新宿。かつて宿儺と五条悟が摩天楼を塵に変えたあの戦場は、数年の時を経て、呪術と現代建築が融合した奇妙なメガロポリスへと変貌していた。
呪霊の存在は公になり、世界は「術師がいる前提」の新しいフェーズ、いわば『シーズン2』へと突入している。
その街の雑踏の中、誰も気づかない「1/24秒の隙間」を歩く男がいた。
高級な着物をだらしなく着崩し、ポケットに手を突っ込んで退屈そうに鼻を鳴らす。
「……あーあ。ビルばっかり立派になって。……相変わらず、歩いてる連中の『解像度』は低いなぁ」
禪院直哉。
歴史上、死滅回游の混乱の中で「死亡」と記録された男。
だが彼は、実体を持たない『ノイズ』として、この世界のレイヤー(階層)に居座り続けていた。
俺は、新しく設立された呪術高専の訓練場を訪れた。
そこでは、かつて俺に殺意を向けた「主役たち」が、新しい世代を指導している。
「……おーお。伏黒君、ええ顔になったやん。……影の使い方が、昔よりずっと『スタイリッシュ』になったなぁ」
俺は彼らの目の前に立っている。だが、誰一人として俺に気づかない。
俺は自分自身の存在を、世界の「背景」として処理(レンダリング)しているからだ。五条悟の「六眼」ですら、今の俺は「ただの空気の揺らぎ」としてしか検知できない。
次に俺が向かったのは、禪院家の跡地――今は真希が管理する、呪術界の最重要拠点。
そこには、かつて俺を斬り伏せ、真依を失った悲しみを超えて「最強」の一角となった真希がいた。
「……真希。……相変わらず、ええ面(ツラ)してんな。……お前が僕を斬ったあの瞬間の『作画』、今でもたまに脳内でリプレイして楽しんでるで」
俺は彼女の頬に指を伸ばした。
触れる直前、彼女がわずかに眉を潜め、虚空を睨む。
呪力を持たない彼女の「五感」だけが、世界のバグである俺の気配を、かすかに捉えたのだ。
「……気のせいか。……嫌な寒気がした」
真希が呟き、再び歩き出す。
俺はその後ろ姿を見送りながら、満足そうに頷いた。
「……それでええ。……監督が現場に出しゃばったら、作品が台なしやからな」
俺は、意識の片隅にアクセスした。
そこには、俺がループ(永久リピート)に閉じ込めた羂索の意識が、今もなお「1/24秒の地獄」を彷徨っている。
「……よぉ、偽物君。……今日のループは何回目や? ……一万年分くらいは、その一瞬の中で楽しめてるか?」
羂索の意識が、絶望に震える。彼にとっての時間は、俺が編集した「終わらないエンドロール」の中に固定されているのだ。
彼が千年の計を巡らせて作った世界は、今や俺というクズの「プライベート・シアター」に成り果てていた。
「……安心し。お前が飽きんように、たまに『ノイズ』足しといたるから。……永遠に、僕の観客としてそこで座ってろ」
俺は新宿のネオンが輝くビルの屋上に立ち、夜空を見上げた。
手元には、呪力で構成された実体のない「絵コンテ」が浮かんでいる。
「……さて。……平和な日常(日常回)も、そろそろ飽きてきたな。……次は、海外の『ロケ』でも行こうか。……それとも、天元君を揺り起こして、また派手な『特撮』でも撮り始めるか?」
俺は指先で、カチンコを鳴らす仕草をする。
今の俺にとって、世界はもはや「現実」ではない。
俺が望むままに切り貼りし、色を塗り替え、何度でもやり直せる「デジタル・アーカイブ」だ。
「……あは、あはははは! 最高や! 人生(物語)に終わりがないって、こんなに楽しいことやったんやな!」
最速のクズは、死すらも「演出」として使いこなし、神にすらなれる力を持ちながら、ただ「面白いものが見たい」という低俗な欲求のために、この世界の裏側で笑い続ける。
「……さぁ、全世界のキャスト諸君。……第2シーズン(新時代)、始めようか」
俺の言葉と共に、街の照明が一瞬だけ、まるで映画のカットが変わるように瞬いた。
誰も気づかない。
だが、世界は確実に、1/24秒だけ「俺の色」に書き換えられた。
「――アクション」