『死に戻り』しまくって助けたヒロインが、記憶を引き継いでいたので全員病んだ 作:水葉わいん/わいん。
それから、数日経った。
俺は怪我が回復に向かってきているらしく……俺は、何度か歩行訓練などのリハビリを行っていた。
「……よい……しょ」
俺は、手すりに捕まりながら、何とか怪我した右足を前に踏み出した。
次の瞬間――
「……ぐッ……」
足から力が抜け、転びそうになった。
何とかリハビリ助手さんに助けてもらって、転ぶことは防げたが……。
「……こんなに……歩くのが難しいだなんて……」
いつもは簡単に行っていた歩行が、まさか、こんなに難しく思える日が来るとは思わなかった。
俺がそうやって下唇を噛んでいると……ガラス張りの壁に、複数の人影が映った。
俺は、まさかと思って視線を移すと――
「――み、みんな?!」
そこに居たのは、雪那、月乃、花恋の3人だった。
彼女たちは全員、辛そうな表情で俺のリハビリをじっと見つめていた。
……や、やりづれぇ……。
やめてくれよ、そんなに苦しそうな表情をしないでくれよ……。
とはいえ……リハビリをやめるわけにはいかないので、俺は再び右足を前に踏み出す。
――また、失敗した。
3人の表情は、より曇った。
……マジでやりづらいんだけど?!
そういう訳で、俺は3人に見守られる中、何度も歩行訓練を繰り返した。
何度も力が抜けたり、痛みが足に走ったり、苦痛はたくさんあった。
――けれど、どれも1万回の死に戻りよりは断然マシな痛みだった。
あの苦しみを経験した以上……どちらかというと、辛いのはリハビリではなく、俺が失敗する度に表情を曇らせる3人の視線だ。
今が冬休みなせいで、彼女たちは毎日お見舞いにくるし……朝方や夜を狙ってリハビリをしても、なぜか彼女たちは現れる。
そういうわけで、3人がいない時間にリハビリすることは不可能だった。
マジでどうしたら、いいの……?
でも、リハビリの甲斐もあって足の怪我は徐々に良くなってき……車椅子に乗っていれば、どこかへ外出できるようになった。
――◇――◇――◇――
そんなある日。
「……ねえ、ユウ。今日、どこか行かない?」
夜。
病室を訪ねてきた雪那は、俺に提案してきた。
「珍しいな、雪那がどこかに誘うなんて……」
「そう? あたしはユウと色々なところに行きたかったよ? だから外出許可が出たこのタイミングで誘ったの」
雪那は少しはにかむと
「それで……どう? 行く? 行かない?」
そうだな……明日は、リハビリが夜だし……午前中なら行ける。
「よし……! じゃあ、行こうか! ……ちなみに、どこに行くんだ?」
「んー……ユウは行きたい場所ある?」
「いや……特にはないけど……」
「そ? じゃあ、あたしの行きたいところに行ってもいい?」
雪那は、首を傾げた。
「勿論! 俺も雪那が行きたい場所、行ってみたいしな」
「やった……! じゃあ……早速、行こっか」
「……早速? い、今はもう、夜だぞ……?」
俺は時計を指差す。
そこには……短針は既に8と9の間を指していた。
「ふふっ、夜だから、いいの……! ほら、行こ?」
雪那は嬉しそうに、口角を上げると……準備を始めた。
一体……どこに行くんだろうか?
――◇――◇――◇――
「なあ、雪那……それで、どこに行くんだ?」
あれから、俺たちはバスに乗り……その後、しばらく歩いていた。
ああ、勿論、俺は車椅子に乗っており、雪那に車椅子を押してもらっている。
「ふふっ、そろそろ見えてくるよ」
「……?」
そうして、曲がり角を曲がった時……それは本当に見えてきた。
海沿いに建てられた巨大な四角形の建物で……イルカの絵が大きく書かれたそこは――水族館だった。
「おおっ……水族館か……!」
「そっ! 夜の水族館って結構面白そうじゃない?」
「確かに……」
少なくとも、俺は夜の水族館に行ったことは無かった。
とても面白そうだと思うのだが……
「でも……水族館って、夜も開いてるのか?」
「ううん、普通は開いてないよ」
「え……? じゃあ、入れないんじゃ……」
すると、雪那は自信満々に胸を張って言った。
「――大丈夫。今日はあたしが貸し切って、無理矢理、開館させたから……!」
「え……」
貸切……?
水族館を? 丸々?!
あ〜……そういえば……雪那たち3人って、社長令嬢だったんだっけ……?
完全に忘れてた……。
困惑する俺に対して、雪那は――
「ほら、ユウ。行こっか……!」
嬉しそうに、車椅子を押していくのであった。
水族館は、既に閉館しているため、中には客が殆どいなかった。
それどころか、スタッフも受付に一人いるだけで……まさに、ほぼ全てを俺たちが貸し切っていた。
俺たちは、そんな水族館の中を進んでいくと――
「おお……っ!」
俺たちを出迎えたのは、視界に収まりきらないほどの巨大な水槽だった。
悠々と泳ぐ巨大魚たちに小魚。
水槽内に設置されたライトが真っ暗な部屋を照らして生み出すイルミネーションのような幻想的な光。
そして――俺たちしか居ないこの空間。
「綺麗だ」
思わず、思っていた言葉が漏れた。
でも……雪那も同じこと思っていたはずだ。
俺たちは幻想的な風景に、ただただ二人で見惚れていた。
俺たちの間には会話はなく、沈黙が流れている。
けれど……その沈黙は温かくて、なぜか安心できた。
「……雪那、誘ってくれてありがとう」
「ふふっ、どうしたの? 急に」
「いや……別に、大したことじゃないけど……なんか、こういう綺麗な景色、久しぶりに見たなぁって……」
最後に見たのは……前世だろう。
死に戻りしていた時間を含めると……相当久しぶりだった。
「そっか……喜んでくれたなら、あたしも嬉しいな」
雪那は、たんぽぽのような優しい笑みを浮かべた。
「ユウ……もうちょっと、ここにいる? それとも、先に進む?」
「そうだなぁ……もう少しだけ、ここを見てもいいか?」
「勿論。あたしはいつまでも、ユウを待つよ?」
「ありがとう」
この場所も好きだったが……何よりも雪菜との、この温度感が好きだった。
春のお昼頃の微睡のような……温かで安心する雰囲気が好きだった。
そうして俺はしばらくの間、泳いでいる魚たちを見つめて、この雰囲気に浸り続けた。
次に向かったのは、クラゲが泳いでいるエリアだった。
「ここも……すごく綺麗だね」
雪那はボソリと呟いた。
俺は、その言葉に小さく頷く。
結論から言って、夜とクラゲの相性は凄く良かった。
クラゲは青や緑、紫など……カラフルな色を放ち、真っ暗な部屋を照らしていた。
その光は、深海に差し込む光のように穏やかで神秘的だった
「クラゲってさ……夜は、あんまり動かないんだな」
俺はクラゲたちを指差しながら言った。
クラゲたちは、殆ど動かず、水の中を漂っていた。
「本当だ……寝てるみたいだね」
「だな……」
静寂の中……俺たちは漂うクラゲを見つめていた。
まるで、この世界に俺たちしか人間がいないような感覚だった。
「ユウは……死に戻りしてる時、こんな感覚だったの?」
雪那が、ボソリと呟くように質問した。
彼女の声色からは、少しだけ悲壮感が伺えた。
「あの時は……多分、もっと苦しかったと思う。今は、隣に雪那がいるからね。あの時の何倍も安心してるよ」
「ッ……あたしなんかでも、安心するの?」
怪訝そうに、雪那は言った。
「安心するに決まってるよ。だってほら、雪那は俺の友達じゃないか。友達が隣にいて安心しない奴なんか、この世にいないって」
「と、友達……」
雪那は目を丸くしていた。
「え……? も、もしかして、友達って思ってた俺だけ? これめっちゃ恥ずかしいやつか?」
「ち、違う違う……! まさか、ユウに友達と思ってもらえてると思わなくて……びっくりしたの」
雪那は、柔らかな笑みを浮かべて――
「――でも、友達って言ってもらえて凄く嬉しいな」
そう言った。
「あたしはさ……ユウに酷いことをしたんだよ? ユウは優しいから気にしてないけど、普通なら絶縁されてたり、恨まれたりするくらいのことを……したの。だからさ……あたしがユウの友達になる資格なんて、絶対にないと思ってた」
「雪那……」
「でも、さっきユウに友達って言ってもらえて……こんなあたしでも、ユウの友達になっていいんだなって……思えたの。……ありがと」
雪那は、泣きそうな儚い笑みを浮かべていた。
俺は、彼女の表情を直視できなくて。
「そっか」
とだけ、返事した。
その後も、俺たちは、クラゲの次に亀やイルカなど、様々な生き物を見に行った。
どれも昼間に見た時とは、違った風景が見れて……俺たちは異世界にいるような感覚だった。
そうして……全てを周り切った俺たちは、最初の巨大な水槽の前に帰ってきた。
「雪那、今日はありがとうな。雪那と夜の水族館に来れて最高に楽しかったよ……!」
「……あたしも、凄く楽しかった」
雪那は何かに悩んでいるのか……少しの沈黙を挟んでから、言った。
「じゃあ、もう今日は遅いし、帰ろっか」
しかし――俺の言葉に返事せず、雪那は黙りこくっていた。
代わりに、幾ばくかの沈黙の後……雪那は、ポツリと言葉を漏らした。
「ねえ、ユウ……あたしさ、花恋と同じこと言ってもいい?」
「え……?」
雪那は車椅子を手放して、俺の前に立った。
そして、決意の籠った瞳を俺に真っ直ぐ向けて、ゆっくり口を開いた。
「――ユウのこと……好きになっちゃった」
と。