かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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それぞれの覚悟

【あんなSide】

 

私、明智あんな!

今日からみくるとみのるの学校が始まったの!

 

『古い本にあった伝説のプリキット!』

 

傘と新しいプリキットを学校にいるみくるに届けに行ったんだけど…

 

『みくるの邪魔しちゃ悪いからね…』

 

胸が締めつけられる思いの中、声をかけてくれたのは、みくるの親友であるみのるだった。

 

みのるは私の気持ちを「嫉妬」と教えてくれて、それはみのるも同じだと言われたときは少し驚いた。

 

それにみのるには両親…つまりお父さんとお母さんがいない。私よりもずっとずっと一人ぼっち。そんなみのるも私とみくるが名探偵プリキュアとして一緒に隣に並んでいる私に嫉妬してた。

 

でも、私のことを責めたりはしなかった。逆に私の話を真剣に聞いてくれて、一緒に事件を調べてくれたことがすごく嬉しかった。

 

だけどニジーが、学校のみんなが大切にしている二羽のツバメの像をハンニンダーにしたの。

 

足並みが揃わない私たちを、みのるとポチタンが助けてくれたんだけど…。

 

マコトジュエルは盗られて、みくるとみのるの関係は最悪に…。そしてポチタンは…。

 

 

_______________

 

 

 

――バンッ!!

 

勢いよく扉を開け放つ音が部屋に響いた。

 

「うわぁっ!!?」

 

事務所の拠点部屋で窓の外の様子を眺めていたジェット先輩は、驚いて手に持っていた飲み物のコップを落としそうになっていた。

 

だけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

一刻を争う事態だ。

 

「ジェット先輩!!」

 

私が叫ぶ。

 

「ポチタンが!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ジェット先輩の表情が変わった。

説明を待つまでもなく、状況を察したらしい。

 

先輩はすぐに立ち上がり、迷いなく動き出した。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

「ニジーは、なぜ戻らない……」

 

低く、抑えた声が広い空間に響く。

 

ウソノワール様の表情は見えない。

けど、その声には静かな怒りが滲んでいた。

 

ニジーはすでに――マコトジュエルを二つ手に入れている。

本来ならとっくに戻ってきているはずだった。

 

なのに。

 

どれだけ時間が経っても、彼は姿を見せない。

 

ウソノワール様の指先が、肘掛けをゆっくりと叩く。

そのたびに、場の空気が少しずつ重くなっていくのがわかった。

 

「マコトジュエルを二つも手に入れたのに」

 

「チョーありえないんだけど!」

 

どうやらゴウエモンとアゲセーヌも、ニジーが戻ってこないことに違和感を覚えているらしい。

 

それも当然だ。

 

今回、ウソノワール様は「名探偵プリキュアを倒せ」という命令を出していない。

 

任務はただ一つ。

マコトジュエルを奪うこと。

 

それを二つも手に入れた時点で、任務は成功している。

戻ったところで咎められる理由はない。

 

それでも――帰ってこない。

 

理由は、だいたい想像がつく。

 

……あの男の性格を考えれば。

 

「……キュアアルカナ・シャドウ」

 

しばしの沈黙のあと、ウソノワール様がゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

そして呼ばれたのは――私。

 

「ニジーを連れ戻せ!」

 

命令が落ちる。

 

「……ライライサー!」

 

私の代わりにマシュタンが元気よく返事をした。

 

……ニジーが戻らない理由は、だいたい分かっている。

 

きっと――まだ戦うつもりなのでしょう。

名探偵プリキュアを倒すために。

 

だけど。

 

連れ戻せるかと言われると……それは難しい。

 

私は静かに立ち上がった。

ニジーを探すために動こうとした、そのとき――

 

「一つ、伝言を頼みたい」

 

ウソノワール様の声が、背中を止めた。

 

私は振り返る。

 

「……はい」

 

「もしニジーが、名探偵プリキュアを倒すつもりであれば……」

 

一拍の間。

そして、冷たい声で続けた。

 

「花崎みのるのマコトジュエルを利用しろと伝えろ」

 

「……!」

 

思わず息を呑んだ。

 

花崎みのる。

彼女の心に眠る――マコトジュエル。

 

それを使って、ハンニンダーを呼び出す……。

 

つまり。

 

倒すなら、確実に倒せ。

そういう意味だ。

 

もし――負ければ。

 

マコトジュエルは名探偵プリキュアに取り返される。

 

そして。

ニジーは――

 

二度と、この舞台に上がることはできない。

 

ウソノワール様の組織において、それが何を意味するのか。

私は、よく知っている。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

濡れた服を脱ぎ、着替えを済ませる。

 

雨に打たれて冷えきった身体を、これ以上冷やさないように――

ジェット先輩が用意してくれたタオルで髪を拭き、私はそっと腕の中を覗き込んだ。

 

小さな体。

 

ポチタンが哺乳瓶に口をつけてミルクを飲んでいる。

その姿を見たら、胸の奥に溜まっていた緊張が少しだけほどけた。

 

「ミルクも飲んでるし、大丈夫だ」

 

ジェット先輩が静かに言う。

 

「………」

 

隣に座るみくるは、何も答えない。

顔を上げることもなく、ずっと俯いたままだった。

 

「お前たちも飲みな」

 

ジェット先輩はそう言って、私たちの前に湯気の立つカップを置いた。

 

温かい飲み物。

その何気ない優しさが、胸に染みてくる。

 

だけど――

 

みくるは、カップに手を伸ばそうともしない。

ただ、膝の上で手をぎゅっと握ったまま、暗い表情で黙り込んでいた。

 

「ポチタンが光を出したときに、これも光った……か。調べる必要がありそうだな」

 

ジェット先輩はテーブルの上に置かれていたアクセサリーを手に取る。

 

プリキットミラールーペ…伝説のプリキット。

 

先輩はそれを目の高さまで持ち上げ、近づけたり遠ざけたりしながら真剣な顔で観察している。

何かを確かめるみたいに。

 

……もしかしたら。

 

ポチタンとミラールーペには、何か深い関係があるのかもしれない。

 

私は少し迷ってから、口を開いた。

 

「ごめん……みくるに渡そうとしたけど、渡せなかったの」

 

「……っ…」

 

みくるの肩が、わずかに震えた。

 

本当の理由なんて言えない。

 

みくるが友達と楽しそうにしているのを見て――

嫉妬して渡せなかったなんて。

 

……言えるわけがない。

 

それに。

 

今は、みのるのことも心配だった。

落ち込んでいた私に声をかけてくれて、ずっとそばにいてくれた。

 

みのるは――ずっと嘘をついている。

 

でもその嘘は、誰かを傷つけるような酷い嘘じゃない。

むしろ……自分を守るための嘘。

 

それでも、みのるは言い張っていた。

「自分は大丈夫だ」って。

 

……早く迎えに行ってあげたい。

 

そう思うのに。

 

ポチタンのことも心配で、身体がなかなか動かなかった。

 

そのとき――

 

「そういえば、みのるはどうした?」

 

ジェット先輩が何気なく言った。

 

「……!!」

 

その一言で、みくるの体がびくっと震える。

 

顔は俯いたまま。

言葉が出ないみたいで、喉が詰まっているようだった。

視線は床に落ちたまま、動かない。

 

「あ、えっと……」

 

私は慌てて口を開く。

どう説明すればいいのか分からない。

 

「みのるとみくるが、ちょっと……」

 

そこまで言って、言葉が止まった。

 

喧嘩……というより。

みくるが、みのるに怒鳴ったというか……。

 

頭の中で言葉を探しても、うまく見つからない。

重たい沈黙が、部屋の中に落ちる。

 

ジェット先輩が、少し首を傾げた。

 

「もしかして、喧嘩か?」

 

先輩の口調は軽かった。

 

きっと、喧嘩なんて誰でもするものだろう――そんな感覚なんだと思う。

 

でも。

 

今回は、そんな簡単な話じゃない。

 

「……違う。喧嘩じゃ……ない……」

 

小さな声が聞こえた。

 

みくるだった。

手が、震えている。

 

……きっと、ずっと後悔しているんだ。

 

「みくる……」

 

私が名前を呼んだ、その瞬間。

 

みくるの目から――涙が溢れた。

 

「私が……私が……みのるに酷いこと言っちゃって……!」

 

ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 

「みのるは悪くないのに……!みのるは……私たちを助けてくれただけだったのに……!」

 

思い出す。

 

私たちがピンチになったとき。

 

みのるは――ポチタンと一緒に、ハンニンダーに立ち向かっていった。

それなのに。

 

みくるは涙を拭うこともせず、震える声で続ける。

 

「それを私はっ……!!『何もしないで』なんて言って……!」

 

拳をぎゅっと握りしめる。

 

胸が痛い。

苦しい。

 

「みのる……すごく傷ついてたのに……それなのに……私は……!」

 

声が完全に崩れた。

そして、絞り出すように言った。

 

「みのるを……置いてきちゃって……!」

 

その言葉が、静かな事務所の中に落ちた。

 

窓の外では――

 

まだ激しい雨が降り続いている。

叩きつけるような雨音。

 

そして、その雨の中に――

今も、みのるがいるかもしれない。

 

私たちは、温かい場所にいるのに。

 

みのるは、ずっと――。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

「あたしの占いに出ていた通り、ここにいたわね」

 

静かな森の中で、マシュタンはそう呟いた。

 

人探しなんて、私にとってはそれほど難しいことじゃない。

 

隣で胸を張る小さな妖精。

私のお供妖精、マシュタン。

 

マシュタンは「占いの妖精」。

占いでなんでも言い当てる能力を持っている。

 

だから、誰かを探すなんて簡単なことだった。

 

森の奥。

木々に囲まれた静かな場所に――

 

ニジーはいた。

 

彼はその場で立ち、目を閉じている。

まるで何かを考え込んでいるようだった。

 

「……どうして戻ってこないわけ?」

 

マシュタンが声をかけても、ニジーは答えない。

 

……意地でも帰らないつもりなのだろうか。

 

せっかくマコトジュエルを二つも手に入れたのに、

このまま戻らないなんて――手柄を無駄にするようなものだ。

 

「……迷子になった?」

 

「んなわけないだろっ!!?」

 

ニジーは即座に怒鳴り返した。それには反応するんだ…。

 

ようやく口を開いたニジーに、マシュタンは質問を続ける。

 

「じゃあどうして?」

 

……本当にただの迷子だったら、どれだけ楽だったことか。

 

ニジーは小さく鼻で笑った。

 

「フン……」

 

そして、ゆっくりと目を開く。

 

「より美しい結末を求める自分がいるのさ。本当にボクは……欲深い怪盗だよ」

 

……まあ、予想通り。

 

考えるまでもない。

 

ニジーはいつだってそうだ。

ただ任務をこなすだけでは満足しない。

 

“華麗な結末”を求める。

 

でも。

 

その美しい結末が、自分に跳ね返ってくるかもしれない――

そんなこと、考えたことはあるのだろうか。

 

今まで、プリキュアと何度も戦ってきたのに。

何を学んできたのかしら。

 

「何する気?」

 

ニジーは少しだけ間を置いた。

そして、静かに言う。

 

「……プリキュアを倒す」

 

……やっぱり。

 

ニジーの中では、任務はマコトジュエルを奪うことだけじゃない。

プリキュアを倒すことも含まれている。

 

「ウソノワール様にそう言った手前ね!」

 

ニジーの声が森中に響く。

 

「ボクには後がない、華麗に決めて魅せる!」

 

そして二体のツバメのハンニンダーがニジーの上空に現れた。

 

羽ばたく影。

 

ニジーの覚悟は伝わってくる。

 

でも。

 

ウソノワール様は、プリキュアを倒せとは言っていない。

 

なのにニジーは、

プリキュアを倒さない限り認めてもらえないと思い込んでいる。

 

完全に――すれ違いだ。

 

……面倒なことになった。

私は軽く溜め息をつく。

 

どうやらニジーは、

このままプリキュアとの決戦に挑むつもりらしい。

 

だったら。

 

せめて――伝言だけは伝えておこう。

 

「……ウソノワール様からの伝言を伝える」

 

ニジーの眉がわずかに動く。

 

「……何?」

 

私は淡々と告げた。

 

「名探偵プリキュアと戦うつもりなら――」

 

少し間を置く。

 

「『花崎みのるのマコトジュエル』を利用しろ……って」

 

「花崎みのる……」

 

ニジーの目が鋭く光った。

 

「名探偵プリキュアと一緒にいる、あの人間か……?」

 

その反応は当然だった。

 

花崎みのる。

ウソノワール様が、唯一気にかけている人間。

その名前を聞いて反応しない怪盗団ファントムの者はいない。

 

「戦うか戦わないかはあなたの自由。よく考えておくことね……」

 

もっとも。

 

ニジーにとって――

 

帰るという選択肢は、最初から存在しないだろうけど。

 

警告はした。

あとは。

 

この結末がどうなるのか――

 

少し離れた場所から、

舞台の様子を見るだけ。

 

 

_______________

 

 

 

【みくるSide】

 

――私が、みのるを傷つけた。

 

その事実が、頭の中で何度も何度も繰り返される。

 

止めようとしても止まらない。

まるで壊れたレコードみたいに、同じ場面が何度も蘇る。

 

ツバメの像は奪われた。

ハンニンダーにも勝てなかった。

 

全部が悪い方向に進んでいく。

 

この負の連鎖を止めるには――

 

立ち上がるしかない。

 

いつまでも泣いていたって、何も解決しない。

 

私はクローゼットから、いつもの私服を取り出した。

袖を通しながら、深く息を吸う。

 

……でもこれは、ただの着替えじゃない。

 

まるで戦いへ向かうための準備みたいだった。

 

行かないと。

私が落とし前をつけなきゃいけない。

 

みのるのことを――置き去りにした。

 

「親友だ」って言ってくれた、みのるを。

私は見捨てた。

 

……本当は。

 

私だって、みのるのことを親友だって思いたい。

 

だけど。

 

ここ最近は、あんなと一緒にいることが増えた。

新しい友達との交流も増えた。

 

そのせいで――

 

みのると一緒にいる時間は、どんどん減っていった。

気づけば、ほとんど話すこともなくなって。

 

もう……親友って呼べるのか分からないくらい、みのると関わる時間が減っていた。

 

ツバメの像を取り返す。

それも大事。

 

だけど今は――

 

みのるを迎えに行って、謝りたい。

その気持ちの方が、ずっと大きかった。

 

だから。

 

私が行かなきゃ。

 

「みくる……?」

 

後ろから、あんなの不安そうな声が聞こえる。

 

その声が、胸に刺さった。

 

……ごめん、あんな。

 

今は、一緒にいられない。

 

これは私の問題だから。

私が解決しなきゃいけない問題だから。

 

「みのるを迎えに行く」

 

私は振り返らずに言った。

 

「そして、マコトジュエルも取り返してくる」

 

「……私も!!」

 

あんながすぐに言う。

でも私は、首を横に振った。

 

「ポチタンについていてあげて」

 

「……!」

 

ついてこようとするあんなを、静かに止める。

それ以上は何も言わなかった。

 

私はそのまま、事務所を飛び出した。

 

外に出ると、地面にはまだ水たまりが残っていた。

 

勢いよく踏み込んだ足が、水を跳ね上げる。

靴下がすぐに濡れた。

 

でも――そんなこと気にしている余裕はない。

 

雨はいつの間にか止んでいた。

だけど空は、まだ分厚い雨雲に覆われている。

 

また降り出しそうな空だ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

人通りのない歩道。

 

聞こえるのは、自分の荒い息遣いだけ。

呼吸が少しずつ苦しくなっていく。

 

でも――足は止めない。

 

頭の中に声がよみがえった。

 

『どう運ぶのか決めかねていたんだが、キミのおかげで思いついたよ』

 

ニジーの言葉。

 

『ツバメのように飛んで行けば、簡単に運ぶことができる!』

 

……私が、ツバメのことを教えたせいだ。

 

私が話したから。

あいつは――ツバメの像をハンニンダーにした。

 

そして。

 

もう一つ、思い出してしまう。

 

『みのるはもう、何もしないで!!』

 

「っ……」

 

胸が強く痛んだ。

 

あのとき。

私は感情的になって、みのるに怒鳴った。

 

みのるに悪意なんてなかったのに。

ただ……私たちを助けようとしてくれただけなのに。

 

それなのに私は――

 

何も考えずに、怒鳴った。

 

(……私のせいで!!)

 

呼吸が苦しい。

胸が張り裂けそうだ。

 

それでも私は止まらない。

 

これは――罰だ。

 

私のせいで、マコトジュエルは奪われた。

私のせいで、みのるを置いていった。

 

だからこれは――

 

私に対する罰だ。

 

息を切らしながら、私は走り続ける。

 

足が重くなっても。

肺が痛くなっても。

止まらない。

 

マコトジュエルを取り返したい!

 

そして――

 

早く、みのるに謝りたい!

 

 

_______________

 

 

 

ようやく――学園の校門が見えた。

 

息が荒い。

胸が苦しい。

それでも私は、迷わず校門をくぐる。

 

向かう先はただ一つ。

 

ツバメの像があった広場。

 

校内はすでに静まり返っていた。

生徒たちは全員下校したのだろう。

 

人の気配は、どこにもない。

 

……みのるの姿も、ない。

 

胸が不安でざわつく。

 

そのとき――

 

「フッフフフフ……」

 

低く、楽しげな笑い声が広場に響いた。

 

「……!!」

 

私は反射的に顔を上げる。

そして――見つけた。

 

広場の中央に、そいつは立っていた。

 

「証拠を探しに戻ってくる。思った通り」

 

ゆっくりと帽子のつばに指をかける。

 

「待っていたよ、探偵さん」

 

「ニジー!!」

 

緑色のクセのあるロングヘア。

シルクハット。

黒いマント。

 

見間違えるはずがない。

 

怪盗団ファントム――ニジー。

 

向こうから姿を見せてくれたのなら話は早い。

私はすぐにペンダントを握りしめ、構える。

 

けれど。

 

ニジーの余裕は、まったく崩れなかった。

むしろ楽しそうにしている。

 

「おっと!落ち着いてよベイビー」

 

ニジーは両手を広げる。

 

「ボクはただ、とびきり素敵なショーへ招待しに来ただけさ!」

 

「……素敵なショー?」

 

周囲を見回す。

だけど、広場にはニジーしかいない。

 

ハンニンダーの姿もない。

 

どこか別の場所にいるのか。

それとも……もうマコトジュエルは、ウソノワールの手に渡ってしまったのか。

 

そんな不安が頭をよぎった。

 

するとニジーは、芝居がかった仕草で腕を広げる。

 

「マコトジュエル……つまりは、二羽のツバメをご覧に入れるよ」

 

「え!?」

 

思わず声が出た。

 

正直――意外だった。

 

ツバメの像を取り返すとは言ったけれど、

もうすでにウソノワールという人物の手に渡っているんじゃないかと、薄々覚悟していたからだ。

 

ニジーはくるりと背を向け、歩き出す。

 

「会場は――」

 

肩越しに振り返る。

 

「この街が誇る美しい浜辺、虹ケ浜!」

 

そしてにやりと笑う。

 

「ロマンティックだろう?」

 

「くっ……!!」

 

勝手に戦いの舞台を決められた。

しかも、挑発するような笑み。

 

本当に腹が立つ。

 

……でも。

 

ここで感情的になって飛び出したらダメだ。

 

それこそ――

 

ニジーの思う壺。

 

私は必死に気持ちを抑える。

 

(みのるの姿もない……)

 

広場を見回す。

やっぱり、どこにもいない。

 

(マコトジュエルも……)

 

一体どっちを優先すればいいのか。

迷いが頭をよぎった、その瞬間。

 

ニジーが大きく跳んだ。

 

軽やかに距離を取っていく。

 

「待ちなさい!!」

 

私は思わず叫んだ。

ニジーは振り返り、手を振る。

 

「お待ちしているよ!ベイビー!」

 

その一言だけ残して――

 

ニジーは闇の中へ消えていった。

 

静まり返る広場。

さっきまでそこにいたはずの男は、もうどこにもいない。

 

……でも。

 

あの煽るような表情を思い出すだけで、怒りが込み上げてくる。

 

(……挑戦状ってことだよね)

 

私は拳を握った。

 

(……なら、受けて立つ!)

 

直感した。

まずはニジーと決着をつけるべきだ。

ニジーがいつまでも待ってくれる保証はない。

 

もし痺れを切らして帰ってしまったら――

マコトジュエルを取り返すチャンスは、もうなくなる。

 

(……ごめん、みのる。必ず探しに行くから!)

 

私は心の中で謝りながら、踵を返した。

 

そして――

 

虹ケ浜の方へ向かって、再び走り出す。

 

どちらも、大切な存在。

 

だけど――

 

親友よりも、マコトジュエルを優先してしまった。

 

その罪悪感が。

重たい霧のように、私の心を埋め尽くしていく。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

ポチタンは、私の腕の中で静かに眠っている。

小さな体が規則正しく上下しているのを見ていると、ほんの少しだけ心が落ち着いた。

 

……でも。

 

それでも胸の奥のざわつきは、消えてくれない。

 

一体、どれくらいこうしていただろう。

時間の感覚がよくわからなくなっていた。

 

「いくら調べても何もわからない……」

 

扉が開き、ジェット先輩が部屋に戻ってきた。

手には、あのプリキットミラールーペ。

 

さっきまで、研究室で調べていたジェット先輩。

でもその表情を見る限り、ミラールーペが光った理由はわからなかったらしい。

 

ジェット先輩は軽く息を吐いてから、私の方を見る。

 

「……みくるは?」

 

その問いに、私はすぐには答えられなかった。

 

喉の奥が詰まったみたいで声が出ない。

それでも、なんとか言葉を絞り出す。

 

「……マコトジュエルと、みのるを探しに行った」

 

自分でも驚くほど、力のない声だった。

空っぽみたいな声。

 

自分だけが安全な場所にいて、何もできずにただ座っている。

 

そのことが――どうしようもなく落ち着かなかった。

 

「ったく……あんなとポチタンを残して……」

 

違う。

違うんだよ、ジェット先輩。

 

そうじゃない。

 

こうなった原因は――

 

みくるが一人で飛び出したことも。

みのるが傷ついたことも。

 

……全部。

 

元を辿れば。

 

「私が……私が悪いの……」

 

気づけば、言葉が口からこぼれていた。

 

「みくるに声をかけられなかったから」

 

自分の声が、震えているのが分かる。

ジェット先輩が心配そうに私を見る。

 

「あんな……?」

 

私はポチタンを抱きしめる腕に、少し力を込めた。

 

「っ……笑ってたんだ」

 

涙が、じわっと目に溜まってくる。

 

「友達と……見たことない、知らないみくるで……」

 

言葉が途切れ途切れになる。

視界が涙でぼやける。

 

「だから……私が知らない、みくるの世界があるんだって……。出会ったばかりなんだから……知らなくて当然だよね……」

 

ぽろり、と涙がこぼれ落ちた。

 

「邪魔しちゃいけないって思って……みくるに何も言わずに、事件を調査したら……っ……」

 

息が詰まる。

 

「言い合いになって……!」

 

あのときの光景が、頭の中に蘇る。

 

みのるは――

 

その気持ちを、嫉妬だって教えてくれた。

そして、私は悪くないって言ってくれた。

 

でも。

 

それでもやっぱり、つらい。

 

だけど――

 

本当に、つらいのは。

 

「……みのるは……」

 

私は俯いたまま、言葉を続ける。

 

「独りぼっちの私のことを心配して……側にいてくれて……でも……私よりも、ずっと……ずっと……つらい気持ちを抱えてて……」

 

胸が苦しい。

 

「それなのに……大丈夫って嘘ついてて……」

 

涙が止まらない。

 

「私が……みくると一緒にいるようになったから……みのるは、もっと……!」

 

言葉が続かない。

 

私は、独りぼっちだった。

それは本当。

 

でも――

 

元の世界には、ちゃんと家族がいる。

 

友達もいる。

帰る場所がある。

 

だけど。

 

みのるは――

 

ずっと独りぼっちだった。

 

私が初めて感じたあの寂しさを。

ずっと、ずっと引きずってきた。

 

それなのに。

 

みのるは、涙を流さない。

いつも笑顔だった。

 

ふと、みのるの言葉を思い出す。

 

『泣けるのは、ちゃんと向き合ってる証拠だから』

 

みのるの言葉。

 

今、こうして泣いている私は――

ちゃんと向き合おうとしているのかもしれない。

 

でも。

 

涙を流さないみのるは、向き合えないまま――

ずっと抱え込んでいることになる。

 

「つらい気持ちは半分こにしようって……言ったはずなのに……」

 

その言葉は、ただの口約束になってしまうんじゃないかって。

 

「今の私は……みのるに……一方的に苦しみを与えて……自分自身も……苦しんでる……」

 

どうして、こうなってしまったんだろう。

 

「私がいるから……こんなことになって……」

 

「……っ……~~!!」

 

ジェット先輩は頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。

 

まるで「やれやれ」と言いたげな、少し呆れたような表情。

私の話を全部聞いたあとで、先輩は大きく息を吐く。

 

そして、ぽつりと言った。

 

「三角関係だな……」

 

「え……?」

 

思わず顔を上げる。

 

三角関係。

 

その言葉は聞いたことがあった。

恋愛ドラマとか、そういう話の中で出てくる言葉だ。

 

でも――

 

それが、私たちとどう関係するんだろう。

 

ジェット先輩は腕を組みながら続ける。

 

「あんなとみくるとみのるの気持ちが、複雑に入れ替わってるみたいだ」

 

その言葉を聞いて、私はじっと先輩を見つめた。

 

先輩は少し考えるように目を細める。

 

「みくるのこと、いろいろ考えたから動けなくなったんだろ?」

 

図星だ。

 

「それで、みのるの立場を奪ってしまったのは自分のせいだって思ってる」

 

先輩は肩をすくめる。

 

「みくるやみのると、同じじゃないか……」

 

「……あ!」

 

その瞬間。

ずっと曇っていた心に、光が差し込んだ気がした。

 

そうだ。

 

私たちは――

 

ずっと同じことを思っていた。

だからこそ、すれ違っていたんだ。

 

ジェット先輩は苦笑しながら言う。

 

「みくるは一人で飛び出していくし……それじゃまるであんなだ」

 

「……」

 

エリザさんのペンが盗まれたあの日、私は後先考えずに変装したニジーを探しにいった。

 

「みのるはつらい気持ちを我慢してる」

 

少しだけ、先輩の視線が柔らかくなる。

 

「それって、今のみくるに気持ちを伝えられないお前と同じだろ」

 

私は息を呑んだ。

 

「影響し合ってるってことだ。出会ったばかりなのに……ホント、びっくりするくらい」

 

「………」

 

三角関係。

 

それは、恋愛の話じゃない。

お互いが影響し合っている証拠。

 

出会ってまだそんなに時間が経っていないのに。

 

みくるの「考え込んでしまうところ」が――私に染み込んでいる。

私の「すぐ行動してしまうところ」が――みくるに染み込んでいる。

 

そして。

 

みのるの「自分を責めてしまうところ」が――

 

私に……いや。

私たち二人に染み込んでいる。

 

私たちは無意識のうちに、ちゃんと相手のことを想っていたんだ。

 

ジェット先輩は、ふっと小さく笑う。

 

「ボクは見たものしか信じないって言っただろ?」

 

そう言って、私の方をまっすぐ見る。

 

「短い間だけど、お前たちを見てきたボクにはわかる。お前たちは運命の……」

 

一度言葉を止めて、首を振った。

 

「いや、奇跡の三人だ」

 

「……ジェット先輩……!」

 

胸がじんわりと温かくなる。

 

互いに、相手を想っている。

 

それは――

 

本当の絆が生まれている証拠。

 

ただの「出会ったばかりの知り合い」なんかじゃない。

 

私たちはもう。

お互いの内側に、相手が入り込んでいる。

 

私はずっと思っていた。

 

みくるの世界に、自分は必要ないんじゃないかって。

私はまた、独りぼっちなんじゃないかって。

 

でも――

 

違った。

 

私たちはちゃんと、影響し合っていた。

 

「……フン!」

 

私が笑みを向けると。

ジェット先輩は、プイっと顔を背けた。

 

よく見ると、頬がほんのり赤くなっている。

照れくさいのだろう。

 

その様子が、少しだけかわいくて、

 

そして――

 

嬉しかった。

 

ジェット先輩のおかげで、私はまた一つ成長できる。

 

そう思った瞬間。

胸の中にあった迷いが、すっと消えていった。

 

「……ポチ」

 

すると小さな声が聞こえた気がした。

 

「……!」

 

腕の中で眠っていたポチタンの瞳が、ゆっくりと開く。

 

そして――

ニコっと、いつもの笑顔を見せてくれた。

 

「……ポチ!」

 

「ポチタン……!」

 

胸の奥に溜まっていた不安が、一気にほどけていく。

 

よかった。

本当によかった。

 

ポチタンは、無事だった。

 

安堵で力が抜けそうになる私の前に、ジェット先輩がしゃがみ込んだ。

その声は、優しくて――でも、どこか背中を押してくれるような強さがある。

 

「ポチタンは任せろ!」

 

先輩は親指で自分の胸を指す。

 

「行けよ。みくるのところに」

 

「……!」

 

「お前たちは二人で名探偵プリキュア。そしてみのるを入れて三人で――」

 

先輩は少しだけ笑う。

 

「運命の三人……だろ!」

 

「ジェット先輩……!」

 

胸が熱くなる。

ポチタンも、私の腕の中で元気に声を上げた。

 

「ポチ……!」

 

私はポチタンと目を合わせる。

そして、力強くうなずいた。

 

「……うん!!」

 

ポチタンがいてくれてよかった。

ジェット先輩がいてくれてよかった。

 

もう――迷う理由なんてない。

 

みくると一緒に、マコトジュエルを取り戻す。

 

そして――

 

みのるを、探しに行く。

 

「私、行ってくる!!」

 

私は勢いよくソファから立ち上がった。

急いで部屋を飛び出し、いつもの私服に着替えると、そのまま事務所のドアを押し開ける。

 

外に出ると、空は曇ったままだった。

灰色の雲が広がっている。

 

でも――

 

雨は降っていない。

走るには、ちょうどいい。

 

私はポケットから探偵道具を取り出した。

 

「オープン!プリキットボイスメモ!」

 

さっきまで…

この道具で、みくるからの通話が来ていた。

 

でも私は――出られなかった。

 

だから今度は。

私から、みくるに繋ぐ。

 

もしかしたら、この瞬間だって。

私たちは互いに影響し合っているのかもしれない。

 

通話ボタンを押す。

数秒の沈黙。

 

そして――

 

〈……あんな!?〉

 

すぐに聞こえてきた声。

みくるの声だった。

 

胸がいっぱいになる。

でも今は、喜んでいる場合じゃない。

 

私はすぐに叫ぶ。

 

「みくる!どこにいるの!?」

 

〈浜辺に向かってる!ニジーが来いって!〉

 

「……!」

 

浜辺。

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中に地図が浮かぶ。

 

私が住んでいた未来のマコトミライタウン。

その近くにある、唯一の海水浴場。

 

「虹ケ浜……!」

 

きっと、そこだ。

ニジーは――そこにいる。

 

「……私も行く!!」

 

〈え、ポチタンは!?〉

 

「ジェット先輩がいるから大丈夫!!」

 

私は走りながら叫ぶ。

 

「……急いで行くから!」

 

通話を切る。

 

場所はわかった。

私はそのまま走り出す。

 

虹ケ浜。

 

どうしてニジーが、わざわざ居場所を教えたのかはわからない。

 

でも――

 

今は考えている暇なんてない。

とにかく急がないと。

 

みのるのことも心配だ。

胸の奥で、強く願う。

 

すぐに終わらせるから。

 

だから――

 

もう少しだけ、待ってて。

 

 

_______________

 

 

 

【みのる Side】

 

私は――お父さんとお母さんの顔を知らない。

 

生まれて間もない頃に、捨てられたからだ。

 

その話を聞かされたのは、施設に入ってしばらくしてからのこと。

 

けれど、正直なところ驚きはあまりなかった。

施設にいるという時点でなんとなく察していたからだ。

 

周りにいる子たちはみんな似たような事情を抱えている。

家庭の事情、親の問題、どうしようもない現実。

 

そんな子ばかりが集まる場所にいれば、嫌でもわかる。

 

――ああ、私もそういう子なんだって。

 

だから私は、ずっと思って生きてきた。

 

「私は元々、不幸な人間なんだ」と。

 

喜びや楽しみなんて感情は、ほとんどなかった。

 

なぜなら――

 

私は、一度も心の底から笑えたことがなかったから。

 

不幸な人間として生きていれば、自然とポジティブな感情は生まれない。

 

その代わりに生まれたのが、

「笑顔に魅せる仮面」だった。

 

つまり――演技。

 

楽しいふり。

嬉しいふり。

 

そうしていれば、周りに余計な心配をかけずに済む。

 

それだけでよかった。

 

いじめに遭ったときも特別なことだとは思わなかった。

 

「これが普通なんだ」

 

そう思って、気にも止めなかった。

 

つらい気持ちはある。

 

だけど――

 

幸せになりたいという気持ちは、なかった。

 

だから。

 

みくると出会ったとき。

初めて隣にいてくれる存在ができたとき。

正直に言えば、嬉しかった。

 

でも、それ以上に強かったのは――

 

心配だった。

 

私と関わってはいけない。

私と一緒にいると、不幸になる。

 

ずっと、その考えが心の片隅にあった。

 

そして今日。

 

とうとう――

 

みくるに嫌われた。

 

私が邪魔だから。

私が役に立たないから。

私が余計なことをしたから。

 

私は――

 

存在してはいけない生き物だから。

 

「………」

 

耳に届くのは、さざ波の音。

空には、重く垂れ込めた暗い雲。

 

そして――荒れた海。

 

びしょびしょに濡れた制服が、体温を奪っていく。

寒気が体を震わせる。

 

でも。

 

そんなことは、どうでもよかった。

 

私は、どうしてここにいるんだろう。

 

雨に打たれながら、私はいつの間にか

まことみらい市の外れにある虹ケ浜まで来ていた。

 

気づけば雨は止んでいた。

 

けれど雲は厚く、太陽の光を完全に遮っている。

世界は薄暗い。

 

まるで――

 

私の心の中みたいだった。

 

どうして私は、いつもこうなんだろう。

 

無意識に余計なことばかりして。

結局、みんなを困らせてしまう。

 

だから――

 

私は事務所に戻れなかった。

 

ぼんやりと水平線を眺める。

 

理由なんてない。

壊れた機械みたいに、ただ同じ景色を見続けているだけ。

 

風情も。

感動も。

何も感じない。

 

私は砂浜に座り込み、動かずにじっとしていた。

 

そのとき――

 

「……ニジーでしょ」

 

背後から、足音が聞こえた。

振り返らなくてもわかる。

 

ナルシスト染みた少しクセのある歩き方。

一度見れば、すぐに覚えられる。

 

「……ボクの姿を見ずに足音だけでわかるなんて」

 

少し芝居がかった声が聞こえる。

 

「キミ……本当に人間かい?」

 

私は振り返らないまま答えた。

 

「……人間だよ」

 

風が髪を揺らす。

 

「プリキュアでも、妖精でもない……役立たずのお荷物」

 

自分を責める言葉だけは、いくらでも出てくる。

 

次から次へと。

 

本当に――

 

自分が嫌いになる。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

やがて。

 

背後で、くすりと笑う気配がする。

 

不気味な笑みを浮かべながら、ニジーがゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 

「お荷物……ねぇ」

 

ニジーがくすりと笑う。

波の音に紛れるように、ゆっくりと言葉を落とした。

 

「確かにキミは、名探偵プリキュアの立場で見たら邪魔でしかない存在だよ」

 

「……そうだね」

 

私は淡々と答えた。

 

知ってる。

そんなこと――全部、知ってる。

 

だってそれは、ずっと私が自分に言い続けてきた言葉だから。

 

きっとニジーは、私の心をへし折ろうとしているんだろう。

でも残念。

 

もう、とっくに折れている。

だからどんな言葉でも、受け入れられる。

 

「いいねぇ」

 

ニジーが少し楽しそうに目を細めた。

 

「何もかも諦めたようなその表情。ボクは嫌いじゃない」

 

「………」

 

……褒めているつもりなんだろうか。

 

本当に、めんどくさい性格だ。

こういう相手をするのは疲れる。

 

私は小さく息を吐く。

 

「ねぇ、ニジー。なんで帰らないの?」

 

ニジーが眉をわずかに上げた。

 

「マコトジュエルを二つも手に入れたんでしょ。プリキュアが来る前に逃げた方がいいんじゃない?」

 

敵なのに、普通に意見してしまった。

 

……変だな、私。

 

でも、もし私だったら。

プリキュアを退けて、ジュエルを二つも手に入れたなら――

 

こんな絶好のチャンス、見逃すわけがない。

 

迷わずアジトに直行する。

 

なのに、ニジーはここにいる。

 

「……キミも同じことを聞くんだね」

 

「……同じ?」

 

私と会う前にも、誰かに言われたのだろうか。

それならなおさら不思議だ。

 

どうして帰らない?

 

……いや。

 

ニジーの性格を考えれば、答えは一つだ。

 

私は小さく呟いた。

 

「……どうせプリキュアを倒すまで帰らないつもりなんでしょ?」

 

ニジーはゆっくり笑った。

 

「そこまでお見通しとは……その通りさ」

 

「ウソノワールという人に命令されたの?」

 

「いいや」

 

ニジーは首を横に振った。

 

「自分の意志さ」

 

その表情は落ち着いている。

 

でも――

 

ほんの少しだけ、焦りが見えた。

 

……なるほど。

 

きっとそういうことだ。

 

ウソノワールとかいうボスに、

 

「次はない」

 

そんなことを言われているんだろう。

だから後がない。

 

でも。

 

倒してこいと言われたわけじゃないなら、

わざわざリスクを背負う必要はないはずだ。

 

ニジーの性格に問題がある。

 

そういう判断ができないのは――

部下として致命的だ。

 

もしここで返り討ちにされたら、

せっかく盗んだマコトジュエルは取り返される。

 

そして――

 

ニジーは終わる。

 

私は静かに言った。

 

「そんな勝手なことして、負けたら何も言い訳できないんじゃない?」

 

ニジーの眉がぴくりと動く。

 

「それに、名探偵プリキュアはあなたが思ってる以上に強固な絆で結ばれてる」

 

私は砂を指でいじりながらはっきりと続けた。

 

「さっきは勝てたかもしれないけど……次は負けるよ」

 

……なんで私は、

敵のニジーにこんな警告をしているんだろう。

 

ウソノワールの足を引っ張るニジーの姿を見たくないから?

負けたときのニジーの結末を、想像するのが耐えられないから?

 

もう――

 

自分の本当の気持ちが、わからない。

 

「……ボクを甘く見すぎだよ」

 

ニジーは不敵に笑った。

 

「手は既に打ってある。名探偵プリキュアを、真っ向から打ち砕く手段をね」

 

「……何をするつもり?」

 

私がそう聞いた、そのときだった。

 

「どうしてここに呼び出したの?」

 

女性の声が響く。

 

「海か……なるほど」

 

別の少女のような声が続く。

 

私は思わず振り返った。

ニジーの背後。

 

そこに――

 

一人の少女が立っていた。

 

そして、その腕には。

ポチタンと同じくらいの大きさの、妖精のような生き物。

 

だけど――

 

ポチタンとは違う。

その妖精は、はっきりと人の言葉を話していた。

 

あの少女は――誰だろう。

 

妖精の言葉を聞く限り、ニジーと関係がありそうな雰囲気だった。

もしかして、あの少女も怪盗団ファントムの一員……?

 

けれど。

 

今まで見てきたファントムたちと比べると、あまりにも普通すぎる。

 

亜麻色のセミロングヘア。

その頭には、ぴょこんと目立つ二本のアホ毛。

 

服装も、見たところただの女の子だ。

怪しい雰囲気なんて、ほとんどない。

 

それなのに。

 

さっきの発言は――どこか意味深だった。

 

私は小さく息を吐く。

 

「……聞きたいことは山ほどあるけど」

 

そして、二人を見ながら言った。

 

「つまり……ここでプリキュアを迎え撃つつもり、と」

 

ニジーはゆっくり頷く。

 

「……その通り」

 

どうやらニジーは、この虹ケ浜を決戦の舞台に決めているらしい。

 

よりによって、砂浜。

そこまでして手柄を上げたいのだろうか。

 

私は少し呆れながら呟いた。

 

「………飛べないプリキュア相手にこんな足場が悪い砂浜と自由に動けない海を選ぶなんて、いい趣味してるよ。本当に」

 

皮肉を込めてそう話す。

 

「……キミまでボクの策に気づくとはね」

 

正直、ここまで策を練っているのは意外だった。

 

でも。

名探偵プリキュアは、その程度の小細工で負けるような存在じゃない。

 

なんとなく、わかる。

プリキュアが勝つ未来が。

 

「ちなみに今回は、ウソノワール様にはご覧いただかない」

 

そして、少し大げさに腕を広げる。

 

「シークレットライブとする」

 

……なるほど。

 

ウソノワールは、戦いを常に見ているわけじゃないんだ。

任意で見せないこともできるらしい。

 

ニジーは楽しそうに続けた。

 

「プリキュアを倒し、マコトジュエルを二つ持ち帰って……」

 

そして大げさに声を張る。

 

「サプラ~~イズ!!」

 

……呆れる。

 

そういうこと言う人って、大体負ける。

 

フラグみたいなものだ。

 

大人しくジュエルを持ち帰ればいいのに…。

きっと、痛い目を見ないとわからないタイプなんだろう。

 

「好きにして、さっさと終わらせて」

 

その少女も、同じように呆れた顔をしていた。

 

そしてふっと――

 

姿が消えた。

 

「言われなくても、そのつもりさ」

 

ニジーの声が低くなる。

 

その一言だけで、覚悟が伝わってきた。

 

本気で――

名探偵プリキュアを迎え撃つ。

 

それだけ、後がないということだろう。

 

ニジーはゆっくり私の顔を見た。

 

「花崎みのる……だったかな?」

 

口元に笑みを浮かべる。

 

「キミにも素晴らしい大舞台を用意しているから、楽しみに待っていてくれたまえ!」

 

「……舞台?」

 

意味がわからない。

 

私は舞台の主役なんかじゃない。

どちらかといえば、足を引っ張る裏方だ。

 

私にとってはどうでもいい。

 

でも――

 

ニジーは、私の存在をどう見ているんだろう。

 

そのときだった。

 

ニジーがふっと笑う。

 

「……そう言っている間に」

 

ゆっくりと海岸の向こうを向く。

 

「主役の登場と来たようだね」

 

「……!!」

 

――ザッ。

 

砂を踏みしめる、力強い足音。

 

少し距離がある。

でも、すぐにわかった。

 

小豆色の髪。

薄茶色のジャケット。

薄い臙脂色のスカート。

 

あの子しかいない。

 

「待っていたよ……プリキュア」

 

「みくる……」

 

ニジーとみくるが向き合い、緊張が張り詰める。

 

でも、みくるの視線が私の方へ向いた。

 

そして。

 

ニジーの隣に立つ私を見て――

みくるは、驚きの声をあげる。

 

「え……みのる……!?」

 

みくるの声が、少しだけ震えた。

 

「何でニジーと!?」

 

「………」

 

答えようとして、私は口を閉じた。

 

……と言っても、特に理由なんてない。

 

私はただここにいただけだ。

後からニジーが偶然来ただけ。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

 

なのに――

 

「遅かったね……」

 

ニジーが楽しそうに口を開いた。

 

「花崎みのるは、たった今」

 

芝居がかった仕草で腕を広げる。

 

「怪盗団ファントムの仲間になったのさ!」

 

「はぁ!?」

 

私の声が裏返る。

 

いや、ちょっと待って。

何を言ってるの、この人!?

 

私、そんなこと一言も言ってないし。

そもそも勧誘すらされてないんだけど。

 

勝手に入団させないでくれる?

余計な誤解を生む発言しないでもらえる!?

 

「そ……そんな……」

 

みくるの顔がみるみる青ざめていくのがわかった。

 

「どうして……!!」

 

……ほら。

 

完全に勘違いしてる。

私が怪盗団ファントムに寝返ったって。

 

はぁ……。

 

本当に、こういうところは抜け目ない。

使えるものは何でも利用するタイプだ。

 

私は心の中で深いため息をつく。

 

どうして私は、距離を置こうとしてもこうやって巻き込まれるんだろう。

 

そのとき――

 

「みくる!!」

 

別の声が響いた。

 

「あんな!!」

 

みくるが振り返る。

 

そこには、息を切らしたあんなの姿があった。

 

二人はすぐに合流する。

 

でも――

 

いつも一緒にいるはずの存在が、いない。

 

ポチタン。

 

……やっぱり。

まだ弱っているままだったんだ。

 

あんなが焦ったように言う。

 

「どうしたのみくる!?」

 

みくるの声がはずっと震えていた。

 

「み……みのるが……私のせいで……みのるが……怪盗団ファントムに……!!」

 

「っ……みのるが!?」

 

あんなの顔も驚きに染まる。

 

……あー。

もうダメだ、これ。

 

完全に私が寝返ったと思われてる。

 

でも。

まあ――

 

二人と距離を置くなら、むしろ都合がいいのかもしれない。

もちろん、入団なんてしないけど。

 

「おや……ベイビー妖精がいないようだが……」

 

ニジーもポチタンがいないことに気がついたようで、少し考えるようにしてから口元を歪める。

 

「まあいい。好都合と言うもの」

 

そして――

声を張り上げた。

 

「ハンニンダー!!」

 

ニジーが高らかに叫び、手にしていた薔薇を空高く放り投げる。

 

同時にツバメの像を素体にした、二体のハンニンダーが姿を現した。

 

翼を広げ、上空を旋回。

 

そして――

 

急降下。

 

ドォンッ!!

 

砂を巻き上げながら、私とニジーの背後に豪快に着地した。

 

「「ハンニンダー!!」」

 

重なる声が、空気を震わせる。

 

「うっ……」

 

体の芯まで響くようなその声に、思わず息が詰まった。

 

あのとき――

 

名探偵プリキュアを翻弄した強敵。

その二体が、再び牙をむく。

 

あんなとみくるが同時に前へ出た。

 

そして叫ぶ。

 

「マコトジュエルとみのるを、返してもらう!!」

 

二人は同時に、胸元のペンダントを構えた。

 

「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!」」

 

二人の声が、同時に響いた。

 

胸元のペンダントがまばゆい光を放つ。

その光はくるりと形を変え、腕に装着されたジュエルキュアウォッチへと姿を変えた。

 

「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」

 

声が重なる。

その瞬間、空気が震えるような輝きが広がった。

 

「サン!見つける!」

 

ジュエルキュアウォッチの針が、ゆっくりと3の位置を指す。

 

あんなとみくるの髪がふわりと揺れ、髪型が変化していく。

瞳の色も輝きを増し、まるで宝石のような鮮やかさを帯びていった。

 

「ロク、向き合う!」

 

針が6を指す。

 

光が二人の体を包み込み、その中から可愛らしい衣装が形作られていく。

リボン、フリル、装飾。

 

まるで魔法のように、衣装が一つずつ完成していった。

 

「キュー!奇跡の二人!」

 

針が9へ。

 

足元にブーツが現れ、ニーハイソックスがきらめく。

腕にはグローブがはめられ、姿はさらに華やかに。

 

「くるっと回して、キュートに決めるよ!」

 

針は最後に11へと進む。

 

ピアスと髪飾りが輝き、仕上げのように装着された。

ネクタイ型のリボンとケープが風を受けて揺れる。

 

そしてジュエルキュアウォッチはキャリーへと収まった。

 

「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」

 

「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」

 

決めポーズ。

 

二人は互いに歩み寄り、並び立つ。

 

そして――

 

「「名探偵プリキュア!」」

 

その名が響いた瞬間、光が弾けた。

砂浜に煌めきが散る。

 

その様子を見て、ニジーは満足そうに笑みを浮かべている。

 

「そうこなくては……」

 

マントを翻し、腕を振り上げた。

 

「行け、ハンニンダー!!」

 

「「ハンニンダー!!」」

 

ニジーの指示と同時に、二体のハンニンダーが動き出した。

 

翼を広げ、砂を巻き上げながら突進する。

それに合わせるように、名探偵プリキュアも体勢を整える。

 

キュアアンサーが一歩前へ出る。

キュアミスティックがその横に並ぶ。

 

波の音が響く。

風が砂をさらう。

 

虹ケ浜。

 

この砂浜を舞台にした――

 

ニジーとの決戦が、今まさに幕を開けた。

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