禪院直哉 再誕録   作:ナムルパス

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第3話 模倣する境界、あるいは最強との邂逅

禪院甚爾が去り、禪院真希との間に「死の先延ばし」という呪いにも似た縛りを結んでから数年。

俺、禪院直哉は十代半ばに差し掛かろうとしていた。

周囲の俺を見る目は、もはや「期待の神童」などという生温いものではなくなっていた。それは「得体の知れない怪物」を見る、忌避と恐怖が混ざった眼差しだ。

無理もない。俺は禪院家に伝わる正統な修練を一切無視し、道場にも顔を出さず、ただひたすらに自分の内側にある「映像(データ)」を術式で出力する作業に没頭していたのだから。

「……あー、やっぱりここか。関節の可動域が、フレームの繋ぎに追いついてへん」

屋敷の裏山、人目を避けた演習場で、俺は自分の右腕を眺めて独りごちた。

俺の目の前では、樹齢百年を越える大樹が、まるで高出力のレーザーで焼き切られたかのように、断面を炭化させて転がっている。

俺が今試したのは、前世で見た某忍者アニメの主人公が使う、掌に回転するエネルギーを凝縮する技の「投射呪法版」だ。

本来、投射呪法は「移動」を加速させる術式だが、俺はそれを「物理的な回転運動」に変換した。

1秒24コマの中で、自分の手首から先を、それぞれ異なる角度で、かつ超高速で「回転している状態」として24枚上書きする。

その結果、俺の掌は文字通り「空間を削り取るドリル」と化した。

「……ま、威力はええけど、反動(ラグ)がキツいな。肉体のレンダリングが追いつかんと、こっちの筋繊維が焼き切れるわ」

俺は呪力で右手のダメージを強制補完しながら、ふうと息を吐いた。

俺は呪術高専には行かない。

あそこには「答え」がないからだ。あそこの連中は、呪術を「精神論」や「出力の競合」だと勘違いしている。

だが俺にとって呪術とは、この世界のバグだらけの物理エンジンを、自分のセンスで再構築(オーバーライド)するためのスクリプトだ。

必要な知識はすべて、前世の記憶にある。

あのアニメの抜刀術、あの漫画の縮地、あのゲームのガード不能技。

二次元の嘘を三次元で実現するためには、人体の限界を超える必要があるが、俺には「真希を生かす」という縛りで得た、特級クラスの呪力量がある。

肉体が壊れるなら、呪力という強引なパッチ(修正プログラム)で繋ぎ止めればいい。

「……おや、直哉様。またこんなところで『お遊び』ですか」

背後から、不快な声がした。

禪院家の精鋭部隊「躯倶留隊」の術師だ。親父が、俺の「奇行」を監視するために送り込んだ教育係の一人だろう。

「……お遊び? お前らみたいな『1コマ目から2コマ目まで律儀に歩いてる連中』には、そう見えるんやろうな。……ちょうどええわ。お前、新作の『デバッグ(試運転)』に付き合えや」

俺は振り返りもせず、指先をパチンと鳴らした。

視界が切り替わる。

24のフレームが、俺と男の間の空間を分割する。

「……行っけぇ。――『模倣(トレース):縮地・三歩歩殺』」

俺は、某暗殺一家の長男が見せた、歩法の美学をトレースした。

一歩。二歩。

俺の姿が、男の視界から「消える」。

いや、消えたのではない。男の脳が、俺の「中抜き(コマ飛ばし)」された動きを処理できず、盲点へと追いやられたのだ。

三歩目。俺は男の真後ろに立っていた。

男が驚愕で振り返ろうとするよりも早く、俺は彼のうなじに指を添える。

「……今の、某幕末漫画の隠密御用取次の技を参考にしたんやけど。お前、反応すらできんかったな。……解像度が低すぎるねん、お前の人生」

「……が、っ、ぁ……!」

男が崩れ落ちる。俺は彼にトドメは刺さない。

ただの「デバッグ用NPC」に興味はないからだ。

 

そんなある日、俺の「停滞した日常」を揺るがすイベントが発生した。

禪院家と五条家の、形式的な会合。

そこに、あの男が来るという情報を俺は事前に掴んでいた。

五条悟。

現代最強の「六眼」の持ち主。

原作の直哉が、甚爾と並んで最強として認めた男。

(……最強、か。……六眼って、どれくらいの『解像度』で世界を見てるんやろな)

会合の場である大広間。

重苦しい空気の中、俺は末席に座り、退屈そうに指を弄んでいた。

正面には親父、直毘人と、五条家の長老たちが並んでいる。

そして、その中心に、彼はいた。

まだ少年と言っていい年齢。だが、その瞳に巻かれた目隠しの奥から漏れ出る呪力のプレッシャーは、周囲の空気を物理的に圧縮していた。

五条悟は、退屈そうにあくびをしながら、突然、俺の方へ視線を向けた。

「……ねぇ。そこの金髪の君」

五条の声が、静まり返った広間に響く。

親父たちの視線が、一斉に俺に突き刺さる。

「……なんや、五条君。僕に何か用?」

俺はあえて、不遜な態度を隠さずに答えた。

親父が「直哉! 無礼だぞ!」と一喝するが、五条はそれを手で制し、面白そうに身を乗り出した。

「君、面白いね。……呪力の流れが、他の連中と全然違う。まるで、自分の体を『プログラム』か何かだと思ってるみたいだ。……しかも、その足元にある『縛り』……。誰かを殺すためじゃなく、生かすために自分を追い込んでる? ……へぇ、禪院家にもこんな変態がいるんだ」

「……変態とは失礼やな。僕はただ、世界の『最適化』を模索してるだけや」

「最適化、ねぇ。……じゃあ、ちょっと試してみる?」

五条が、ふらりと席を立った。

周囲の大人たちが慌てて止めようとするが、五条から放たれる圧倒的な拒絶感に、誰も近づけない。

彼は一瞬で俺の目の前に移動した。

投射呪法ではない。ただの「不可侵」を纏った移動。

「僕の『無下限』。君のその、カクカクした不思議な動きで、触れるかな?」

五条は挑発するように笑う。

俺の脳内の投射呪法が、フル稼働を始める。

六眼。原子レベルで呪力を操作し、無限を現実に持ち込むチート能力。

普通に戦えば、俺に勝ち目はない。

だが――今の俺には、前世の知識と、「現代人」としてのハッキング技術がある。

(……『無下限』。それはゼロへと収束する無限の空間……。つまり、世界の処理速度を無限に引き上げることで、相手の動きを『ラグ』の状態にする技や)

俺は笑った。

「……五条君。君の術式は、容量(データ)が重すぎるんよ。……重すぎて、世界のサーバーが悲鳴上げてるわ。……だから、僕がちょっとだけ『レンダリング』を簡略化(ハック)してあげる」

俺は、まだ習得したての技術――**「領域展延」**を、指先に極薄く、膜のように纏わせた。

普通なら、展延は相手の術式を中和するためのものだ。

だが俺は、そこに「投射呪法」のロジックを流し込んだ。

「――『フレーム・オーバーライド(コマ割り強制同期)』」

俺の指先が、五条の「不可侵」の境界線に触れる。

本来なら、触れることすらできないはずの「無限」の壁。

だが、俺は展延を介して、五条の無下限空間に「俺の24fps」という強制的なルールを書き込んだ。

無限に引き伸ばされた空間を、俺の脳内で強引に24枚の静止画として「固定」し、その隙間を縫うように指先を滑らせる。

――ピトッ。

俺の指先が、五条悟の鼻先に触れた。

広間が、凍りついた。

直毘人が酒瓶を落とし、五条家の長老たちが腰を抜かす音が聞こえる。

五条悟は、目隠しの奥で、驚愕に目を見開いていた。

「……触った……。僕の不可侵を、自分のルールで上書きしたのか……?」

「……あー、やっぱりしんどいわ。五条君、君の存在そのものが『重い』ねん。……でも、分かったわ。君の最強も、結局は『システム』の一部や。……俺なら、いつかそのシステムごと、俺の作品に組み込める」

俺は指を引き、肩をすくめた。

内心では、全身の血管が破裂しそうなほどの負荷に冷や汗をかいていたが、表情には一切出さない。

ドクズの基本は、ハッタリとマウントだ。

「……は、はは! あはははは!」

五条悟が、腹を抱えて笑い出した。

「面白い! 禪院直哉、君、本当に最高だ! ……ねぇ、高専においでよ。君みたいな『バグ』、近くで見てたいな」

「……断るわ。高専なんて低解像度な場所におったら、僕のセンスが腐る」

俺は五条に背を向け、広間を歩き去る。

背後で五条が「えー、ケチだなー!」と叫んでいるが、無視だ。

(……見えた。五条悟の『フレーム』。……そして、今の俺に足りない『処理能力』。……もっとだ。もっと他人の技を、この世界のバグを、俺の中にトレースして……。俺が、この世界の完全な『監督(ディレクター)』になるまでな)

俺の歩みは、以前よりもずっと、確信に満ちた「速度」を帯びていた。

 

 

 

 

 

 

五条悟との遭遇から数ヶ月。俺の脳内は、あの「不可侵」に触れた瞬間のフィードバックで埋め尽くされていた。

最強の術式、無下限。あれをハックできたのは、俺が「現代人」として、空間を座標の集合体だと認識していたからに過ぎない。

だが、今の出力では足りない。

俺は裏山の廃寺に座り込み、呪力の流動を極限まで精密に制御する訓練に入っていた。

「……投射呪法の弱点は、『一度決めた動きを変えられない』こと。……でも、それって格闘ゲームの『先行入力』と同じやんけ」

俺は立ち上がり、虚空に向かって拳を突き出す。

24fpsのフレームの中で、俺はあえて「不自然なポーズ」を24枚並べる。

右ストレートの予備動作から、次の瞬間には左ハイキックの着弾点へ。

本来なら、骨格が悲鳴を上げ、フリーズという名の「処理落ち」が発生するはずの挙動。

だが、俺はそこで新しいパッチを当てた。

「――『フレーム・キャンセル』」

24コマのうち、23コマ目で動きを完結させず、24コマ目に「次の動作の1コマ目」を無理やり上書きする。

呪力を爆発的に消費し、肉体をパッチワークのように繋ぎ止めることで、術式の「縛り」である1秒間の拘束を、次の1秒間へとシームレスに連結(チェイン)させる技術だ。

さらに俺は、格闘ゲームの理論を応用した。

「――『無敵フレーム(発生保証)』」

特定のコマの間だけ、自分の存在確率を「確定させない」ことで、相手の攻撃を透過させる。

投射呪法で動いている間、俺は「24枚の静止画」の集合体だ。ならば、その「絵と絵の隙間」にいる俺は、この世界のどこにも存在していないはずだ。

現代のビデオ編集で言うところの「コマ落ち」を意図的に発生させ、物理的な接触判定を消滅させる。

「……あは、できたわ。これ、某2D格闘ゲームの守護神みたいな動きやん」

俺は誰もいない空間で、残像を残しながら高速で踊るように動き回る。

一歩踏み出すごとに、周囲の空気が断裂し、真空の刃が地面を切り裂く。

もはやこれは、直毘人の目指した「最速」ではない。

「世界の描画エラー」そのものと化した暴力だ。

 

 

 

 

その日は、禪院家にとって「不都合なバグ」が発生した日だった。

地方の廃村に現れた、特級相当の呪力を持つ呪霊。

本来なら「窓」が検知し、高専の術師――それこそ五条悟あたりが派遣される案件だ。

だが、俺は親父に黙って、単身その村へと向かった。

「……高専に手柄を渡すのは癪やからな。それに、僕の新しい『演出』を試すには、これくらいの耐久力(HP)がある相手やないと困る」

村は、重苦しい呪霧に包まれていた。

中央の広場に鎮座していたのは、数多の「目」が全身に這い回る、冒涜的な造形の呪霊だった。

死の気配。並の術師なら、立っていることすらままならないプレッシャー。

だが、俺はポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうに鼻を鳴らした。

「……おい、目玉お化け。お前のその『呪力の揺らぎ』、見ててイライラすんねん。……解像度が低すぎて、見てるこっちの目が腐るわ」

呪霊が咆哮し、数千、数万の「視線」が呪力のレーザーとなって俺を襲う。

回避不能の全方位攻撃。

だが、俺は一歩も動かない。

「――『模倣(トレース):幻想殺し(物理)』」

俺は右手を軽く振るった。

投射呪法による「0.1秒への24コマ集中」。

レーザーが俺に触れる直前、俺はその「着弾の瞬間」だけをフレームから削除(デリート)した。

物理的に当たっているはずの攻撃が、俺の肉体を透過していく。

「……無駄や。今の俺は、1/24秒の隙間に住んでるんよ。……お前の攻撃、判定(ヒットボックス)がガバガバやねん」

俺は一瞬で呪霊の懐に潜り込む。

呪霊が巨体を振り回して反撃するが、俺はそれを「キャンセル」からの「超高速移動」で回避。

翻弄される呪霊の周りを、俺の残像が円を描くように取り囲む。

「……さて、最後は派手にいこうか。……某人気漫画の『金色』の戦士がやってた、あれを借りるわ」

俺は両手を前方に突き出す。

「死の先延ばし」の縛りによって溢れ出る、膨大な呪力を両掌に収束させる。

24fpsのフレームの中で、呪力を「圧縮」「加速」「回転」……。

すべてのパラメーターを最大値まで引き上げ、限界までレンダリングの負荷を高める。

「――『極の番・先行試作型:波導砲(バースト・ストリーム)』」

放たれたのは、光の奔流だった。

投射呪法の「コマ送り」の理屈で、本来なら一瞬で霧散するはずの呪力を、24コマ連続で「同じ位置に存在し続ける」よう固定した、定常波のレーザー。

呪霊の巨体は、叫び声を上げる暇もなく、分子レベルで分解され、消滅した。

村を包んでいた霧が晴れ、静寂が戻る。

俺は肩で息をしながら、焦げ付いた地面を見つめた。

「……ふぅ。……ま、今の演出は及第点かな。……でも、まだ『音』が足りんな。次は音響効果(SE)も呪力で再現せんと、作品として完成せんわ」

 

 

 

禪院家への帰り道。

俺は、修行を終えてボロボロになった身体で歩く少女、真希を見かけた。

彼女は俺に気づくと、憎しみに満ちた、しかしどこか怯えたような瞳で俺を睨みつける。

「……直哉」

「様をつけろって、真希。……相変わらず、汚い顔してんな。……お前、まだそんな『解像度の低い』竹刀振ってるんか?」

俺は彼女の前に立ち、冷ややかに見下ろす。

彼女の中に宿る「天与呪縛」の胎動。

それは、数年前に比べれば確実に強くなっている。

だが、俺からすれば、それはまだ「ラフスケッチ」にすらなっていない代物だ。

「……死ぬほど、あんたを殺したい。……いつか必ず、そのスカした面を……」

真希が絞り出すように言う。

俺はそれを聞いて、心の底から愉悦を感じた。

(……ええわ。その殺意。そのエネルギー)

彼女の殺意が強まれば強まるほど、俺が自分に課した「死に関する縛り」は、その対価としてより強大な呪力を俺に与え続ける。

俺は彼女の頬を、汚いものを避けるように、指先で軽く弾いた。

「……せいぜい頑張れや。……お前が俺を殺せる『完パケ(完成原稿)』になった時、俺が直々にシュレッダーにかけてやるから。……それまでは、俺の『電池』として、泥水すすってでも生き長らえろ」

俺は彼女を無視して歩き出す。

背後で真希が地面を叩く音が聞こえる。

それが、俺という作品を彩る最高のBGMだった。

(……甚爾、五条、真希。……登場人物は揃ってきたな)

俺は夜空に浮かぶ月を見上げた。

前世では画面の向こう側の出来事だったこの世界。

今は、俺の指先一つで、1/24秒の間にどうにでも書き換えられる。

「……さて、次の『回』は何をしようか」

禪院直哉。

歴史上もっとも最速で、もっとも傲慢で、もっともクリエイティブなクズ。

彼の、いや、「俺」の独裁的な映画製作(人生)は、まだ序章を終えたばかりだった。

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