五条悟が封印された直後の地下ホーム。羂索が獄門疆を手に立ち去ろうとする中、残された特級呪霊たちは歓喜と、そして目の前に立つ「禪院直哉」への剥き出しの殺意に溢れていた。
特に漏瑚は、その単眼を激しく見開き、頭の火山から煙を噴き上げている。
「……禪院の小僧。五条がいなくなった今、貴様のその傲慢な面を焼き尽くしてくれよう。人間風情が、世界の監督を気取るなど片腹痛いわ!」
漏瑚が動く。それは、火山の噴火のごとき暴力的な初速。周囲の酸素を一瞬で焼き尽くし、高熱の業火が俺を包囲しようとする。
だが、俺はポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうに首を鳴らした。
「……漏瑚。お前の動き、熱いだけで『キレ』がないねん。……1秒を24枚で描くなら、お前の作画は全部『中割』が手抜きや。……僕が本物の『速度の演出』を教えたるわ」
俺は指先をパチンと鳴らす。
「――『投射呪法・バーストレート(120fps)』」
俺の姿が、漏瑚の視界から「消失」した。
漏瑚の業火が俺のいた場所を焼き尽くすが、そこには既に俺の残影すら残っていない。
「……どこを見ている? ……あぁ、お前のフレームレートじゃ、僕の残像を追うのが精一杯か」
俺は漏瑚の真上に浮遊していた。
空中で静止しているのではない。1/120秒ごとに微細な「微振動(シェイク)」を繰り返すことで、空気の壁を足場として固定(フリーズ)させているのだ。
「――『模倣(トレース):瞬獄殺・零(ゼロ)』」
俺は漏瑚の頭上の火山に手を添えた。
一瞬。漏瑚が反応するよりも早い「0.01秒」の間に、俺は彼の肉体に数千枚の『打撃の静止画』を叩き込む。
それは格闘ゲームにおける「ヒットストップ」の理屈だ。攻撃が当たる瞬間のフレームを強制的に引き延ばし、ダメージの計算を無限ループさせる。
「……ぎ、が、あああああああ!?」
漏瑚の頑強な肉体が、内側から激しく振動し、ひび割れていく。
火山の煙は黒く淀み、炎は俺の「フレーム」に閉じ込められて凍りついた。
「……つまらんな。……特級と言えど、所詮は『自然の擬人化』。……プログラムされた自然現象に、僕の『創作(嘘)』が負けるわけないやん」
俺は漏瑚をゴミのように蹴り飛ばし、渋谷の地上へと向かう階段を歩き出した。
背後で、真人が「へぇ、面白いね君」と薄笑いを浮かべていたが、今は無視だ。あいつはもっと「美味しいシーン」で使う必要がある。
地上に出ると、渋谷は地獄絵図と化していた。
無数の改造人間が暴れ、非術師たちの悲鳴がBGMのように鳴り響く。
だが、俺の視線は一直線に、ある一点を捉えていた。
虎杖悠仁。
彼は、己の内側に宿る「呪いの王」の気配に怯えながらも、必死に戦っている。
そして、その周囲には、漏瑚たちが仕掛けた「宿儺を強制的に目覚めさせる」ための指が、すでに数本投じられようとしていた。
「……さぁ、お待たせしました。……ここからが、本日のメインイベント。……『特撮:呪いの王・顕現編』や」
俺はスクランブル交差点の中央、最も目立つ位置に降り立った。
そこには、宿儺の指を虎杖に飲ませようとする漏瑚の姿があった。彼は地下でのダメージを負いつつも、執念で「宿儺の復活」という脚本を完遂しようとしている。
「……おい、目玉お化け。……指を飲ませるなら、もっと『映える』角度でやらなあかんやろ。……カメラ回ってんで?」
俺の乱入に、虎杖が顔を上げる。
「……お前、禪院の……! ここで何してんだよ!」
「……何って、演出の修正(リテイク)や。……虎杖君。君の中にいる『彼』。……そろそろ出てきてもらわんと、視聴率(物語の緊張感)が持たへんのよ」
俺はあえて、漏瑚の行動を止めなかった。
むしろ、俺は自分の呪力を使い、虎杖の周囲の空間を「暗転(ブラックアウト)」させた。
スポットライトが虎杖だけに当たる。
他の雑音をすべてカットし、世界中が彼の「変身」に注目するような、完璧な舞台装置。
「……さぁ、飲め。……そして、僕に見せてや。……この世界の『バグの王』が、どれだけスタイリッシュな作画を見せるのかを!」
虎杖が指を飲み込み、その身体が激しく痙攣する。
呪力が、渋谷の街を物理的に押し潰すほどの質量となって溢れ出した。
顔に浮かび上がる黒い紋様。開かれる四つの目。
両面宿儺。
彼が目覚めた瞬間、渋谷の空気が一変した。
絶対的な死の気配。立っているだけで魂が削り取られるような、圧倒的な「格」の違い。
宿儺は、ゆっくりと自分の手を見つめ、それから不快そうに周囲を見渡した。
「……光が、煩わしいな」
「……あは、最高や! その一言、台本通りやんけ!」
俺は宿儺の目の前で、パンパンと手を叩いて笑った。
宿儺の冷徹な視線が俺を貫く。普通なら、この視線だけで肉体が四散するだろう。
だが、俺は「真希との縛り」で得た莫大な呪力を全身に纏い、その圧力を「相殺(キャンセリング)」していた。
「……小僧。貴様、死にたいのか。……俺の前に立って笑うとは、不遜を通り越して退屈だ」
「……退屈? 失礼な。……宿儺さん。あんたのその『解(カイ)』とかいう技。……あれ、物理的な斬撃やと思ってるやろ? ……でも僕から見れば、あれは『映像の切り貼り(カット)』なんよ」
俺は宿儺に向かって、人差し指と中指を突き出した。
「カメラのフレームを切り抜くように、相手を断裂させる。……あは、センスええわ。……でも、僕の編集(ハック)の方が、もっと速いで?」
宿儺の眉が動く。
「……ほう。……口の減らぬガキだ。……ならば、その『編集』とやら、俺の断ち割る速度とどちらが速いか、試してみるか?」
宿儺が指を動かそうとする。
その一瞬。俺は、これまでに収集してきたアニメ・特撮の「必殺技のバンクシーン」を、自分の脳内で同時再生した。
「――『領域展開:万象極彩・映写回廊』」
俺は宿儺の足元を中心に、巨大な領域……ではなく、俺独自の「撮影空間」を展開した。
地面がフィルムのストリップになり、空には無数のレンズが並ぶ。
宿儺の繰り出す「目に見えない斬撃」を、俺はすべて「映像のレイヤー」として視覚化し、それを1/1000秒単位で「レイヤー非表示」にすることで無効化していく。
「……あはは! 見ろよ宿儺! あんたの技、全部『背景』扱いにして消してやったわ!」
宿儺と俺の「編集権」の奪い合いが激化する中、物陰からその様子を観察していた羂索が、感嘆の声を漏らした。
「……素晴らしい。……宿儺の斬撃を『演出ミス』として処理するとは。……禪院直哉、君は私の想像を遥かに超える、最悪のクリエイターだ」
「……羂索。……お前も、いつまでも『撮影助手』のツラしてんと、さっさと舞台上がれや。……このシーン、宿儺と僕のダブル主演だけじゃ、尺が余るねん」
俺は宿儺の攻撃を捌きながら、羂索にも呪力を飛ばす。
渋谷という劇場。
最強の呪霊、最強の呪いの王、そして最強の「ハッカー(俺)」。
「……さぁ、始めようか。……誰も見たことがない、1万fpsの世界をな。……この『渋谷事変』、俺が責任を持って、歴史に残る『超大作(大惨事)』に仕上げたるわ!」
俺の瞳は、もはや人間のそれではなく、レンズのように無機質に、そして熱狂的に輝いていた。
この後、さらに現れるだろう伏黒恵、そして覚醒する真希。
すべてのキャストが揃うまで、俺はこの「フレーム」を支配し続ける。