「おー、これが京都駅! デザインすっごー!」
「初めて来た人は結構驚くらしいね。まぁ見慣れてても良いデザインだなーって思うけど」
新幹線の改札から出て烏丸口の方まで彩葉と歩いてきた私は、ガラス張りの広大なアトリウムに圧倒されてついキョロキョロとしてしまう。外には京都タワーも見える。
「京都タワー! 登ってみたい!」
「はいはい、観光はまた明日ね」
遠目に映る山々が鮮やかな紅に色づく季節。私は彩葉の里帰りに着いていく形で、一緒に京都に来ていた。
彩葉の実家にお邪魔する、それはつまり彩葉のお母さんへの挨拶を意味している。
「うぅ〜緊張するぅ……」
「いやそんな緊張……しないでとは言いづらいかなぁ」
自分の母親のことを考えて、苦笑しながらそんなことを言う彩葉。
彩葉のお母さんがとても厳しい人だというのはしばしば聞き及んでいる。それこそヤチヨとして、相談アプリやら配信のコメントで相談を受けたこともあるくらいだ。
超絶スパルタ、生粋の京都人かつ現役の弁護士。ネットの掲示板サイトに入り浸っていた時代に培ったレスバ力で果たしてどこまで対抗できるだろうか……。
八千年を生きてきたかぐやちゃんでも緊張せざるを得ない……!
「ま、かぐやは普段通りにしてればいいよ。もし何か言われても私がついてるから」
「えー、彩葉かっこよ〜♡」
「わ、ちょっとかぐや。歩きづらいってば、もう」
メロいことを言われてついつい彩葉の腕に抱きつく私。彩葉が振り解こうとはしないのをいいことに、バスに乗るまでずっとそうしていた。
◯
「ただいま」
「お、お邪魔します!」
「おかえり、それによう来はったね。ゆっくりしていき」
「あ、あの、初めまして、かぐやっていいます……! あ、こ、これつまらぬ物ですが……!」
ヤチヨとしては一応何度か話したこともあるが、この体を得てちゃんと対面したのは初めてだ。少しでも印象を良くするべく吟味に吟味を重ねた東京土産を渡す。
「彩葉の母です。えらい気い使つこてもろて、おおきに」
こ、これは言葉通りに捉えていいのか……? 京都人は言葉の裏の意味を捉えなければならないと聞くが……うーむダメだ、分からん。
簡単に挨拶を済ませ、居間に通された私は、まず彩葉と共に仏壇に手を合わせた。
「ただいま、お父さん」
「…………」
その後はお茶を飲みながら、彩葉の近況報告なんかを話して過ごす。一体どんな感じのやり取りが繰り広げられるものかと身構えていたが、彩葉へのちょっとしたお小言こそあったものの、思いのほか会話は穏やかだった。
「そういえば、晩御飯はどうする? 外か、出前でも取ろか?」
「あ、かぐやが作ります! その、ご迷惑でなければ!」
「え?」
「かぐやすっごい料理上手やから、食べて損はないで」
「……ほな、お願いしましょうか」
了承を得た私は、早速彩葉の案内のもとさくっと買い出しに行き、調理に入る。ここは好感度を稼ぐチャンス! 失敗は許されない……!
そんなわけでいつにも増して腕によりをかけた料理をテーブルに並べる。果たして、反応は……?
「美味しい」
「やろ?」
「お店みたいやわ、ほんまに」
「いやぁ〜えへへぇ〜」
あ、でもでもこれも京都人的に別の意味があったり……? 不安になったので洗い物の時にこっそり彩葉に聞いてみたら、
「お母さんはあんまり皮肉とか言わないよ。言いたいことは容赦なく直球でぶつけてくるもん」
とのことだった。良かった……。
無事に夕飯も終えて、しばし寛いだ後、彩葉はお風呂に行ってしまった。何なら一緒に入りたいのだが、まだこの体は防水が完璧ではない……無念。
というわけでただいま彩葉のお母さんと二人っきり。ここは気の利いた話題の一つや二つ提供して、会話を盛り上げねば……!
「彩葉は変わったわ」
「うぇ!?」
かぐやちゃんの天才頭脳をフル回転させていたところ、まさかの向こうから話しかけてられて、つい変な声を上げてしまった。
「昔から何でも器用に出来る子やったけど、それは出来るからやっとるいう感じで、理由がなかった」
そんな私の反応を気にするでもなく、独白のように話は続く。
「好きやった音楽も父親が亡くなって以来、よう分からん状態でやっとった。埋まらん穴埋めようとして、楽しむわけでも、一番目指すわけでもなく」
部屋の隅に丁寧に仕舞われていたキーボード、続きが作れなくなっていたあの曲のことを思い出す。
「あの子は
彩葉のお母さんは一瞬だけ仏壇の方を見た。
「欲しい言われたらなんでも譲ってまう。助けを求められたら自分のことそっちのけで助けてまう。そういうとこ、ほんまにそっくりやった」
私も仏壇に視線を向ける。飾られた遺影の中で彩葉のお父さんは優しい笑みを浮かべている。
「あの子は優しいやろ? でもな、優しいだけではあかん。強さがないと。世の中には、人の優しさを食いもんにするような輩がぎょうさんおる。朝久さんも、結局それで……」
続く言葉はなく、彩葉のお母さんは小さく首を振る。
「……彩葉には自分を犠牲にしても笑ってるような人生は歩んで欲しくない」
「…………」
「あんたは、どっちや?」
射抜くような眼差し。
どっち。彩葉を利用するだけの存在なのか、それとも肩を並べて生きていける存在なのか。きっと、そいうことを問われている。
厳しさの裏側、その心の裡を知った私はどう答えるべきなのか。少しだけ考えて、ゆっくりと口を開く。
「……彩葉は、初めて会った時から私のお願いは何でも聞いてくれた。彩葉が一生懸命貯めたお金を勝手に使っても追い出さないで、家に居させてくれて」
今思えば、彩葉の底抜けの優しさは危うさでもあったんだろう。その優しさを利用していたと言われたって仕方ないようなことを、私はしていた。
彩葉のお母さんは表情を変えずに、私の話を黙って聞いている。
「ずーっと、私は彩葉に甘えてた。ヤチヨカップの時だって、彩葉は勉強とかアルバイトで忙しいのに私は配信だーって、何でも彩葉に手伝ってもらって」
お願いすれば、彩葉は最後には折れてくれる。それをいいことに、あの頃の私はわがまま放題だった。
「彩葉にいっぱい無理させて、それで彩葉は倒れちゃったりもして……」
不動産屋さんの前で彩葉が倒れちゃった時は心底焦った。彩葉が死んじゃったらどうしようって。
「今、こうしてここで話せてるのも、全部彩葉のおかけで……かぐやは彩葉から貰ってばっかりで……」
電子の海から出られなかった私に、こうして現実で過ごせる体まで与えてくれた。
そうだ。私はずっと彩葉から沢山のものを貰い続けてきた。美味しいものも、楽しいことも、歌も、寂しさも、この愛おしさも、名前も。全部何もかも、彩葉から貰った大切なもの。
八千年の孤独も、彩葉との思い出が足元を照らし続けてくれたから耐えられた。
「でも、だから私はこれからの人生も彩葉とずっと一緒に歩みたい。貰ったものを……ううん、貰った以上のものを彩葉に返したいって、そう思っています」
目を見て、そう言い切る。彩葉のお母さんは依然としてこちらをじっと見つめている。私は目を逸らさない。逸らしては、いけない。
何秒ほどそうしていただろうか。ふっ、と彩葉のお母さんの表情が緩んだ。
「ある日突然、あの子が電話に出よった。それまでなんぼ掛けても出ぇへんかったのに。そんで何言い出すんかと思ったら、時間をくださいって」
何かを懐かしむように、一瞬その目が伏せられる。
「あの子が初めて自分のやりたいことの為に人生を使いたいって言うたんよ」
真っ直ぐにこちらを見据える瞳。凛々しさの中に慈しみを感じる表情に、彩葉がダブって見えた。
「かぐやさん、あんたのおかげや。彩葉はすでに、あんたから色んなもんを
「……っ」
とびきり優しい声音に、思わず泣きそうになってしまった。
「上がったよー……ってかぐや? どうしたの!? ちょっとお母さん、かぐやのこといじめんといてぇや!?」
「ち、違うの彩葉、違くて……! うぅ……」
「かぐや……? ならなんで……」
「えっと、だから……お、お義母さん、彩葉をかぐやにください!」
しまった。誤解を解かねばと思ったのに感極まってというか、勢い余ってというか、変なことを口走ってしまった。
「は!? か、かぐや!?」
「かぐやさん、彩葉のことよろしく頼みます」
「ちょ、お母さんまで何言うてるん!?」
「う、うえぇ……不束者ですが、よろじぐお願いじまずぅ……! 絶対に幸ぜにじまずぅ……!」
「え、えぇ……!? ほんまに何なん、もう……!?」
顔を赤くしながら困惑する彩葉に、お母さんが笑い出して。その笑顔がなんだか見覚えのあるもので、あぁ、親子なんだなって思いながら、私も笑った。