かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みくるSide】
「あの!!」
思わず声が出た。
「……?」
振り向いたのは、さっき私たちの後ろを通り過ぎていこうとしていたショートヘアの生徒だった。
私はもともと、あんなとみのると話している途中だった。だけど、なぜだろう。ほんの一瞬視界に入ったその子が妙に気になってしまって――つい呼び止めてしまったのだ。
「幽霊……なわけないよね?」
「え?」
自分でも変なことを聞いてしまったと思った。慌てて首を振る。
「あ、いえ……あの、この辺で何か変わったものとか見てませんか?」
近くで見ると、その生徒はちゃんと地面に立っているし、影もある。触れれば普通に触れられそうだ。少なくとも幽霊というわけではなさそうで、私は内心ほっとする。
一応、念のために聞き取りをしてみたけれど――
「さあ、特には……」
あっさりとした答えが返ってきた。
やっぱり空振りか。
私は小さく肩を落とした。
そのときだった。
どこからか、一羽のツバメが飛んできた。
黒い影が低く空をかすめ、生徒の周りをくるりと旋回する。そしてそのまま、またどこかへ飛び去っていった。
ショートヘアの生徒は、その様子をぼんやりとした顔で見送っている。
「降りそうですね」
「ん?」
「よく言いませんか? ツバメが低く飛ぶと雨が降るって」
昔からある言い伝えだ。
でもそれは、ただの迷信というわけでもない。
雨が降る前は湿度が上がる。すると、ツバメの餌になる昆虫の羽が湿気で重くなって高く飛べなくなる。だからツバメは餌を捕まえるため、自然と低いところを飛ぶようになる――。
そんな話を、前にみのるから聞いたことがあった。
ツバメが低く飛ぶと雨が降る。
その言葉自体は、昔からの言い伝えとして知っていたけれど……科学的な理由まであるなんて、みのるに教えてもらうまで知らなかった。
「……その手があったか……」
「ん?」
今、目の前の生徒が何か言った気がした。
でも、小さすぎてうまく聞き取れない。
「ううん。おかげで助かったわ!」
「え、ああ……」
なぜかお礼を言われた。
私はぽかんとしたまま、生徒を見送ることしかできなかった。ショートヘアの背中はそのまま歩き去り、見えなくなる。
幽霊ではなかった。
それなのに――どこか、不思議な雰囲気の子だった。
どうして私は、あの生徒があんなに気になったんだろう。
胸の奥に残る小さな引っかかりを抱えたまま、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。答えはいくら考えても出てこなかった。
_______________
【みのるSide】
「ポチいいぃぃぃぃぃ!!」
「うええええ!?」
「いつにも増して勢いがすごい……!!」
ポチタンは私たちをぐいっと引っ張り出す。
マコトジュエルの危機を察知したからだ。
その力は、やはりただの妖精とは思えない。
少しでも気を抜いたらそのまま地面を引きずり回される。
私は必死に足を動かしながら、冷や汗を流していた。
(ちょ、ちょっと待って……!)
さすがにそれはまずい。
膝を怪我したばかりなのだ。
ここで引きずられでもしたら、確実に悪化する。
「みくる!!」
「あっ……」
進行方向の先に、ちょうどみくるの姿を見つけた。
けれど――
「………い゙!?」
猛スピードで突っ込んでくる私たちを見て、みくるは完全にドン引きしている。
無理もない。私でも同じ反応をする。
だが、残念ながらそんな余裕はない。
「あんな!」
「わかってる!」
あんなは走りながら叫んだ。
「みくる!マコトジュエルが危ない!」
「え?うわああぁ!?」
すれ違う瞬間、私はみくるの手を掴んだ。
そのまま引っ張り込む。
結果、みくるも巻き込まれる形でポチタンに引っ張られながら全員が同じ方向へ走り出すことになった。
「ちょ、ちょっとぉぉぉ!?」
後ろでみくるの悲鳴が響く。
(ごめん……!)
心の中で謝りながら、私は必死に走り続ける。
ただでさえ膝の傷がまだ完全に治っていない。
これ以上無理をしたら本当に悪化するんじゃないかと、内心ヒヤヒヤだった。
それでも――止まるわけにはいかない。
マコトジュエルが狙われているのなら、急がないと。
「……あ!」
しばらくして、ポチタンがようやく足を止めた。
たどり着いたのは、二羽のツバメの銅像がある広場だった。
そして――
銅像の真上に、一人の生徒が立っている。
「あの人……!」
「あんな?」
あんなが鋭く目を見開く。
「恵子さん……!いや、怪盗団ファントム!!」
「え!?」
みくるが驚きの声を上げる。
銅像の上に立っているその生徒は、真理子さんの依頼で私たちが探していた人物――
恵子さんの姿だった。
赤毛のショートヘア。
写真で見た特徴と一致している。
間違いない。見た目だけなら、確かに恵子さんだ。
けれど――
(違う)
本物の恵子さんは、今日本にいない。
ロンドンに留学中のはずだ。
つまり、今目の前にいるのは――
「私が探してた人!でもこの人は恵子さんじゃない!怪盗団ファントムだよ!」
みくるが叫ぶ。
「本物の恵子さんは移動してない。だからほぼ確信……!」
「ど、どういうこと!?」
私たちの言葉を聞いた“恵子さん”は、ゆっくりと口元を歪めた。
不敵な笑み。
明らかに普通の生徒の表情ではない。
みくるが首をかしげる。
「何で、怪盗団ファントムってわかったの?」
その質問に、あんなが答えた。
「探してた人はロンドンに留学中。朝、お姉さんの真理子さんが電話しても出なくて……」
あんなは私をちらりと見る。
「その理由をみのるが考えたんだ。答えは時差」
「時差……!」
「それで聞き取り調査したら、クラスメイトが言ってたんだよ。昨日の夜にロンドンから恵子さんのメールが届いたって」
あんなの声が低くなる。
「でも、それっておかしいよね」
「……」
広場に、一瞬沈黙が落ちた。
みくるがこちらを見ている気配がする。
でも私は視線を動かさない。
目の前の“恵子さん”から、目を離さない。
すると――
「またもやボクの変装を見破るとは……流石だね」
声の雰囲気が、さっきまでとまるで違った。
次の瞬間。
“恵子さん”は着ていた服を、ばさりと投げ捨てた。
そして現れたのは――
「あ!」
「「ニジー!!」」
怪盗団ファントムの一員、ニジーだった。
ニジーは銅像の上に立ったまま、楽しそうに笑っている。
その表情は、あまりにも自信満々だった。
今回は、何を仕掛けてくるつもりなのか。
その余裕の笑みを見ただけでわかる。
絶対に――
何か企んでいる。
「ねえ、あんな。さっき……みのるはすぐに答えがわかったって言ってたよね?」
広場に張りつめた空気の中で、みくるがぽつりとそんなことを言った。
「……うん?言ってたよ?ね、みのる」
「あ、うん……そうだけど」
私は頷きながらも首をかしげる。
目の前には怪盗団ファントムのニジーがいるというのに、どうして今そんな話を――。
「どうして……」
「……?」
みくるの声の調子が、少しずつ変わっていく。
次の瞬間だった。
「答えがわかったならどうして早くあんなに教えてあげなかったのよおおお!!!!」
「えぇぇ!?」
突然みくるが私に向かって大声で怒鳴りつけてきた。
あまりの勢いに思わず声が裏返る。
「私が一人で突っ走ったらあんなを置いていくことになるでしょおおおおお!!!!」
私だって負けじと怒鳴り返す。
あんなに気をつかっただけなのに、いきなりこんな理不尽な怒られ方をするなんて納得いかない。
しかし、みくるは一歩も引かなかった。
「そんな気づかいしなくてもいいんだよ!!ファントムが相手なら、いちいちそんな時間かけてられないでしょ!!!」
「だからって私が一方的に答えを言ったら、あんなのためにならないよ!!!」
声がさらに大きくなる。
「だいたいみくるもさっき、人が話してる途中で勝手にどっか行っちゃったでしょ!?ちゃんと説明するつもりだったのに!!!」
「仕方ないでしょ!?私も事件を追ってたんだから!!!」
「「むむむむむ……!!!」」
互いににらみ合い、火花が散る。
「ふ、二人とも落ち着いて……」
「ポ、ポチ……」
あんなとポチタンが慌てて止めに入ろうとするが、私たちは耳に入っていない。
広場のど真ん中で、堂々と大声で言い争う私とみくる。
「ゴホン……ボクを除け者でヒートアップしないでいただきたい……」
その咳払いで、ようやく我に返る。
銅像の上に立つニジーが、呆れたような顔でこちらを見下ろしていた。
せっかく登場したのに完全に無視され、さすがに居心地が悪くなったらしい。
その空気を切り替えるように、あんなが口を開く。
「なんで恵子さんに変装したの!?」
ニジーは余裕の笑みを浮かべた。
「留学した生徒を利用したのさ。彼女は海の向こうにいるからね」
くるりと指を回しながら続ける。
「思いがけず会うことなんて絶対にないだろ?おかげで昼夜問わず、好きなだけ調べられたよ」
「一体、何を調べてたの?」
みくるが問いかける。
確かに、海の向こう――いや、大陸を挟んだ向こう側だ。
恵子さんが急用で日本に帰国でもしない限り、本人と鉢合わせすることはまずない。
それでも、一日中何を調べていたのかは気になる。
ニジーはにやりと笑った。
「この像をどう運ぶかさ……」
そう言って足元を向く。
「この街で何を使えば、この大きな像が運べるのか。とにかく調べ、考えに考えた」
「街で……!?」
あんながはっとする。
「その姿を真理子さんたちは見たんだ……」
「辻褄が合ったね……」
私は小さく頷いた。
「この街で見た恵子さんは、最初から本物じゃなかったってこと……」
「ポチ!」
ポチタンが短く鳴く。
本物の恵子さんがいないのをいいことに、昼夜問わず調査をしていた――。
そのせいで恵子さんを知っている人や、さらには本人の姉である真理子さんにまで姿を見られてしまったわけだ。
どうやらニジーは、そこまでのリスクまでは考えていなかったらしい。
「フフっ……どう運ぶのか決めかねていたんだが、キミのおかげで思いついたよ」
「……え?」
ニジーがくすりと笑い、みくるがきょとんとした声を出す。
ニジーの視線は、まっすぐみくるに向けられていた。
(みくるのおかげ……?)
一体何の話だろう。
「ツバメさ……」
「「「!?」」」
私たちの声が同時に重なる。
「ツバメ……まさか!?」
頭の中で、一つの答えが弾けた。
燕の像を運ぶ方法。
そうだ――
怪盗団ファントムにしかできないやり方がある。
「ウソよ覆え!出でよ、ハンニンダー!!」
ニジーが叫び、手にしていたバラの花を投げた。
ひらりと舞ったバラは、二羽の燕の銅像へと突き刺さる。
銅像の内部に宿っていたマコトジュエルが、じわりと黒く染まっていった。
そして――
「「ハンニンダー!!」」
轟く咆哮。
像が砕け、そこから現れたのは――
「なっ……二体!?」
思わず声が出た。
現れたハンニンダーは、ツバメの見た目をした二体。
よく見れば当然だった。
ツバメの像は二羽あったのだから。
サイズは今までのハンニンダーよりは小柄。
しかし、弱体化している様子はまったくない。
「ツバメのようにして運べばいい!!」
ニジーが高らかに言った。
「ツバメのように飛んでゆけば、簡単に運ぶことができる!」
(そういうことか……!)
銅像をそのまま運ぶ必要なんてない。
意思を持ったハンニンダーにしてしまえばいい。
そうすれば――
自分たちで飛んで運べる。
完全に盲点だった。
「っ……!!」
「みくる!!」
「ええ!!」
ハンニンダーが現れた以上、ここからは完全に力の勝負になる。
そして私は――
(ここにいたら……)
足手まといだ。
膝の怪我もある。
戦いに巻き込まれたら、二人の邪魔になる。
「ポチタン!」
「ポチぃ!」
私はポチタンを抱き上げ、素早く距離を取った。
校舎の陰へと駆け込み、身を潜める。
その間に――
広場では光が弾けた。
「どんな謎でも、はなまる解決!
名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!
名探偵『キュアミスティック』!」
「「名探偵プリキュア!」」
変身は完璧だった。
二人の姿を見て、少しだけ胸をなで下ろす。
……なのに。
(……なんだろう)
胸の奥が、ざわつく。
妙な胸騒ぎが消えない。
「ポチ……」
腕の中のポチタンも、不安そうに小さく鳴いた。
「大丈夫……」
私はポチタンの頭を優しく撫でる。
「アンサーとミスティックが、必ずなんとかしてくれる……」
そう信じるしかない。
「私は何もできないのが、もどかしいけどね……」
「ポチ……」
ポチタンの毛並みを撫でながら、深く息をつく。
大丈夫。
きっと――なんとかなる。
「一気に二つもマコトジュエルが手に入るとは、まさに一石二鳥」
ニジーが満足そうに笑った。
しかし、ミスティックが反論する。
「渡さない!」
強く言い放つ。
「幸せを運ぶと言われるツバメは、学校のシンボルなの!生徒と先生たちの想いのこもった像なの!」
広場の中央で、両者が対峙する。
二対二。
ただし相手は――飛べる。
(空から一方的に攻撃されたら……)
かなり厳しい戦いになる。
どう動くか。
息を詰めて見守る私の前で――
ニジーが笑った。
「ふっ……このボクにも幸せを運んでくれたようだね」
そして指を鳴らすように手を振る。
「ハンニンダー!」
「「ハンニンダー!!」」
動いた。
ニジーの先制。
指示と同時に、二体のハンニンダーが突撃。
「来る!」
アンサーとミスティックも同時に動いた。
攻撃を避けるため、横へ跳ぶ。
しかし――
――パシッ
「「うっ!?」」
二人の動いた先が、全く同じ場所だった。
互いの肩がぶつかり、バランスを崩す。
弾かれるように体勢が崩れた、その瞬間。
ハンニンダーが、一直線に迫っていた。
「まずい!!」
思わず叫んだ。
「ポチぃぃ!?」
腕の中のポチタンも、悲鳴のような声を上げる。
「「ハンニンダーぁぁぁ!!」」
あまりにも速い。
アンサーとミスティックは体勢を立て直す暇もないまま、鋭い蹴りがニ人に直撃した。
「「きゃあっ!!」」
防御する間もなく、二人の体が宙を舞う。
そのまま大きく後方へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
土煙が舞い上がる。
(これは……)
私は思わず息を呑んだ。
(かなりマズいかもしれない……)
「見事だろ、息の合ったハンニンダーの攻撃」
ニジーのその声には、明らかな余裕があった。
「それに比べて惨めだね~。キミたちはまるで足並みが揃ってない」
……悔しいけれど、ごもっともだ。
今までは攻撃を同時に躱すことはあっても、互いにぶつかるなんて失敗は一度もなかった。
それなのに今回は――
出だしから被弾。
これまで築いてきた連携が、まるで機能していない。
(今回のみくるの件での精神的な不調が、戦いにも出てしまったのか……)
体力は万全でも、メンタルは不安定。
そんな二人の事情を、敵が気にするはずもない。
二体のハンニンダーが、すぐさま追撃に入る。
「ハン……」
「ニン……」
嫌な予感が走る。
「「っ……!!?」」
アンサーとミスティックもそれを察したらしい。
だが、もう遅い。
「「ダーぁぁっ!!」」
二体の拳が同時に振り抜かれる。
まるで――
二人のキメ技を真似たような、強烈なダブルパンチ。
「「うぅっ!!」」
避けきれない。
プリキュアたちは再び激しく吹き飛ばされた。
地面を転がり、やっとのことで止まる。
完全に――劣勢だ。
ハンニンダーは確実に連携している。
しかも、今回のハンニンダーは小柄だ。
素体がツバメだからか、普段のハンニンダーよりも動きがかなり素早い。
「全くもって相手にならない」
その声は、退屈そうですらあった。
「今のキミたちからならば、逃げ去ることは容易だろう」
(……そんな)
今までの戦いは、もしかして手を抜かれていたのではないか。
そう思ってしまうほどの圧倒的な差。
ニジーの余裕の表情が、それを物語っていた。
「ポ……ポチ……」
ポチタンが弱々しく鳴く。
「………大丈夫だから」
それはポチタンへの言葉なのか、
それとも自分に言い聞かせているのか――わからない。
でも。
(本当に……)
胸の奥で、葛藤が膨らむ。
(このまま、黙って見てるだけでいいの?)
二人がやられていくのをただ見ているだけで。
……いや。
(行ったところで、邪魔になるだけ)
膝の怪我。
戦闘能力の差。
頭ではわかっている。
どうしようもない。
それでも――。
ニジーは両手を大きく広げ、空を仰いだ。
「だが名探偵プリキュアを倒せば、ウソノワール様もお喜びになる!」
その声は、どこか誇らしげだった。
「ご覧になられていますか、ウソノワール様!!」
(……ウソノワール?)
そういえば、アゲセーヌも似たようなことをしていた気がする。
まるで誰かに見せるかのような仕草。
(もしかして……)
私は周囲を見回した。
校舎の屋上。
木々の陰。
広場の端。
けれど――それらしい人影は見当たらない。
それでもニジーは、確信しているようだった。
「素晴らしいショーをご覧に入れます、ウソノワール様!」
その号令と同時に――
「「ハンニンダー!!!」」
二体のハンニンダーが再び動いた。
(また来た……!)
今度はどうする?
名探偵プリキュア――!
すると。
アンサーが立ち上がった。
「像を取り返す!!」
ミスティックも続く。
「マコトジュエルを取り返す!!」
二人が同時に取り出したのは――
ジュエルキュアウォッチ。
針が回る。
二人の体がまばゆい光に包まれた。
「ここでキメ技を使うつもり!?」
思わず声が出た。
「ポチ!!」
ポチタンも驚いたように鳴く。
ハンニンダーと決着をつけるための切り札。
これまでの戦いで、必ず勝利をもたらしてきた強力な技。
それを――今ここで使う。
「「これが私たちの……アンサーだああああああああああっ!!!」」
二人が同時に地面を蹴った。
砂煙を巻き上げながら、一気に突撃する。
アンサーとミスティックの拳には、まばゆい光が宿っていた。
だが――
ハンニンダーは動かない。
二体とも、プリキュアの突進の真正面で静止している。
(……え?)
まるで――
待っているようだった。
光をまとった拳が、二体のハンニンダーをまとめて貫く――
はずだった。
――バシィィィィ!!
凄まじい衝突音が広場に響く。
だが。
「「!?」」
二人の目が見開かれた。
「うそ……」
私の口からも、かすれた声が漏れる。
「ポ……ポチぃ!?」
轟音が響いたにもかかわらず――
二体のハンニンダーは、微動だにしていなかった。
アンサーとミスティックの渾身のキメ技を、完全に受け止めている。
まるで壁にぶつかったかのようだった。
ニジーが肩をすくめる。
「同じ台詞を言わせないでほしいなぁ」
その口元には余裕の笑み。
「足並みが揃っていないんだよ」
次の瞬間。
「「ハン、ニン、ダー!!!」」
二体のハンニンダーが拳を振り上げる。
「「うわぁっ!?」」
プリキュアたちは、そのまま反撃をまともに受けた。
体が大きく吹き飛び、再び地面に叩きつけられる。
……もう、見ていられないほどだった。
(そんな……)
勝利は――
ほとんど絶望的だった。
ニジーがゆっくりと手を広げる。
「さあ、そろそろ舞台から降りてもらおうか」
アンサーとミスティックは地面に倒れ伏している。
けれど――
アンサーが、またゆっくりと立ち上がった。
その手には。
見たことのない、プリキットのアクセサリーが握られていた。
「なに……それ?」
ミスティックも驚いた声を出す。
どうやら彼女も初めて見る道具らしい。
アンサーはそれを高く掲げた。
「オープン!!」
強く叫ぶ。
しかし――
何も起こらない。
「……あれ……」
アンサーはもう一度叫んだ。
「オープン!……オープン!!」
沈黙。
プリキットは、ただ光を反射するだけの飾りのように静止している。
(不発……!?)
胸が冷たくなる。
「そんな……どうして……」
アンサーの声が震える。
理由は、いくつも思い当たる。
あんなの嫉妬。
みくるとのすれ違い。
崩れた連携。
精神的に、今の二人は決して万全じゃない。
こんな状態では――
プリキットも力を貸してくれないのかもしれない。
「……どうしよう……このままじゃ……」
私は物陰から、その光景を見ているだけだった。
安全な場所で。
何もできずに。
(……情けない)
二人があんなに身体を張って戦っているのに。
私は――
拳を強く握りしめた。
血が滲むほどに。
そのときだった。
「……ポチ!」
腕の中のポチタンが声を上げる。
「ポチぃ!」
「……?ポチタン?」
ポチタンは私の腕から離れる。
そして――
ハンニンダーの方を、指さした。
まるで何かを伝えようとしている。
「……ハンニンダーを?」
「ポチ!!」
力強く鳴く。
「…………」
私はポチタンの瞳を見た。
そこには――
強い覚悟が宿っていた。
言葉がなくてもわかる。
ポチタンが何をしようとしているのか。
それは。
自分の身を挺して――名探偵プリキュアを守る。
そういう決意だった。
「ポチタン……それは流石に……」
思わず口にした言葉は、途中で止まってしまった。
「ポチぃ……」
ポチタンは、まっすぐ私を見つめている。
本当は言おうと思っていた。
——二人が悲しむから、そんなことをしてはいけない。
そう言って止めるつもりだった。
だけど。
それ以上、声が出なかった。
(……そうか)
胸の奥で、何かが静かに理解できた。
(ポチタンも……同じなんだね)
ただ見ているだけは嫌だ。
自分だって役に立ちたい。
守りたい。
言葉はなくても、そんな想いが聞こえてくる気がした。
私は小さく息を吐く。
「………わかった」
「…ポチ!!」
「ポチタンの覚悟……ちゃんと理解したよ」
それだけの強い想いを向けられたら、もう「ダメだ」なんて言えない。
きっとポチタンには、何か考えがある。
だったら――
私にできることは一つ。
「……タイミングは私が教える」
ポチタンを両腕でしっかり抱きかかえる。
「私はプリキュアじゃないから、ちゃんと守れるかはわからないけど……ベストは尽くすよ」
「ポチ!!」
力強い返事。
私はハンニンダーの動きを見つめながら、タイミングを計った。
いつでも飛び出せるように。
(……またこんな無茶して)
頭の片隅で思う。
きっと後で、みくるに怒られる。
「ハンニンダー!!」
一体のハンニンダーが、アンサーへと迫った。
ニジーが高らかに叫ぶ。
「キミたちにはもう、舞台に上がる資格がないのさ!!
名探偵プリキュア!!!」
……それでも。
これくらいの抵抗はしてやる。
私は地面を強く蹴った。
「行くよポチタン!!」
「ポチぃぃぃ!!」
一気に駆け出す。
ハンニンダーへ向かって。
絶対に止まらない。
止まってはいけない。
(力のない私でも……)
走りながら、胸の奥で叫ぶ。
(できることはあるんだって――)
(今ここで証明する!!)
「みのる!?」
アンサーの驚きの声。
「みのるダメ!下がって!!」
ミスティックの叫び。
……ごめん。
今回は、言うことを聞けない。
ポチタンが覚悟を決めたんだ。
自分の身を挺してでも、ハンニンダーを止めるって。
その覚悟を――
見捨てるわけにはいかない。
(ポチタンの覚悟を無駄にするな!!)
心の中で叫ぶ。
(たまには役に立て!!花崎みのる!!)
「ハンニンダー!!」
ハンニンダーが私に気づいた。
巨大な脚が振り上げられる。
「くっ!?」
蹴りが、一直線に迫る。
(直撃したら……)
間違いなく終わりだ。
どう避ける?
どう止める?
考えている時間なんてない。
(直感で決めろ!!)
その瞬間。
「ポチぃぃぃ!!」
ポチタンが飛び上がった。
「うわあああっ!?」
私を抱えたまま、ポチタンは宙へ跳ね上がる。
その勢いのまま――
くるりと、宙返り。
私の体も一緒に回転した。
ふわり。
一瞬、重力が消えたような感覚。
ゆっくりとした、不思議な浮遊感。
(……なんだろう)
まるで――
月にいるみたいな感覚。
世界が、ゆっくり回っている。
「ハンニン!?」
予想外の動きに、ハンニンダーが戸惑った。
今だ!!
「ポチタン、今だあああっ!!!」
「ポチいいいいいぃぃ!!!」
着地と同時に、私はポチタンを掴み――
前へ突き出した。
その瞬間。
ポチタンの額の宝石が、強く輝いた。
凄まじい閃光が放たれる。
まるで。
太陽が目の前で爆発したかのように。
眩い光が、広場一帯を激しく照らし出した。
「ハ…ハンニンダー……!」
「ポチいいいいいぃぃぃっ!!!」
次の瞬間、世界が白く弾けた。
「うう……眩しい……!」
ポチタンの額の宝石から放たれた光は、想像をはるかに超えていた。
目の前のハンニンダーは大きく怯み、腕で顔をかばっている。
だけど――
(やばい……!)
最も至近距離にいるのは、私だ。
まるで閃光弾を間近で浴び続けているみたいだ。
目を細めても、腕で顔を覆っても、まぶたの裏まで焼きつくような光が突き刺さる。
(これ……直視したら絶対失明する……!)
必死に目を逸らす。
「な……何だ!?」
「…ポチタン?」
振り返る余裕はないが、アンサーとミスティック、そしてニジーまでもが動揺しているのがわかった。
当然だ。
(私にもわからない……)
ポチタンのこの力は、一体――。
その答えを聞く前に。
「ポォォォォチっ!!!」
ポチタンが、最後の力を振り絞るように叫んだ。
そして――
――ドカァァァァン!!
爆発のような衝撃が弾けた。
「っ……かっは……!!?」
身体の奥まで叩きつけられるような衝撃。
空気そのものが爆ぜたみたいだった。
同時に、目の前にいたハンニンダーが――
一瞬で吹き飛んだ。
まるで見えない大砲に撃ち抜かれたように、一直線にニジーのいる場所まで弾き飛ばされていく。
……そして。
(しまっ――)
私もその衝撃波を真正面から浴びていた。
「うっ……ううぅぅ……!」
体が宙に浮き、視界が回る。
地面に叩きつけられる――
そう思った瞬間。
「大丈夫!?みのる!?」
誰かの腕が、私を受け止めた。
「な……なんとか……」
ぼやける視界の中で、アンサーの顔が見える。
(助かった……)
もし受け止めてもらえなかったら、今のは本当に危なかった。
一方――
「ハ…ハンニンダ~………」
吹き飛ばされたハンニンダーは、反対側で別のハンニンダーに受け止められていた。
だが、その飛ばされた方もかなり消耗しているようだった。
立っているだけで精一杯、という感じだ。
「………」
ふと、アンサーが手元を見つめているのに気づく。
彼女の手の中には――プリキット。
ぼんやりと、淡い光が瞬いた気がした。
けれど。
それはすぐに消え、元の静かな状態に戻ってしまう。
「このままでは……ハンニンダー!」
ニジーの声が聞こえる。
「!」
するとニジーはハンニンダーたちを引き連れ――
空へと飛び上がった。
高く。
さらに高く。
まるで最初からそうするつもりだったかのように。
(逃げる気だ……!)
「ちっ……マコトジュエルはニつ手に入れた。良しとしよう!」
ニジーが空中でこちらを見下ろし、薄く笑う。
「さらばだ名探偵の諸君!!」
「「ああっ!!?」」
アンサーとミスティックが同時に声を上げた。
二人が追おうと駆け出す。
だけど――
もう遅い。
ニジーの姿は、すでに空の彼方。
どれだけ身体能力が高くても、名探偵プリキュアに飛行能力まではない。
つまり。
空に逃げられた時点で、もう手出しはできない。
マコトジュエルは――
ハンニンダーと共に、ニジーの手へ。
胸の奥が、重く沈む。
(……負けた)
その事実が、静かに頭の中に落ちてきた。
――名探偵プリキュアは、敗北した。
その時。
「ポ……ポチ…」
小さな声が聞こえた。
「「ポチタン!!」」
アンサーとミスティックが同時に叫ぶ。
ポチタンは、力を使い果たしたように地面に倒れていた。
さっきまで輝いていた宝石も、今はただ静かに光を失っている。
そして――
ぽつり。
冷たい雫が頬に落ちた。
空を見上げると、黒い雲が広がっている。
ぽつり、ぽつりと降り始めた雨は、すぐに勢いを増していった。
「ポチタン……ポチタン……!」
アンサーがポチタンを抱き上げ、必死に呼びかける。
「ポ………ポチ……」
返ってくる声は、弱々しかった。
降りしきる雨が、私たちの身体を容赦なく濡らしていく。
まるで。
この敗北を、静かに告げるように。
「……………」
言葉が、出なかった。
雨はまるで――空そのものが壊れてしまったかのように降っていた。
大粒の雨が地面を激しく叩きつけ、水しぶきが跳ね上がる。
靴の先も、服も、髪も、すべてが一瞬でびしょ濡れになっていく。
(……頑張った、つもりだった)
自分なりに、できることはやった。
だけど。
その代償は――あまりにも大きすぎた。
地面に横たわる小さな体。
ぐったりと動かないポチタンの体は、雨に打たれて小刻みに揺れている。
かすかに胸が上下しているのが、唯一の救いだった。
「ポチタン……」
アンサーが、震える声で名前を呼ぶ。
けれど。
返事はない。
ただ雨音だけが、重く降り続いていた。
その沈黙の中で。
「なんで……」
ミスティックが、ゆっくりと口を開いた。
その声は、雨音に溶けてしまいそうなくらい小さい。
「どうしてポチタンに無理させたの……?」
その言葉は――
まっすぐ、私に向けられていた。
(違う……)
ポチタンの覚悟に、私は応えただけだ。
そう言いたかった。
でも。
喉が詰まったように、何も言えない。
ミスティックの声が、突然強くなる。
「みのるもみのるだよ!」
ビクッと肩が跳ねた。
「どうしてまたすぐに無理をして、私たちに心配をかけさせるの!?」
雨よりも鋭い言葉が、胸に突き刺さる。
言い返す言葉なんて――なかった。
全部、事実だからだ。
私は視線を落とした。
「……ごめん」
やっと出てきた言葉は、それだけだった。
ミスティック――みくるの表情は、怒りで歪んでいる。
だけど。
その奥には。
はっきりと、恐怖があった。
「それに!」
みくるの声が、さらに強くなる。
「みのるがあのときボイスメモを切らなければ、こんなことにはならなかったかもしれないでしょ!!!」
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
……その通りだ。
恵子さん。
怪盗団ファントムの可能性。
危険な匂い。
全部、感じていたのに。
それでも私は――
その情報を、最後まで共有しなかった。
私が黙っていたせいで。
私が判断を誤ったせいで。
状況は、ここまで悪くなった。
その事実が、重く胸にのしかかる。
その時。
「みくる…!」
隣でアンサーが、一歩前に出た。
プリキュアの名前ではなく。
本名で。
その声は、どこか必死だった。
「もうやめようよ…!」
雨に濡れた髪が、頬に張りついている。
それでもアンサーは、まっすぐみくるを見つめていた。
私は、なんとか言葉を絞り出す。
「それは……気づかい……」
声が、かすれている。
あんなに余計なプレッシャーをかけないように。
二人が集中できるように。
答えを全部言って、二人の出番を奪わないように。
そう思って――
そう思って、私は黙っていた。
だけど。
「全然気づかいになってないよ!!」
鋭い声が、叩きつけられる。
体がまたびくっと震えた。
「その結果がこれなんだよ!!」
みくるは、ポチタンを指さした。
雨に打たれる小さな体。
まだ動かない。
その光景が――
まるで私の罪そのものみたいに、そこに横たわっていた。
「頭が良いんだったら!!これくらいのことも考えられるでしょ!!?」
言葉が、出ない。
頭の中では、いくらでも言い訳が浮かぶ。
でも。
口は、まったく動かなかった。
雨が、頬を伝って落ちていく。
それが雨なのか。
それとも――涙なのか。
自分でも、わからない。
そして――
ミスティックは、最後の言葉を吐き出した。
「みのるはもう何もしないで!!!」
「……っ!!」
その瞬間。
世界の音が、消えた。
さっきまで激しく降っていた雨の音も。
隣にいるアンサーの呼吸も。
ポチタンのことも。
全部、全部が遠くなっていく。
頭の中が――真っ白になった。
ただ一つの言葉だけが、残る。
――足を引っ張る。
その意味が、胸の奥に重く落ちた。
何もしないで。
何もしないで。
何もしないで。
何もしないで。
何もしないで。
同じ言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。
(ああ……)
胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
(やっぱり)
勝手に昔の記憶が浮かんでくる。
教室のざわめき。
誰かの笑い声。
視線。
囲まれたあの日。
あのときと、同じだ。
私は――
「……ごめん」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
だけど。
その言葉しか、出てこなかった。
雨の中で、私はただ立っていた。
足元がぐらぐらする。
まるで。
地面そのものが、消えてしまったみたいだった。
「早くポチタンを事務所に連れていこう…」
ミスティックが立ち上がる。
その声には、もうさっきまでの怒りは残っていなかった。
ただ――必死だった。
アンサーが一瞬、戸惑うように目を伏せる。
「う…うん」
小さく頷いた。
そして、ポチタンを支えるように手を添える。
だけど。
アンサーの視線が、ゆっくりと私の方へ向いた。
心配そうな目。
何か言いたそうな顔。
でも――
「アンサー、早く!」
ミスティックの声が急かす。
「あ……」
アンサーは、少し迷ったように唇を噛んだ。
それから。
小さく言った。
「……ごめん、みのる」
その声は、雨に紛れてほとんど聞こえないくらいだった。
二人は、走り出す。
水たまりを踏む音。
遠ざかっていく足音。
やがて――
その姿も見えなくなった。
残ったのは。
雨と――私だけ。
私は、ただそこに立っていた。
足が動かない。
追いかけようとも思えない。
頭の中で、さっきの言葉が何度も繰り返される。
『みのるはもう何もしないで!!!』
胸の奥がじわじわと痛む。
でも。
不思議と涙は出てこない。
ただ――空っぽだった。
「……」
私は、ゆっくりと手を握る。
指先が冷たい。
雨でびしょ濡れになった制服が、肌に張りついて気持ち悪い。
でも。
そんなことどうでもよかった。
視線を落とす。
地面の水たまりに、自分の顔が映っている。
ぼんやりとした顔。
何の表情もない。
気づけば、みんなの後ろにいて。
気づけば、迷惑をかけていて。
気づけば――
置いていかれる。
私は、ゆっくり空を見上げた。
灰色の空。
どこまでも重たい雲。
そして。
ぽつりと、呟く。
「……最低だな、私」
声は、雨音に簡単に消えた。
誰にも聞こえない。
聞かれる相手も――もういない。
私はもう一度、地面を見る。
遠くに続く道。
さっき、みくるたちが走っていった方向。
だけど。
足は、一歩も動かなかった。
ただ――
降り続く雨の中で。
私は、ずっと立ち尽くしていた。
_______________
【るるかSide】
「…時空の妖精……!!!」
低く、押し殺したような声が劇場の闇に響いた。
その声には、隠そうともしない憎悪が込められている。
空気が凍りつくほどの怒り。
私は思わず背筋を伸ばす。
声の主――ウソノワール様は、舞台のステージにある幕をじっと見つめていた。そこにはついさっきまでの戦いの光景が映し出されている。
ニジーの戦い。
名探偵プリキュアとの戦闘。
あのまま戦いが続いていれば――
少なくとも、キュアアンサーを戦闘不能に追い込むことは確実だったはず。
けれど。
アンサーとミスティックのお供妖精。
そして――
花崎みのる。
その三者による、完全に想定外の妨害。
結果として、ニジーはプリキュアを倒しきることができず、撤退を選ばざるを得なかった。
ウソノワール様の指先が、ゆっくりと椅子の肘掛けを叩く。
その動きだけでも、怒りが伝わってくる。
「……」
私は黙ったまま、その背中を見ていた。
ウソノワール様が口にした言葉――
「時空の妖精」
あの呼び方。
ただの敵に向けるものではない。
そこには、明らかに個人的な感情が含まれていた。
(ウソノワール様と……あの妖精)
過去に、どんな因縁があったのだろう。
それを知っているのは――
きっと、ウソノワール様本人だけだ。
静かな時間が流れる。
劇場の天井は高く、誰もいない客席は、まるで巨大な影の海みたいだった。
その沈黙を破るように、ウソノワール様がぽつりと呟く。
「だが……」
ゆっくりと。
そして、どこか楽しむように。
「花崎みのるは、この一件でさらなる絶望を味わった」
私は小さく瞬きをする。
「彼女の心の中は、さらに嘘に覆われる」
闇の中で、ウソノワール様の仮面の目が光った。
「なら……試してみる価値はあるかもしれん」
(試す……?)
その言葉に、私は少しだけ眉をひそめた。
ウソノワール様が興味を持っている人物。
花崎みのる。
ただの一般人。
プリキュアでも、妖精でもないはず。
それなのに。
ウソノワール様は、彼女のことだけは何度も口にする。
(いつから目をつけていたんだろう……)
それは私にもわからない。
でも。
確かなことが一つある。
ウソノワール様が興味を持つ人間なんて、今までほとんどいなかった。
つまり――
花崎みのるには、何かがある。
まだ私たちも知らない、何か。
「……」
私は再び、闇に沈む舞台を見つめた。
やがて。
ウソノワール様も、それ以上は何も言わなかった。
言葉が消えた後の静寂が、劇場をゆっくりと満たしていく。
重く、冷たい沈黙。
まるで、舞台そのものが不気味な呼吸をしているみたいだった。
長い、長い静寂の時間。
それが――
暗い劇場を、ゆっくりと染め上げていく。
※アニメの展開によって加筆、修正する可能性があります