「ごちそうさま。今日も大変美味しゅうございました」
「んふふ〜お粗末さまでした!」
「あ、洗い物は私が」
「彩葉疲れてるでしょ? かぐやがやるから彩葉は休んでて!」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
テキパキと重ねた食器を持ってキッチンへ向かうかぐや。
ボディに味覚を実装してからというもの、かぐやは毎日こうやって甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれるようになった。一応、掃除や洗濯は分担制ということにしてるが、かぐやは積極的に家事をこなしてくれている。特に料理に関してはほとんどかぐやの担当だ。
朝食、夕食はもちろん、お昼のお弁当まで作ってくれており、研究所の面々からは「愛妻弁当いいな~」などと言われることもしばしば。
今日も美味しい手作りご飯と思いやりに心身の充足感を感じつつ、私はソファに腰を下ろして転がっていたタブレット端末を手に取った。
何の気なしに音楽ストリーミングのアプリを起動して、そのままとある曲を検索、再生した。
軽快なドラムから始まるイントロ、次いでかき鳴らされるギター。割と激し目のロック調だ。
今日、研究所で部下から熱心に勧められたバンドの曲だった。あまりにも熱く語るものだから流石に気になってしまったのだ。
普段あまり聴かないタイプの曲ではあるが、なるほど中々こういうのも悪くないのかもしれない。
今はこういうのが流行ってるのか。そういえばヤチヨはあんまりこういうの歌わないなぁ。歌ったらどんな感じなんだろ。かぐやは……意外とノリノリで歌う姿が目に浮かぶな。
などと考えながら歌に耳を傾けていると、キッチンから鍋か何かをシンクに落としたような大きな音が鳴った。
「うわ、びっくりした……かぐや、大丈夫?」
顔を上げると、カウンターキッチンの向こうで目を見開き愕然とするかぐやと目が合った。
「…………」
「かぐや?」
「……とられだ……」
「え?」
「寝取られだーっ!!」
「はぁ!?」
全くもって予想外の言葉に素っ頓狂な声が出る。
「な、何言ってんの!?」
「いつも
「そんな大袈裟な……私だって他のアーティストの曲聴いてることも……」
「例えば?」
「………………」
具体例を出せと言われると……ちょっと急には出てこない。最後にヤチヨとかぐや以外の歌を自発的に聞いたのっていつだろうか……?
「ほらぁ!! なのに、どうしちゃったの彩葉! かぐやの歌には飽きちゃったってこと!?」
「いやいやいや!」
この世の終わりみたいな顔で嘆くかぐやに私は慌てて経緯を説明する。
「というわけで、部下がおすすめしてくれたものだから、全く聴かないってのもなんでしょ?」
「……むぅ。じゃあもう聴いたんだから終わりだよね?」
「え、いや一応何曲かおすすめのを教えられてるから一通り聴いておこうと思ってるけど……」
「ええーっ!?」
「ちゃんと聴かずに感想とか言っても失礼でしょ」
相手が部下でも礼を欠いてはいけない。円満なコミュニケーションは良質な職場環境づくりにおいて、かなり重要なことだ。
「うぐぐぐぅ……あ、そうだ!」
しばし頭を抱えて脳が破壊される音とやらと格闘していたかぐやは、突然何かを閃いたように顔を上げた。
「ようはどんな曲か分かればいいんだよね? 彩葉、おすすめされた曲全部教えて!」
「え、うん、いいけど……」
日中の記憶を辿りながら、曲名をかぐやに伝える。
「よし、ちょっと待ってて!」
「あ、ちょっと! かぐや!?」
駆け足で階段を上るかぐやの後ろ姿を見送って、私は首を傾げる。何なんだ一体……ん? 通知?
「え、ヤチヨの配信……?」
ヤチヨ……まぁつまりかぐやなので、どうやら部屋に戻ってライブ配信を開始したらしい。何にせよ観れる時間ならヤチヨの配信は絶対にリアタイする以外の選択肢はない。
数分の待機時間を座して待つと、画面が見慣れた配信画面に切り替わった。
『ヤオヨロー! AIライバーの月見ヤチヨでーす!』
:本日二度目のヤオヨロー!
:この時間の配信珍しいね
:というかゲリラ配信自体が超珍しい
:通知来てビビった
:激レアゲリラ配信!
配信開始に伴って沸き立つコメント欄ではヤチヨのゲリラ配信に驚く声が多い。
そう、ヤチヨはゲリラ配信をほとんどしない。事前に公開しているスケジュール通りに配信し、時間もほとんどの場合ぴったりに始めてぴったりに終了する。
そんなヤチヨのゲリラ配信は長年追い続けている私の記憶でも数えるほどしかない。
その希少性からSNSなどで早速話題になっているのか、告知もなしに始まった配信にも関わらずどんどん視聴者数は増えて行ってる。さすがヤチヨ。
いや、後方腕組面してる場合じゃなくって……何を始めるつもりなんだ。
『突然の配信なのにみんな来てくれて、いと感謝~! ヤッチョ、ちょ~っとだけショックなことがあってね……』
:マジ?
:大丈夫?
:どしたん話聞こか?
『NTRって……みんな分かる?』
こらこらこら、配信でなんてワードを口走ってんだ。
:!?
:草
:草
:どうしたヤッチョ!?
:おセンシティブですよこれは!
『いろPが……いろPが……!』
:え、いろP?
:なんだなんだ
:え、まさかのいろPがNTRれた?
:誰によ
:かぐや?
:かぐやちゃんとは元から寝てるでしょ(名推理)
『ヤッチョとかぐや以外の歌を聴いていたのです!』
:草
:あーそれはいろPが悪いわ
:何してんのいろP
:ひどい……
:これはヤチヨとかぐやの脳が壊れてますわ
:俺ならそんな思いさせへんのに笑
え、そんなに私が悪いの、これ? 嘘でしょ? あとさっきから変なこと言ってるやつはモデレーター権限でブロックしてやろうか。
『というわけで歌って発散したくなったので、今回は歌枠でーす☆』
:ヤチヨの歌枠!
:やった!
:何歌うん?
『じゃあ早速、一曲目歌ってくね~!』
配信用BGMが止まり、一瞬の静寂を経て曲がかかりだす。軽快なドラム、次いでかき鳴らすようなギターで始まるイントロは……。
え、どんな曲か分かればいいってそういうことっ?
まさかの自分で歌って聞かせるスタイルだった。
いやでもそんなことより……。
『~♪』
「……良い」
ヤチヨのロックな歌、いい……。普段歌ってる曲はバラード調だったり、爽やかポップスだったりというのがほとんどなので、こんなに激しめのロックを歌っているのを聴いたのは初めてだ。
はっきり言ってヤチヨのイメージではない曲だ。なのに良い。滅っ茶苦茶いい。ややエッジを利かせてキリッとした響きの声でロックを歌いこなすヤチヨ。かっこいい……メロ過ぎる……見なよ……私のヤチヨを……。
:最近ちょっと話題のバンドの曲!
:うおおお
:かっけえええ!
:もしかしていろPがこの曲聴いてたの?
:ヤチヨこんな歌い方出来るんだ!?
いろP :女神……
:いろPもよう見とる
:いろP反省して?
:いやいろPのおかげでヤチヨの歌枠が増えたから俺たちは感謝すべき
:いろP毎秒ヤチヨの脳破壊しろ
コメント欄も大盛り上がりだ。
その後も例のバンドの曲を何曲か歌ってから、さすがにそれだけだと露骨すぎると思ったのか、はたまた興が乗っただけなのか他のアーティストの曲もいくつか歌い、ヤチヨのゲリラ配信は幕を閉じた。
『それじゃ、今日の配信はここまで! 来てくれたみんな、ありがとうね! ではでは~さらバーイ!』
画面に表示される配信終了の文字。私はその後しばらく余韻に浸って動けないでいた。
あまりにも、あまりにも良すぎた。かれこれ十年以上推してきたわけだが、ここにきて新解釈を開拓出来るとは、おそるべし、ヤチヨ……。ヤチヨ道は深い……。
アーカイブ今から見返そうかなとか考えてると、ドタドタと階段を降りる気配。
「彩葉ー! どうだった?」
「めっっっっちゃ良かった」
「えへへ~」
「……でも、なんでヤチヨで配信したの?」
復活ライブ以降、かぐやとしての配信活動も再開している。別にかぐやのアカウントの方で配信してもよかったのに、なぜ敢えてヤチヨのアカウントを動かしたのか。なんとなく、それが引っかかった。
「んー、だってヤチヨの配信なら彩葉は最優先で見てくれるでしょ?」
「まあそれはそう、だけど……」
……かぐやの配信もリアタイ出来るなら必ずしてるんだけどな。
たしかに、かぐやの配信をリアタイ視聴する機会自体は少ない。でも、それは視聴できるタイミングは基本かぐやと一緒にいて、そうなると〝かぐやいろP〟のチャンネル名が示す通り一緒に配信で何かすることになり必然的に私は視聴者にはならないからだ。リアタイ出来なかったときのアーカイブも何だかんだ全部見ている。
私にとってヤチヨはずっと推しで、それは今も昔も変わらない。対して、かぐやの姿をしているときはどうだろう。単純に推し……というのはちょっと違うかもしれない。どちらかといえば見守りたいというか、支えになりたい存在というか……。
姿かたちで向ける感情は少しだけ変わるけれど、私にとってはどっちも同じ
「かぐやが歌ってるのも聴いてみたい、かな?」
「……ふえ?」
「一緒に配信しよ、私が演奏するからかぐやに歌って欲しい」
何を言われたのか分からないというように呆けた表情から、かぐやはぱーっと表情を輝かせていく。
「やたー! にひひ、それじゃ早速」
「でも、先に洗い物済ましてからね」
指さした先には中途半端な状態で放置された洗い物たち。
「やべ、忘れてた!」
「一緒にやろ、その方が早いでしょ」
「えへへ、彩葉大好き!」
何度目かも分からない、その言葉。普段は気恥ずかしくて流してしまうことも多いけれど。
「私も大好きだよ、かぐや」
今日は素直な気持ちで、そう返せた。
〇
蛇足。
ヤチヨの歌枠に続いてかぐやも歌ったことで例のバンドはかなり話題になったらしく、勧めてくれた部下は大層喜んでいた。
一方でかぐやは。
「彩葉にアーティストとか曲をおすすめする時はかぐやを通してね!」
研究所にそんなお触れを出していた。