『死に戻り』しまくって助けたヒロインが、記憶を引き継いでいたので全員病んだ 作:水葉わいん/わいん。
「え……? 今、なんて……言ったんだ?」
俺は、自分の耳を疑わざるを得なかった。
だって……花恋はギャルゲーに関しては知らないはずだろ……?!
それについて知っているのは俺だけのはず……。
「あれ? 聞こえませんでしたか? 『
「っ……」
聞き間違いではなかった。
『
なんで……花恋が、その言葉を知ってる?
疑問は大量に浮かんだ。
しかし、今は一旦、花恋の問いに答えなければ……!
「
俺は、本気でしらばっくれることにした。
「……ふぅん、そうですか……センパイはこの単語について知らないんですね……」
花恋は顎に手を当てて、しばらく何かを考えると――
「なるほど……ありがとうございます! なら、今言ったことは忘れてくださいっ! えへへ、変なこと聞いちゃいましたね……」
「そ、そうか……」
「というわけで、私はここら辺で失礼しますね? やらなきゃいけないことを思い出したので……!」
花恋は、それだけ告げると、どこかへ走り去っていった。
……一体、何が起こってるんだ?
訳がわからない。
俺はギャルゲーに関して誰にも話していない。
なのに、その言葉を知っているということは――
――俺以外にも、転生者がいる?
――◇――◇――◇――
それからというもの、花恋が病院にやってくる頻度はめっきり減った。
他の二人に聞いてみると、花恋は学校には来ておらず、連絡も殆どつながらないらしい。
そのため、どうして花恋が今、どうしているのかは二人にもわからないとのことだった。
「――へっくしゅんっ!」
俺は、勢いよくクシャミをした。
すると、隣にいた月乃が心配そうな眼差しでこちらを見つめてきた。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
「うーん……ちょっと風邪ひいたっぽいかも……」
月乃の家に向かうときに、薄着で行ったからだろうか?
流石に薄着で12月の寒さは風邪引くか……。
「風邪ですか……ユウさん、ちょっと失礼しますね」
月乃は、俺のおでこに手を伸ばし、数秒、優しく触れた。
「……うん。ちょっと熱っぽいですね……私、看護師さんに頼んで体温計もらってきますね」
その後、体温計で測ってみたところ……体温計は37.5度を示した。
「この感じだと風邪ですね……でも、どうしてでしょうか?」
月乃はしばらく考えると……ハッと何かに気が付いたように口に手を当てた。
「も、もしかして……私の家に来た時に……だって、ユウさんは寒い中、薄着で2時間もかけて私の家に来たんですよね……あ……」
「あ、あー……」
どうやら、月乃は完全に気づいてしまったようだ。
彼女は絶望に染まった表情をすると、「ごめんなさい」と消えそうな声で呟いた。
「私のせいで……ユウさんに無理させちゃって……」
「い、いや! いいんだよ! あれは俺が勝手にやったことだからさ? だから、月乃は気に病む必要ないからな?!」
「……そうは言っても、私のせいであることは確かです……本当に私……ユウさんに、迷惑かけてばかりで……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
月乃は、暗い瞳でブツブツとつぶやく。
ううっ……そんなに悲しまれると胃が痛い……。
し、仕方がない。
あまり気は向かないが、この前の約束を引き合いに出そう。
「つ、月乃? 暗い表情はできるだけしないっていうのはどうした?」
「あっ……でも、今回に関しては私が本当に悪いですから……こんな時まで明るい表情なんてしていたら、サイコパスですよ……」
「そうなのかもしれないけど……じゃ、じゃあさ! 罪悪感を感じてるのなら、看病してくれないか? 実は俺、少し寒くてさ……」
「看病……そっか、そうですよね」
月乃は、深呼吸を挟むと元の表情に戻った。
良かった。
月乃はあれ以降、ある程度は、気持ちをコントロールできるようになっていた。
「それで……寒いという事は、私がユウさんのことを温めればいいんですよね」
「え……? ま、まあな。でも、毛布を持ってきてくれるとかで――」
「――じゃあ……はいっ」
俺が最後まで言い切る前に、月乃は俺の背後に回ると――抱きしめてきた。
月乃の腕が俺をガッチリとホールドしているせいで、彼女の温もりが全方位から包み込んできた。
それに……背中からは、マシュマロのようなふわふわと柔らかな感触さえ感じる。
「あ、あのぉ……つ、月乃さん? そ、そういうわけじゃないんだけど……」
「違うのですか? ユウさんは、抱きしめられるのと、お胸が好きだって、花恋ちゃんから聞いたので……両方を感じられるようにしてみたのですが……」
か、花恋……っ!?
なんてことを月乃に教え込んでるんだよ……ッ!
「た、確かに好きだけど……今じゃないというか……さ? 俺は毛布をかけてくれるとかで良かったんだよ」
「そ、そうでしたか……すみません、勘違いしてしまいました」
月乃は、悲しそうに俯くと、俺から離れる。
うっ……なんか、良心が痛い。
そうだよな、月乃は善意でやってくれてるんだよな……。
「い、いや……やっぱり、こっちの方がいいな! うん!」
「――え?」
「こっちの方が温かくて安心するから、むしろ、もっとやって欲しいんだ。……いいか?」
「……! はい!」
月乃は、俺の背後にもう一度回ると、さらに強く抱きしめてきた。
やっぱり、こっちの方が温まるな。
体も……そして、心も。
花恋のあの言葉を聞いてからというもの……様々な可能性が脳裏をよぎってしまっており、最近は少し張り詰めていた。
花恋に関しても、不思議な点が多すぎる。
正直……彼女の考えは全く読めないのだ。
だからこそ……ただただ俺を想って尽くしてくれる月乃は、癒しだった。
「ユウさん、瞼が落ちかけていますよ?」
「そ、そうか……?」
気がつけば、眠気が襲ってきており、瞼が何度も落ちかけていた。
まるで……温かな深海の中にいるような感覚だ。
「寝ちゃっても、大丈夫ですからね。ユウさんは……十分、頑張っているんですから」
「……ああ」
気がつけば、暖かな眠気は全身を満たしていて……。
俺の意識は、まどろみに沈んでいった。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……俺、寝てたのか」
目を覚ますと……そこには、心配そうに俺を見つめる月乃の姿があった。
「1時間ぐらいですかね? 幸せそうに寝てましたよ」
「そ、そっか……ちょっと恥ずかしいな」
「ふふっ、ユウさんの寝顔、凄く可愛かったです。許されるのなら、写真を撮りたいくらいには」
「や、やめてくれよ?!」
本当に勘弁してくれ……。
すると、俺は月乃がお盆のようなものを持っていることに気がついた。
お盆の上には幾つかの皿が乗っており、一つは湯気を出していた。
「えっと……月乃? それは……?」
「ん? ……ああ、これですか? これはお粥ですよ」
そう言って、月乃はお盆をベッドの隣の机に置いた。
「看護師さんに、ユウさんが風邪っぽいって言ったら、用意してくれたんです」
「へえ……! そりゃあ、嬉しいな」
丁度、少しお腹が減っていたのだ。
俺が皿に手を伸ばそうとすると……何故か月乃が皿を持ち上げた。
そして、彼女はお粥をスプーンで掬い上げて――
「ユウさん……はい。あーん」
俺の口の前まで、スプーンを寄せてきた。
「……え?」
「ん? どうかしましたか? ……あっ、そっか……私、失念していました」
月乃は、しまったという顔をすると、スプーンを彼女の口元まで持っていき――
「ふー、ふー……はいっ、どうぞ」
息を吹きかけてお粥を冷まして、再び俺の口元まで持ってきた。
「ほら、あーん……あれ? 食べないんですか?」
「い、いや、食べないも何も……俺、別に自分で食べられるぞ……?!」
「……? ユウさんの手間をできる限り減らすために、食べさせてあげようとしているのですが……ダメなんでしょうか?」
月乃は、小さく首を傾げた。
どうやら、純粋な善意でやってくれているらしい。
「い、いやぁ……で、でも……」
俺は、差し出されたお粥と、月乃の顔を交互に見る。
ここで断ったら月乃、悲しむよな……。
それに償うチャンスを取り上げることにもなるし……また表情を曇らせてもおかしくないし……。
「……わ、わかった。月乃、ありがとうな。お言葉に甘えて、食べさせてもらうよ」
「……! そうですか! でしたら良かったです!」
俺は、意を決して、お粥を口に入れた。
すると、トロリとした粥の舌触りと同時に、微かな出汁の味がしてきた。
「美味しい……」
「本当ですか……! なら、良かったです。では……ふー、ふー」
月乃は、再びお粥をあーんしてくる。
それに対して、俺は無心で口に入れ続けた。
「ふぅ……美味しかったよ、月乃」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです……! 実は、このお粥、私が病院のキッチンをお借りして、私が作ったものなんですよね」
「そ、そうなのか!?」
「はい! ですから、喜んでもらえて凄く嬉しいです」
月乃は心底嬉しそうに、はにかんだ。
「そっか……作ってくれて、ありがとうな。外食以外で、人の手料理を食べるのは久しぶりで……良かったよ」
転生してからというもの、人の手料理を食べる機会なんて一度もなかったからなぁ。
「そうなんですか? じゃあ、最後に食べたのは……いつなんでしょうか?」
「うーん、最後に食べた人の手料理は……前世で死んだ日、母親が作ってくれた朝ごはんだなぁ」
「へえ……」
そういえば、母親……か。
言われてみて思い出したが、元気にしてるかなぁ。
俺の死から立ち直ってくれていると……嬉しいのだけどな。
俺は、母親の元気そうな顔を頭に浮かべた。
――否、そうしようとした。
「……ああ、そっか」
俺の手から、ゆっくりと力が抜けていく。
今更になって、ようやく気がついたのだ。
俺は――
「……両親の顔と名前すら、思い出せないのか……」
少しずつ、記憶は戻ってきていた。
だからこそ……何の記憶を失っているのか……わかるようになってきていた。
俺は……両親に関する大抵の情報の記憶を、失っていたのだ。
「あっ……あう……あ……」
その時、隣から嗚咽が聞こえてきた。
視線を移すと――そこには、消えてしまいそうなほど苦しげな表情で、強く爪を手のひらに突き立てている月乃の姿があった。
「ごめんなさい……私のせいで……私たちを助けたせいで……ユウさんは……記憶を……ごめんなさい、ごめんなさい……本当に……ごめん、なさい」
月乃は涙を溢していた。
同時に、爪で切られた手から血が溢れ出していく。
やってしまった。
折角、月乃が元気になってくれていたのに……これじゃあ、振り出しに戻ってしまうじゃないか……!
「月乃、大丈夫だから。これは月乃のせいじゃない……何があろうと、選択したのは俺だからさ」
俺は、必死に月乃を宥めて……何とか、泣き止ませることができた。
その翌日。
病室に一人の来訪者が来た。
「――せーんぱい! お久しぶりです!」
それは――ずっと音信不通だった花恋だった。
「今日はセンパイに教えてあげようと思いまして……!」
「……? 教えるって……何を?」
花恋は、底抜けに明るい笑顔を浮かべると――
「そんなの勿論――『ヒロイン全員死亡エンド』について、私が知っている理由ですよ」