「ドーム公演おめでとう。双子の子供は元気?」
その瞬間アイは腹部をナイフで刺された。床に倒れ自分を罵る声が聞こえる。もう人生の終わりが近いと悟り脳内では今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る
「…アク……ア」
犯人は逃げ去りカッコイイ自慢の息子が駆け寄ってきた。痛みを堪え最期に彼に心からの言葉を伝えようと抱き寄せようとしたら小さな手は刺さっているナイフを抜き去ってしまう
「リペア!」
その瞬間にアイの意識は完全に途絶えてしまった
「血管修復完了!ちょっと血が出過ぎだな、コピーで代用するか」
星野アクアは目の前で倒れている母親を目の前にしても慌てることはなく工場のライン作業のように淡々と手と口を動かしながら治療を続けている。遠くでそれを妹のルビーが眺めていることにも気付いている
全ての治療が終わり刺されたところは完全に塞がれた。着ていた衣服の修繕を済ませると
「ルビー!母さんを頼む、ちょっと行ってくるから鍵は閉めてて」
「えっ?お兄ちゃん…ど」
行き先を聞こうとするが兄は立ち上がって玄関のドアを開けようとしている。きっと犯人を追うつもりだ!止めないといけない、大人と子供では勝負にならないからだ
「待って!」
声を掛けて止めようとしたが出て行ってしまった。パニックになる妹は母の傍に駆け寄って揺らして起こそうとするが寝息を立てているアイの目は覚めなかった
「ここまでくれば」
マンションから全力で走っていた菅野良介は息を整え立ち止まり両手を膝について酸素を取り込んでいた。口の中が唾や痰でネバネバする不快感を洗い流す為に水分を欲していた
「冷たっ!」
いきなり頭部に冷水が落ちてきた。雨なんかじゃないバケツをひっくり返したような水量で全身をズブ濡れにさせてしまう。この時期に吹く風によって体温を全て奪い去っていく
「どうだい下水道の臭い水の味は?」
「なっ!」
声のする方向に顔を向けると金髪の青年が宙に浮いていた。有り得ない光景を見た彼は夢だと思い込み何度も自身の頬を平手で叩くが痛みは現実だと知らしてくれる
「大声で助けを呼んでも無駄だから、この空間には俺達だけしかいない」
「空間?」
いったい何を言っているんだ?脳が理解を拒んでいる。非現実的なことを目にしたリョースケは壊れたように笑い転げてしまった
「俺ん家の親を刺して”さようなら”はないだろ?まだ”おもてなし”が済んでないし」
「くっ……くる、なぁ」
「どうやって嗅ぎつけた?」
「ハァ…はははっははっはっはっは、はは」
彼の質問にリョースケは答えることが出来ない、思考することを放棄し現実から目を背けようとしている。自分は夢を見ているんだ!本当はまだ自宅で
「ったく、面倒なんだよなこれ」
青年は彼に近づくと人差し指と中指を立てて額に近づける。逃げ出したいのに足が動かない!声をあげて助けを呼びたいのに喉から言葉が出てくれない!深呼吸をして落ち着きたい
「(あっれ、いきって……どうやってするんだっけ?)」
空気のとり込み方が思い出せない、自分の鼻と口がどこにあるのか分からない
「看護師も殺ったのか!ただのクズか…コイツだな」
「はhっははっはふaaaぅあっぁぁぁはは」
全身の穴が緩み自分の体を汚していると青年は指を離しゴミを見るような目を向けてくる。これで助かった!悪い夢が覚めてくれると思っていたら相手は気味の悪い笑顔を浮かべていた。そして手元には奇妙な物体が蠢いている
「殺るってことは殺られる覚悟があるってことだろ?」
彼が右手で自身の胸を指さしていたので頭を下げて視線を向けると左胸に空洞ような穴がポッカリと開いていた。大事なモノが抜き取られている
「久々にやると鈍っているのを感じるな」
「かえ……せ、か!おれの……しん」
「ヤダ!」
心臓を持っていた手に握力が込められ粉々に砕け散った。リョースケにとってこれが幸せだったのかもしれい痛みを伴うことなく逝けたのだから
「ふぅ」
マンションの一室でシャワーを浴びて濡れた体をバスタオルで拭きながらテレビのリモコンを捜すが見つからない、いつもと同じ場所に置いたはずなのに落としてしまったのだろうか?
「どうぞ」
「ありがとう」
”誰か”が拾ってくれたのか手のひらに渡してくれた。カミキヒカルは電源ボタンを押そうとした瞬間に全身の毛穴が開くような感覚に陥った
「ヨーグルトにグラニュー糖は掛けますか?それともテメェの汚い血でも垂らしますか?」
「きさま、どうっ!」
全てを言い切る前に首を掴まれ持ち上げられてしまった。フリフリのメイド服を着た金髪の男子は力を緩めることはせずに自分のことを見つめている
「答えろ!なぜ星野アイの居場所を知っている?」
「なん……で、それ」
その言葉に目を見開くが酸素が足らず声が出ない、足をバタつかせ下ろすことを頼むと床に投げ捨てられてしまう。カミキはゴキブリのように地を這いながら部屋から逃げようとするが背中にダンベルを叩きつけられ肺の中にある空気が放出されてしまう
「漬物石の方が良かった?悪いね気が利かなくて」
自分の頭に足をのせてグリグリと踏みつけてきた
「質問の答えは?10秒以内に答えてくれると嬉しいな」
「まって…すこ」
「10、1、0…残念時間切れ」
顔面をサッカーボールのように蹴られ宙を舞った。部屋は散乱しパソコンのディスプレイやテレビの画面もひび割れてしまう
「ボールを相手のゴールにシュ〜〜ト!超exciting!」
完全に弄ばれている。彼は手元に落ちていた箒を杖代わりにして立ち上がろうとするが上段回し蹴りを食らって頭上に星を回す
「それで何で俺ん家のことを知ってる?」
「アイ………に、きい」
「男なら大きな声でハッキリ喋る!」
口の中に手を突っ込まれ口内で拳が握られ口蓋垂が潰れそうな感覚に陥った。そして半回転し引き抜かれると同時に前歯も取られてしまう
「あがが…、がうかく」
「なんだよ日本人なら日本語で言ってくれよ!」
ヤレヤレとした表情で男は近付いて来るとリョースケと同じように額へ指を触れさせた
「最悪だなコイツが親父だなんて!しかもガキの頃にレイプされてるじゃん、まぁブスじゃないだけマシか」
記憶を読み取りカミキの過去を調べる。約18年の記憶は膨大な量だが何度も転生した彼にとって未成年の人生なんて週刊誌より薄くてペラペラである
「そうか…母さんが」
求めていた情報が見つかり指を離す。しかし手を下さずに高みの見物を決め込む輩が大嫌いな彼は頭部を持ってベランダに出て行く
「走れメロスって終盤に”沈んでいく太陽の10倍も早く走った”って書いてあるけど、沈む速度がだいたい1300キロぐらいで10倍だからマッハ11になる。じゃあメロスの気持ちになってみようか?お父ちゃん」
「なに…を、それに父って」
彼の口にしている言葉が理解出来ない、ただ自分の命がここで終わることだけは分かっていた。思い出に浸りながら涙を流すが膝蹴りをくらってしまう
「上手くいけば大気圏を突破出来るかもね!江田島塾長は生身で突入出来たんだし逆も可能だと思うよ、無事に帰ってきたら感想を聞かせてね」
「あぁぁ……アイィィィィィィィ!」
鼻水と涙をぶちまけながら愛する人の名を叫ぶカミキは一直線に大空を飛んだ!衣服が摩擦熱で燃え肌を焦がしていく、目を閉じていても左右の眼球は潰れてしまい空の青さを視界にとらえることが出来ない、更に加速し皮膚の下にある組織が露わになり激痛を与えてくる
「ああああいいぃ、たすけ」
それが彼が残した最期の言葉だった。灼熱に身を包まれ肉体がボロボロに溶けていくのを実感しながら人類初の生身による大気圏突破を達成したが祝福の拍手を叩く者はいなかった
「帰るか!ライブもいいや」
この日、B小町は東京ドームライブを成功させ日本のトップアイドルグループとして名を残した。ファンたちはステージで躍動する彼女達を見て歓喜の涙を流し閉幕後も周辺では熱気が収まることはなく日付を跨いでも騒ぎ続ける
しかしこの会場にアクアの姿はなく暗い事務所のソファで毛布に包まってゲームボーイアドバンスでスパロボDをやっていた
「これで何周目だっけ?」
それはゲームのことなのか?自分の人生なのか?彼にしか分からない
「転生魔法使い」の原案となった魔法使いになったアクア君を少しダークにしました。
1話で2名退場になりました。連載する作品はこれが最後かな(ネタが集まればやりますが)