禪院直哉 再誕録   作:ナムルパス

8 / 12
第8話 不変のフレーム、あるいは最強のデバッグ

渋谷のスクランブル交差点は、もはや物理法則が崩壊した「バグ地帯」と化していた。

宿儺が放つ不可視の斬撃『解(かい)』と『捌(はち)』。それは本来、触れた瞬間に事象が「切断」という結果へ直結する絶対の理。

だが、俺はその斬撃が届くまでの「プロセス」を、術式によって極限まで引き延ばし、24枚の静止画(レイヤー)として解体していた。

「……あは、おっそいなぁ、宿儺さん。あんたの攻撃、120fpsで見たら、どこに判定(ヒットボックス)が出るか丸見えやねん」

俺は空中を歩く。1コマごとに自分の座標を「存在しない場所」へ上書きし、宿儺の斬撃をミリ単位で透過していく。

宿儺は不敵な笑みを深く刻み、四つの目で俺の挙動を追っていた。

「……面白い。術式を身体能力の強化ではなく、世界の『解釈』に全振りしているか。小僧、貴様の目に映る俺は、そんなにカクついているか?」

「カクついてるどころか、コマ落ち(ラグ)しまくりや。あんた、出力がデカすぎて背景(世界)の処理が追いついてへんのよ。……だから、僕がパッチを当ててあげる」

俺は地面を蹴った。投射呪法の「フレーム・キャンセル」を連発し、加速の限界を超えた不連続な移動。

宿儺の懐に潜り込み、掌を彼の胸板に当てる。

「――『領域展延・強制同期(強制レンダリング)』」

宿儺の身体に、俺の呪力を介して「秒間24コマ」というルールを直接流し込む。

最強の呪いの王といえど、世界そのものの処理速度を制限されれば、その圧倒的な出力も「1/24秒の枠」に押し込められる。

「……っ、動きが固まる(フリーズする)か。……小賢しい真似を!」

宿儺が呪力を爆発させ、俺の展延を力技で引き剥がそうとする。

その衝突の余波だけで、周囲のビルが紙細工のように粉砕された。

これが、最強の「素材」と、最強の「監督」による、演出権の奪い合いだ。

 

 

戦いが激化する中、突如として別の「異質な気配」が戦場を支配した。

伏黒恵が、死に際に出した最後の手。

歴代十種影法術師の誰も調伏できなかった、最強の式神。

「――布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)」

法輪の音が響き渡り、巨大な異形――八握剣異戒神将魔虚羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)が姿を現した。

あらゆる事象に適応する、最悪の「デバッガー(修正プログラム)」。

「……来たわ。……この物語の『最強の障害物』や」

俺は宿儺との距離を取り、現れた魔虚羅を眺めた。

魔虚羅の頭上の法輪が回る。それは、俺の「投射呪法」というルールを学習し、無効化し始めた合図だ。

「……あは、凄いな。……僕の『24fps』を、古い規格だと見抜いて『適応(アップデート)』しようとしてるんか」

宿儺もまた、魔虚羅の出現に興奮を隠さない。

「……ほう、あれが十種影法術の奥義か。……面白い。小僧、貴様の術式と、どちらが先に『答え』に辿り着くか、見物だな」

魔虚羅が動き出した。その巨大な剣が、空気を切り裂き俺を襲う。

俺は反射的に回避しようとしたが、術式が発動した瞬間、頭上の法輪がカチリと回った。

「――っ、術式が弾かれた(エラー吐いた)!?」

俺の「フレーム」が魔虚羅に無視され、1秒間のフリーズすら発生しない。

魔虚羅は俺の術式という「仕様」を既にバグとして修正し、その外側から物理攻撃を叩き込んできたのだ。

「……へぇ、そう来るか。……僕の監督権限を『BAN』しに来たわけや。……ええわ、それこそが最高に盛り上がる『中ボス戦』の演出や!」

 

俺は吹き飛ばされながらも、空中で姿勢を立て直した。

「真希との縛り」で得た、底なしの呪力。それを全て、脳内の「処理能力」に回す。

魔虚羅が適応するのが「24fps」なら、俺はそのさらに先へ行けばいい。

24コマに分割された1秒を、さらに細かく、1,000、10,000と分割していく。

「――『極の番・派生:超解像度リマスタリング』」

俺の視界が、もはや色彩を失い、純粋な「情報の奔流」へと変わった。

1秒が永遠のように長く感じる、超スローモーションの世界。

魔虚羅の適応速度を上回る速度で、術式のルールを1ミリ秒ごとに書き換え続ける。

「適応される前に、仕様を変更(アップデート)し続ければええんや。……お前のデバッグが追いつくか、僕の書き換えが速いか、勝負しようや!」

俺は魔虚羅の懐に飛び込み、無数の打撃を叩き込む。

一撃ごとに、打撃の「属性」を変える。

衝撃、熱量、振動、音波、そして「呪力の極性」。

法輪が狂ったように回り続けるが、俺の「新仕様」の追加速度に、魔虚羅の演算が悲鳴を上げ始めた。

「……見てるか、宿儺さん! これが、現代の『物量(レンダリング)』の力や!」

宿儺は高笑いしながら、その光景を眺めていた。

「……クハハハ! 面白い! 概念のいたちごっこか! 小僧、貴様はもはや呪術師ではない。……ただの『理の狂信者』だ!」

 

 

戦場は三つ巴の混沌へ。

宿儺が指を立て、彼の「神域」を展開しようとする。

「――領域展開:伏魔御儺子(ふくまみづし)」

同時に、魔虚羅が宿儺の斬撃に適応し、その刃を振り下ろす。

俺は、その両方を「俺の作品」として取り込むために、全呪力を絞り出した。

「――領域展開:『万象極彩・映写回廊』!!」

俺の領域が、宿儺の必中効果と干渉し、火花を散らす。

本来、宿儺の領域は「閉じない」ことで神業とされるが、俺の領域もまた「閉じない」。

この渋谷という街全体を「背景」として読み込み、そこに俺と宿儺、魔虚羅の三人のエフェクトが乱舞する。

「……さぁ、最高のクライマックスや! 全員、俺のフレームの中で踊り狂え!」

俺の領域内では、宿儺の斬撃も魔虚羅の適応も、すべてが「映像データ」として可視化される。

俺はそれらを指先一つで編集し、宿儺の斬撃を魔虚羅へ、魔虚羅の適応を宿儺の術式へと「コピペ」してぶつけ合わせた。

地響き。爆発。

渋谷の中心部が、光と影の濁流に飲み込まれていく。

その中心で、俺は血を流しながらも、誰よりも狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

「……あは、あはははは! 凄い……最高の撮れ高や……!」

 

 

俺と、宿儺と、魔虚羅。三つ巴の戦場は、もはや術式という名の「ソースコード」の書き換え合戦と化していた。

魔虚羅の法輪が回る。

俺の『超解像度リマスタリング』による1ミリ秒ごとの属性変更に、魔虚羅の適応がようやく追いつき始めたのだ。火、水、風、呪力の極性反転――。魔虚羅は、俺が繰り出すあらゆるパターンの「演出」を、一つずつ既知のデータとしてアーカイブしていく。

「……あは、流石は最強のデバッガーや。僕の『思いつき』を全部学習し尽くしたか。……でも、お前が適応したのはあくまで『この世界の物理エンジン』の中の出来事やろ?」

俺は笑いながら、宿儺の斬撃を紙一重でかわし、魔虚羅の懐へ深く潜り込んだ。

俺の指先が、魔虚羅の胸元にある「法輪」に直接触れる。

「――『領域展延・深度合成(ディープ・フォーカス)』」

俺は、魔虚羅の適応能力そのものに、俺の記憶にある**「前世のアニメーション理論」**を直接流し込んだ。

それはこの世界の呪術体系には存在しない、異世界の「嘘」のロジック。

存在しない「空気抵抗の無視」、存在しない「慣性の完全停止」、そして――「パースの歪みによる空間把握のバグ」。

魔虚羅の法輪が、ガタガタと不自然な音を立てて激しく震え出した。

この世界の理(システム)に基づいて適応しようとする魔虚羅に対し、俺は「この世界には存在しない物理法則」を無理やり突きつけたのだ。

「……ハック成功や。お前のOS、僕の『前世の知識(プラグイン)』には対応してへんみたいやな」

魔虚羅の動きが目に見えて鈍る。適応の演算がオーバーフローを起こし、巨大な肉体がノイズを吐き出すように歪み始めた。

 

 

その様子を特等席で眺めていた宿儺が、喉を鳴らして笑い出した。

彼は魔虚羅を仕留めるために準備していた『開(フーガ)』の炎を一旦収め、俺に興味深げな視線を向ける。

「……クハハハ! 小僧、面白い。魔虚羅を力でねじ伏せるのではなく、理屈のゴミを流し込んで『壊した』か。……呪術師というより、もはや呪霊の思考に近い。世界を壊すことを、ただの『遊戯(あそび)』だと思っていなければ、そんな芸当はできん」

「……遊び? 心外やな。僕は命懸けで『最高の一枚』を撮ろうとしてるんよ。……宿儺さん。あんたの炎、今出すのはもったいないわ。……もっと、こう、絶望が熟成されてからにした方が、画面が締まると思わへん?」

俺は全身から血を流し、脳が焼き切れるような熱を感じながらも、傲慢に言い放った。

宿儺は一瞬、殺気を消した。それは「こいつを今殺すのは、物語としてつまらない」と、彼なりの審美眼が判断した瞬間だった。

「……よかろう。今の貴様の『デバッグ』、見事だった。……この渋谷の結末、俺が望む形になるか、貴様が書き換えるか……。せいぜい足掻け、狂信者よ」

宿儺はそう言い残し、魔虚羅を一撃で沈める代わりに、あえて戦場から離脱。どこか別の「見どころ」を探しに消えた。

 

戦場に一人残された俺は、膝をついて激しく咳き込んだ。

「真希との縛り」で得た呪力がなければ、今の一瞬で俺の魂は霧散していただろう。

「……はぁ、はぁ。……さて。宿儺は退場、魔虚羅はフリーズ。……次は、誰のシーンや?」

俺は視線を、遠くの廃墟へと向ける。

そこには、まだ「完全」ではない、しかし必死にこの地獄を生き抜こうとしている真希の呪力の残り香があった。

(……まだや。まだお前は、死んだらあかん。……真依も、お前も。……二人が一人になって、俺を殺しに来るその日まで。……この『渋谷』というスタジオを、俺が守り抜いたるわ)

俺は震える足で立ち上がり、再びメガホンを取るように指を鳴らした。

五条悟が消え、宿儺が暴れ、そして俺がハックし続ける渋谷。

物語は、作者すら予期しない方向へと加速し始める。

「……渋谷事変・第25テイク。……ここからは、俺の『独演会』や。……ノイズ(雑魚呪霊)ども、一コマ残らず消去したるわ」

俺の背後で、再び「投射呪法」による空間の断裂が、カチンコのような鋭い音を立てて響き渡った。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。