床には大量に折り鶴が転がっていたため、座った時にくしゃくしゃと折り鶴が潰れていく。

 

 その様子は、私の中のユウさんへ償う気持ちが潰れていくのを表しているようだった。

 

 そして、私は何時間も何時間も、泣き続けた。

 罪から逃げることへの罪悪感を体の外に逃がすように、大量に涙を流した。

 

 そうして……日付が変わり、太陽の光が窓から差し込んできた頃。

 

 ――ピンポーン

 

 インターホンの音が家中に響き渡った。

 こんな早朝に……一体誰?

 

 まさか――。

 

 い、いや、流石にそれは、あり得ないよね……。

 でも……もしかしたら……。

 

 私は、涙を服の裾で拭って立ち上がる。

 そして――玄関まで足を運び、扉を開けた。

 

「――よっ、月乃」

 

 そこには――車椅子に乗ったユウさんがいた。

 

 

 ――◇――◇――◇――

 

【主人公side】

 

「な、なんで……ここにユウさんが……」

 

 月乃は、唖然とした様子で、目を見開いた。

 

 そりゃあ、信じられないか。

 ――まだベッドの上から動けないはずの俺が、なぜか、自宅の前のいるのだから。

 

「け、怪我! 怪我はどうしたんですか?! まだ、安静にしていなきゃいけないはずじゃ……」

 

「ん? ああ、そんなことか。てっきり、どうして家の住所を知っているのか聞かれると思ってたや」

 

 俺はポリポリと頭を掻くと、少し苦笑いを浮かべて――

 

「――病院から、抜け出して来ちゃった」

 

 月乃にそう告げた。

 

「え……びょ、病院から抜け出して……?! じゃ、じゃあ! ここまで病院まで車椅子で1人で……?!」

 

「まあな。2時間くらいかかったけど、いい気分転換になったよ」

 

「っ……」

 

 月乃は、俺の飄々とした態度を見て、表情を引きつらせた。

 そして、怒りと困惑が混じり合った声で――

 

「……なんで」

 

「え?」

 

「なんで、そんな危ないことをしてまで、私の家に来たんですか……?! 私は、さっき言った通り、忙しくて――」

 

「――忙しい? ……ああ、海外に引っ越す準備で忙しいのか?」

 

「ッ?!」

 

 なぜそれを知っているの……と、今にでも言いそうな表情を月乃はしていた。

 

「まあ、ちょっと小耳に挟んだんだよ。月乃が今日の夜、海外に出発するって……なら――せめて、理由だけは教えて欲しいなって」

 

「……別に、ユウさんには関係ありませんよ」

 

 そう言った月乃は、僅かに俺の瞳から視線を逸らしていた。

 

「……月乃、目が逸れてるぞ?」

 

「あっ……!」

 

 月乃は、しまったといった様子で、口を抑える。

 

 その様子だと……やっぱり、俺が関係してるのか。

 

 でも、一体、どうして?

 俺は、何か月乃の気を悪くするようなことをしただろうか……?

 

 ……わからない。

 

 ならば、直接訊くまでだ。

 

「頼む、月乃。俺に出来ることなら、手助けしてみせるからさ――どうして、月乃がそこまで苦しんでいるのか……教えてくれないか? お願いだ……!!!」

 

「それ……は……」

 

 月乃は、気まずそうに目を逸らす。

 

 そして、幾ばくかの逡巡を挟んで……月乃は重い口を開いた。

 

「私には……ユウさんに償わなきゃいけないことが沢山あるんです。ユウさんはそれが何かは知りませんけれど……私は知っている」

 

 月乃は、強く拳を握りしめると、話を続けた。

 

「詳しいことは言えません……けれど、ぼかして言うなら――私はユウさんが必死に苦しみながら私たちを助けようとしている時に、何も手を貸すことができなかったんです。頑張れば、何かできたはずなのに……私は、真っ先諦めて、頑張ってる貴方をただただ見ていることを選択したんです……」

 

 顔を上げた月乃は、涙を僅かに瞳に浮かべながら、頭を勢い良く下げた。

 

「だから――ごめんなさい。本当に……ごめんなさい……ッ!」

 

 月乃の声は、微かに震えていた。

 

 月乃が語った内容は、初めて知る真実だった。

 同時に衝撃でもあった。

 月乃は、俺を助けられる状況で助けなかったのだ。

 

 ……それは悲しいこと。

 だけれど――

 

「別に俺は……そこまで、気にしないな」

 

「……そうですか。でも……」

 

 月乃は、言葉を濁すと……深呼吸を挟み、覚悟を決めたように、口をゆっくり開いた。

 

「――もしも、私がユウさんに手を貸していたら、貴方は足に怪我なんて負わずに、私たちを助けることができたかもしれないんですよ? それを考えた上で……ユウさんは私に同じことが言えるんですか?」

 

「言えるよ」

 

 即答だった。

 

「確かに、もしも月乃が俺に手を貸していたら、もっと良い結果になったかもしれない。――けれど、もっと悪い結果になったかもしれないだろ? 例えば……俺達の誰かが命を失ってしまったり……ね」

 

「っ……それは、そうですけれど……」

 

「俺はさ、この結果に満足してるんだ。俺はスポーツは出来なくなったとはいえ……全員がまだ生きているんだから」

 

 全員が生きている。

 当たり前のようで……その事実が、死ぬほど嬉しかった。

 

 どうしてだろうか。

 

 わからない。

 けれど……なぜか、俺は何年も何十年も望んでいた悲願が叶ったかのような気分だった。

 

「でも……ユウさんがそんなことを言えるのは、貴方が何も知らないだけで――」

 

「――ああ、()()()()……してるんだっけ。俺は」

 

「ッ?!」

 

「いや、流石にあんなに意味不明な発言を繰り返されたら、俺だってわかるよ」

 

 確信はしていなかったけれど……目が覚めた翌日には何となくわかっていた。

 だって――なぜか、前世の名前が思い出せなかったからな。

 

 その時に、記憶喪失の可能性に気がついた。

 

「でも、関係ないさ。忘れちゃうくらいの記憶ってことは、俺に取っては大した記憶じゃなかったんだろ。……まっ! どっちにしても覚えてないんだから、今の俺には関係ないよ」

 

「そ、そんなこと――」

 

「月乃」

 

 俺は、月乃の言葉を遮って、彼女の名前を呼ぶ。

 

「もう一度、訊いてもいいか? どうして……月乃は海外に行こうと思ってるんだ?」

 

 すると、月乃は一瞬、苦痛で顔を歪めた。

 そして、幾ばくかの沈黙の後、話し出した。

 

「……私はユウさんに……どうやって償えば良いのか、わからないんです……。だから、貴方の邪魔にならない場所に行って……でも、それは私が償いから逃げるためでも、あって……」

 

「月乃……ゆっくりでいいよ。ゆっくりでいいから……落ちついて」

 

「……はい」

 

 月乃は深呼吸を挟むと、全てを語った。

 

 俺の優しい態度が月乃にとっては苦しいこと。

 俺邪魔にならないように距離を取ることで、俺に償おうとしたこと。

 でも、それは……本当は償い切れない罪から逃げるためであったこと。

 

「……私は……最低なんです。結局、償い切れない罪を抱える事が辛くなったから、罪から逃げようとして……ぁ……」

 

 月乃は、爪を自身の手のひらに突き立てた。

 すると、彼女の顔は苦痛に歪み、手のひらから鮮血が溢れ出し、赤色が徐々に広がっていく。

 

 俺は、そんな月乃の手に優しく触れて、掴んだ。

 

「……俺に償おうとするのをやめる……っていうのは出来ないのか?」

 

「――それだけは、絶対に出来ません。そしたら……私は、きっと本当に壊れちゃう……」

 

 月乃は今すぐにでも泣き出しそうな……壊れてしまいそうな複雑な表情で、唇を噛んだ。

 

「そっか……つまり、俺に償う方法が欲しいのか」

 

「……はい」

 

「――なら、いい方法があるぞ。俺と距離を取らずに、罪から逃げずに、簡単に償える方法が」

 

「……そ、それは?」

 

 月乃は、縋るような瞳で俺を見つめていた。

 そんな月乃に対して、俺は車椅子を漕ぎ、距離を詰めると――真っ直ぐと月乃を見つめ返して、口を開いた。

 

「月乃は俺と一緒にいるのが苦しいんだろ? 俺の優しい態度が苦しいんだろ? なら――その苦しみが償いだ」

 

「え……」

 

「月乃、その苦しみに耐えながら、俺と一緒にいてくれ。そして存分に苦しみを味わってくれ。――それが、月乃がするべき償いだよ」

 

「本当に……それくらいで、貴方への償いになるんですか……?」

 

「足りないか? なら……もう一個、追加しよう。月乃は俺と一緒にいる時は、なるべく沢山笑うこと。そして、暗い表情はできる限りするな」

 

 罪悪感で、どうしても表情が曇るというのならば。

 必死に、それを抑えてみてくれ。

 必死に、明るい表情や態度を演じてみてくれ。

 

 それはきっと――今の月乃にとって、かなり辛いはずだ。

 

 だからこそ、それが月乃への罰になる。

 

「そんなことで……良いんですか?」

 

「ああ、いいさ。何せ、俺はみんなが明るい表情をしてくれることを望んでいるからな」

 

 俺は、表情を曇らせるために、三人を助けたんだじゃない。

 ――幸せに生きていて欲しいから、助けたんだ。

 

「でも、よく考えてみろよ。俺が優しい態度をするたびに苦しくなるのに、それを隠して俺と一緒にいなきゃいけないんだぜ? それって――めっちゃ苦しくないか? 月乃に与えられる罪としては、十分だと思うぞ」

 

「そっか……私が、ユウさんのそばにいて、明るく振る舞うことが償いになる……」

 

 しかし、月乃はまだ、納得していない様子だった。

 

「でも……これは、一生、かけても償い切れないほど大きな罪で……いや……!」

 

 次の瞬間、月乃は何かに気がついたように目を大きく見開いた。

 

「――そっか……! なら、一生、ユウさんの側にいれば良いんですね……! この人生の全てを余すことなくユウさんのために使えば……もしかしたら……確かに、この罪も償えるのかもしれません……!」

 

「……ん?」

 

 なんか、俺が想定したのと違う方向に進んでいないか?

 い、一生?

 ……流石に冗談だよな?

 

「ユウさん……私、一生、貴方のそばに居ますね。そして、もう暗い顔はしないし、ちゃんと笑うように頑張ります……!」

 

 そう言って、月乃は微笑んだ。

 少しぎこちないが……いい笑顔だ。

 

 何気に、月乃の笑顔を見るのは、初めてだった。

 

「でも……ユウさん、1つだけ、ケジメとして言わせてほしいことがあります」

 

「なんだ?」

 

 すると、月乃は地面に正座して――土下座した。

 

「え、え……?!」

 

「貴方を見捨てて……ごめんなさい。私は最低で最悪の女です……。本当に……ごめんなさい……」

 

 月乃は頭を地面に擦り付けながら、謝罪の言葉を繰り返した。

 彼女は、暗い雰囲気を纏っており、手は震えている。

 

 それだけ見れば、いつもと同じだ。

 けれど――今回は少し違った。

 

 月乃は、顔を上げると、決意の籠った瞳で俺を見つめて、重い口を開いた。

 

「けれど……こんな最低な私だけど……これから私と一緒にいてくれませんか?」

 

「っ……ああ! 勿論だよ!」

 

 俺は月乃に手を差し伸べた。

 

 月乃は恐る恐る俺の手に触れて……握りしめて、立ち上がった。

 その時、彼女は、大和撫子のようなお淑やかで柔らかな微笑みを浮かべていた。

 

 ようやく――歯車が回り始めた。

 そんな気がした。

 

 

 俺は願う。

 ずっと明るい演技をし続ければ。

 ずっと嘘をつき続ければ……いずれ、嘘をついていることすら忘れて、本物になってくれることを。

 

 本当に――心の底から、月乃が元に戻ってくれることを、ただただ願っていた。

 

 ――こうして、俺と月乃は仮初のハッピーエンドを迎えた。

 本物のハッピーエンドは、俺が全ての記憶を取り戻した後だ。

 

 でも……せめて今の間は、この仮初のハッピーエンドを楽しもう。

 

 そう思っていたのに、神様はそれを許してくれないようで――

 

「――センパイ、凄いですね。あんなに苦しんでいた月乃ちゃんを救うなんて……本当に凄いですよ……!」

 

 月乃の家から帰る途中、花恋がどこからか現れて、話しかけてきた。

 

「か、花恋……聞いてたのか……?」

 

「はい……! とはいっても、途中からですけどねっ!」

 

 花恋は奇妙な程に、はずんだ声で微笑んだ。

 

 俺たちは、その後、しばらく会話をし、彼女から衝撃の告白を受け――別れ際に、花恋は質問した。

 

「ところで、センパイ。()()()()()()()()()()()って……なんですか?」

 

 と。

 

 

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