『死に戻り』しまくって助けたヒロインが、記憶を引き継いでいたので全員病んだ 作:水葉わいん/わいん。
そんなある日。
病室に一人の来訪者が来た。
「――せーんぱい! お久しぶりです!」
扉が開いた先にいたのは、銀髪のあどけない少女――花恋だった。
彼女は左手に青いノートのような物を持って、元気に現れた。
「か、花恋……! 随分と久しぶりだな……!」
「あはは、すみません……ちょっと最近、色々と忙しくってお見舞いに行けてませんでした……」
花恋は少し申し訳なさそうに頭を掻くと――
「――でも、安心してください! もう忙しくなくなったので、幾らでもセンパイと一緒にいれます!」
この前見た時よりも、元気に溢れた表情で言った。
「そっか……じゃあ、今日は普通にお見舞いに来てくれたんだな」
「はいっ! 大好きな彼氏に会いに来ましたっ!」
そう言って、花恋は俺に駆け寄って――俺の胸にダイブした。
「ぐえっ……お、おい……花恋……?」
「ふふっ……久しぶりのセンパイ……! スーハー……」
「お、おい?! 人のことを吸うな……!」
「あはは、いいじゃないですか。別に減るものでもないんですから……!」
「俺の理性は今、ゴリゴリ減ってるけどな……?!」
俺は花恋の肩を持つと、なんとか引き剥がした。
「もう……ツれないですね、それが彼女に対する態度ですか?」
「いつ、花恋が俺の彼女になったんだよ」
「え……っ! じゃ、じゃあ……私、実は男だったんですか……!?」
花恋は、ハッと驚いた表情で目を見開く。
「ちげえよ! 付き合ってないって意味だよ?!」
「ふふっ、わかってますよ。ちょっと揶揄っただけです……! センパイは本当に可愛いですねぇ〜」
花恋は、俺の頭を何度も撫でてくる。
本当に生意気な後輩だな……っ!
でも……花恋がいつも通りで良かった。
俺は凄く安堵していた。
ここ数日、花恋とは音信不通であった。
その上、別れ際の言葉が『ヒロイン全員死亡エンドについて知ってますか?』だ。
……いや、恐ろしいったらありゃしないだろ。
花恋がいつどこで、ゲーム用語を知ったのか……など疑問はまだまだ残っているが、いつも通りの日常が帰ってきそうな予感がしていた。
「――だとしても、俺を撫でるのは無しだ」
俺は花恋の手を払いのけると……
「もう……恥ずかしがり屋なんですね」
と言って花恋はぷくっと頬を膨らませた。
花恋は仕方なさそうに手を離すと……何か思い出したかのように、ハッとした表情になる。
「そうだ! 言い忘れてました……! この前、センパイが私にお願いしたこと、大体準備が完了しましたよ」
「……え? も、もう準備できたのか?」
「はいっ! これくらいのこと、私にかかれば余裕ですよっ!」
花恋は、ドヤっと自信満々に胸を張る。
「じゃあ……俺、学校に通えるのか……!」
「ですね……! 私、センパイが居る学校、楽しみです!」
以前、俺が花恋に頼んだこと。
それは……高校に通いたい、というものだった。
俺自身、高校には前世でも行っていたが、最後まで卒業できずに死んでしまった。
だからこそ、せめて今世では卒業まで高校に通いたかった。
「じゃあ……もしかして、花恋が最近忙しかったのは……俺が高校に通えるようにする準備のせいか?」
「んー、そうですね。そんな感じですっ!」
花恋は、口元に手を当てて、あどけなく答えた。
そっか、なんだ、そんなことか。
……そう思えたら良かった。
俺には不可解な点があった。
「でも……じゃあ、どうして音信不通だったんだ? 雪那と月那が連絡がつかないって言ってたぞ?」
「……ああ、そっか。そういえば、そうでしたね」
花恋は、少し目を伏せて、ポツリと呟いた。
「その理由を話すためには、センパイに今日の本題を話さなきゃいけませんね」
「……本題?」
「はい! 今日、私がセンパイに会いに来た理由です」
「えっと……ただのお見舞いじゃないのか?」
鳥肌が立ち、全身から血の気が引いていくのが、自分でもわかった。
「お見舞いもそうですが……それよりも、今日はセンパイに教えてあげようと思ったんです」
「……? 教えるって……何を?」
すると、幾ばくかの沈黙の後、花恋は真っ直ぐに俺を見つめた。
そして、彼女は瞳を儚げに揺らし、妖しげな笑みを浮かべて――
「そんなの勿論――『ヒロイン全員死亡エンド』について、私が知っている理由ですよ」
――絶望を紡いだ。
全身から力が抜けていく。
それは一番、俺が花恋に訊きたかったことであると同時に――1番、聞きたくなかったことだった。
それを聞いて仕舞えば、ようやく手にした平穏がどこかへ行ってしまうような気がしたから。
「……あれ? もしかしてセンパイ、聞きたくなかったですかね……?」
「……大丈夫だ。頼む、教えて欲しい」
でも、ここまで来たら聞くしかなかった。
俺が真剣な目つきで返事をすると……花恋は、くすりと小さく笑った。
「ふふっ……センパイ、身構えすぎじゃないですか?」
「……え?」
「別に私、そこまで大した話はしませんよ? 私が、『ヒロイン全員死亡エンド』について知ったのは、ただ単に――センパイ以外の転生者から話を聞いたからです」
「ッ?! や、やっぱり……俺以外にも転生者がいたのか……」
「はい。私は少し前に、その転生者から電話を受けました。内容は……センパイに『ヒロイン全員死亡エンド』について知っているか、尋ねて欲しい、とのことでした」
「……そうか」
転生者が花恋に、そう頼んだ理由は考えればわかった。
恐らく……転生者はシナリオに反した動きをしている俺を見て、転生者かどうか、判断しようと思ったのだろう。
そのために、花恋を使ったのだ。
「でも……あれ? 俺は『ヒロイン全員死亡エンド』について、知らないって言ったはずだけど……」
俺がそう言うと、花恋はクスクスと笑った。
「センパイの嘘は、私には全部、お見通しですよ? ……だって何度もセンパイの嘘を見てきたので、嘘をつく時のセンパイの癖や声色、瞳のわずかな動きまで、全て記憶してますからね」
よく聞こえなかったが花恋は、最後にボソボソと何か呟いていた。
「そ、そっか……マジか……」
なんか……自分に自信なくなってきた。
俺って、そんなにわかりやすい人間だったんだ……。
「でも……それじゃあ、花恋がここ最近、音信不通だったのは……?」
「あはは、それは……例の転生者と会って話を聞いてきたからですね」
「じ、実際に会ったのか!?」
「はい……私としても、『ヒロイン全員死亡エンド』っていうのが気になっていましたので……」
すると、花恋は真剣な表情で俺を見つめた。
「そして私は……この世界がギャルゲーであることや私たち3人はその世界のヒロインであること――そして、私たちが車に轢かれそうになったのは『ヒロイン全員死亡エンド』というものを迎えたからであることを知りました……」
「ッ……そっか。全部、知ったのか」
「はい……私は知りたかったんです。身を挺して命を助けられた身として、センパイが私たちを助けた背景には何があったのか……」
花恋は、申し訳無さそうに顔を歪めると――
「――本当にごめんなさい……ずっと、色々隠していて……」
――勢い良く頭を下げた。
「花恋……」
「センパイには……心配させてしまいましたよね? メールで月乃ちゃんが言ってました……センパイがずっと何かに悩んでいるって……」
花恋は、頭を下げたまま、話を続ける。
その声は……微かに震えていた。
「それは多分……私のせい、ですよね。あんな意味不明な言葉だけ言って去っていったせいで……センパイをもっと苦しめてしまって……ごめんなさい。本当にごめんなさい」
そうか……。
そういう……ことだったのか。
「……花恋。顔を……上げてくれないか?」
「……はい」
彼女は……泣きそうで、苦しそうな、ぐちゃぐちゃな表情をしていた。
俺は、そんな花恋の手を取り……両手で優しく包みこんだ。
「花恋」
「はい……」
「――言ってくれて、ありがとうな」
「せん……ぱい……」
「でも、花恋が1人で色々隠していたのは……俺としても、許せないかな。1人で抱え込まずに、もっと俺に相談して欲しかった」
「ッ……そう、ですよね。ごめんなさい……センパイ。今度、悩み事があったら……ちゃんと相談することにします」
花恋は再び頭を下げた。
彼女はどうやら、本心から反省してくれているようだった。
その言葉に嘘偽りは一切、感じられなかった。
俺は花恋の手を握り……こちらへ、引っ張った。
すると、花恋は体勢を崩し、俺の胸に顔を埋めるように倒れた。
「せ、せんぱい?!」
「今日だけ、特別だからな」
俺は、花恋の背中に手を回し、優しく抱きしめた。
花恋は一瞬、抵抗してきたが……すぐに諦めたように力を抜いて、俺に身を委ねた。
俺はそんな花恋の背中を、赤子をあやすように撫でた。
「……センパイ、ずるいですよ」
満杯になったコップからこぼれ落ちる水のように、花恋は呟いた。
「……なんで……私のことを……受け入れられるんですか……」
花恋は俺の服を握って、顔を上げた。
さっきと同じ、泣きそうで苦しそうな顔。
けれど、彼女の瞳の奥に、闇は一片も無かった。
花恋は堰を切ったように、涙を流すと――
「こんなの……もっと……好きになるじゃないですか……っ」
俺の胸に埋まって……泣いた。
赤子のように、泣いていた。
夜桜花恋は、強い女の子である。
目的のためなら見事に誰かを演じることもできるし、1人で問題を解決することだって出来る。
けれど、同時に儚くて、脆い。
彼女は……何もかもを自分で背負うため、誰かに頼ることを知らなかった。
それが、月乃と雪那の二人と、花恋の違いだろう。
彼女たちも1人で抱えがちだが……花恋に関しては、誰にも心配させないように苦しみすらも空元気で隠すのだ。
俺は、黙って花恋の背中を撫で続けた。
「――でもさ、花恋」
俺は、撫でる手を止めて、彼女の名前を呼んだ。
そして不思議そうにする花恋の瞳を真っ直ぐに見つめて――
「今後の悩み事だけじゃなくて――今、抱えてる悩み事も相談してくれないか?」
――ゆっくりと言い放った。
「……どういうことですか?」
「花恋……まだ何か、隠しているだろ?」
「っ……」
花恋は、動揺したように瞳を僅かに揺らしていた。