「おめでとうルビー!」
「…うん」
「ほら、もっと喜んで」
アクアの妹の星野ルビーは『Ruby』名義でファッションモデルとして芸能界デビューした。母親のアイがB小町時代の頃から付き合いのある編集者に口利きをした形だが、荒削りな原石は撮影を担当したカメラマンから高い評価を得ていた
星野家では妹の陽東高校合格と業界デビューを兼ねたお祝いが行われていた。しかしそこにはアクアの姿は無かった
「行かなくて良かったの?」
「呼ばれてもないし親子の楽しい行事に水を差すのは野暮でしょ」
一人暮らしを満喫している彼の下にミヤコがケーキを持って訪れていた。アイとアクアの関係改善を模索する彼女は規則正しい生活をしているかをチェックする名目で度々訪れている
「それに慣れているから」
「…アクア」
彼の”慣れている”というのは祝われないことである。10歳の頃から誕生日を祝ってもらうことはなく撮影で家を空けている時に母妹がケーキを食べてプレゼントを貰っていることは魔力獣を通して見ていた。ルビーが「お兄ちゃんの分は?」と尋ねるとアイは「帰ってきたらちゃんと渡すから」という嘘までついている有様である。もちろんクリスマスも同様でアクアの所にサンタクロースはやって来なかった
「ルビーには悪いけど約束を守ることは出来そうにないな」
「辛くないの?無視されているのよアイから」
「別に!」
信じていた仲間に裏切られた。忠誠を誓った王に背中から貫かれた。祝いの席で毒を盛られたことに比べれば母親から疎まれ無視されるのは蚊に刺されるのと同等である。むしろ干渉してくれないだけ優しいと思ってしまう
「ねぇ……変よアクア!何かあったの?」
「民明書房で調べると星野アクアは変人って書かれているよ」
少し茶化しておどけるような発言にミヤコは声を荒げるが動じることはなかった。親子関係なんて時間が経てば希薄になる。自分と母はその時間が他所様より早いだけだ
「休まるはずの家でストレスを溜めるなんてナンセンスでしょ?これはお互いの為に必要なこと、健全な精神は健全な肉体に宿る。逆もまた然り」
「じゃあ私のことは?」
「頼れる年上のお姉さんって言った方が良い?ミヤコさん」
その言葉に少し顔を赤くする彼女はケーキの箱を置いて出て行ってしまった。寝る前に高カロリーなモノは御法度だが腹の虫の要求に賛同し箱を開けると
チョコで書かれた文字は彼女の直筆だろう。少なくとも彼女の為なら多少の無茶は引き受けようと思うのであった
「…お兄ちゃん」
「制服姿も似合ってるなペーペーでもファッションモデルだ!」
入学式を終えた2人は教室で顔を合わせた。式の始まる数日前からルビーは何度も連絡を送り母親に成長した姿を見せようと懇願してきたが、結局のところアクアが星野家に足を運ぶことはなかった
「様になっているわよ」
「お前もな」
2人の間に式の途中から参加してきたマルチタレントの不知火フリルが会話の中に入り、近況報告を兼ねたお喋りをしながら時間を潰す
「それにしても意外ね」
「何がだ?」
「アクアが恋愛リアリティショーに出るなんて」
プロデューサーの鏑木が立案していた企画が通され4月下旬から放送される『今からガチ恋始めます』にアクアはキャスティングされた。社長夫婦は鏑木から今回の企画が持ち込まれた時は難色を示していたがアクアの意思を尊重する形となった
「こういった企画じゃないと女遊びが出来ないから」
「あら?それなら私と遊んでみる?」
「いつかの約束を果たしてやるよ2人っきりで」
フリルがアクアのネクタイを引き寄せると彼は彼女の顎に手を添えて見つめている。これだけでドラマの1シーンになりそうな雰囲気に教室内はざわついてしまう
「そうね…経験したことのない感動を与えてくれるかしら?」
「今までの記憶を忘却の彼方へ置き去りにさせることをお約束します」
「楽しみにしてるわ」
今にも唇が触れ合いそうな距離だったがルビーが割って入り2人を引き離した。フリルは少し寂しい表情をしたが元の顔に戻り手を振りながら離れていった
「お兄ちゃんってそんなキャラだっけ?」
「人は成長していくものさ、例え親が居なくても勝手にな!」
棘のある言い方にルビーは気落ちするが彼女には秘策があった
「今日って何も無いよね?」
「流石に入学式に仕事を入れるほど忙しくないよ」
「ミヤコさんが迎えに来るけど途中まで一緒に乗って行かない?荷物も多いし」
今日のアイは雑誌の取材があるだけで昼過ぎには自宅にいる。これぐらい強引なことをしないと2人は絶対に顔を合わせることはない、流石に走行中の車の中からドアを開けて脱出は……しないよね?ドラマで誘拐されたヒロインを追跡する為にルーフに掴まっていたけど
「そろそろ来る時間だから外で待とうか」
「ルビー何か隠してないか?」
「…別に何も」
「そうか」
背中にはおびただしい量の冷や汗に覆われ彼女の体内から水分と塩分が過剰に排泄され喉が渇いていく、あと数分だけ耐えれば大丈夫だ!車の中に乗せてしまえば主導権は常に自分たちが持つことが出来る。ぎこちない笑みを浮かべ兄の背中を押しながら靴を履き替えると
「星野!」
校門の外には眼鏡を掛けた男が立っていて自分たちのことを呼びかけていたがルビーは頭に『?』を作りアクアは嫌な顔をした。反応を見た眼鏡の男は門をくぐり近づいてくる
「何の用ですか?姫川さん」
「ちょっと顔を貸してくれるか?」
「レンタルするなら何泊のご予定で?」
「夜までには返却する!」
「じゃあなルビー」
アクアは溜息を吐くと姫川大輝の誘いに乗った。野郎共の流れるようなやり取りに口を挟むことが出来なかった妹はポツンと立ちすくみ残されてしまうのであった
「悪いな入学式早々に」
「それで理由は何ですか?」
近くに待機させていたタクシーに乗り込んだ2人は姫川宅に入るとオフだった愛梨がエプロン姿で出迎えてくれた。飲み物と軽食を部屋に運ぶこと伝え小走りで台所へ戻って行くのを見届けると大輝の部屋に足を踏み入れる
「頼みがある!」
「内容次第で」
ろくでもない頼みなら愛梨がやってくる前に帰ろうと思うアクアだったが、神妙な顔つきになる大輝を見て姿勢を正す
「お前の出る『今ガチ』に劇団の後輩が選ばれたんだ」
「役者だから……黒川あかねか?」
「そうだ!それで頼みなんだが…あいつを守ってほしい!」
「……はい?」
端的に言えば、真面目な黒川あかねに恋愛リアリティショーの舞台は合わず確実に空回りするのが目に見えている。しかし所属する事務所の強い意向でテレビ側にも名前を売りだす名目もあり不慣れな環境に進ませざるを得ない状況に陥ってしまった
「頼める間柄じゃないのは百も承知だ!ガキの頃に自転車で突っ込んで怪我をさせたのに、後輩の為に一肌脱いでくれなんて言えた義理じゃないけど頼む!」
床に額をつけて懇願する大輝にアクアは少し戸惑っていたが、あの時に愛梨に言われた言葉を思い出し馬鹿だけど心に熱いモノを持っていることを理解した
「どこまで出来るか分かりませんが善処します。流石に”恋人なれ!”は早急ですし」
「助かる!」
「その黒川あかねに関する映像や劇団内での様子って分かります?前もって情報は頭の中に入れておきたいので」
その言葉に大輝は玩具箱をひっくり返すと彼女が登壇した舞台のDVDを再生し、軽食を持ってきた愛梨の解説を聞きながら性格や趣向に関する情報を頭の中に詰め込んだ
「どうしたのルビー?」
「ミヤコさん…お兄ちゃんたちを仲直りさせるのって無理なのかな?今日だって途中までは上手くいったのに、姫川さんに邪魔されて」
アクアたちが消えてから10分後に現れた彼女の運転する車の後部座席に乗って打ちひしがれていた。言葉を交わさなくても母と兄が顔を合わせるだけでも1歩前進だと思っていたが、太ももを上げる前に計画は頓挫してしまった
「諦めちゃ駄目だけど難しいわ」
「ねぇ2人を番組で共演させるのって出来ない?クイズやスポーツ系のやつで」
「壱護と一緒に考えているけど中々タイミングが合わないわね」
赤信号で止まると複数のパトカーのサイレンが鳴り響き自分たちを追い越していく
「恋愛リアリティーショーでアクアの心が変わってくれるのを祈るしかないわ」
「結局は神頼みだね」
「八百万もいるから暇な神様が手を貸してくれるのを待ちましょう」
風邪を引いてますが明日も朝6時から仕事です
今週は競馬で忙しくなるのでちょっと更新頻度は落ちるかも
感想ありがとうございます
誤字訂正もありがとうございます