アクアは中学2年になってから自宅を飛び出して一人暮らしを始めていた。家具家電を揃え必要な書類等は壱護に任せたが生活費や水道光熱費は自費で賄っている。1年の夏頃にこのことを口にしたらミヤコは反対したが
「そうね少し早いけど自立しないと」
「アイッ!あなた」
「私だって親から離れるのは早かったし、男の子だもん色々チャレンジしないと」
生みの親の後押しもありアイ・アクア・ルビーの3人暮らしは終わりを迎えた。仕事の確認で事務所には訪れるが自宅に帰ることはなく、手の届く先にいるのに親子の間柄は遠くに離れてしまった
「どうしたのよアイ、アクアを」
「怖いの」
「怖いって、お腹を痛めて産んだ子供でしょ…なんで?」
ミヤコが自室で彼女を問い詰めると顔を俯かせて震えるような声を振り絞っていた。長年連れ添っているがこんな顔を見たことがない
「ごめんなさい、これ以上の言葉が見つからないの」
「見捨てるという訳じゃないわよね?」
そこ言葉にゆっくりと力なく首を縦に振る。ステージの上で魅せる自信満々な表情と違い弱々しく見えてしまった
「(結構楽しいな)」
家賃は事務所が負担してくれているが他の支出に関しては彼が頑張らなければならない、幸いにも子役時代からの貯金と両親の良い所取りの外見に今までの人生経験が合わさったおかげで割と忙しい日々であるが充実している
「やぁアクア君」
「鏑木さん」
「君も仕事終わりかい?」
局の廊下を歩いていると顔馴染みのプロデューサーが声を掛けてきた。母のアイが自身と同い年ぐらいの頃から付き合いなので親しい間柄である
「一緒に食べないか?家に帰っても1人なんでね」
「また奥さんに逃げられますよ」
「大丈夫だ!もう逃げられた」
彼の運転で訪れた和食店で個室に座る2人は互いのグラスに飲み物を注ぎ乾杯をした。運転手と未成年なのでアルコールではない
「それにしても『今日あま』での演技は凄かったね、視聴率も水曜9時で18%を記録するなんて」
「原作と脚本が良かったので世間に受けたと思います」
「いや君が主演だったから数字に表れた!業界からも称える声がチラホラあがっている」
鏑木から賛辞の言葉を受けたアクアは少し顔を崩して笑みを浮かべた。やったことに対して褒められるのは嬉しいものだ
「あの原作はこっちも狙っていたんだけど先を越されて、逃した魚は大きいよ」
「シーズン2の準備も始まっています」
「ますます忙しくなるし人気もうなぎ上り羨ましい限りだ!」
食事をしながら世間話に花を咲かせ互いに有意義な時間を過ごしていると彼が身を乗り出し
「実はまだ企画段階なんだけど学生たちの恋愛リアリティーショーを構想している」
「仕事の話ですか?」
「そうだ!全然先のことだから流れる可能性があるけど興味はあるかい?」
普通の人なら頭の中で算盤を弾いて自身にとってプラスかマイナスを考えてしまうが
「面白ければ!」
「面白くするのは君たち次第だよ」
ほぼ即答する形でアクアは肯定した。気分と感覚で生きている彼の仕事に関する行動理念は割と単純なので深く考えないのだ
「アクア君も気をつけた方がいい」
「何に対してですか?」
食事が終わり会計を済ませると鏑木が自宅まで送ってくれる
「チヤホヤされて世間から注目を浴びるということは決して良いことばかりじゃない」
「アレですか」
アクアの口にした”アレ”というのはシマカンこと映画監督の島政則の起こしてしまったスキャンダルだった。YouTuberが『傘にGPSを付けてパクった奴を追跡してみた』という企画で雨の降りそうな日にカメラを回していたら店の中から出てきた島が躊躇なく傘立てから盗んでしまい追跡されていた。ここで済めば掲示板で叩かれる程度の炎上で終わるはずだったが
「まさか未成年とラブホテルに入るとこまで撮られるなんて」
「彼の悪い噂は業界でも知られていた。不運と言えばそれまでだ」
既婚者でありながらデビュー間もない若手女優に手を出してしまった。YouTuberはラブホテルの出入口で待機し島が出てきたところで突撃してインタビューを敢行し無修正でアップした
「334万再生されてますね」
「その数字に悪意を感じるのは気のせいかな?」
拡散された動画は各方面に大炎上してしまった。撮影が終了し公開まで10日を切っていた映画は放映中止となり首謀者となった彼に多額の賠償が請求された。島はYouTuberに対して法的措置に訴えると口にしたのも悪手だった
・お前が責任を取れ!
・ロリコン野郎を助ける弁護士なんていない
・そもそも傘を盗まなければ問題にならなかった
・俺の傘を盗んだものテメェだな
ネットの住人たちは更に彼を追い詰める。動画内に映った傘の形状やブランドロゴから盗んだモノを特定し値段をSNSに貼りつけた。販売店も悪乗り便乗し『シマカンが盗みたくなる傘』『映画監督としたくなったら』というポップを作って大々的に売り出す。また彼と関係を強要された女性たちも立ち上がり関係を暴露されてしまい四面楚歌となった島政則は終焉を迎えた
「そういえばどうなったんですか?」
「離婚して実家に引き籠っているみたいだが、息子の惨状を見て親はなんて思うか」
動画を投稿したYouTuberに対しては肯定・否定の意見に分かれてしまい掲示板では暇人たちによるディベート合戦が繰り広げられる。悪を成敗した救世主と人生を狂わせた大罪人という真逆の評価で今日もスレ内は騒がしいが最後は『シマカンが悪い』で決着する
「アクア君も女には気をつけた方がいい」
「消えていった人たちを見送ってきた立場としてですか?」
「才能のある若者が消えるのは惜しい」
経験してきた年数ならアクアの方がぶっちぎりで上である。人を信じ裏切られ殺され転生を繰り返した彼にとって色恋沙汰で身持ちを崩すのは滑稽でしかない、自身も魔王の妻たちに手を出していたのでシマカンの気持ちは分からなくもない
「お帰り」
「何の用だルビー?」
鏑木にお礼を言って車から降りると部屋の中に妹が座っていた。彼女は皺だらけのエプロンを着込み台所には鍋が置かれている
「ミヤコさんが持って行けって」
「母さんじゃないのか」
「うん」
4年前にアクアに吾郎の現在を見せられたルビーは真実を証明する為に自身の産まれた病院に電話を掛けて問い詰めたが虚しい努力だった。雨宮吾郎は婿入りしてしまい宮崎の地から離れ長崎で奥さんの父親が経営する病院に勤めている
「お兄ちゃん!」
「ん?」
振り返ると妹に抱きつかれ背中からベッドの上に倒れ込んでしまう。彼は心の中で溜息を吐くと背中に腕を回して密着させた。意中の人が結ばれ幸せな日常を送っていることを知ってからルビーは甘えることが多くなっている
「もういいか?」
「もう少しだけ」
彼女のもう少しは時間で計測することは出来ない、子供の頃より少し大きくなったバストは自身の胸の上で潰れながらも存在を主張する
「ねぇ帰ってきてよ、また3人で暮らそうよ」
「難しいな、母さんとの壁は厚い」
「そんな壁なんて私が壊すから!家族なのに……なんで」
ぶっちゃけると今の暮らしを手放して昔のように家族で暮らすのはストレスが溜まる。アイから向けられる視線も自身を迫害していた奴等と同じように感じてしまう
「1回だけでもいいから話そうよ、解決しなくてもいいから」
「考えておく」
「だめ!約束して」
結局押し切られる形で約束を取り付けられてしまった。しばらくするとミヤコが訪れてルビーを引き取りにきて先に車へ乗せた
「高校はどうするの?」
「陽東の芸能科に行く」
「そう…アイに伝えることはある?」
「小学校の卒業証書とアルバムを燃えるゴミの日に出して、ついでに写真も」
「アクア!」
彼の言動に目くじらを立てるミヤコは疲れた表情をしながら今後のスケジュールが書かれた用紙を机に置いた
「『今日あま』の吉祥寺先生と対談があるわ、指定した場所までは送るから」
「分かった」
「ルビーにも聞かれたと思うけど」
「充実した暮らしと不便を感じる日常ならどっちを選ぶ?」
アクアの答えを聞いたミヤコは深く息を吐いて部屋を後にする。鍵を閉めると浴槽にお湯を溜めながら今日のことを振り返っていた。鏑木からの苦言と妹からの陳情はいつもの彼ならスルーして忘れてしまうことだが喉の奥に魚の小骨が刺さったような感覚に陥る。気分を変えようYouTubeを起動させてプレイリストを再生すると
「(ピーマン体操か)」
幼少の頃に惚れ込んだ人物の曲が流れてきた。しばらく表舞台で彼女の活躍を耳にしない大きな波に抗うことが出来ずに消えてしまったのだろうか?移り変わりの激しい業界でアクアのように生き残るのは並大抵のことではない
夜空に輝く星たちは流れ落ちる度に誰かの願いを受け止める。もしかしたら彼女の願いもそこに込められているのかもしれない
アニメでシマカンが登場した翌日に今作では退場させました。古い記憶なんですが海外のドッキリ番組で有名人(司会者?裁判官?)が未成年の女の子に手を出してしまい(番組が用意したサクラで未遂)撮影中に追い詰められて自宅に籠って命を絶ったニュースがあったはずなんですが検索しても見つからなかった(シマカンも同じルートにする予定だった)
傘にGPSは自身が深夜ラジオの大喜利に送ったネタです。傘のポップもコンビニのおにぎりを馬鹿にした料理人が炎上したときにSNSで話題になったやつです
アニメ3期って1クールで終わるのか?
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