「真面目か」
浴槽に浸かりながら腹違いの兄(当人知らず)から頼まれたことを脳内で反芻していた。大輝の言葉だけでは情報が不足していると思い、作家や役者の知り合いに黒川あかねのことを尋ねたら半で押したように同じ答えが返ってきた。言ってしまえば『真面目』以外の特徴が存在しない
「(俺とは真逆だな)」
別にアクアは不真面目ではない!メリハリをつけてONとOFFのスイッチを切り替えているだけで特殊コマンドを入力すると冷酷無比で敵を排除するバケモノになるだけである。しかし黒川あかねはメリハリの”メリ”が存在せず常にハリっぱなしなのだ‼
「(安請け合いをしちまったか)」
真面目な人が行きつく先は追い込まれて周囲が見えなくなることである。結果を求めようと無謀なチャレンジをして大怪我を負うことは経験と歴史が証明している。真っ裸の状態で浮遊しながら部屋をぐるぐる周回しているが、この日は一休さんのように良い閃きが浮かぶことはなかった
鷲見ゆき―――高校1年生・ファッションモデル
熊野ノブユキ―――高校2年生・ダンサー
黒川あかね―――高校2年生・女優
星野アクア―――高校1年生・役者
MEMちょ―――高校3年生?・YouTuber
鳴嶋メルト―――高校1年生・タレント
今回の収録には上記の6人が選ばれた。【今ガチ】は芸能の世界に身を置く学生たちが、放課後をコンセプトにした空間で青春を謳歌しカップル成立を目指すバラエティ番組である。教室内では演者たちが入室し自己紹介をしているがYoutuberは喉を痛めていたのでマスク姿のままだった
「あと1人だけどアクア君だっけ?」
モデルの鷲見ゆきは周囲を見渡し彼が居ないことを確認した。他の面々も遅刻の連絡を受けていないのでスタッフに確認をとろうとしたら
"ドン!ドンッ!ドン"
部屋の隅ある掃除用具入れの中から鈍い音が聞こえ全員の視線が集中する。もしかしたらアクアがこの中から登場する予定だったのが建て付けが悪く出てくることが出来ないと思い、代表としてメルトが用具扉を開けた
「んぐ〜ぼんんんぐぅ〜!」
「…えっ?なんでMEMちょが?」
目隠しにギャグボール、両手両足をビニール紐で括られ全身を巡らせるように亀甲縛りにされたYoutuberがメルトを押し倒すように登場し、マスク姿の彼女とメルトを下敷きにして胸を押しつけているMEMちょを見比べていた
「もうバレちゃった」
椅子から立ち上がった彼女は、マスクを投げ捨てルパン三世が変装を解くようにカツラを外し首の下から薄い皮膚状のものを引き剥がし全員に顔を晒す
「劇団ララライの黒川あかねです!」
その瞬間に教室内の1名だけを除いて頭と体がフリーズしてしまった。完成度の高い変装に騙されたこともあるが自分たちと一緒に入ってきた『黒川あかね』は誰なのか?恐る恐る尋ねようとすると彼女も立ち上がり同様に変装を解くと出てきたのは
「苺プロ所属の星野アクア…言っておくが女装家じゃないからな」
それは遅刻してたと思われていたアクアだった。あかね以外の面々は頭の処理が追い付かず驚愕の声で叫び、窓ガラスを振動させてしまうほど声高々に喉を枯らすのであった
「私たちを驚かせる為にMEMちょの変装をしたあかね、それに扮したアクア君という訳ね」
「疑いもせずに騙されてくれるなんて役者冥利につきるよ」
撮影用の制服に着替え終えたアクアと、ギャグボールから垂れてきたMEMちょのヨダレを顔面に受けるご褒美を貰っていたメルトが戻りネタバラシとなった
「にしても凄いな黒川と瓜二つじゃん」
「噂には聞いていたけど女装の範疇を超えてるって」
熊野ノブユキと鷲見ゆきが変装したアクアとあかねが2ショットで並んだ写真を見ているが若干の背の違いはあれど双子の姉妹のように見える。あかねに関してはスタイリストの尽力でMEMちょに似ている状態を作ったがアクアの方は完璧な変装そのものである(もちろん魔法を使ってます)
「ってか声だって」
「声真似も得意なんだよ……んんっ!!遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!」
「えっ私の声!」
変声魔法を使ってMEMちょの声でゲームの台詞を披露すると当人は目を点にしている。その様子を見てアクアはケラケラと愉快そうに笑った
「じゃあ鏑木プロデューサーの声も出来る?」
「―――また妻が娘を連れて実家に帰ってしまった。今夜もカップ麵かな」
「俺の声もやってくれ」
自己紹介からアクアの声真似大会に発展し現場の空気を掴むことが出来た。今回のことは彼の発案で番組を視聴ている人達にインパクトを残す為に役者と女優の本気を見せつける目的があった。大輝に言われた『守る』だが深く考えるのを止めて、黒川あかねの得意を引き出す舞台装置として振る舞うことにした。なお鏑木のモノマネをしたことで奥さんと別居中なのが世間に露呈してしまい収録後にこってりと絞られたのは言うまでもなかった
「アクアも凄いわね、ルビーと一緒にアクアもモデルデビューさせようかしら」
「冗談でもキツイよ…ミヤコさん」
「SNSでも結構拡散されてるな、見ろよ『#星野マリンちゃん』って」
番組を見ていた苺プロの面々はそれぞれの感想を口にしていたがアイだけは黙ったままだった
「もしお兄ちゃんが番組で恋人を作ったらどうなるの?」
「やらせじゃないことをアピールする為にSNSで発信はすると思うわ」
「アイツのことだゴールインまで考えている可能性もある。天性の女誑しだからなアイみたい未成年で妊娠させることだって―――」
”バンッ!”
拳でテーブルの上を叩きつけると乱暴に画面を消したアイは瞳の星を黒く染め上げていた。それは決して実の息子に向けてよい視線ではなかった
「アイッ!」
「あんな顔で笑わないで!見ていて嫌になる」
かつて愛し合った彼と似た顔の息子を見て思い出を穢される感覚に陥った。自分には決して笑顔を見せることは無かったのに会ったばかりの赤の他人に対して歯を見せて笑うなんて許せなかった
「お前がアクアに向き合わなかった結果だ」
「違う!アクアが私に向き合わなかったの!」
壱護の問い掛けに反論しようとするが
「子供はお前のご機嫌取りの玩具じゃない」
「そんなつもりは…」
「別にアクアのことを擁護するつもりは無い、今回のこともアイツの独断だったからな」
「じゃあ…なによ?」
社長の言おうとしていることが分からない、誰の味方で誰の敵なのか検討がつかないのだ
「アクアはお前を見て育ってしまった!」
「別に変なことじゃないでしょ!子供は親の背中を見て成長するって宮崎で」
「アイ……お前は何を見せてきた?」
サングラスを外し彼女のことを見つめる目は険しいものだった。ミヤコやルビーも口を挟まずに見守っている
「それは…えっと」
「なぜ即答出来ない?背中を見せたんだろ?お前は向き合ったんだろ?母親としてアクアと」
壱護もアクアが疎外されているところを見てきた。当時小学生だった彼に「寂しくないのか?」と尋ねたことがあり返ってきたのは
「俺みたいな
それはランドセル背負って学校に通う子供が口する言葉ではなかった。自身が親に愛されていないと理解し達観していた
「ガキの虐めっ子みたいに露骨なことをやっていたのは知っていた。お前がアクアに向き合わなかったからアクアもお前に向き合うことを止めてしまった。その結果が今の状況だ!見たことないよな?アイツが笑っているところなんて」
「だって…アクアが壁を作って」
「1回跳ね返されたからもう終わりか?親なら粉々になるまでぶつかってみろよ!傷つくのが怖くて簡単に諦めてしまったからアクアに見切りをつけられたんだよお前は!」
壱護は2人の全てを理解している訳ではないが、アイとアクアの保護者として視てきたうえでの感想である。それに反論する言葉を持っていなかった彼女は何も言わずに部屋から出て行ってしまった
「ありがとうアクア君」
「なんの礼だ?」
休憩時間中に屋外ベンチに座る黒川あかねは隣で腕を組むアクアに頭を下げた
「アクア君が誘ってくれたから」
「別に俺だけでも出来たけど、やるなら誰かを巻き込んで楽しまないと」
「おかげで緊張が解れた気がして、撮影前は心配で結果を残さなきゃって」
少し顔を赤らめながら当時のことを振り返る
「でも凄いね、声や姿まで完全に真似るなんて」
「褒めてもポケットからアルファートしか出てこないぞ」
ポケットに手を入れながらアイテムボックスを発動させると個包装されたチョコ菓子を鷲掴みにして彼女の手のひらに乗せる。明らかにドン引きした表情だったが全てを受け取った
「あくまでモノマネだから細かいところでボロが出る。ガワが完璧でも中身がスカスカだ」
「それでも私なんかより」
「誇れよ!」
「えっ?」
アクアはベンチから立ち上がり彼女の対面に立つ
「あかねは俺が今まで見てきた奴より上の位置にいる」
「そんなこと」
「卑下するな俺より凄い輝くモノを持ってる。それを画面の向こう側にいる視ている奴等に伝えな!」
そう言ってアクアはその場から立ち去ってしまった。残された彼女は背もたれに全体重を預け空を仰ぐと彼に言われた言葉が頭の中でリフレインする
「(自分を伝えるか…難しいな私にはこれしかないし、でも好きなモノを皆に知ってもらうことも重要だよね!確かアクア君って小さい頃にかなちゃんと共演してたし、あのDVDってまだあるよね?)」
彼女の選んだ行動が吉と出るか凶と出るか?それはまだ分からない