交流会は、俺という「完成された異物」の乱入によって、原型を留めないほどに書き換えられた。特級呪霊・花御を子供扱いし、五条悟の「不可侵」にすら指をかけた俺に対し、高専の面々が抱いたのは「畏怖」を超えた、根源的な「理解不能」という絶望だった。
「……あーあ。結局、最後は五条君の『虚式』でオチか。相変わらず、大味な演出やなぁ」
森の木々が消滅し、花御が撤退した後の静寂の中で、俺は一人、瓦礫の山に腰掛けていた。
駆け寄ってきた伏黒恵や釘崎野薔薇の視線が痛いほど突き刺さる。彼らにとって、俺は味方でもなければ、明確な敵でもない。ただ自分たちの理解が及ばないフレームレートで動く「怪物」に過ぎない。
「……なぁ、直哉。君、あいつをわざと逃がしたよね?」
目隠しを外し、その「六眼」で俺の呪力の残滓を解析しようとしている五条が、俺の隣に立った。
「……逃がした? 失礼な。僕はただ、物語の『尺』を考えただけや。……ここで花御を殺したら、渋谷の盛り上がりが欠けるやろ? ……五条君、君は最強やけど、観客の気持ち(ファンサービス)が分かってへんわ」
「……渋谷、か。君がずっと口にしているその言葉、単なる予言じゃない。君はそこで、何かを『撮る』つもりなんだね」
俺は五条の問いに答えず、ただ不敵に笑って立ち上がった。
俺の視線は、遠くで傷ついた身体を支えながら俺を睨みつける、真希へと向けられる。
「……真希。交流会の点数は『欠席』やな。……お前の今の実力じゃあ、渋谷のスクリーンには1コマも映らん。……死ぬ気で、自分を『作画』し直してこい。……じゃないと、俺の縛り(対価)がもったいないわ」
俺は彼女に背を向け、禪院家への帰路についた。
これが、交流会という名の「リハーサル」の終わりだった。
街の喧騒から隔絶された、廃駅の最深部。そこは、呪霊たちの根城であり、この世界の理を塗り替えようとする「偽りの夏油」――羂索の作業場であった。
「……そろそろ来る頃だと思っていたよ。禪院家の、いや、呪術界の『異分子(バグ)』くん」
羂索は、夏油傑の肉体を完璧に着こなし、親しげな笑みを浮かべて闇の中から現れた。その傍らには、漏瑚や真人の姿はない。彼らですら感知できない領域で、この密談は用意されていた。
俺は、一歩踏み出すごとに空間を「24コマの理屈」で切り裂きながら、その場に立った。
「……夏油君。いや、中身は誰か知らんけど。……お前のその『演出』、ちょっと古臭いんよ。……『五条悟を封印して、呪霊の時代を作る』? ……あは、昭和のアニメの悪役かよ」
俺はポケットに手を突っ込み、羂索を冷笑した。
原作知識がある俺にとって、彼の正体も目的も、すべては既知のプロットに過ぎない。
「……ほう。私の計画を、そこまで把握しているのか。……君のその術式、ただの『投射呪法』ではないね。……情報の取得速度まで『フレーム』を越えている」
「……情報? 違うわ。……僕は『結末(完パケ)』を知ってるだけや。……お前が獄門疆(ごくもんきょう)を使って五条君を閉じ込めることも、その後に日本中を呪いの実験場にすることもな」
俺の言葉に、羂索の目が一瞬だけ細まった。
その瞳の奥にある、千年の時を生きた怪物の狡知が、俺という存在を解析しようと激しく明滅する。
「……なら、話が早い。……君はなぜ、それを私に告げに来た? ……五条悟に密告して、私をここで排除することもできたはずだ。……だが君は、禪院家の権力を使って、私の足跡を隠蔽すらしてくれた」
「……あは。勘違いせんといてや。……お前を助けたわけやない。……お前の脚本が、僕にとって『一番面白い素材』を提供してくれるからや。……でも、お前の撮り方じゃあ、せっかくの素材が台無しになる。……だから、僕が『共同監督』として介入させてもらうわ」
俺は一気に羂索との距離を詰める。
瞬き一つ。俺の姿は羂索の真横、耳元へと移動していた。
「――『領域展延・オーバーライド』」
羂索が反射的に呪力を練ろうとした瞬間、彼の周囲の「フレームレート」を強引に引き下げ、その思考と術式のラグを発生させる。
「……君、本当に不愉快だね。……悟が手を焼くわけだ」
羂索は首を傾け、俺の指先をかわしながら距離を取る。
「……交渉や。……五条悟の封印は、予定通り進め。……ただし、渋谷の『地下』の演出は、僕が仕切らせてもらう。……お前の呪霊たちが暴れるのは勝手やけど、僕の獲物に手を出したら、お前のその『脳みそ』、1/24秒でミンチにするで?」
俺は懐から、一通の封筒を取り出した。
中には、俺が十数年かけて収集した、呪術界上層部の汚職データと、獄門疆の「処理」を円滑に進めるための裏工作のリストが入っている。
「……これは、僕からの『製作費』や。……お前が五条君を箱に閉じ込めるまでの間、高専の増援を完全に遮断してやる。……その代わり、封印が完了した瞬間に、渋谷は僕の『独占撮影現場』にさせてもらう」
羂索は封筒の中身を確認し、今度は心底愉快そうに笑い出した。
「……あはは! 素晴らしい! ……禪院直哉。君は、私よりもずっと『呪い』に近い。……よかろう。君の介入を認めよう。……君がこの渋谷をどう『編集』するのか、千年の観客の一人として楽しませてもらうよ」
「……観客? 違うわ。……お前も、最後には僕の作品の『エンドロール』で名前を流してやるからな。……もちろん、一番下の、目立たんところでな」
俺は羂索に背を向け、廃駅の闇へと消えていった。
2018年10月31日。
渋谷の街が呪いと混沌に包まれる中、俺は予定通り、地下5階、副都心線ホームへと向かっていた。
頭上では、五条悟が漏瑚たち三人の特級呪霊を相手に、次元の違う戦いを繰り広げている。
一般人がゴミのように押しつぶされ、五条の「0.2秒の領域展開」が炸裂する。
俺は、そのすべての光景を、ホームの天井裏から高解像度のカメラのような視点で見つめていた。
「……来た。……最高のオチ(封印)のタイミングや」
羂索が獄門疆を突き出し、五条悟の「三年間の記憶」が発動する。
夏油傑の肉体を見た五条の脳内に、溢れ出す青春の残像。
本来なら、ここで獄門疆が五条を飲み込んで終わりだ。
だが、俺はそこへ、天井を突き破って介入した。
――ドォォォォォン!!
俺の降臨と共に、空間に強烈な「停止命令」が下される。
周囲の瓦礫が、返り血が、逃げ惑う人々の叫び声が、俺の術式によって空中に固定される。
「……おやすみ、五条君。……でも、寝顔が無防備すぎるから、僕がフィルターをかけてあげよう」
俺は驚愕に目を見開く羂索と、拘束された五条の間に割って入った。
「――領域展開:『万象極彩・映写回廊(ばんしょうごくさい・えいしゃかいろう)』」
地下ホームの風景が、一瞬で塗り替えられた。
そこは、無限に広がる映画館の内部。全方位を巨大な銀幕(スクリーン)が取り囲み、そこには五条悟、夏油傑、そして禪院直哉……俺たちがこれまでに紡いできた「因果」が、超高画質の映像として流れている。
五条悟の「不可侵」が、俺の領域の中で強制的に「俺のフレームレート」と同期させられる。
本来なら必中の領域。だが俺は、その必中効果を「攻撃」ではなく、五条への「最後のメッセージ」として使った。
「……五条君。……箱の中は、意外と解像度低いらしいからな。……今のうちに、僕の最高画質の動きを、その六眼に焼き付けとけ」
俺は、領域内の全エネルギーを使い、五条の脳内に「俺がこれから作る世界のコンテ」を直接流し込んだ。
五条悟が封印された後の、地獄のような渋谷。真希の覚醒。宿儺の顕現。
そのすべてを「俺」がコントロールし、最もスタイリッシュな結末へと導くという、傲慢な宣戦布告だ。
「……あはは! さぁ、飲み込まれろ、最強!」
獄門疆が五条を飲み込み、完全に閉じる。
俺は領域を解除した。
再び、地下ホームに血の匂いと呪霊たちの気配が戻る。
羂索は、獄門疆を拾い上げ、肩を揺らして笑った。
「……素晴らしいよ、直哉くん。……君の領域、あれは『未来』を映していたのかい? それとも、ただの『願望』かな?」
「……どっちでもええわ。……大事なのは、これでお前の『脚本』は終わったってことや」
俺は羂索に背を向け、地上へと続く階段を見上げた。
「……さて。……第2テイク、開始や。……まずは、あの『煙たい目玉お化け(漏瑚)』から、退場してもらおうか」
俺は指先をパチンと鳴らした。
五条悟という最強の光が消えた渋谷で、俺の瞳は、誰よりも不敵に、そして冷徹に、次の「標的」をフレームの中に捉えていた。