雷神の系譜~鹿紫雲一の末裔に転生したので、原作の悲劇を打ち壊す~ 作:メンチカツ
「う……ここは……?」
俺は頭痛と気持ち悪さに苦しみながら目を覚ます。目を覚ます……? 俺は気絶していたのか。さっきまで山にいたと思ったのに、気が付けば室内にいる。ここは鹿紫雲の本家内にある鹿紫雲家主治医診察室だ。
「若様! 若様が目を覚ませましたわ! 体調は大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ。ありがとう。それよりも母さんは? それに俊継さんたちは!?」
「落ち着くんだ龍蓮」
月乃に詰め寄る俺を制止したのは本家八男の
彼は呪術高専に通いつつ、鹿紫雲家に生まれながら術式を持たない男子たちで編成された実行部隊・
「僕から話そう。月乃義姉さんは父上に龍蓮が目覚めたことを伝えてきてください」
「……はい」
月乃は一礼して俊将に言われた通り、俊朗を呼びに出て行った。
「……まず教えてください。母様が亡くなったのは本当なんですよね」
「ああ、ご遺体も回収した」
「そうですか。まさか……こんなに早く母様が亡くなるとは、思っていなかった」
前世の俺は両親ともに健在で、祖父母も父方と母方ともに健在だった。なのでこれが初めての肉親との死別であった。
「まさか、反転術式のアウトプットに成功したのが、母様を祓うことになるだなんて……母様に心苦しい」
いくら中身が転生者であるから実感は薄いとはいえ親は親だ。死別は辛いし、涼子を祓うことへ呵責や罪悪感は消えない。
「呪術師としての決断だ。それは過ちじゃないよ。龍蓮も涼子さんに誰かへ危害を加えて欲しくなかったから、自分で祓ったのだろう?」
「それは……そうなのですが……」
呪霊となってしまえば祓うしかないのだから、これは答えのない考えだ。現実逃避をしたいと思っているのかもしれない。なんとか視点を現実に向けよう。
「母様を殺した奴らはどうなりました?」
「実行役だった俊継たちは龍蓮が倒してくれたようだけど、一人生き残った彼の息子は逃げて待機していた仲間たちと逃げる準備をしていたんだ。彼らは僕たちが全員を拘禁、監禁しているよ」
「俊将兄さんたちのおかけで逃がさないで済んだのですね。凄いな……俺と違って」
俊将は痛ましげ俺を見る。兄たちの中でも彼はいつも
「自棄になるな。君は毒を受けながら、よくやった。反転術式使いの弱点である毒物に侵されながらも解毒して応戦するだなんて並大抵ではできないことだ」
「……俊将兄さん」
「今度はこちらが聞く番だ。あの時に起きたことをすべて話して欲しい」
「はい……」
俺は冷静であろうと思いつつ俊将に話していたが、あの時のことを思い出すと腹の内からドロドロとしたものが溢れそうになる。
話し終えると見計らったのだろう五男の
シャープな顔立ちと切れ長でクールな目元が印象的な美男子だ。普段からダークカラーのスーツをきっちり着こんでいるが、診察室で仕事をしているためか今は白衣を着ている。
術式こそ持たないが反転術式を扱えて、しかもアウトプットできるという類稀な才能を持っているので鹿紫雲の中でも貴重な人材と一族から認められている。
同じ反転術式を自分と他人に使用可能な術師である
「俊将、もういいだろう。まだ体力が回復していないんだ龍蓮を興奮させるな」
聖に窘められた俊将はわかりました、と頷いだ。
「思い出させてすまなかった。もう、訊きたいことは終わったからゆっくりしているんだ」
「いや、俺も父様に話を」
俺がベッドから立ち上がろうとすると、聖が額に指をすっと当てた。
「寝ていろ」
「うお、立ち上がれない!」
「お前の反転術式では解毒が不完全だった。解毒自体は俺が完了させたが毒によって弱った体調はまだ回復していない」
「そ、そういえばヤバめの風邪みたいな状態かも……」
「だろうな、発熱の症状が出ている」
熱にうかされているようだと思っていたら、本当に熱にうかされていたのか。
「身体は弱ったままだからゆっくりと休め。少なくとも今晩はここで寝てろ。そして、あとの始末は父上たちに任せろ」
「そうだよ、龍蓮。今回のことは父上も腹に据えかねている。……お前が何かせずともきっちり決着はつくだろう」
聖や俊将にそう説得されて俺は結局、一晩診察室に泊まることになった。
兄たちは出て行ったが、俺はだるい身体を横にしてぼんやりとしていたら月乃が食事を作って持ってきてくれた。
彼女が持って来た一人前分サイズの土鍋にはタマゴおかゆが入っていた。
「一口だけでも食べられますか? それともゼリーやプリンならば食べれそうですか?」
「ありがとう。おかゆを食べるよ」
食欲はなかったがせっかく持ってきてくれたので下げさせるのは気が引けた。それにただ何もしないでいるのも、余計なことを考えてしまいそうだ。何かをして気を紛らわしたい。
俺の言葉を訊いて月乃はテーブルに鍋敷きを置いてその上に土鍋を置いた。
「食事の前にタオルを巻かせてもらいますね」
「タオル?」
「はい、おかゆを食べると汗をかくので首にタオルを巻いて汗をかいたら取り替えましょう」
「なるほど」
「あら、ちょっと失礼します。若様、おでこの汗を拭かせてもらいますね」
「ありがとう……」
月乃は額の汗を拭いてから冷却ジェルシートを貼ってから、首にタオルを巻いてくれた。消毒液で手を丁寧に消毒した彼女は土鍋の蓋を外して茶碗におかゆをいれる。
「若様、梅干しは平気ですか?」
「平気だよ」
「わかりました、梅干しを混ぜますね」
月乃が答えると梅干しをスプーンでおかゆと混ぜていく。
「熱で口がまずい時もちょっとさっぱりしますから」
そう言って用意されたおかゆが目の前に置かれた。月乃からスプーンを受けとる。
「い……いただきます」
梅干しの酸味で唾液が出て来たからか、口の中の不快感が和らぎ、おかゆに入っている卵で味もマイルドになって食べやすい。
月乃に見守られながら食事を続ける。気分的に食欲はなかったはずだけど、思いのほか箸が進む。身体は栄養に餓えたみたいだ。
「……困ったことにこんな時でも腹を減るんだな」
「若様が生きているからこそです。どうかご自愛ください」
月乃の声は本当に心配してくれていた声だった。聖や俊将にも養生しろと言われたし、彼らにも本当に心配させてしまったのだと自己嫌悪に襲われる。
前世で俺が一人暮らしを始めた頃のことを思い出した。年末に熱を出して数日間飲まず食わずで寝込んでしまったことがある。かなりしんどかったが独立したのだから安易に頼るべきではないと思って一人でなんとかしようとしていた。
脱水症状で頭痛と吐き気に襲われて、水分補給しようにも飲んでも吐いてしまうばかりで焦ったものだ。ミネラルウォーターをちびちびと飲みつつ、少しの塩を舐めてなんとか起き上げれるようになるには半日はかかった。
熱も残っていたのでこのままでは不味いと思って這うようにして医者に診てもらって、ゼリーとバナナを少しずつ食べることで、体調が少しマシになったとき自分のスマホが3日間も電源が落ちていたことに気が付いた。
そして電源を入れてみれば実家からのたくさんの着信履歴が残っていた。連絡をすれば電話越しに母親の心配している声を聴いて、こんなに誰かに心配させているうちは独立したとは到底言えないと、俺は自分を恥じたものだ。
俺はあのときから変わって変わっていないんだな。ちゃんと頑張ろうとして、考えても結局自分の事ばっかりだ。
「───」
メンタルが沈んでいてどうも黒歴史とネガティブ思考の底なし沼に沈んで行っている気がする。
そんな状態だけどスプーンは動いていたが、完食はできなくても腹はだいぶ満たされた。
「結構食べれましたね」
月乃がホッとしたように言って土鍋を片づけた。俺がトイレへ行こうとしたら彼女がついてきて介抱しようとして、それを固辞するのに時間がかかってしまった。流石にさ、女子高生に自分のシモの世話をさせるのは心苦しいし、恥ずかしいって!
「お気遣いは無用です。若様の排泄であろうとしっかり介護させて頂きます」
おむつを用意している月乃の目は本気だった。
「いや、本当に大丈夫だから……」
速く体調を回復させないといけない、そう真剣に考えた。
汗をぬぐってからベッドに寝転がる。
「本当に助かったよ。こんなに世話になってしまって……」
義姉で家族と言っても彼女は未亡人で、結婚生活も非常に短い期間だったので、教育リソースを注いで月乃が呪術師として成長できるように鍛錬を課すことになってからのほうが付き合う時間が長くなっている気がする。
「お気になさらないでください。私がやりたいと思って女中たちに変わってもらったのですから。───助かったのは私です」
月乃の憂愁にしずむ瞳は、降りしきる雨に打たれ、わずかな光さえも紫の影に溶かして揺らめく、水底のアメジストのようであった。
「あんなことがあって、若様も倒れてしまって……とても不安で恐ろしくて。こうしてそばにいられなかったら、私、きっとひとりっきりで多分泣いちゃっていました」
「……」
自分のことでいっぱいいっぱいだったせいで、月乃の寂しさに気づけなかったとはなんて間抜けなんだろう……
いつの間にか俺と月乃で泣いてしまって、それを様子見に戻って来た聖が目撃して驚かれてしまった。
◇◆◇
「やあ久しぶり」
半年ぶりに会う
場所は秩父。俺の近くには、巨大なリクガメとサイを融合させたような姿の呪霊が、身体の大半が消し飛んだ状態で倒れている。原因は俺の
俺は既に体調も回復しているし、呪術の鍛錬も再開しているので家業は今では普通にこなしている。
悟が俺をじろじろと見ている。サングラスをしているが視線を感じる。何か満足したのか頷く。謎。
「色々あったと訊いたけど、大丈夫そうだね」
「まあ、おかげさまでね。ここ暫くはうちじゃごたごたがあってようやく片付いたよ」
「そう、君のアンチたちは?」
「大半は“不慮の死”、だな」
一度は許したものの仇で返された俊朗はもう彼らを遇する理由を無くした。俺が寝込んでいる間にすべて解決していた。分家筋の当主たちには死刑を免れる手段として自殺を勧めたのはせめてもの温情だろう。
そして4歳以上の者はすべて死刑となった。成人もしていない子供まで死刑の対象となったことで、不必要な流血を好まない俊将や聖は遠回しに寛恕を求めたらしいが、俊朗の決定に変更はなかった。
生得術式は一般的に5、6歳頃に発現、自覚する異能。その年齢までは半人前であるため助命する。もし、成長して俊朗や俺を討とうとするなら、それもよい。実力のない術師が打倒されるのは当然というのが俊朗の真意だった。
「そう。それでさ、龍蓮はあれからどうしていた?」
「昨夜、父様にぶん殴られたよ。反転術式で解毒できるように色々な毒を飲んでたのがバレてしまったんだ。鍛錬を行うのはいい。だがやり方は考えろと、もっと自分を大切にしろ、と顔を真っ赤にしてな。自慢できる、素晴らしい父親だろう」
「そうだね。人の親として素晴らしいと思うよ。」
「俺は今更気づいたよ。俺はただの子供ではいられないんだなぁ」
「いや、ただの子供ではあるよ。ただそうである前に呪術師なんだ」
『呪術廻戦』にはない家系に生まれて、才能があるといってもそこで育つ自分は原作のシナリオとは関係なく生きていくのだろうと思っていた。どこか現実感はなかったのが涼子の死で、意識を改めさせられてしまった。
「俺に夢ができたよ。人を助けられるように力をつけたい。より多く、より遠くへ手が届くそんな腕が欲しい。叶えられるかな?」
現実感がないために原作にあった悲劇を回避するために努力しても良いのかと悩んでいた。自分が行動することは自分が愛する作品への冒涜なのではないかと。
だけど、涼子の死によって俺は悲劇を回避するために努力しようと決意した。俺はこの世界の観客ではない。懸命に生きるプレイヤーなんだ。
「一人では無理だよ。……どんなに腕を伸ばしたって、指の間から零れ落ちるものは必ずある。だけど、隣に誰かがいれば、君が零したものを拾ってくれる。だから皆で目指せばいい。そうすればきっと、叶うよ。欲張りたいなら、まずは『独り』であることをやめることだね」
「悟……なんか先生っぽい」
「ぽいじゃなくて先生なんだよ」
「ああ、そうだったな。決めた。うちの中で仲間を増やして、外にも仲間を作ろう」
「いいね、呪術高専にもフリーランスにも色々な術師がいるからきっと楽しいよ。そうだ、僕が面倒みている術師の子供がいるんだけど今度会ってみてよ。同じ年の術師って貴重だぜ?」
これはもしかすると
「それは楽しみだ。……同年代の友達っていないからさ」
「そうなの? 僕のときと違って普通の小学校に通っているんだろう?」
「学校で仲良くするクラスメイトはいるけど、放課後は術師としての仕事や鍛錬があるから友達と遊ぶってのが難しいんだ」
恵は術師向けの精神じゃないけど、一緒に鍛錬しつつ原作開始時点頃までにパワーアップして欲しいものだ。それに恵だけでなく、
「うちで色々あったから、気にして様子を見に来てくれてありがとう。お礼じゃないけど、前にやりたがっていたことをやらせてやるよ」
「? 一体何を?」
「───
生得術式の名を言ったことで、悟の表情に真剣みが帯びるようになった。
「それは使えば死は免れないはずだよね」
「ああ、だから俺は歴史上初の術師になるぜ。幻獣琥珀を使っても死なない術師としてな!」
俺がそう言い切ると、悟は笑った。冷笑や嘲笑の類ではない。サプライズでプレゼントをもらって喜ぶような歓喜の笑いだった。
「いいねぇ、若者の成長は早い」
悟は悠然とした態度でこれから行われる組手に臨む。そして俺は彼との二度目の組手に士気が高揚する。
「さあ、龍蓮。僕に雷神の力を見せてみろ」
「ああ、見せてやるよ。術式起動───」
脈拍が跳ねあがる。
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龍蓮が開発した幻獣琥珀の拡張術式。正体は次回判明。
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鹿紫雲家長男の嫁。未亡人。2010年時点で16歳。呪術師として鍛錬中。
主人公の身の回りの世話をするのが好きと思えるようになってきた。
外見のイメージは皇サクヤ(『奪還のロゼ』)
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鹿紫雲家五男。五条悟、家入硝子と同じ年。特別2級術師。
反転術式を自他へ使用可能なので、彼は術式を持たないが稀少な人材なので鹿紫雲家でも高く評価されている。
龍蓮に嫉妬していない兄の一人。
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鹿紫雲家八男。七海より2歳年下。術式を持たないが呪力量や呪力操作に関しては非常に長けていて、特に卓抜した呪力出力を持つ。
龍蓮に嫉妬していない兄の一人。
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鹿紫雲家に生まれながら呪力を扱えても術式を持たない者たちで構成される実行部隊。
早い話が鹿紫雲家版躯倶留隊。俊将が所属している。