黒川あかねにとって有馬かなは憧れであった。彼女の演技を見て芸能の世界に足を踏み入れ児童劇団時代にイザコザがあったが悪感情は持ち合わせていない、有馬がいたからこそ今の自分が存在する。無我夢中で走り続けた結果が劇団ララライで主演を務めるレベルまで成長した。しかしいつの間にか憧れの人物の名前がテレビから聞こえなくなってしまった
「嘘だよね?かなちゃんが……そんなこと」
「紛れもなく事実だ!俺があかねに嘘を言って何の得になる?」
アクアの告白は黒川にとって信じたくないものだった。
「あの天才子役がそこまで落ちぶれるなんて」
「でも有馬ちゃんの気持ちってなんとなく
MEMちょの言葉に全員の視線が集まる
「
「したな…確実に、あかねが憧れたように俺も有馬の演技や心が好きだったから」
「心?」
ノブユキとメルトが頭にクエスチョンマークを作って首を傾げている
「初めて会ったとき有馬には自信に満ちあふれていた。スピリチュアル的な表現だと強者のオーラに包まれていたって感じだな」
「昔のかなちゃんってそんな雰囲気だった」
「ガキの時にあいつと出会ったおかげで今の俺がいる。憧れの存在に落ちぶれてほしくなかったボロボロでも魂まで腐ってほしくなかった」
その告白を聞いてメルトは胸の締め付けられる思いにかられた。事務所の命令でアクアを利用して知名度をあげようとしたことを恥じている
「別に俺のことを利用しても構わない!だけど分水嶺は見極める」
そう言ってアクアは屋上から去っていった。他の面々も帰ろうとしたがメルトが拳を握って震えていた
「俺…事務所からアクアを利用しろって言われて」
「…メルトお前」
「あいつは俺らの中で1番人気で世間が注目してるから」
「多分だけどアクたんは気付いているんじゃないの?それに嫌だったら勝負を受けていないと思うし、案外メルト君を試していたと思うよ」
目元に涙を浮かべる彼にMEMちょのフォローが心に染みる。頭の中でソロバンを弾いて高目を期待してしまうのは業界に勤める人なら当然のようにやってしまうことだ!それにメルトは不正をした訳ではないアクアに真っ向勝負を挑んだ。邪な気持ちや撮れ高の打算はあったかもしれないが彼に親指を下げてブーイングする人なんていない!
「そうかアクア君はかなちゃんのことを…」
遠くの教室でノブユキの制服に盗聴器を仕込んでいた鏑木は悪い笑みを浮かべて脳内で新たな展開を作り上げるのであった
首都圏から遠く離れた長崎の地で父と娘がテレビに映る学生たちの恋愛リアリティショーを見ていた。上籠家の長女さりなのお気に入りはMEMちょでYouTubeの生配信にも参加している
「どうすればMEMちょに会える?」
「芸能人になればチャンスはあるかもね」
「じゃあなる~」
手足をばたつかせた娘は簡単に将来の夢を決めてしまうが、父の吾郎は微笑みながら頭に手を乗せて撫でて落ち着かせる
「じゃあママの言う事を聞ける大人のお姉さんにならないと」
「ねぇパパは赤ちゃんの先生なんでしょ?ママのお腹にはどっちがいるの?」
妻は第2子を身籠り年内にはお姉さんになる。彼女は弟なのか妹なのか毎日尋ねてくる。既に性別は分かっているが家内は内緒にしてサプライズ発表にするつもりだ
「どっちだろうね?さりなも産まれる直前まで分からなかったから」
「じゃあ妹だったら名前はMEMにしよう。素敵な名前でしょ」
「因みに弟だったら?」
「ラインハルトかウェンリー」
どうやら銀河英雄伝説にもハマっていたみたいだ!流石に上記の名前にしたら確実にグレてしまうだろう。娘の将来に不安を感じる吾郎は両脇を持って抱え上げると2階の部屋まで連れて行くのであった
「(アクア君も成長したな)」
かつて宮崎の病院で携わったアイドルの子供を画面越しで見た吾郎は時間の過ぎ去る早さを実感していた。既に苺プロや星野家との交流は途絶えているが彼の中では決して忘れることが出来ない存在である
「おはようヒップ星人」
「喧嘩を売ってるのかな?フリル」
「あら?私のことをいくらで買ってくれるの?」
「ジンバブエドルか2千円札の好きな方を選ばせてやるよ」
「じゃあガバスで」
朝の教室内ではアクアとフリルの漫才が繰り広げられていた。以前の放送で彼がお尻派ということを公言していたので早速茶化している。彼女は背中を向けて腰を揺らしながら接近し
「お尻マイスターのアクアから見て私のヒップは何点?」
「尻を向けるな尻を」
「別に触ってもいいのよ、満員電車で熱を帯びる下半身を押し付けるように」
「なんでこんな子に育ってしまったんだ」
「私を調教したのはアクアでしょ?」
転生を繰り返したアクアでも口先の勝負では天才マルチタレントには敵わない、ヤレヤレとした表情で席に座ると彼女は背中に回り込んで遊び半分で肩を揉みはじめた
「かなり凝ってるわね」
「気苦労が続く日々だからな」
「可愛い妹や家族と暮らさないの?」
「ルビーから聞いたのか」
その質問を投げかけられた瞬間に教室内の気温が5度下がり。2人の会話に耳を立てていたルビーたちも息を飲んだ
「反抗期が原付に乗って予定よりも早く到着した!」
「微妙に分かりにくい例えね」
「自由を得た代わりに代償を支払わなければならない」
他の奴だったら殺気をプレゼントして追い返すが、家族の次に付き合いの長いフリルには情も湧いているので無碍にはしない
「親からの干渉も無いし、好きなことが出来る」
「女の子を連れ込み放題出来るし」
「シマカンじゃあるまいし、こう見えても硬派なんだよ俺は」
結局ホームルームが始まるまでダラダラとした会話のやり取りは続いた。下がっていた気温も次第に上昇し息苦しさを感じていたクラスメイトも安寧を得ることができた
「追加メンバー?」
「うん…スタッフさんたちの声が廊下に聞こえてて」
収録終わりにメンバー全員で海鮮系やデザートも取り揃えてある焼き肉店で食事会となっていた。財布役はMEMちょの予定だったが税金諸々の引き落としのせいで口座残高は3桁しかなかったのでアクアが支払うことになった
「別に数字は悪くないだろ?」
「もっと上を目指せるって、起爆剤の投入だって」
トングを持っているだけで皿が綺麗なあかねの所に自分の陣地で焼いた肉を乗せていく、彼女は遠慮するような態度だったが押し切られてしまい箸に切り替えた
「ひよっこ共じゃんじゃん食いやがれ!」
「メルト君あ~んして」
「ピーマンばっか食べさせないで」
「ちょっと待て、それ俺の肉」
視線の先には年相応に騒いでいる4人が楽しそうに飲み食いしている。高級店のようにA5ランクや希少部位を提供してくる店に行くと、いつの間にか人が肉に気を遣ってしまい欲望は半減してしまう。敷居の低い店の方が案外満足するのだ!
「誰が来るんだろう?」
「知名度がそれなりにある奴だな、名前が売れていない追加メンバーを入れても数字には繋がらない、MEMちょレベルには世間に知られているぐらいだろ?」
「アクたん呼んだ~」
ジンジャーエールの入ったジョッキを片手に彼女が近寄って来た
「別に!」
「もっと私と絡んでよ~」
「鯖を読むような女は嫌いなんでね」
アクアの言葉にジョッキから中身が零れ机の上を濡らしてしまう。MEMちょは震える腕を庇うように体を硬直させた
「やだな~アクたん、鯖は読むんじゃなくて食べるんだって」
「あかね、MEMちょって何歳に見える?」
「高3だから18ぐらいじゃないの?」
「そうだよMEMちょさんは現役JK……」
「27…いや肌のハリ具合だと更にその上かな?世紀を跨いだ現役JKって何回ダブってる?」
淡々と告げられるアクアの言葉に額から大粒の汗を流し頬に伝わる。作り笑いを浮かべ話題を逸らそうとするが脳は処理落ちしている
「まっ!言いたくなければそれでいいけど、屋上の話は覚えているよな?」
「25」
「ん?」
「25だよ!そうですよ!鯖読んでますよ!」
秘密をさらけ出したYouTuberは泣きながら全員に年齢を告白するが問題無く受け入れられた。そもそも年齢詐称の疑いはファンの間で噂になっていた。メルトもマネージャーが事前に情報を仕入れて伝えていたのでショックは無かったが7歳も鯖を読む胆力に驚いている
教室内に集まった6人はスマホを弄ったり喋って時間を潰していた。スタッフから追加メンバーが入ってくること言い渡され待ち構えているのだ!
「アクア君、音楽朗読劇って知ってる?」
「初耳なんだが」
「声優や舞台役者の朗読劇なんだけど、演者たちの後ろでピアニストやバンドマンが演奏を生でやってくれるんだ」
「昔のコント番組にそんなのあったな」
「今日はこれを観てみない?」
あかねが取り出したブルーレイディスクのパッケージには『女王がいた客室』と印字されていた。アクアは裏のキャスト欄に目を通していたが声優の顔と名前が一致しない
「それに追加メンバーの人も演劇に興味を持ってくれたらいいな~って」
彼女なりに新しく入って来る人が自分たちに馴染める空気を作ろうとして頑張っている。アクアもそれに賛同し今日の撮影がゆっくり出来ると思っていた
しばらくすると番組スタッフが入ってきて追加メンバーを拍手で迎え入れるように伝えてきた。影が写り全員が前方のドアに注目しながら手を叩いていると入ってきたのは
どうやら起爆剤は核爆弾に変貌するのであった
ラムジェットが無事でよかった。締め切り時間を間違えて助かりました。しかしフェブラリーステークスがガチガチなんて聞いてないよ