禪院直哉 再誕録   作:ナムルパス

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第1話 秒間24コマの傲慢

鏡の中に映る自分は、驚くほど整った顔をしていた。

まだ幼さが残る、しかし一目で「選ばれた側」だと分かる傲慢な顔立ち。

俺――いや、今日から「禪院直哉」になった俺は、冷えた手足の感覚を確かめるように、じっと自分の掌を見つめていた。

「……はは、マジか。ほんまに、あの『直哉』になったんか、俺」

喉から漏れた声は、聞き慣れない、しかしどこか聞き覚えのある高い少年のものだった。

俺は前世でも、いわゆる「クズ」だった自覚がある。

他人の努力を鼻で笑い、効率よく最適解だけを掠め取り、自分より劣る人間を「NPC」のように見なして生きてきた。そんな俺が、漫画『呪術廻戦』の中でも屈指のヘイトを集め、それでいて強烈なカリスマを放つ「禪院直哉」に転生したというのは、ある意味で皮肉の効いた喜劇だった。

俺の脳内には、前世の記憶が膨大なアーカイブとして保存されている。

それは単なる「知識」ではない。何千本と見たアニメの残像、フレーム単位で検証した格闘ゲームのコンボ動画、そして物理エンジンをいじくり回したシミュレーションのデータ。

それら全てが、今の俺にとっては「呪術」という曖昧な力を制御するための仕様書に見えた。

「原作の直哉は、結局負けた。……理由は簡単や。あいつは『センス』はあったけど、『解釈』が古かったんよ。1秒を24に分ける? そんなもん、ただの算数やんけ」

俺は不敵に笑う。

当時の直哉が信奉していたのは、父・直毘人が作り上げた「最速」の形式美だ。だが、それはあくまで「フィルム時代」の遺物。デジタルネイティブであり、倍速視聴が当たり前、0.1秒のラグに命をかける現代人の俺からすれば、投射呪法はもっと「悪辣」に、もっと「効率的」に運用できるはずだった。

 

それは、俺が六歳になった日の昼下がりだった。

禪院家の広大な庭園、その一角にある道場で、俺は木刀を手に立っていた。

周囲には、俺を監視する教育係の術師たちが数人。彼らの目は「直毘人様のご子息が、いつ術式を発現させるか」という期待と、どこか「できれば失敗してほしい」という醜い嫉妬で濁っていた。

(……あぁ、ウザい。お前らみたいな『低解像度』なモブに、俺の才能を値踏みされるのは癪やな)

俺は目を閉じた。

意識を、肉体の内側ではなく、この「空間」そのものに向ける。

呪力が、腹の底からじわじわと熱を持ってせり上がってくる。それはやがて視神経へと到達し、俺の視界を劇的に塗り替えた。

「――パチン」

脳内で、何かのスイッチが入る音がした。

次の瞬間、世界から「連続性」が失われた。

滑らかに風に揺れていた柳の葉が、カク、カクと不自然な断片として網膜に焼き付く。

1秒という時間が、正確に24のスロットに分割され、俺の脳内モニターに「未確定のレイヤー」として並べられた。

(……来た。これが『投射呪法』のユーザーインターフェースか)

だが、直哉としての本能が告げるルールは、あまりにも「不自由」だった。

『1秒後の動きを、24枚の静止画としてあらかじめ確定させなければならない』。

『一度決めた軌道は変更できず、物理法則を無視した動きを詰め込みすぎれば自らがフリーズする』。

「……アホか。ルールに縛られすぎやねん」

俺は試してみる。

一歩。たった一歩、目の前の空間を移動する「24コマ」を描く。

脳内で、自分の体が1秒後にどこにいるべきかを指定する。

だが――。

「ガハッ……!」

凄まじい衝撃が全身を襲った。

視界が上下反転し、俺の体は泥の上に無様に転がった。

肺の空気が全部吐き出され、心臓がバクバクと警告音を鳴らす。

鼻をつく血の匂い。

「直哉様!?」

教育係が駆け寄ってくるが、俺はそれを手で制した。

今のは、俺が「1秒後の自分」に、今の肉体スペックでは到底不可能な「加速度」を要求したからだ。

24枚の絵の繋がりが破綻し、世界というシステムから「エラー」を吐き出された。それがこの「1秒間のフリーズ」の正体だ。

「……はは、おもろい。おもろいやんけ」

俺は鼻血を拭い、狂気じみた笑みを浮かべた。

今の失敗で分かった。

原作の直哉は、自分の肉体を「物理的な実体」として動かそうとしていた。

だが、この術式の本質はそこにはない。

これは**「世界というキャンバスに、自分というキャラクターの動きを上書きする権限」**だ。

 

俺は再び立ち上がった。

今度は、ただ「速く動く」ことは考えない。

脳内で24枚のタイムシートを広げる。

アニメーションには「タメ(予備動作)」と「ツメ(急加速)」という概念がある。

24コマ全てを使って等速で動く必要はない。

最初の数コマで極限まで力を溜め、中盤の数コマをあえて「飛ばす(中抜き)」。そして最後の数コマに、溜めたエネルギーを一気に解放する。

「……座標固定。フレームレート、同期(シンクロ)」

俺は教育係の男をターゲットに決めた。

男は「まだ無理をなさらず」などと抜かしているが、その声すら俺の耳には「ノイズ」として処理される。

俺が描いたのは、最短距離を突っ切る直線ではない。

相手の視界の端を通り、死角に回り込んでから、一気に喉元へ到達する「S字の軌道」。

しかも、物理法則に基づいた曲線ではない。

コマとコマの間を「ワープ」するように繋ぐ、デジタル特有の不連続な動きだ。

「……行け」

――ドォォォォン!

爆音。

教育係の男は、自分が何に飛ばされたのかすら分からなかっただろう。

彼は数メートル後ろの塀まで吹き飛び、俺はといえば、彼の背後に涼しい顔で立っていた。

「……な、何が……」

男は呆然と崩れ落ちる。

俺の足には、強烈な負荷がかかっていたが、フリーズはしていない。

俺は「24枚の静止画」を、自分に都合のいい演出で埋め尽くすことに成功したのだ。

「……見たか。これが『演出』の力や」

俺は自分の拳を見つめる。

投射呪法を「1秒を24に分ける」と定義するのは、あまりにも解像度が低い。

俺にとっては、**「1秒という尺の中で、俺が監督・作画・主演を務める短編映画(カット)を強制上映する」**術式だ。

 

「……直哉。今のは何だ」

重厚な、そして不快なほどに洗練された呪力の気配。

振り返れば、そこには当代最強の速さを誇る男、禪院直毘人が立っていた。

彼は手にした酒瓶を揺らしながら、俺を射抜くような鋭い目で見つめている。

「……稽古。見ての通りや」

俺は生意気に言い放つ。

直毘人は、鼻で笑って俺の前に歩み寄った。

「お前の動きには『芯』がない。投射呪法は、積み重ねた肉体の練度がそのまま速度になる。今のお前のは、ただの奇術だ。そんな軽薄な動きでは、真の強者には届かん」

「……軽薄? 親父、あんたは根本的に分かってへんわ。あんたがやってるのは『実写(リアル)』の延長や。でも俺が目指してるのは、現実を超越した『神作画(ファンタジー)』やねん」

「……シンサクガ? 何をわけの分からんことを」

「分からんでええよ。旧時代の人間には一生理解できん。……親父、あんたの速度は『速い』。でも俺の速度は『あり得ない』んよ」

俺は直毘人を指差した。

その指先には、まだ朧げながらも「呪力」が凝縮されている。

今の俺にはまだ、父を倒す力はない。展延も、ましてや領域展開もまだ先の話だ。

だが、俺には「答え」が見えている。

「投射呪法を極めた先に何があるか……。あんたは『神速』とか言うんやろうけど。俺は違う。俺は、この世界の『コマ送り』を支配する」

直毘人はしばらく無言で俺を見つめていたが、やがて喉を鳴らして笑い出した。

「……クハハハ! ええわ、直哉。その傲慢さこそが禪院の血や。精々その『奇術』とやらを磨け。お前が絶望の淵に立たされた時、その軽薄な理屈がどう崩れるか、楽しみにしておいてやる」

「……絶望? そんなん、俺のシナリオには書いてへんわ」

俺は親父に背を向け、道場を後にした。

足取りは軽い。

俺は知っている。これからこの屋敷に、最強の「素材」がやってくることを。

伏黒甚爾。

彼という「究極の作画資料」を、俺はこの術式でどう解釈するか。

(……楽しみやなぁ。この世界の連中、全員俺の引き立て役(背景)にしてやるわ)

俺の口角は、無意識のうちに吊り上がっていた。

禪院直哉。

今日、この日から、俺はこの世界の「解像度」を俺自身の手で書き換えていく。

最速のクズが、一秒の隙間を独裁するために動き出した。

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