「ここは常連なのよ」
強引にアクアを連れ出した有馬は過去2回しか訪れたことのない飲食店に向かい空いている個室へ通してもらった。餃子を食べることを諦めていたアクアはメニュー表を開くと『鰻の白焼き』の文字に目を奪われる。当人は蒲焼き派だが付属でタレも付いてくるので即座に決定した
「最近大活躍じゃない『今日あま』も良かったわ」
「そりゃどうも」
有馬もアクアと同じモノを頼もうとしたが、現金派の彼女にとって財布の中身が心もとない状態だったので別の定食を選ぶと運ばれてくるまで彼のことを褒めていた
「そっちは何をやっていたんだ?」
「県外の番組に呼ばれることが多くて、この前も愛知で地元局の街ブラに」
「MBSテレビか?」
アクアの質問に頷くと有馬は更に褒め称えヨイショを続ける。湯吞みの中が空になればお茶を注ぎ口周りが汚れているのを見たら紙ナプキンを手元に寄せてくる
「わざとらしい演技はやめたらどうだ大根役者!」
「えっ?」
「下心がスケスケ、鏡で顔を見てみな頬に油性ペンで書いてある」
威圧されるような感覚に陥り心臓を素手で握られたような痛みを感じてしまう。背中に汗の染みが広がりクリーニングから卸したばかりの服を汚す
「別にそんなことは」
「街ブラの話も嘘だろ?」
「本当だって!MBSの仕事で」
「それ関西ローカル局だよ、愛知はCBCだ」
愛知県のローカル局は東海・中京・テレビ愛知・メーテレ・CBCの5つでありMBSは存在しない、出会った当初から怪しいと思っていたアクアはわざと間違った局を口にしたが有馬は訂正しなかった
「回りくどいことは止めてさっさとゲロってくれると助かるんだが」
「ごめんなさい」
「ドアホ!別に謝られても意味はないんだけど」
やろうと思えば有馬に触れて記憶を読み取ることが出来るが、頬杖をついて溜息を吐くアクアは眉間に皺を寄せて彼女のことを見つめている
「『今日あま』のシーズン2に出たい?」
「うん…アクアは主演でしょ?監督やプロデューサーに口利きをしてほしいの」
しばらく沈黙が続いた後に有馬は全てを吐き出しアクアに懇願してきた
「もう嫌なのよ世間から忘れ去られるのが」
「馬鹿らしい!キャストの選定やオーディションが始まっているのに大学の裏口入学みたいなことに時間を使いやがって」
「もう頼れるのがアクアしかいないの!ねじ込むのが無理なら最終オーディションに」
なおも頭を下げてくる彼女に辟易するアクアは机に置かれたレシートを持って立ち上がる。かつて憧れた女の子が矮小な存在に成り下がってしまったことに冷たい視線を送る
「お願い待って!何でもするから」
「こうやっている間にも他の役者たちは合格に向けて稽古に励んでいる。お前のやろうとしていることは役者の風上にも置けないクソだ!仮に俺が口利きで出演して満足するのか?」
「するわ!綺麗事で役者なんか出来ない」
大声を張り上げ店員が外からノックをしてきたが”問題無い”と言って戻ってもらった
「最低だよ有馬かな、初めて会ったとき心が震えたのに」
「えっ…?」
「胸を張って自信に満ちあふれていた。同年代に凄い役者がいることに感激したのに…ピーマン体操も好きだった!なのに……なぁ幻滅させないでくれ、俺の知る有馬かなはもう死んでしまったのか?」
それはアクアの心からの想いだった。恋愛感情ではないが彼は有馬かなのことが好きで小さい頃は出演している作品も視聴していた。テレビに映らなくなり次第に輝きを失っていく様子に自身が何も出来ない無力さを感じていた
「稽古する場所が無いなら紹介してやる。相手が欲しいなら付き合ってやる。今日会った時に霞んで見えたのを否定したかった。なのにお前は外道に足を踏み入れた!もうこの世に有馬かなは存在しないことを理解したよ」
「アクア」
「ここは払っておく……もう顔を見せないでくれ」
静かに出て行くアクアを有馬は追うことは出来なかった。今をときめく若手タレントに評価されて自分のことを見てくれていた。応援してくれた人を裏切ってしまった。数字だけ見れば自身のファンが1人減っただけだが、それはとれも大きな大きな1人だった
「姫川さんありがとうございます」
「いいのよ、それにしても凄いわね15才で1人暮らしなんて」
「まだ大輝さんと一緒なんですか?」
「料理や家事も出来ない、不燃ごみを燃えるゴミの日に出すのよ」
有馬との別れを経験してからしばらくして【今日あま】シーズン2の撮影が始まった。前回の好評を受けてスポンサーも集まり原作者・監督・脚本家が三位一体となって傑作を創造した。当然のようにアクアに対する要求が高くなり未成年が働けるギリギリの時間まで撮影は続いた
「陽東の芸能科だっけ?」
「あそこなら自宅から近いので」
大人たちも彼を1人で帰すのは気が引けていたので、作中でアクアの演じる青野カナタの母親役に抜擢された姫川愛梨が近くまで送り届けることになった
「ねぇ星野君」
「なんですか?」
「大輝は馬鹿で大雑把だけど悪い子じゃないわ」
「自転車で轢かれた被害者に言います?それを」
表情を崩しながらアクアは笑い愛梨もつられてしまう。車内には和気あいあいとした空気に包まれていたが…
「それにしても似てるわ」
「誰にですか?」
「大輝のいる劇団にカミキヒカルという男の子がいたの」
アクアの姿を見て彼女にとって思い出話を語るつもりだった。ルームミラーで後部座席にいる彼の顔を見ようと視線を動かすと
「……っ?」
そこにはカミキヒカルが座っていた。しかし急ブレーキを踏んで後ろを振り向くとシートベルトのロックが掛かり胸を締め付けられた星野アクアが咳き込んでいた。彼女は謝罪の言葉を口にして再びアクセルに足を乗せようとすると
「やっぱり貴女でしたか?姫川愛梨さん」
振り向いた愛梨に彼は変身したカミキの姿からアクアの状態に戻り笑っている。目の前で起きている出来事を理解できない彼女は人生で1度も出したことのない素っ頓狂な声を狭い車内で披露してしまう
「にわかに信じられないわ魔法だなんて」
「ですがここに本物がいます」
サービスエリアの端の駐車場に車を止めアクアは自身の秘密を暴露した。現実を直視出来ない愛梨の目の前で大輝→アイ→吉祥寺→愛梨→カミキに変身し納得してもらう
「アイの子供ね」
「父親はそのカミキヒカルですよ」
「やっぱり…そうだったの」
カミキヒカルに変身したアクアをマジマジを見つめる彼女は悲しい目をしてる
「アイを殺そうとした?」
「正確には他者を巻き込んでの殺人教唆です。もちろん報いは受けてもらっています」
「そう」
「どうします?このまま警察に突き出しますか?」
その問い掛けに愛梨は首を横に振った
「実は私も旦那…いいえ元旦那に殺されかけたの」
「同じ手口でしたか」
彼女の夫は上原清十郎という売れない役者だった。結婚はしたが愛梨は彼ではなく当時11歳だったカミキのことを愛してしまい夜を共にした。嫌がっているのに男のエンブレムは反応し自身の胎内に放たれたことを昨日の出来事のように語りアクアはドン引きする
「大輝が5才くらいの頃にアイツは激昂して、包丁で私たちを襲ってきて―――ここの傷はあの子を守ろうとして負ったの」
胸元に刻まれた生々しい痕は罪なのか現代医療でも治らなかった。結局のところ騒ぎを聞きつけた近隣住民が清十郎を取り押さえ警察に連行されたが留置所で自身の着用していた服の袖で首を絞めて自ら世を去った
「多分憶測だけどカミキは幸せな人や家庭を見ると壊したくなる衝動に駆られていたのかも」
「自分は不幸なのに何でアイツは幸せなんだ」
アクアの言葉に頷いた愛梨はブレーキを踏んでスタートスイッチを押してエンジンを掛ける
「私から離れアイの所へ向かい拒絶され壊れてしまった。きっかけを作ったのは私ね」
「まだ未練があるんですか?」
「もう無いわ!若さゆえの過ちじゃないけど、”私はあの子のことが好きで愛したの”その事実は揺らぐことはない、それに世間や彼に対して許されない行為をした自覚はあるわ」
「じゃあ互いの秘密を知る共犯者ですね」
段々と自宅が近くなりアクアは手元にある荷物を抱き寄せる
「このことは大輝には教えない」
「知らなくて良い真実もありますから」
「ねぇもう一度………やっぱ止めておくわ」
車外に出るとウインドウから顔を出してきた愛梨に頭を下げて礼の言葉を述べて遠くなる車を視線で見送った。やろうと思えば彼女の記憶を消してしまうことも可能だったが敢えて行わなかった。互いの罪を認識し自身が死ぬ間際まで犯したことに向き合うつもりだ
「(らしくないな)」
心の騒めきを押し込んだアクアは流れる星を見ながら、誰もいない部屋のドアを開けるのであった
何も考えずに勢いだけでやっちまった。重曹ちゃんはここから復活出来るのか?
そして朝に投稿したR18がエグイ反応をしていた(みんなも好きねぇ)
感想があるとモチベーションが上がり出勤中に居眠り運転をすることが無くなります(一言でも)
多分次は高校入学あたりになるかも
皆様のおかげで明日も頑張れます