雷神の系譜~鹿紫雲一の末裔に転生したので、原作の悲劇を打ち壊す~   作:メンチカツ

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やるべき事は手短に

 関東でも大型サービスエリアのフードサービスは休日の夜だけあって、長距離ドライバーや家族連れの放つ生活臭で満ちていた。その喧騒のなか、窓際のカウンター席に陣取る一人の美女は周囲の有象無象に溶け込んでいた。

 

 淡い青のシャツに白いワイドパンツを纏った彼女は、洗練された大人の美女そのものだった。艶やかなショートボブが靡くたび、額の悍ましい縫い目が覗く。だが、その凄惨な傷跡すら彼女の落ち着いた柔らかな物腰や穏やかな美貌を少しも損なわれていない。

 

 その美女、虎杖(いたどり)香織(かおり)───の姿をしている羂索(けんじゃく)はワイヤレスイヤホンをつけ、伸びやかに善く動く指先でタブレット端末を操作していた。卓上に置いてあるコーヒーには手をつけられた様子はない。

 

「ぶふっ、あははは! ああ、やっぱりいいなぁ。いつかやってみたいよね……逃亡訓練」

 

 羂索は、上品に整えられた手で口元を抑えながら、本当に楽しそうに肩を揺らした。タブレット端末の画面の中で流れているのは、大晦日の定番だったお笑い番組の配信だ。非術師たちが仕掛けたくだらない"笑ってはいけない"の罠に、男たちが次々と尻を叩かれている。

 

「いや、ネタやの考案も面白そう」

 

 などと益体もないことを呟きながらも、彼女はお笑いに興じつつ、同時に超並列処理(マルチタスク)を実行している。

 

 イヤホンから流れる音声、タブレット端末の映像を見聞きする裏側で、羂索の脳裏には10人の非術師が知覚した情報───鹿紫雲(かしも)龍蓮(りゅうれん)の様子が直接流れ込んでいた。

 

「んっふふ……! 基礎ステカンスト術師……ね。中学生でこれとか末恐ろしい」

 

 術師の知覚を他者に伝染させ、感染者を自身の感覚器の延長として扱う。───それこそが、羂索が持つ第3の術式感応感染の効果だった。

 感染者が得た見聞きの類はもちろん、相手が非術師であっても、その微弱な呪力すら媒介して知覚することができる。

 疱瘡婆の領域に閉じ込められていた人質の中に、指定最大人数である10人の感染者が紛れ込んでいたというわけだ。

 

 

「完成度の高い簡易領域、そして並外れた呪力量と卓抜な呪力出力……特に呪力量は宿儺に匹敵する。そして高い水準の基礎能力。五条悟を継いだ現代の異能になれるねこりゃ」

 

 人々の天然痘への負の感情から生まれた呪霊。疱瘡婆。人類が唯一根絶出来た病魔であるためかつてよりも力は衰えているとはいえ、並の一級術師なら容易に葬れる特級の格に相応しい呪霊。

 

 ゴキブリへの恐怖と嫌悪から生まれた呪霊。黒沐死。化身玉藻前のような登録済みの16体の特級呪霊の内の一体である。一級術師でも黒沐死を単独で祓える術師は限られている強大な呪霊。

 

 それらを無傷で祓えてしまったというのは、彼女の計画における圧倒的な障害となり得る。

 

「あの男の幻獣琥珀を継承してそれを使いこなせてしまうとはね。拡張術式による多岐にわたる使い方のバリエーション、そして領域展開。シンプルに強い」

 

 さて、どうしたものかと楽しげに羂索は可憐な唇を綻ばせながら思案に耽る。

 

「現代の雷神か……もっと彼を知りたいな。だけど呪霊だけじゃ役者不足か」

 

 術式、能力、人格を測るためには質をこだわらなければならない。呪霊を厳選するにしても、疱瘡婆や黒沐死ほどの呪霊はおいそれとは用意できない。戦力として確保もしておきたいのだ。

 

 コーヒーには一口も手を付けず、羂索は退店する。自動ドアが開き、夜のサービスエリアの冷たい空気が肌を刺す。

 

 駐車場には、煌々と輝くナトリウム灯の下、無数の車が整然と並んでいた。羂索が向かったのは駐車場の隅に停められていた一台のステーションワゴンだった。

 

 角張ったレンガのような無骨なボディと、格子状のフロントグリル。1980年代に製造されたスウェーデンの名車、ボルボ・240エステート。カラーは、お洒落なネオクラシックカーとして人気の高い、上品なベージュだった。

 

 バッグから、綺麗に手入れされた革のキーケースを取り出す。

 この車は、虎杖香織としてではなく彼女が背乗りしている戸籍の名義で、専門店で購入したものだ。当然、自動車保険も完備し、車検も完璧に通してある。

 

 自分の軌跡は一般女性が、自分名義の車で、自身のETCカードを使って高速道路を移動しているだけのログであり、ただの一般人として記録が残るだけである。潜伏して活動するにはうってつけである。

 

 頑丈なドアハンドルを引いた。運転席に乗り込み、タブレット端末を助手席側のグローブボックスに入れると前髪をかき上げると、その美しい額に刻まれた、悍ましい縫い目がバックミラーの夜陰に浮かび上がる。

 

「さて……」

 

 運転前に触っているバックミラーに映る羂索。その瞳には先程までのお笑いを楽しんでいたり、少壮気鋭の呪術師の可能性に心を浮き立たせていたり、していたときの無邪気さは微塵も残っていなかった。あるのは、計画の準備を淡々と進める冷徹な呪詛師の光だけだ。

 

 キーを回して、少し低く重厚なエンジン音が響き、ボルボは静かに発進した。サービスエリアのランプウェイから本線へと滑り込んでいく。特徴的な四角いテールランプの赤い光が、闇のなかに、ゆっくりと溶けて消えていった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「お疲れ~、特級呪霊の2体連続撃破とか面白いことやったね。一回り強くなってんじゃん。若者の成長は早いねぇ」

「26歳の悟もまだ若いだろ」

「嬉しいことを言ってくれるじゃん」

 

 今日は五条(ごじょう)(さとる)に連れられて呪術高専東京校に来た。残念ながら手合わせはできない。用事は別件だ。

 

 今までも何度か高専には顔を出しているが、残念ながら意外と原作キャラクターとは出会えないんだよねぇ。だが今日は原作キャラクターと出会える。悟に案内されたのは高専の医務室だった。

 

「硝子~連れてきたよーー」

「五条、5分遅刻だぞ。責めるほどでもない遅刻をするな」

 

 そう言って悟を窘めた美女が、椅子から立ちがった。白衣を翻してこちらに来る。

 

 淡雪の如き白い肌に、真っ直ぐ伸びた長髪の緑の黒髪が映える。三白眼気味のアンニュイな瞳は濡れたような長い睫に縁どられ、右目下の泣きぼくろが妖艶さを添える。激務による目元のクマさえも、彼女の気だるげな色気を引き立てていた。

 

家入(いえいり)硝子(しょうこ)だ。よろしくな。話は聞いているよ。五条大好きっ子なんだってな」

「いやぁ、そんな……ははははっ」

「えっ、今のどこに照れる理由がある?」

「あ、すいません自己紹介がまだでしたね。鹿紫雲龍蓮です! よろしくお願いします。硝子さん、あなたにはとても逢いたかったので大変嬉しいです」

 

 本当に、前世から逢いたかった!

 

「私の顔なんて見ても嬉しくもないだろう」

「いやいや、そんなことないですよ」

「君、変わってるね。どうも人手が足りなくて高専所属でもないのに迷惑をかけて申し訳ない。今日はよろしく頼みます」

「こちらこそ、よろしくお願いします。邪魔にならないようさせてもらいます。行き届かないことがありましたら教えてください」

「……しっかりしているな」

 

 綺麗なお姉さんに褒められると嬉しいな。

 いや、本当にエッチ過ぎる。うん、こちらも抜かねば無作法というもの。

 

「というか、思っていたよりも身長がデカいな」

「育ち盛りだから!」

 

 硝子は驚いていたけど成長期の俺は身長が180cmは越えているからね。硝子が首を傾げて俺を見上げる形になっている

 さらに硝子と言葉を交わしていると気分が上がる。やっぱり原作キャラクターとのコミュニケーションには心浮き立つ。

 

「まあまあ、硝子を口説くのはあとにして、やることはほかにあるだろう?」

 

 悟が割って入って来てそういった。

 

「やるべき事は手短にやろう」

 

 その言葉を悟の声で言われると省エネ主義の高校生探偵を思い出す。

 

「まあ、それもそうだな。鹿紫雲、お前の反転術式を利用させてもらう」

 

 大怪我を負った術師たちが発生したようで、俺は助っ人として硝子に協力することになった。反転術式のアウトプットを使えるようになった悟だが、彼は多忙故に頼れなかったらしい。

 

「任せてください! 硝子さんのためにも頑張ります。夫婦初めての共同作業ですからね。足を引っ張らないように頑張ります」

「私はいつの間に結婚した?」

「ははははっ! 津美紀が訊いたら倒れちゃいそうだな」

 

 負傷者たちのところへ向かいながら歩く中、先頭を歩く悟。重傷者が多くて医務室ではなく別室が用意されていたのだ。

 

「安心してくれ、うちは側室制度があるからね」

「甲斐性があっていいね。……でもあんまり君は女に愛を囁かない方がいい……本気にして私から離れられないようにしちゃいそうだから」

「ヒエっ…!」

 

 俺の肩に手を添えてこちらを覗き込む瞳のハイライトがなかった。絶賛迷子中のハイライト。帰ってこいハイライト。お前がいないと寂しいよ。

 一瞬ビビったけど硝子がうちへ嫁入り……いいじゃないか。何も悪くないな。めっちゃ幸せかもしれん。

 

「……硝子って、結婚願望あったけ?」

「適齢期の歳なんだ。少しくらいはある」

 

 珍しく困惑したような声音の悟が扉を開けた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 怪我人たちへの対応することになれば流石に俺たちも真面目にやる。いつの間にか悟はいなくなっていたが、仕事に出たのだろう。

 

 ちなみに最近、現在にいる特級術師は五条悟を除けば、風来坊(九十九由基)呪詛師(夏油傑)しかいないからな。悟に回ってくる仕事の量も質も高くなってしまう。

 

 あの性格で意外と働き者なのだ。俺もうちに所属する術師を増やして少しでも負担を減らしたいと思っているが、まだまだ目的通りとはいかないものだ。

 

 ちなみに伏黒(ふしぐろ)(めぐみ)十種影法術の式神円鹿(まどか)を調伏したので、彼もここで治療行為することもできるけど今は特別準一級術師の単独任務で留守だ。

 

 現場は因習島というかカルトっぽい島なんだけど大丈夫だろうか。90年に一度の祭りに巻き込まれるとか、ウィッカーマンに放り込まれたりする事態があったら全力で逃げろと忠告はしておいた。

 

 原作と違う成長しているから大丈夫だと思うが、恵は簡単に由良由良(ゆらゆら)しちゃう印象がどうしても消えないので不安だ。

 

「お疲れ。さっきの患者で最後だよ」

 

 お、ようやく終わったか。呪力効率をより洗練させるということを心掛けながらまあまあな成果があった。

 

「ありがとうございます。硝子さんこそお疲れ様です」

「それにしても、39人か」

「え?」

「君が治療した人数だよ。しかも30人の患者は四肢や臓器などの欠損もしていたがそれも治したな」

「ええ、手を抜いてませんよ」

「それは確認したよ。()()()()()()()()()()。驚くべきことにね」

 

 ……あ、硝子が何を言いたいのかわかった。反転術式で他者を治療するときの治癒効率は自己治癒の半分以下になる。それなのに失った手足や目玉や臓器なども復元させて、しかもそれを大勢に行ったのだ。硝子が注目するのも当然だ。

 

「君はまだ呪力が尽きてないみたいだね」

「ええ、疲労感はありますけど呪力は尽きてないですね。あと倍くらいの人数にも対応できますよ」

「───」

 

 じっと見つめられると照れる。それでも瞳そらさず見つめ返す。

 

「ただいまー! って、なんでメンチ切ってるの?」

 

 またしても何も知らない五条悟が入ってきた。あっという間に仕事を終えてきたらしい。瞬間移動もできるし移動時間はショートカットできるのは便利だよね。

 

「五条、この子私にちょうだい」

「え?」

「!?」

 

 このあと硝子に遅くなった昼食を奢ってもらった。




・家入硝子
原作だと明言されてなかった部分(結婚願望)が、龍蓮のせいで顔を出した。

・羂索
夏油顔で想像してしまうが現時点では虎杖香織の姿。術式も寄生術式、反重力と本作オリジナルの感応感染の3つ。当然のこと呪霊操術は持たない。
戦闘力は夏油の身体ではないので原作ほど強くない。

・感応感染
術師の知覚を他者に伝染させ、感染者を自身の感覚器の延長として扱う。非術師を感染者にしても術師は呪いを知覚することができる。
羂索が虎杖香織の身体に寄生する前の身体が持っていた術式。


次回更新は8月中旬予定
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