禪院直哉 再誕録   作:ナムルパス

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第2話 最高のリファレンスと、不出来なラフ画

術式を発現させてから数ヶ月。俺は禪院家という「古臭い撮影スタジオ」での生活に、退屈を通り越して苛立ちを覚えていた。

この家の連中は、どいつもこいつも解像度が低い。

「伝統」だの「血筋」だの、前世の俺からすれば使い古されたテンプレートのような台詞を吐き、型にハマった呪力操作を繰り返すだけ。

(……つまらんなぁ。もっと、こう、脳が焼けるような『刺激』はないんか)

そんな俺の前に、**「それ」**は現れた。

庭を横切る、一人の男。

着古した着物に、無造作に伸びた髪。呪力を全く持たないその男――伏黒甚爾は、周囲の術師たちから石を投げられ、罵倒されながらも、死んだ魚のような目で淡々と歩いていた。

だが、俺の視界は違った。

脳内の「投射呪法」が、男を捉えた瞬間に異常なほどのアラートを鳴らす。

(……待て。なんや、あの身体バランス)

俺の視界、24fpsに分割された世界の中で、甚爾の動きだけが「異質」だった。

普通、人間が歩く時は重心の上下動がある。筋肉の収縮に伴う予備動作(予兆)がある。

だが、甚爾にはそれがない。

1コマ目から2コマ目へ、2コマ目から3コマ目へ。彼の肉体は、あたかも「空間そのものに最適化されたプログラム」のように、最短かつ最も効率的な軌道を描き続けている。

「……おい、止まれ」

俺は思わず声をかけていた。

甚爾は足を止めず、俺を無視して通り過ぎようとする。

「無視すんなって。お前、自分がどれだけ『ええ絵』してるか自覚ないんか?」

その言葉に、甚爾がわずかに眉を寄せ、足を止めた。

振り返った彼の眼光は、鋭い剃刀のようだった。

「……ガキが。死にたいのか」

普通なら足がすくむほどの殺気。だが、俺は興奮で震えていた。

(……これや。これこそが俺の求めていた『究極のリファレンス(資料)』や!)

俺は懐から、適当な小石を取り出すと、全力で甚爾の顔面に向けて放り投げた。

周囲の術師たちが悲鳴を上げる。だが、甚爾は動かない。

小石が鼻先に触れる直前、彼は首を数ミリだけ傾けた。

残像すらない。ただ、世界が1コマ進んだ時、石は彼の背後へと消えていた。

「……はは、最高や! お前、呪力はないけど『作画』は神やんけ! 筋肉の弛緩から初速への繋ぎ、今のフレーム数で言えば0.5コマも使ってへんで!」

俺は駆け寄り、甚爾を隅から隅まで観察する。

原作の直哉は、この強さに「畏怖」し、「崇拝」した。

だが俺は違う。俺はこいつを**「スキャン」**したい。

「甚爾くん、やったっけ? お前のその動き、全部俺にくれや。俺の術式なら、お前のその天賦の才を『理論(ロジック)』で再現できる。……いや、俺ならそれに『速度』を乗せて、お前以上の傑作に仕上げられるわ」

甚爾は、気味の悪いものを見る目で俺を見下ろした。

「……訳の分からねぇ事を。禪院のガキは、どいつもこいつも頭が沸いてやがる」

「沸いてて結構や。……なぁ、お前、近いうちにこの家を出るんやろ?」

俺の問いに、甚爾の目が一瞬だけ細まった。

「行けばええよ。お前みたいな『完成品』がこんな掃き溜めにいても、腐るだけやしな。お前は外の世界で、せいぜい暴れ回って、俺がいつかパクるための『新しいアクション』を増やしといてや。……あ、これ、資料代や」

俺はポケットに入っていた高価な菓子を甚爾に投げつけた。

彼はそれを無造作に掴むと、一度だけ俺を振り返り、何も言わずに門の方へと去っていった。

(……行っちゃったか。ま、ええわ。お前の『歩法』、もう8割は脳内メモリに保存したからな)

 

甚爾を見送った後、俺は屋敷の奥へと向かった。

そこには、もう一人、俺が「査定」しなければならない相手がいた。

まだ幼い少女。双子の妹の陰に隠れるようにして、竹刀を振るっている。

禪院真希。

彼女は甚爾と同じ「天与呪縛」の端くれを持ちながらも、呪力を捨てきれず、半端なままこの家で虐げられている。

原作の俺は、彼女を徹底的に痛めつけ、嘲笑した。

だが、今の俺にとって、彼女は単なる「いじめの対象」ではない。

彼女は、俺というプレイヤーが最強に至るための、**「もっとも高価な対価」**だ。

「……下手くそやなぁ、真希」

俺の声に、真希がビクッと肩を揺らし、竹刀を構え直す。

その目は怯えと、消えない反骨心で満ちていた。

「直哉……様。何のご用ですか」

「用? 別に。お前のその『ラフ画』みたいな動きを見てたら、気分悪なっただけや。お前、甚爾くんの足元にも及んでへんで」

俺は真希に歩み寄る。

彼女の持つ可能性は知っている。いずれ彼女は、甚爾と並ぶ「鬼」になる。

そして、この「禪院直哉」というキャラクターを殺す存在になる。

(……なら、それを最大限に利用させてもらうわ)

俺は真希の目の前で、人差し指を立てた。

「なぁ、真希。賭けをしようや。……いや、『縛り』やな」

「……縛り?」

「そう。お前がいつか、俺を本気で殺せるくらいの強さになるまで――そうやな、あと十年以上先か? ……それまで、俺はお前に指一本触れへん。お前がどれだけ俺を睨もうが、逆らおうが、俺はお前を傷つけへん。……その代わりや」

俺は一気に顔を近づけ、彼女の耳元で囁いた。

「俺がこの『死の宣告』を受け入れる対価として、世界の理(システム)から俺に膨大な呪力を引き出させる。……お前は俺を生かすための、最高の『呪い』になれ」

真希は何を言われたのか理解できず、ただ目を見開いていた。

だが、俺の体内では、明確な「縛り」が成立した感覚があった。

『本来自分を殺すはずの天敵に対し、その刻限まで無干渉を貫く』。

自分の生命をチップとして賭ける、極めて重い呪いの制約。

ドクン、と心臓が跳ね、全身の経絡を流れる呪力の「太さ」が劇的に変わる。

幼い体には過剰すぎるほどのエネルギーが、俺の脳内レンダーを加速させていく。

「……あは、凄いな。これや、これこそが『特級』への特急券や」

俺は動揺する真希を放置し、高笑いしながらその場を去った。

彼女が将来強くなろうが、甚爾のようになろうが、知ったことではない。

彼女が成長すればするほど、俺に課せられた「縛り」は重くなり、俺の呪力はさらに膨れ上がる。

彼女を「生かさず殺さず」放置することが、俺にとって最大の効率(メリット)なのだ。

「待っとけよ、五条悟。……お前の『六眼』でも見えへんくらいの超高フレームレートの世界へ、俺が連れてったるわ」

夕暮れの禪院家。

少年の姿をした現代の怪物は、影を長く引きながら、誰よりも不敵に笑っていた。

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