かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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不穏な新学期

【みのるSide】

 

廊下の空気が重かった。

 

掃除当番を終え、教室へ戻ろうとしたとき――ふいに、前方から足音が近づいてきて私の行く手を塞ぐ。

 

顔を上げると、数人の男子が壁際に立っていた。

まるで最初から待っていたかのように、廊下の幅いっぱいに広がっている。

 

逃げ道はない。

 

「なあ」

 

一人が口を開き、にやりと笑った。

 

「お前さ、調子に乗ってるよね」

 

――来た。

 

胸の奥がひやりと冷たくなる。

けれど、顔には出さない。出す必要もない。

 

「……別に」

 

思ったよりも平坦な声が、自分の口から出た。

それが気に入らなかったのか、別の男子が一歩こちらへ踏み出す。

 

「先生に褒められてさ、いい気になってんじゃねーの?」

 

「そんなつもりない…です」

 

本当にそんなつもりはない。

ただ聞かれたことに答えただけだ。

 

けれど――

 

「は? じゃあ何その態度」

 

空気がぴんと張りつめる。

 

囲まれている。

分かっているのに、足が動かない。

 

――面倒だな。

 

頭のどこかが妙に冷静だった。

 

ここで言い返せば、きっと悪化する。

黙っていても、たぶん終わらない。

 

どうするのが一番いいか。

そんなことを、どこか他人事のように考えようとして――

 

「ちょっと!」

 

鋭い声が廊下の空気を真っ二つに裂いた。

 

その場にいた全員の視線が一斉に声のした方へ向く。

そこに立っていたのは、みくるだった。

 

肩で息をしながら、それでもまっすぐこちらを睨みつけている。

 

「何してるの?」

 

男子たちは顔をしかめる。

 

「別にー。話してただけだけど?」

 

「囲んで?」

 

ぴしゃり、と言い返す声。

 

みくるはそのまま、ずかずかと歩いてきて――

私と男子たちの間に迷いなく割って入った。

 

「やめて。みのる、困ってるでしょ」

 

小さな背中だった。

 

背も、そんなに高くない。

体つきだって、特別強そうには見えない。

 

それなのに。

 

どうしてか、その背中を見た瞬間、胸の奥の冷たさが少しだけほどけた。

不思議なくらい安心感があった。

 

男子の一人が舌打ちする。

 

「……ちっ。なんだよ、ムカつくな…」

 

「行こーぜ」

 

誰かがそう言うと、張りつめていた空気がふっと緩んだ。

 

男子たちは不満そうに顔を歪めながらも、ばらばらとその場を離れていく。

足音が廊下の奥へと遠ざかり、やがて完全に消えた。

 

静けさが戻る。

 

しばらくして、みくるがくるりと振り返った。

 

「大丈夫?」

 

心配そうな顔で真正面から覗き込んでくる。

その視線に、一瞬だけ言葉が詰まった。

 

けれど――

 

「……大丈夫」

 

いつもの調子で、そう答える。

みくるは、すぐには動かなかった。

 

廊下に残る静けさの中でじっと私の顔を見つめている。

その視線が、少しくすぐったくて。

 

……なんだか、居心地が悪かった。

 

「みのるちゃん」

 

やわらかい声が、静かな廊下に落ちた。

 

「みのるちゃんって、いつも無理するよね」

 

みくるは心配そうに眉を下げている。

その表情を見た瞬間――胸の奥で、何かが小さくひび割れた。

 

「……してない」

 

反射みたいに言葉が出た。

けれど自分でも分かる。声が、少しかすれていた。

 

みくるはゆっくりと首を横に振る。

 

「してるよ」

 

その声は優しくて、でも逃げ場がなかった。

 

「さっきも全然大丈夫そうな顔してたけど……」

 

みくるが一歩近づく。

 

「本当は、全然大丈夫じゃないでしょ?」

 

――やめて。

そこまで、見ないで。

 

喉の奥がぎゅっと締めつけられる。

私は視線を逸らしながら、絞り出すように言った。

 

「……私は」

 

うまく息が吸えない。

胸が苦しい。

 

「私は、他の子と違うから……」

 

すぐ近くでみくるが息を呑む気配がした。

 

止まらない。

一度ひびが入った感情が、もう抑えきれなかった。

 

「だから……!」

 

声が震える。

 

「私のせいで、みくるちゃんがひどい目に遭うなんて……」

 

視界が、にじんだ。

 

嫌だ。

泣きたくない。

 

そう思うのに。

 

「そんなの嫌だよ……!!」

 

ぽろり、と涙が落ちた。

自分でも止め方が分からない。

 

「私が目立つから……私が変だから……!」

 

言葉が、ぐちゃぐちゃに崩れていく。

 

「みくるちゃんまで巻き込まれるの、絶対やだ……!」

 

気づけば、肩が小さく震えていた。

 

ずっと押し込めてきたものが、堰を切ったみたいに溢れていく。

みくるは、何も言わなかった。

 

ただ、泣きじゃくる私をじっと見ている。

 

否定もしない。

慰めもしない。

 

その沈黙が、怖かった。

 

だから私は、必死に言葉を重ねる。

 

「みくるちゃんは……」

 

涙で滲む視界の向こうで、彼女の輪郭が揺れている。

 

「私のこと、頭が良くて羨ましいって思ってるかもしれないけど……」

 

声が震える。

でも、止まれない。

 

「……私は、それしかないんだよ……」

 

喉の奥がひりつく。

 

ずっと思っていたこと。

誰にも言わなかったこと。

 

「それ以外は、足引っ張ったり……迷惑かけたりして……」

 

思い出す。

 

さっきの廊下。

教室の遠いざわめき。

 

「それで、みくるちゃんが巻き込まれるのなんて……!」

 

ぎゅっと拳を握る。

爪が食い込むくらい、強く。

 

「私は大丈夫だから……」

 

本当は。

大丈夫なんかじゃない。

 

それでも。

 

「私だって……役に立てるから……」

 

役に立たなきゃ。

 

頭が良いなら、それを使えばいい。

それしかないなら、それで証明するしかない。

 

私は泣きながら必死に立っていた。

 

崩れないように。

捨てられないように。

 

――いなくてもいい側に、戻らないように。

 

みくるはまだ何も言わない。

 

ただ、一歩。

 

本当にゆっくりと、こちらへ近づいてきた。

 

 

_______________

 

 

 

ぱちり、と目が開いた。

 

まだ見慣れない天井。

薄いカーテン越しに差し込む、朝のやわらかな光。

 

私は、自分のベッドの上にいた。

 

「……夢」

 

かすれた声が、静まり返った部屋に落ちる。

 

頬に、じんわりとした違和感が残っていた。

指先でそっと触れると――少し湿っている。

 

「……っ」

 

小さく息を詰める。

ゆっくりと、息を吐いた。

 

胸の奥に残っている感触はあまりにも生々しい。

 

小学生の頃の廊下。

男子に囲まれた、あの重たい空気。

そして――みくるの、あの心配そうな顔。

 

どれもやけに鮮明だった。

 

……なんで、今さら。

 

私は布団をぎゅっと握りしめる。

 

思い出したくなんて、なかったのに。

 

忘れたふりをして。

目立たないように生きてきたのに。

 

胸の奥が、じくじくと痛む。

 

天井を見上げたまま、私は小さく呟いた。

 

「……何やってるんだろう…私」

 

夢の中ですら、ちゃんと強がれないなんて。

カーテンの向こうでは、朝が静かに始まっていた。

 

――名探偵プリキュアになってからのみくるは、変わった。

 

いや、変わったというより。

遠くへ行ってしまった。

 

ずっと隣にいたはずの私を置いて、前へ、前へと進んでいく。

追いかけようと思えば、その背中ははっきり見える。

 

でも。

 

距離だけが、どうしても埋まらない。

努力すれば届く差じゃない。

どれだけ手を伸ばしても触れられない、決定的な何か。

 

それが、私の孤独に静かに拍車をかけていた。

 

……置いていかれるのって、こんなにも寂しいものなんだ。

 

少しでも役に立ちたい。

せめて、隣に立てる理由がほしい。

 

そう思っているのに――

 

今の私は、どう見ても力不足だった。

名探偵プリキュアの助手。

 

そんな立場を勝手に名乗っておきながら。

私はまだ、助手らしいことを何一つできていない。

 

……私は名探偵プリキュアに必要なのだろうか?

 

胸の奥でそんな言葉が静かに沈む。

 

その自己嫌悪を振り払うみたいに、私は小さく息を吐いた。

 

――そして。

 

今日から、新学期が始まってしまう。

胸の奥がずしりと重くなる。

 

枕元の時計に目をやる。

まだ少しだけ時間がある。

 

新学期初日。

 

重たい石を胸に抱えたまま、私はゆっくりと上半身を起こした。

 

……行かなきゃ。

 

机の横に置いてあった鞄へ手を伸ばす。

 

準備は、昨日の夜に済ませていた。

それでも、何となく中を確認してしまう。

 

教科書。

筆箱。

ハンカチ。

 

その奥に、指先が一枚の紙に触れた。

 

折りたたまれた白い紙。

少しだけくしゃりとしている。

 

――あ。

 

思い出す。

一年の修了式の日。

 

帰り際、担任に呼び止められて渡されたものだった。

 

『休みの間に目を通しておくように』

 

そう言われてそのまま鞄に入れて。

 

……結局、今まで開かなかった。

 

私は無言のままそれを広げた。

 

黒い文字がやけにくっきりと目に入る。

 

『新学期初日、あなたは通常より三十分早く登校すること。

理事長よりあなたの生活態度について話があります』

 

……ああ。

 

一気に体の力が抜けた。

紙を持つ指先が少し震える。

 

そうだった。

 

逃げられない。

 

新しいクラスになっても。

学年が上がっても。

 

全部がリセットされるわけじゃない。

去年サボっていた事実は、ちゃんと私の後ろをついてくる。

 

ベッドの端に座り込んだまま、私はしばらく動けなかった。

 

さっきまで見ていた夢の余韻が、まだ胸の奥に残っている。

そこへ重なるみたいに、現実が静かに落ちてきた。

 

理事長。

 

生活態度。

 

早朝登校。

 

「……はは」

 

乾いた息が喉からこぼれる。

 

新学期初日くらい、普通の顔で迎えられると思っていたのに。

 

無意識に、手に持っていた紙をぎゅっと握りしめる。

くしゃり、と小さな音がして紙のしわがまた一つ増えた。

 

どうせ今年も同じだ。

 

胸の奥に沈んだままの何かを抱えたまま、私はゆっくりと立ち上がった。

 

去年、授業をサボってばかりいたツケは、きっともう回ってきている。

 

どうせ――日直だの当番だの。

面倒ごとをまとめて押しつけられるに決まっている。

 

クラスが変わったところで何かが劇的に良くなるとも思えない。

 

私はそのまま部屋の扉を開け、居住スペースから事務所へと向かった。

 

まだ朝は早い。

あんなも、みくるも、きっとまだ眠っているだろう。

 

足音を立てないように歩きながら私は制服の襟を整える。

 

そして事務所の扉をそっと開いた。

 

拠点の部屋は、まだ静まり返っている。

冷蔵庫を開けるとひやりとした空気が顔に触れた。

 

中身をろくに確認もしないまま、私は一番手前にあった食パンの袋を引き抜く。

 

皿も使わない。

トースターも使わない。

 

袋を開け、そのまま一枚をかじった。

 

……味はしない。

 

口の中で、ぼそぼそとした感触だけが広がる。

それでも無理やり飲み込んで、私は鞄を肩にかけた。

 

玄関のドアノブに手をかける。

 

――そのとき。

 

「お、早いな」

 

軽い声が背後から飛んできた。

振り向くと、廊下の向こうにジェットが立っていた。

 

寝起きなのか、髪はまだボサボサのまま。

少し眠そうな目でこちらを見ている。

 

「みのる、もう出るのか?」

 

一瞬だけ、言葉を選ぶ。

 

胸の奥の重さはそのまま。

でも――表情だけは、いつもの調子に戻す。

 

「……うん」

 

短く答える。

 

それから、少しだけ視線を逸らして続けた。

 

「しばらく、先に事務所を出ることになると思うから」

 

自分でも驚くくらい平坦な声だった。

 

「みくるたちに、伝えといて」

 

ジェットが、わずかに眉を上げる。

 

「……? 珍しいな。みくるの親友だろ?」

 

その一言に、胸がちくりと痛んだ。

 

けれど、顔には出さない。

出せない。

 

私はまだ残っていた食パンの袋を冷蔵庫に戻し、事務所の玄関へ向かう。

扉を開くと、朝の空気が細い隙間から流れ込んできた。

 

「じゃ、行ってくる」

 

それだけ言って。

私はジェットの返事をちゃんと聞かないまま静かに事務所を出た。

 

ドアが閉まる音がやけに小さく響く。

どうせ日直だから、早めに出ないと怒られる。

 

4月とはいえ、朝の空気はまだ冷たい。

私はその中へ一人で歩き出した。

 

本当なら。

みくると並んで学校へ向かえるはずだった。

 

いつもみたいに他愛ない話をしながら。

 

でも最近は――

 

みくるとまともに話すことすらできていない。

そのことが胸の奥で静かに引っかかっていた。

 

言葉にするほどじゃない。

でも、確かにそこにある感情。

 

……少しだけ。

 

寂しかった。

冷たい朝の道を歩きながら、私は小さく息を吐いた。

 

 

_______________

 

 

 

【あんな Side】

 

朝の光は差しているのに、空には雲が多かった。

やわらかい日差しが窓から入ってくるけれど、どこか少しだけ薄暗い。

 

そんな朝のキュアット探偵事務所は――いつもと少し様子が違っていた。

 

「本当に平気?」

 

私は心配になって目の前のみくるに声をかけた。

 

いつもの私服ではなく、今日は学校の制服。

きちんと整えられた襟元に、肩にかけた鞄。両手でそれを抱えるように持つ姿は、まるでお嬢様みたいな雰囲気を漂わせている。

 

そう。

みくるは今日から、新学期で学校が始まる。

 

みのるも同じ学校に通っているけれど、理事長に呼び出されてるから早く出るとジェット先輩から聞き、もう事務所を出てしまったという。

 

だから今、この拠点部屋にいるのは――

 

みくると、私の二人だけ。

 

「大丈夫!ジェット先輩がいるし!」

 

みくるはにこっと笑って、元気よくそう言った。

 

ちなみに私は未来から来た人間だから、この時代の学校には通えない。

だから同じくらいの年齢の私が学校へ行くみくるを見送るという状況は――

 

なんだか少し、不思議で新鮮だった。

 

みくるとみのる。

二人が学校に行くことで事務所を離れる時間が増える。

 

そのせいか、部屋の中はどこか静かで。

まるで、私たちが初めてここに来たときと同じような――

 

少しだけ寂しい空気が漂っている気がした。

 

「でも…ずっと研究室にこもってるし…」

 

みくるがぽつりと呟く。

 

ジェット先輩は普段、地下の研究室でいろいろな道具を発明したり、研究したりしている。

だから基本的に邪魔をしてはいけない。

 

つまり――

 

みくるが学校へ行くと、私はほとんど一人で留守番しているような状況になる。

 

そのとき。

 

――ガラガラッ!

 

「う、うわああっ!?」

 

地下の研究室の方から、何かが崩れるような大きな音と、ジェット先輩の悲鳴が聞こえてきた。

 

「………」

 

……気にしないようにしよう。

きっと、いつものことだ。

 

「それにポチタンもいるし!」

 

気を取り直して、私はそう言った。

 

「ポチ~!!」

 

元気な声が返ってくる。

 

テラスのテーブルの上では、ポチタンが筆記用具を一つずつ吸い込んでいた。

 

ペン。

消しゴム。

クリップ。

 

まるでブラックホールみたいに、それらをぽんぽんと体の中に収納している。

どういう仕組みなのかは、正直よく分からないけど。

 

「昨日からああだけど…」

 

みくるが少し苦笑しながら言う。

 

「いろいろ入れるのが楽しいみたい。マコトジュエルで成長してるってことだよ!」

 

私は元気よく説明した。

 

マコトジュエルの力で、ポチタンは少しずつ力を取り戻している。

だから、できることも増えてきているというわけだ。

 

「ほら、急がないと学校遅刻しちゃうよ!」

 

時計を見て、私は慌てて言った。

 

「あ、ほんとだ!」

 

みくるもびっくりしたように声を上げる。

 

「何かあったらボイスメモで連絡して!」

 

「わかった!」

 

ジェット先輩が発明したプリキットがあるから、連絡はいつでも取れる。

 

……まあ、授業中はさすがに難しいかもしれないけど。

 

みくるは玄関へ向かいながら振り返った。

 

「いってきまーす!」

 

「いってらっしゃーい!」

 

「ポチー!」

 

私とポチタンは一緒に手を振る。

みくるは笑顔のまま拠点部屋から出ていった。

 

――パタン。

 

扉が閉まる音。

 

その瞬間。

 

部屋の中に、静けさが広がった。

 

私はポチタンと顔を見合わせる。

二人で、なんとなく微笑む。

 

そして。

 

「……………静かだね」

 

ぽつりと呟いた。

さっきまで浮かんでいた笑顔が、すぐに真顔に変わる。

 

あまりにも、静かすぎたから。

 

最初にこの事務所に来たときも、似たような静けさがあった。

でも、あのときはみくるが側にいた。

 

今回は――

 

完全に一人だ。

 

……いや。

 

ポチタンがいるから一人じゃないのかもしれないけど。

 

それでも。

やっぱり、この部屋が静かなことには変わりなかった。

 

 

_______________

 

 

 

【るるか Side】

 

重く沈んだ空気が劇場の奥深くまで満ちていた。

 

薄暗い舞台の中央。

そこに立っているのは――ニジー。

 

そして、その舞台を見下ろすように座しているのはウソノワール様だった。

 

仮面の奥にある瞳が、ぎらりと鋭く光る。

 

その視線を真正面から受けながら、ニジーは一歩も動かず立ち尽くしていた。

今この瞬間、彼は――ウソノワールからの叱責を受けている最中だった。

 

「マコトジュエルを……なぜ取りに行かぬのだ?」

 

低く、冷たい声が劇場に響く。

 

静まり返った空間の中で、その言葉はまるで重たい鎖のように空気を縛りつけていた。

 

「はい!」

 

ニジーはすぐに声を張り上げた。

 

「未来自由の書に出たマコトジュエル。手に入れるため念入りに調べ、策を練っております!」

 

強気な言葉だった。

その言葉を聞いた瞬間、私は少しだけ目を見開く。

 

……意外だった。

 

ニジーの表情には、いつもの軽さはない。

けれど――嘘も見えなかった。

 

本気で。

本当に、マコトジュエルを奪うつもりでいる。

 

名探偵プリキュアを退けてでも、必ず手に入れる。

そんな確信のようなものが彼の顔にははっきり浮かんでいた。

 

しかし――

 

「度重なる失敗……」

 

ウソノワールの声が、静かに落ちる。

その言葉だけで、劇場の空気はさらに重く沈んだ。

 

「ニジーよ……手に入れなければ……」

 

――次はない。

 

その言葉は、はっきりと口にされなくても理解できた。

 

仮面の奥から溢れ出す怒りが、劇場の隅々まで伝わってくる。

 

ニジーの二度の失敗。

アゲセーヌの失敗。

ゴウエモンの失敗。

 

何度も何度も、マコトジュエルはプリキュアに取り返された。

 

そのたびに、計画は崩れ。

そのたびに、怒りは積み重なっていった。

 

そして今――

 

ウソノワールの我慢は、限界に達していた。

 

「………」

 

劇場に沈黙が落ちる。

 

それはただの静けさではない。

まるで、見えない刃が首元に突きつけられているような緊張だった。

 

早くも告げられた、ニジーへの戦力外警告。

 

もし今回も失敗すれば――

 

ニジーがこの舞台に立つことは、もう二度とない。

 

それでも。

ニジーは視線を逸らさなかった。

 

むしろ、ゆっくりと拳を握りしめる。

 

その顔に浮かぶのは、覚悟。

 

名探偵プリキュアを確実に潰すため。

マコトジュエルを、必ず手に入れるため。

 

「………ライライサー!」

 

低く、しかし力強く。

ニジーはそう答えた。

 

その表情にはもう余裕はない。

軽口も、笑みも、どこにもない。

 

ただ――決意だけがあった。

 

ついに腹をくくったのだ。

 

劇場の中に漂う物々しい空気は、しばらく消えることがなかった。

私はその光景を見つめながら、静かに息を飲む。

 

――この戦いは、きっと。

 

これまでよりも、ずっと激しくなる。

 

 

_______________

 

 

 

【みのる Side】

 

理事長室は、朝の光に静かに照らされていた。

 

窓から差し込む柔らかな光の中で、理事長は机の向こうに座り、数枚の書類を指先で丁寧に整えている。紙の端がかすかに擦れる音だけが部屋に響いていた。

 

その一番上にある書類。

 

――きっと、私の出席記録だ。

 

「新学期早々、こうして呼び出すことになるのは残念です」

 

穏やかな声だった。けれど、その奥には冷たいものがある。

 

私は何も言わず、机の前に立ったまま黙っていた。

 

「あなたは授業を頻繁に欠席している。遅刻も多い。生活態度も、決して良いとは言えません」

 

淡々と告げられる事実。

 

……知ってる。

 

全部、知ってる。

 

でも言い訳する気力はなかった。口を開く意味も、あまり感じない。

 

「能力があるのに、それを正しい形で使おうとしないのは問題です」

 

――能力。

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざらりとした。

 

理事長は書類の束から一枚の紙を持ち上げる。

 

「罰則として、しばらくの間。毎朝、通常より30分早く登校し、校内清掃を担当してもらいます」

 

やっぱり。

私は小さくまばたきをしただけだった。

 

驚きはない。予想通り。

ただ、少しだけ面倒だな、と思うくらい。

 

「返事は?」

 

静かな圧がかかる。

 

私は小さく息を吐いた。

 

「……別にいいじゃないですか」

 

口から出た声は、自分でも分かるくらい拗ねた響きだった。

 

小さい子どもみたいだ。

 

理事長の眉が、ほんのわずかに動く。

 

「テストは毎回、90点以上取ってますし……」

 

視線を逸らしたまま、ぽつりと付け足した。

 

努力しているわけじゃない。

なのに、取れてしまう点数。

 

誇らしくもない。

嬉しくもない。

 

でも――それは、私が持っている唯一の“役に立つもの”だった。

 

「成績が良ければ、何をしてもいいと?」

 

理事長の声が、わずかに低くなる。

 

私は首を振ることもできず、ただ床の模様を見つめていた。

 

「そういうわけじゃ……」

 

言葉が途中で止まる。

 

続かない。

分かっている。

 

これは正論なんかじゃない。

ただの、防御だ。

 

理事長は書類に視線を落としたまま、小さく息をついた。

 

「……本来なら、罰則どころの話ではないんだけど」

 

その声には、はっきりと困惑が混じっていた。

 

「もし成績が悪かったら、もっと厳しい指導を考えていたわ」

 

ぱらり、と紙がめくられる音がする。

 

「それにしても……」

 

ふと、理事長の視線が上がった。

 

初めて、真正面から目が合う。

 

「どうして、そんなに成績が良いのかしら……?」

 

それは問いというより、独り言に近かった。

 

責める響きではない。

ただ純粋に、理解が追いついていないような顔。

 

その疑問を聞き、胸の奥が一度だけ強く脈打った。

 

どうしてそんなに成績が良いのか。

 

――それを聞きたいのは、私の方だ。

 

本当は、分からない。

こんな生活をしているのだから、本来なら成績が落ちるはずだ。

 

授業にもろくに出ていない。

ノートだって取っていない。

 

それなのに。

 

教科書をほんの少し眺めただけで。

 

試験の前日に、ほんの少しだけ一夜漬けをしただけで。

 

答えが――頭の中で勝手に組み上がっていく。

 

まるで最初から知っていたみたいに。

 

理解しようとしなくても。

考えようとしなくても。

 

脳が先に理解してしまう。

どうしてなのかなんて、私だって知らない。

 

……気持ち悪い。

 

紙に書かれた数式。

歴史の年号。

英単語。

 

どれも見た瞬間に分かる。解ける。思い出せる。

 

――いや、違う。

 

「覚える」という感覚が、ない。

ただ思い出すだけ。

 

まるでそれは、自分の知識というより……どこかにある“誰かの記憶”を指でなぞっているみたいで。

胸の奥が、じわりと気持ち悪くなる。

 

けれど、そんなことを口に出せるはずもない。

もし言えば、きっと変な目で見られる。理解されないどころか、もっと面倒なことになる。

 

だから私は、いつものように淡々と答えた。

 

「……普通にやってるだけです」

 

感情を消した、平坦な声。

理事長はしばらくのあいだ、黙って私を見つめていた。

 

その視線は探るようでもあり、測るようでもあり……どこか重かった。

やがて、理事長は小さく息をついた。

 

「……あなたは、自分の価値を履き違えないように」

 

静かな声だった。

けれど、その言葉はやけに重く、胸の奥に落ちてきた。

 

価値。

 

私は机の下で、そっと拳を握る。

 

頭が良いことしか、取り柄がないのに。

もし、それすら否定されたら――

 

私は、何でいればいいんだろう。

 

考えかけて、すぐに思考を止めた。

 

「清掃は明日からです。忘れないように」

 

理事長が事務的に言う。

 

「……はい」

 

口から出た返事は素直だった。

けれど、その声はどこか空っぽで、部屋の中に虚しく響いた気がした。

 

理事長室のドアを閉めても、胸の奥のざらつきは消えない。

 

廊下を歩きながら、ふと窓の外を見る。

校庭が広がっている。

 

さっきまで差していたはずの太陽の光は、いつの間にか雲の中に隠れていた。

 

空は、どこか鈍く暗い。

 

……教室。

 

その単語を頭に思い浮かべただけで、喉の奥がひりついた。

 

私は教室という空間が嫌いだ。

 

机が整然と並んでいて。

みんな同じ制服を着ていて。

同じ方向を向いている。

 

一見すると、きれいに揃った場所。

 

でも、その中には見えない線がびっしり引かれている。

 

誰が中心で、

 

誰が端で、

 

そして――

 

誰が、“いなくてもいい側”なのか。

 

小学生の頃の記憶が、ふいに蘇る。

 

胸がきゅっと縮んだ。

 

……また、ああなる。

 

教室にいれば、きっと誰かが言う。

 

『アンタさ、なんで勉強もしてないのにあんなに点数取ってるの?』

 

笑っている声。

でも、その目は笑っていない。

 

『本当にウザいんだけど』

 

その言葉が、頭の中でやけに鮮明に再生される。

 

実際に言われたわけじゃない。

 

でも――言われるに決まってる。

 

授業に出ないくせに、点だけ取るやつ。

努力している人間から見れば、一番気に入らない存在だ。

 

……分かってる。

 

私だって、逆の立場なら嫌かもしれない。

 

だから目立たないようにしているのに。

静かにしているのに。

 

なのに――

 

テストの順位は、勝手に張り出される。

 

名前は、勝手に上に並ぶ。

隠れようとしても、数字が私を引きずり出す。

 

逃げ場なんて、どこにもない。

廊下に立ち止まり、私は小さく息を吐いた。

 

本当に嫌になる……。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

どれほどの時間が過ぎただろうか。

 

気づけば、窓の外の太陽はもう西へと傾き始めていた。校庭の影も長く伸び、そろそろ学校の下校時間が近づいてくる頃だ。

 

今日は一日、依頼も来なかった。

 

拠点の部屋には誰もいない。

静まり返った空間の中で私はテラスの椅子に座り、ぼんやりと地球儀を回していた。

 

くるり、くるり。

 

指先で軽く弾くだけで、青い海と大陸がゆっくりと回っていく。

 

事務所の中を見回しても、娯楽らしいものはほとんどない。

暇つぶしになりそうな物といえば、この地球儀くらいだ。

 

「みくるとみのる、大丈夫かなぁ……」

 

ぽつりと呟く。

 

「今日から中学二年生でしょ? 新しいクラスで緊張してないかな?」

 

みのるは朝早くから学校へ行っていて、なんだか忙しそうだった。

みくるもクラス替えがあるって昨日言っていたし、ちゃんと馴染めているのか少し心配になる。

 

また、地球儀に指を触れて回す。

 

くるり。

くるり。

 

同じ動作の繰り返し。

 

そんなときだった。

 

「ポチぃ……ポチ!」

 

「ん?」

 

視線を向けるとポチタンが地球儀をじっと見つめていた。

その丸い目が、なぜかキラキラと輝いている。

 

「ポチ! ポチ!!」

 

次の瞬間。

 

ふわっ、と地球儀が宙に浮いた。

 

「えっ?」

 

驚いて声を上げる間もなく、ポチタンはその地球儀を自分の身体に吸い込むように取り込んでしまった。

 

「ポチ!」

 

「え!? ちょっと!?」

 

でも――

 

どう見ても、その大きさはポチタンの許容量を超えている。

 

「ポチぃぃぃぃ……!!」

 

ガラガラッと大きな音が響いた。

 

ポチタンがさっきまで吸収していた物が、まとめて外に吐き出されたのだ。

 

テーブルの上に文房具がばらばらと散らばる。

ペンや消しゴムが転がり、さっきの地球儀も床の上でぐらりと揺れた。

 

私は思わず苦笑する。

 

「ほら……無理して入れるから……」

 

「ポ……チぃぃ……」

 

しょんぼりした様子のポチタンをそっと抱き寄せる。

 

あまり無理をさせないように、優しく撫でる――

 

すると、周囲が少し暗くなったことに気づく。

テラスから差し込んでいた太陽の光が、急に弱まっていた。

 

窓の外を見る。

 

太陽は分厚い雲に覆われていて、空はどんよりとした灰色に変わっていた。

部屋の中も、さっきよりずっと暗い。

 

まるで――

 

これから何か、不穏なことが起こる前触れみたいな空。

 

さっきまであんなに晴れていたのに。

 

「……なんか雨、降りそうだね」

 

私はポチタンに話しかける。

 

「みくるとみのるに、傘持ってってあげようか」

 

「ポチ!」

 

元気よく頷くポチタン。

 

そういえば、今日は朝から晴れていた。

きっと2人とも傘は持って行っていないはずだ。

 

傘の置いてある場所を確認すると――案の定、2人の傘は置いたままだった。

 

私はそれを手に取る。

 

「よし、行こっか」

 

部屋を出ようとした、そのとき。

 

バンッ!

 

勢いよくドアが開いた。

 

「できた!! 古い本にあった、伝説のプリキット!」

 

研究室にこもっていたジェット先輩が、ものすごく嬉しそうな顔で飛び込んできた。

 

その手には、小さなルーペのようなアクセサリーが二つ握られている。

 

「伝説!?」

 

思わず声が大きくなる。

ジェット先輩は得意げにうなずいた。

 

「うん。詳しいことはまだ分からないけど、名探偵プリキュアの危機を救ってくれるらしい」

 

「すごい!!」

 

胸が一気にワクワクしてくる。

 

プリキュアの危機を救う新しいプリキット。

でもジェット先輩自身も、詳しい効果までは分かっていないらしい。

 

「どんな力があるかは……まあ、使ってみてのお楽しみだな」

 

そう言って笑う。

 

「ん? 出かけるのか?」

 

ジェット先輩は、私が持っている傘に気づいた。

 

「うん。みくるとみのるに傘を持って行くの!」

 

するとジェット先輩は少し考えてから、手に持っていたプリキットの一つを差し出した。

 

「じゃあ、みくるにも渡してくれ」

 

「わかった、ありがとう!」

 

私はそのプリキットを受け取る。

 

手に取った瞬間、はっきりと分かった。

 

――これは、ただのアクセサリーじゃない。

 

しっかりとした重み。

そして、触れた瞬間に感じる不思議な力。

 

「……お揃いだね!」

 

私は思わず笑顔になる。

 

これを、みくると一緒に使うところを想像する。

 

きっと、すごいことが起こるんだろうな。

名探偵プリキュアになって、まだそんなに時間は経っていない。

 

それでも――

 

私とみくるの間には、もう確かにある。

名探偵プリキュアとしての友情が。

 

そんな気がしていた。

 

 

_______________

 

 

 

「さすがに名探偵みくるでも天気までは読めないよね~」

 

「ポチ!」

 

腰に下げたポチタンが元気よく鳴く。

 

空にはいつの間にかさらに厚い雲が広がっていた。

さっきまで明るかった空はすっかり灰色に変わり、今にも雨が降り出しそうな雰囲気。

 

事務所を出てからしばらく歩く。

 

風も少し冷たくなってきていて、雨の匂いがうっすらと混じっている気がする。

 

――しかし。

 

「あ!」

 

私は思わず足を止めた。

 

「みくるの分しか持ってきてない……」

 

手に持っている傘を見つめながら、呆然と呟く。

 

「ポチ………」

 

ポチタンもなんとも言えない顔でこちらを見上げていた。

 

そう。

 

私は今、とんでもないミスに気づいてしまった。

 

みのるの分どころか――

自分の傘まで持ってくるのを忘れていた。

完全にやらかした。

 

腰にぶら下がっているポチタンの、微妙に困ったような表情が地味に心に刺さる。

 

「うぅ……」

 

思わずうなだれそうになるけれど、すぐに顔を上げた。

 

「雨が降る前に届けて、みのるのもすぐ取りに行こう!」

 

そうだ。

今は落ち込んでいる場合じゃない。

 

ごめんね、みのる。

もう少しだけ待ってて!

 

心の中でそう謝りながら、私は学校へ向かって走り出した。

 

空はどんどん暗くなっていく。

いつ雨が降り出してもおかしくない。

 

のんびりしている時間はない。

 

しばらく走ると、やがて大きな門が見えてきた。

 

「……ここだ!」

 

私は立ち止まり、門の向こうを見上げる。

 

「みくるとみのるの学校!」

 

校門のには大きな校名が掲げられている。

 

まことみらい学園。

 

間違いない。

みくるとみのるが通っている学校だ。

 

かなり広そうで校舎がいくつも並んでいる。まるで小さな町みたいだ。

 

「うーん……」

 

私は校門の前で立ち止まる。

さすがに、勝手に中へ入るわけにもいかない。

 

どうやって敷地に入ろうかと考えていると――

 

「あ!」

 

思わず声が出た。

 

渡り廊下の向こう側。

そこに、よく知っている姿が見えた。

 

「みくるだ!」

 

みくるが一人、廊下の窓のそばに立っている。

 

ぼんやりと空を見上げていた。

 

その表情は、少し困っているようにも見える。

 

……きっと。

 

傘を忘れたことを気にしているんだ。

 

「みく……」

 

声をかけようとした瞬間だった。

 

「みーくるっ!」

 

「ちょっと、りえ~!」

 

弾んだ声が渡り廊下に響く。

振り向くより早く、1人の生徒がみくるに飛びついた。

 

どうやら、みくるのクラスメイトらしい。

 

「また同じクラスになれるなんて!嬉しいよ~」

 

「もう、急に抱きつかないでよ!」

 

三人はすぐに笑い合い、楽しそうに言葉を交わし始めた。

 

……楽しそう。

 

なのに、なぜだろう。

胸の奥がモヤっと曇る。

 

「なんか降りそうだね」

 

空を見上げながら、誰かが言う。

 

「傘忘れちゃった……」

 

みくるが少し困った顔で答える。

 

やっぱり。

 

私の予想通りだった。

だから、傘を届けに来たのに。

 

早く声をかけないと――

 

「私持ってるから一緒に帰ろう!」

 

クラスメイトの一人が、明るく言った。

 

「ありがとう!」

 

「もーう、忘れちゃダメだよみくる!」

 

「降ると思わなかったんだもん!」

 

三人の笑い声が、廊下に広がる。

 

誰かが笑って、

その笑いにつられて、また誰かが笑う。

 

みくるは、その中心にいた。

 

まるで太陽みたいに、自然に。

 

……楽しそう。

 

胸の奥が、ふわっと温かくなる。

 

良かった。

みくるが笑っている。

 

それは、きっと良いことだ。

 

それなのに。

どうしてだろう。

 

胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

視線を逸らそうとしても、逸らせない。

 

みくるはクラスメイトの肩を軽く叩きながら、話に頷いている。

 

あんなふうに、誰とでも自然に笑えるんだ。

 

私は――

 

校門の外に立ったまま。

ここから、一歩も入れない。

 

入れないわけじゃない。

 

でも。

 

入る資格が、ない。

 

私は、この時代の人間じゃない。

未来から来た、異物。

 

この世界で頼れるのは――みくるだけ。

ジェット先輩やみのるもいるけど、私の隣に立っていたのはみくるだった。

 

でも。

 

みくるには、他にもたくさんいる。

友達も、クラスメイトも、先生も。

 

私だけじゃない。

当然のこと。

当たり前のこと。

 

……分かっている。

 

分かっているのに。

 

どうして、こんなに胸がざわざわするんだろう。

 

みくるが誰かと笑うたびに、

自分の足元が、少しずつ空洞になっていくみたいだ。

 

……変だな。

 

私は、みくるの味方でいればいい。

それだけでいいはずなのに。

 

渡り廊下に、また笑い声が響く。

その輪の中に、私はいない。

 

校門の外で、ただ見ているだけ。

 

春の風が、やけに冷たく感じた。

 

(帰ろう)

 

小さく心の中で呟く。

 

私はそっと踵を返し、来た道を戻ろうとした。

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