「これで、かぐやのもとに……八千年前に……」
私は、目の前に鎮座する筍型の宇宙船、"もと光る竹"を眺めながら固唾を飲んだ。
"もと光る竹"からは無数の線が伸び、私の体のあちこちに装着された機器と繋がれている。
「むむ~……ここはこうして……こっちは、こう!」
その傍らではヤチヨが制御用のディスプレイとにらめっこをしながらキーボードを叩いている。
ここは仮想空間ツクヨミではなく紛れもなく現実世界。私とかぐやの家。ヤチヨは私が開発したアンドロイドインターフェースによって現実での体を得ていた。
ちなみに普段ヤチヨは適合度も高く動きやすいKG(かぐや)型ボディを好んで使っているのだが、今日はメンテナンス中のため代わりのYC(ヤチヨ)型ボディに収まって活動している。
数ヶ月前、私とかぐやは富士山の山頂に赴いた。目的は今目の前にある"もと光る竹"。
これはかぐやが八千年前の地球に降り立ったもの……ではない。
では何か。
これはかぐやが最初に地球へ訪れた時、乗ってきたものだ。
"もと光る竹"は上空にて肉体を得るのに必要なエネルギーと思念体であるかぐやをパージ。役目を終えた後に富士山の山頂付近に墜落したらしい。
そんなわけで、二人して富士山をえっちらおっちらと登頂し、用意してきた特殊な溶解剤を用いて掘り起こしてきたというわけだ。
その後、やたら重い"もと光る竹"を持っての下山には死ぬほど苦労させられた……出来れば二度とやりたくはない。
さて、では何故そんな苦労をしてまで"もと光る竹"を持ち帰ってきたのか。それはずばり、過去に行くためだ。
"もと光る竹"には月のテクノロジーが詰まりに詰まっている。更に、最初に使った方には余剰エネルギーもいくらか残っている筈とヤチヨは語った。
これらと、八千年前に不時着した"もと光る竹"からサルベージしたデータにヤチヨとFUSHIの能力を駆使すれば、一時的な時間遡行も可能らしい。
ただし、体は持っていけない。私は精神だけで向かい、何かしらの現地の生物を模した肉体を仮に得ることとなる。
今はその最終調整段階というわけだ。
「よーし! 完璧!」
「さすがヤチヨ」
「へへーん、これぐらいヤッチョには朝飯前なのです☆」
私が褒めるとアンドロイドボディで力こぶのジェスチャーを作るヤチヨ。私がクスクスと笑っていると、ヤチヨは表情に真剣さを宿した。
「……彩葉、本当に行くの?」
調整を終え、あとはいざ出発という段階でヤチヨは不安げな表情で私に訊ねてきた。
私はヤチヨに向き直った。
「うん、行くよ。少しでもかぐやの孤独を埋められるなら、私に出来ることは全部したい」
私が過去に行ってやりたいこと、それはかぐやが味わう八千年の孤独を少しでも和らげることだった。
かぐやが八千年前に行くことそのものを止めることは出来ない。それは今ここにいるヤチヨの否定になり、深刻なタイムパラドックスを引き起こしてしまう。
しかし、私とかぐやの出会いと別れまでの一連の流れにさえ影響しないなら、八千年前のかぐやとコンタクトを取ることは可能だ。
そんな説明を受けた後、私は一も二もなく過去へ飛ぶ決断を下した。
「彩葉……」
私が固い決意を示すと、ヤチヨは心配と嬉しさが混ざった様な複雑な表情で頷いた。
「……分かった。でも彩葉の安全が第一だから、もし過去で私に会えなくても一定時間で強制帰還するように設定してあるからね?」
「……うん、それで大丈夫。大体の座標はFUSHIがログに残してるんでしょ?」
「もちろん!」
端末に表示されたFUSHIは自信ありというように体を震わせる。それならきっと会える。
「それじゃ、ヤチヨ。ちょっと八千年前まであなたに会いに行ってくる!」
「……行ってらっしゃい、彩葉!」
低く唸る様な駆動音、次いで強い光を放つ"もと光る竹"。思わず目を瞑るとそのまま私の意識は暗転していった。
〇
体が揺蕩う様な感覚。早朝の微睡のような、心地よい浮遊感。このままずっと身を任せていたい。そう思ったのも束の間。
「ふべっ!!?」
私は吹き飛ばされるようにして、砂の上をゴロゴロと転がった。
な、なんだ、どうなった私!? 手も足もまともに動かせてる手応えがない。うえ、口に砂も入った。
混乱する頭をどうにか落ち着かせようと試みる。
えっと、確か私はかぐやに会うために過去に飛ぼうとして、目を瞑って……え、ということはここは八千年前の地球? というか私は今何になってる……?
どうやらここは海辺で、砂浜に打ち上げられたらしいことまで把握した私は、身を捩って水面に反射する自分の姿を見た。
黒くて丸っこいボディに青い斑点模様、これは……。
「う、ウミウシ……」
奇しくも犬DOGE……FUSHIと同じ生物のボディを手に入れたらしい。いや、まぁ特にこだわりがあったわけではないが、もうちよい動きやすい生物の方が良かった気もしなくはない。
とにかく、だ。私はこれからかぐやを探さねばならない。ヤチヨの言っていた強制帰還までの時間は八千年という遥か過去へ向かう都合で誤差が激しいために、厳密なタイムリミットが分からないらしい。もしかしたら数時間で帰る羽目になるかもしれないし、数百年居座る可能性もなくはない。
数百年程度はこれからかぐやが過ごす時間に比べれば何でもない。何なら追体験とは言え八千年分の記憶を私は見ている。
それより、かぐやと会う前に帰還させられる方がよっぽど問題だ。早いとこかぐやを見つけなければ……。
そう思い、慣れないウミウシの体で這おうとした時だった。
「ぶべーっ!」
そんな悲鳴と共に、私の真隣を波に打ち上げられた白い塊が転がっていった。もしかして、いや、もしかしなくとも。
「うえー! 口に砂入った! ぺっぺっ!」
「……かぐや?」
「ふぇ?」
八千年前の地球。暖かな日の照らす砂浜で二匹のウミウシは驚くほどあっさりと再会を果たした。
〇
「え、え、喋るウミウシだ! すげえ! 古代の地球神秘!?」
「そんなわけないでしょ。ていうかそっちも喋るウミウシじゃん」
「あ、そ、そっか……え、まってまって。ならあなたはどちら様っていうか……あの、もしかして、さ……」
何かに気づいたらしいかぐやがおずおずと、恐る恐ると。
「いろ、は……?」
そう、訊ねてきた。
「……うん、そうだよ。かぐや」
こんな短いやり取りで私のことに気がついた。その事実が嬉しくて、照れ臭くて、少し悲しくて。気の利かない、ぶっきらぼうな返し方になってしまう。
しばしの沈黙。信じられない事実を信じるための処理落ち。長すぎて私から何か言おうかと迷った瞬間。
「わ、わああぁぁ彩葉! 彩葉いろは! いろはいろはいろはぁぁぁ……!」
「うおぅ……!?」
白いウミウシは私に飛びついてきた。見た目によらないアクロバティックな動きだ。こやつウミウシボディを使いこなしている……。
と、そんなことはどうでもよくて。
「いろはあぁぁ、か、かぐやいろはの歌が聞こえて、それでもどってこようと、してぇ」
「……うん」
「で、でもどじっちゃって、すごい昔か未来にきちゃったみたいで……!」
「……うん」
「ずっとひとりぼっちで、いろはにも会えるか分かんなくて……!」
「……うん」
「うわあぁん、いろはぁ……!」
私はしばらくの間、泣きじゃくるかぐやをウミウシの体で抱きしめ続けた。
〇
「そんなわけで、ずっとは居られないんだ。……ごめんね、かぐや……」
「な、なんで謝るの! 全然いいよ! 彩葉がこうやって会いにきてくれただけでかぐや本当に嬉しいっ!」
「かぐや……」
「八千年でまた彩葉に会えるんでしょ? ならかぐやそんぐらい楽勝で頑張れる! 彩葉が八千年の時を超えて会いに来てくれたんだから、 むしろこれでおあいこじゃんっ?」
「それは……」
明るく笑いながらそう言ってのけるかぐやに私は口籠る。私の八千年とかぐやの八千年ではまるで意味が違う。おあいこになんてなる筈もない。
「かぐや」
「いーの! それより、彩葉いつまでいられるか分からないんでしょ? じゃあこんなことしてる場合じゃない! いっぱい遊んで、いっぱい歌って、いっぱいお話しようっ! ね、いいでしょ?」
「……うん、分かった」
「よしゃー! 八千年分彩葉チャージするぞー!」
「ふふっ、なにそれ」
かぐやのおねだりをいっつも私は断れない。……もっとも、今回に限ってははなから断るつもりもないけれど。
かぐやのお願い通り、私たちは目一杯遊んで、話して、歌い尽くした。
かぐやにウミウシボディの扱い方をレクチャーしてもらった。最初は四苦八苦して、競争にも勝てなかったけれど、段々慣れてきて最終的には私が勝ち越した。
「彩葉強すぎるよ〜! ちょっとは手加減してー!」
「真の一流は遊びも全力! 手加減は相手のためにならないの!」
「えぇ〜!?」
雨の日は色んな話をした。八千年後のかぐやの
「でね、いくら呼んでもヤチヨは出てきてくれないの! 八千年なんて大嘘だよ大嘘! 彩葉、騙されちゃだめだよ!」
「あ〜……まぁはい、あはは……」
ただ、かぐやがヤチヨになることについては何となく明言は避けておいた。
あれだけヤチヨを推している姿を見られていて、それがかぐやの未来の姿だなんて知られるのは無性に気恥ずかしかったから。
月夜には一緒に歌って過ごした。かぐやにねだられるまま新しいメロディーを作って、それにかぐやがおかしな歌詞を乗せて、ふたりで一緒に吹き出した。
夢のような日々。どれくらい過ごしただろうか。数日か、数ヶ月か、はたまた数年か。ずっと、それこそ八千年続いたっていいと思えた。
でもそんな日々は突然に、それこそ夢のように突然終わりを告げる。
私のウミウシの体が淡い光に包まれていく。自分がここからいなくなる、存在が希薄になるような感覚。
「あ……」
当然、かぐやもそれに気づいた。ウミウシの顔が、悲しげに曇って、すぐ気丈な笑顔に変わる。お別れは、悲しくはしたくない。いつかのかぐやの言葉。
最後に、かぐやに何を伝えるべきか。私は数舜迷って、口を開いた。
「……かぐや」
「なぁに、彩葉」
「大好きだよ」
返事を聞くことなく、私の意識は現在へと舞い戻る。暗転する意識の中、ウミウシの中に、寂しげなかぐやの顔が見えた気がした。
どうか、この時間がかぐやの八千年のささやかな支えになりますように。
〇
「……あ」
「おかえり、彩葉! 体はなんともない?」
気づけばそこは見慣れた自宅の中。目の前にはヤチヨの顔。
夢のような時間だった。それこそ本当に夢なんじゃないかというくらい。
私は急に不安になった。今のは私が見たただの白昼夢で、過去になど行っていないのではないか。かぐやは結局一人で八千年を過ごしたのではないか。
「彩葉?」
何も言わない私に、ヤチヨは少し心配げな表情になる。
いや今、ここでヤチヨに聞けばいいだけだ。あれが夢じゃなかったなら、ヤチヨは
そんな私の心中を察したように、まるでエスパーのように、ヤチヨは口を開いた。
「ね、彩葉」
「……ヤチヨ?」
「かぐやは八千年間、寂しくなんかなかったよ。
そう言ってヤチヨは、