かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
「ハンニンダー!」
野太い叫びとともに、一体目のハンニンダーがまっすぐ距離を詰めてくる。
アンサーとミスティックは即座に左右へ散った。だが——足元が言うことを聞かない。
踏み込もうとするたびに砂が崩れ、体重を乗せた蹴りが打てない。
足首まで泥に埋まっている状態だった。
「はあっ‼」
アンサーが拳を振るう。
狙いは正確だった。
しかしハンニンダーは既に動いていた。
空気を切る拳をひらりと躱し、流れるような動作で横へ回り込む。
「——っ!!」
蹴りが脇腹に突き刺さった。
砂の上でバランスを取り戻す間もなく、アンサーの体が吹き飛ぶ。
「アンサー!!くっ……!!」
ミスティックが前に出た。
後退するアンサーと入れ替わるように、ハンニンダーへと一気に踏み込む。
「ハンニン——」
「そこ!!」
ハンニンダーの拳が伸びた瞬間——ミスティックは背中を大きく反らした。
指先が鼻先をかすめる。
そのまま勢いを殺さず、両手を砂地について逆立ちの体勢へ。
砂が舞い上がる中、両脚が天高く振り上げられた。
「はああっ!!」
「ハンニン!?」
二本の足が鋭い軌道でハンニンダーの胴体を捉える。
重い衝撃音とともに、ハンニンダーが大きく吹き飛んだ。
——その時だった。
「ミスティック、後ろ!!」
「!?」
アンサーの声が耳に届いたが、既に遅かった。
振り返る隙すらない。
もう一体がいつの間にか背後に張り付いていた。
距離はゼロに等しい。
防御する間も、逃げる間も——
「ハンニンダー!!」
「あっ……が——」
アッパーが鳩尾を抉った。
声にならない呻きが喉から漏れる。
ミスティックの体が宙を舞い、アンサーの隣まで弾き飛ばされた。
(……やっぱり二体相手じゃ……いや、場所も悪い)
砂浜。それがすべての元凶だった。
踏み込むたびに足を取られ、跳ぶたびに軸がぶれる。
学校での戦いより二人の気持ちは落ち着いている。
なのに——体が思うように動かない。
対して敵は違う。
ハンニンダーは飛べる。
砂など関係ない。
地面に縛られているのは二人だけだ。
「大丈夫!?」
「大丈夫、このくらい平気!!」
ミスティックはすぐに立ち上がった。
膝の震えを踏み潰すように砂を踏み締め、アンサーの隣に並ぶ。
二人の視線が前を向く。
「ハンニンダー、同時に挟み込め!」
「「ハンニンダー!!」」
二体が左右に分かれた。
じりじりと間合いを詰めながら、アンサーとミスティックを両側から締め上げようとしている。
逃げ場を潰す、狩りの動きだ。
「アンサー」
「うん……せーのっ!!」
接触する刹那、二人は同時に地面を蹴った。
砂が飛び散る。
足場が悪い中、ギリギリ拳の届かない高さまで体が浮き上がる。
ハンニンダーは止まれなかった。
——ドシーン!!
左右から全速力で突っ込んだ二体が、真正面からぶつかり合った。
轟音が砂浜に響き渡り、衝撃で砂埃が円く広がる。
「「ハ……ハンニンダ〜〜」」
目を白黒させながら、二体がふらふらと揺れている。
その隙を——逃すはずがない。
「「はあああっ!!」」
「「ハンニンダー!?」」
急降下。
二人の体が矢のように落ち、両足がハンニンダーの体を踏み抜いた。
砂煙が舞い上がり、辺りが一瞬白く染まる。
着地。
さっきより、確かに息が合っていた。
「……すごい」
思わず漏れた私の呟きを、ニジーは舌打ちで掻き消した。
「ちっ……なら、これはどうかな!」
ニジーの視線がハンニンダーへと走る。
合図を受けた一体が、最初とまったく同じ軌道で二人へ向かって突っ込んできた。
「同じ手には乗らないよ!」
アンサーが叫び、二人は同時に地面を蹴った——はずだった。
ずぶ、と。
足元の砂が大きく沈み込んだ。
跳ぼうとした力が砂に吸い込まれ、体がほとんど浮き上がらない。
「な!?」
「しまっ——」
「ハン!!」
ハンニンダーの体当たりが、逃げ場を失った二人を正面から捉えた。
衝撃が全身を貫き、二人の体が上空へと弾き飛ばされる。
「「うっ!?」」
空中で体勢を立て直す間もない。
「ニン!!」
真上から、二体目が落下してきた。
「「ああああっ!!」」
連続の衝撃。
空中でまともに受けたそれは、砂浜での一撃とは比べ物にならない重さだった。
アンサーとミスティックは力を失い、そのまま海面へと叩きつけられた。
波が激しく立ち上がり、すぐに静まる。
——しばしの沈黙。
「……足場が悪い砂浜で行動を縛って、大きく動けない海に叩き込む。これが最初からの狙いなんでしょ、ニジー!」
睨む私にニジーは薄く笑った。
腰に手を当て、周囲はハンニンダーが旋回している様子は、この空間全体を支配しているかのように立つ。
「フフっ……足場のない海は、飛べない君たちには不利に働く。対してこちらは、空を自由に舞うツバメ。さあどうする?」
一方的な優位を突きつける声に、余裕が滲んでいた。
その時だった。
「ん!?」
「海が……」
二人が沈んだ場所から、光が溢れ出した。
静かだった海面が輝きを帯び、眩い光の円盤が水しぶきとともに次々と空へ飛び出す。
まるで海そのものが息を吹き返したかのように。
「なんだ!?」
「「はあああああっ!!」」
円盤を追うように、二人が水面から躍り出た。
アンサーとミスティックは光の足場を踏み台にしながら、弾かれたように上空へと舞い上がる。
それぞれの手に握られているのは小さく光るライト。
「あれは…プリキットライト……」
ニジーの顔から笑みが消えた。
「足場を……作ったというのか!?」
以前、ジェット先輩から教えてもらった。
プリキットライト——ライトで描いた形を、そのまま実体として現出させることができる道具。
それで作り出した無数の光の円盤が、今や海上に広がる足場となっていた。
海の中では動けないという弱点を、自らの手で塗り替えたのだ。
「反撃だよ!」
アンサーが叫ぶと同時にライトを走らせ、さらに足場を増やしながら加速した。
光の踏み石を次々と蹴り、拳に全力を込めて——
「アンサーアタァァァック‼」
「ハンニンダーぁぁぁ!?」
拳がハンニンダーの顔面を真正面から撃ち抜いた。
乾いた衝撃音が響き渡り、ハンニンダーの体が弧を描いて吹き飛ぶ。
そのまま堤防へと激突し、重い音を立てて崩れ落ちた。
「い……っ!?」
ニジーが息を呑む。
だが、止まらない。
「ハンニンダー!!」
もう一体がミスティック目がけて突進してくる。
受け止める隙など、あるはずがない……そう見えた。
「ミスティックリフレクション!!」
宝石の輝きが弾けた。
ミスティックの体の前に展開した結晶のバリアが、ハンニンダーの全体重を真正面から受け止める。
「ぬぅぅぅぅあああ゙あ゙あ゙っ‼」
「ダ~ぁぁぁ!?」
バリアが光とともに弾け、ハンニンダーは来た方向へと弾き飛ばされた。
そのまま海へと落ちていく。
大きな水柱が上がり、波紋が広がる。
——形勢は、逆転した。
「マコトジュエルとみのるを返して!!」
「ツバメの像とみのるを返しなさい!!」
二人の声が海風を切り裂く。
怒りを隠そうともせず、アンサーとミスティックがニジーへと向き直る。
——私を返して、か。
人質に取られているわけでも、縛られているわけでもないのに。
ニジーが余計なことを言ったせいで、二人はまだ私が寝返ったと思い込んでいる。
訂正する言葉を探したが、それより先にニジーが声を上げた。
「フハハ……まだ幕は上がったばかりさ!」
形勢は逆転されたはずだ。
なのにニジーの顔には、まだ余裕の笑みが貼り付いていた。
さっきまで焦りを滲ませていた表情は、どこへ消えたのか。
その笑みの意味を考える間もなく、堤防に叩きつけられたハンニンダーと、海へ沈んだハンニンダーが、ほぼ同時に空へと舞い上がった。
——パチン。
乾いた音が響いた。
ニジーが指を鳴らした瞬間、二体のハンニンダーが光を放ちながら一点へと引き寄せられていく。
「「うっ……!」」
閃光がアンサーとミスティックの視界を焼く。
目を細めながらも二人は光の中心を睨み続けた。
(何をする気……?)
そして
——光が弾けた。
「ハンニンダー!!!」
「……合体、した!?」
そこにいたのは一体だった。
だが、それはもうあのハンニンダーではない。
巨大な二対の翼を広げ、圧倒的な質量を持った存在が、夜の海上にその姿を現した。
二体が融合したのだ。
「力を合わせるとは、こういうことさ!!」
ニジーが高らかに叫びながらハンニンダーへと飛び乗る。
そのまま翼が大きく羽ばたき——一直線にプリキュアへと突っ込んできた。
見た目はただの体当たり。
しかし、その重さが違う。
「「ああっ!?」」
光の足場が砕け散った。
ニジーとハンニンダーが接触した瞬間、アンサーとミスティックが築いていた足場ごと粉々に消し飛ばされる。
二人はすぐさま別の足場へと跳び移ったが、ハンニンダーは止まらない。
翼を羽ばたかせながら追い回し、足場を次々と破壊していった。
「ハンニン……ダー!!」
周囲の空気が震えた。
ハンニンダーの全身から、ツバメの形をしたエネルギーが無数に生まれ、渦を巻きながら二人へと殺到する。
「うっ!?」
「ああっ!」
避けきれない。
数が多すぎる。
直撃したエネルギー弾が二人の体を砂浜へと叩きつけた。
光の足場は残らず砕かれ、逃げ場が消えた。
「……はぁ……はぁ……」
「なんてやつ……!」
砂まみれになりながら、二人がゆっくりと膝を立てる。
体が悲鳴を上げているのが傍目にも分かった。
ハンニンダーが砂浜に降り立つ。
その背から、ニジーが静かに前へ出た。
「この不利な状況で、ここまで戦えるキミたちに、敬意を表する」
「……敬意?」
アンサーの目が細くなった。
ミスティックも無言で構えを解かない。
まだ何かある。
ニジーのここまでの余裕は、合体したハンニンダーのためだけではない。
そんな確信が二人の表情に滲んでいた。
「さらにボクは、確実にプリキュアを倒すため——もう一枚のカードを持っているのさ」
ニジーがゆっくりと手を伸ばした。
その指先にあるのは、いつも携えている一本のバラの花。
「もう一枚?」
アンサーが問い返す。ニジーは待っていたとばかりに口の端を上げ——
私を、見た。
「それは……花崎みのる、キミだよ」
「……え?」
「……!?」
ニジーの言葉が、脳裏に重なった。
『キミにも素晴らしい大舞台を用意しているから、楽しみに待っていてくれたまえ!』
さっきも、同じことを言っていた。
あの時は何の意味なんだろうと流してしまった。
でも——ま、まさか。
そんなはずは。
そんなはずは——!
「ここまで戦えたお礼に見せてあげよう!!最高の演出を!!」
「や、やめて……やめて!!」
腕を振った。
声を上げた。
それしかできなかった。
ニジーは私を一瞥することすらなく、すでに口を開いていた。
「嘘よ覆え!!出でよ、ハンニンダー!!」
バラが飛んだ。
気づいた時には、もう遅かった。
「……かっ……は……ぁ……」
胸に、バラが刺さった。
痛みはなかった。
それが、余計に恐ろしかった。
痛みの代わりに来たのは——暗闇だった。
心の底から、底知れない何かが吹き上がってくる。
温度のない、光のない、ただ膨大な質量を持った闇が、内側から私を満たしていく。
指が動かない。
膝から力が抜ける。
視界が、黒に染まっていく。
「……!!みのるうううっ!?」
ミスティックの声が、遠い。
「さあ来たまえ!新たなハンニンダーよ!!」
ニジーの声が、近い。
「ハンニンダーアアアアぁぁぁぁぁ!!!!」
「「ううぅぅっ!!」」
咆哮が砂浜を揺らした。
プリキュアの二人が怯む声がした。
私は砂の上に倒れた。
冷たい砂の感触が、頬に触れた気がした。
それきり——何も、わからなくなった。
_______________
【みくるSide】
「……うそ……みのるの……マコトジュエルが……ハンニンダーに……」
アンサーの声が、震えていた。
顔を上げた先にいたのは、人形だった。
ツバメのハンニンダーよりも大きい、操り人形のような姿をしたハンニンダー。
手足は見えない糸に吊り下げられ、力の抜けた四肢がだらりと宙に垂れている。
無機質な顔に表情はなく、ただそこに在るだけで、周囲の空気を塗り替えていた。
みのるのマコトジュエルから、なぜこんなものが——理解が追いつかない。
ニジーの傍らに横たわるみのるは、微動だにしない。
「ニジー!!!よくも……みのるを!!」
怒りが言葉より先に出た。
ニジーを睨む目に、熱が滲む。
「そう熱くならないでくれたまえ」
ニジーは涼しい顔だった。
「キミたちにとって最高の晴れ舞台を用意したまでだよ。何もしてこないからって油断していたから——格好の的だった」
「くっ……!!」
完全に、油断していた。
みのるが怪盗団ファントムにいると知って、混乱して、それだけで頭がいっぱいだった。
もっと早くみのるをニジーから引き離していれば——そう思っても、もう遅い。
「どうしてみのるにこんなことするの!?みのるはずっと苦しんでたんだよ!?なのに……なのにっ!!」
アンサーの声が割れた。
「そんなの知らないよ」
ニジーはただ、それだけ言った。
「ボクは本気でキミたちプリキュアを潰しに来ている。どんな方法を使ってでも、倒すことに変わりはない」
言葉に、温度がなかった。
アンサーの訴えを、石でも払うように一蹴する。
私の親友を……こんな目に遭わせたニジー。
「……許せない……絶対に!!」
絶対に、負けない。
「フッ………やれ、ハンニンダー」
「ハンニンダーあああっ!!」
人形が、腕を一振りした。
ただそれだけだった。
なのに、凄まじい風圧が波のように押し寄せ、二人の体を根こそぎ吹き飛ばそうとする。
「「きゃあっ!?」」
なんという力。
これは今まで戦ってきたハンニンダーとは——別物だ。
「ミスティック……」
「わかってる。だけどやるしかないでしょ!」
心配そうにこちらを見るアンサーの目。
不安がないと言えば嘘になる。
あの人形のハンニンダーに、ツバメのハンニンダー。
二体同時に相手にして、私たちだけで——勝てるかどうか、わからない。
だけど。
戦わない理由には、ならない。
「行くよ、アンサー!」
「ええ!」
「おっと——そうはさせないよ。ハンニンダー!」
「ハン……ニン……ダー!!」
ツバメのハンニンダーが、アンサーへ一直線に突っ込んだ。
速い——速すぎる。
反応する間もなく、アンサーの体が森の方向へと吹き飛ばされていく。
「きゃああ!!」
「アンサー!!」
その声が届いた瞬間——影が落ちた。
人形のハンニンダーが、私へ向けて腕を振り下ろしていた。
「ハンニンダー!!」
「っ!!」
咄嗟に横へ跳ぶ。
腕が砂浜を叩いた音は、爆発のようだった。
大きくえぐれた砂地から砂煙が舞い上がり、視界を白く染める。
直撃していたら……考えるだけで、背筋が凍った。
「ミスティック!!私のことはいいからそっちをお願い!!」
「アンサー!?」
吹き飛ばされながらもアンサーが叫んでいた。
ツバメのハンニンダーの追撃を体で防ぎながら、森の中へと引き込まれていく。
「ツバメは私が引き受ける!ミスティックは人形を!」
「っ……わかった!!」
返事をしながら、その重さが胸に落ちてくる。
アンサーはツバメのハンニンダーを一人で相手にする。
つまり私も——この人形のハンニンダーを、一人で相手にしなければならない。
たった一人で。
この化け物を。
「分断まで仕掛けてくるなんて……!」
「言っただろう?プリキュアを倒すって。分断されることくらい、ちゃんと考えないとダメだよ?」
「ニジー!!」
まさかここまで対策してくるとは。
でも、みのるを助けなければ。
このまま終わったら、私はずっと後悔する。
絶対に負けない。
「ハンニンダー、暴れろ」
「ハンニンダーぁぁぁぁぁっ!!!」
人形が跳んだ。
その巨体からは想像もつかない跳躍だった。
重力を忘れたような身軽さで、真上から私へと急降下してくる。
(意外と素早い……避けて逃げたら衝撃波に巻き込まれる。なら——)
力を集中させた。
逃げない。
真正面から、ぶつかる。
「ミスティックリフレクション!!」
バリアが展開した瞬間、ハンニンダーの全重量が叩きつけられた。
「ぐっ……ああぁぁぁ!?」
「ハンニンダーぁぁぁ!!」
防いだはずなのに——衝撃が全身を貫いた。
骨が軋む。
足が砂に埋まっていく。
バリアが悲鳴を上げている。
みのるのマコトジュエルから、これほどのものが召喚されるなんて……。
(負け……ない!!)
「はあぁぁぁぁ!!」
長く受け止めていればバリアが砕ける。
さっきと同じだ——弾く。
全力で、押し返す。
バリアが光を弾け散らせながらハンニンダーを吹き飛ばした。
着地の瞬間を、逃さない。
「はあっ!!」
拳を顔面へ叩き込もうとした——その瞬間、ハンニンダーも拳を繰り出していた。
正面からぶつかり合う。
衝撃が腕を痺れさせ、周囲の砂と葉が竜巻のように舞い上がった。
「ハン!」
右腕が迫る。
後退して躱す。
「ニン!!」
間髪入れず左腕が真上から来た。
ステップで横へ。
(今——!)
「やっ!!」
回し蹴りをハンニンダーの側頭部へ叩き込んだ。
鈍い音が響き、巨体がよろめく。
「……はあっ!!」
追撃。
「ハンニン!」
躱された。
大きな体が、信じがたい素早さで横へ流れる。
(見た目に騙されたら痛い目を見る……)
息を整えながら距離を取る。
額に汗が滲む。
(長期戦は不利。でも——こいつ、もしかして)
人形のハンニンダーの動きを目で追う。
攻撃は確かに重い。
だが、どこか——余裕がある。
本気を出し切っていない。
まるで戦いを、楽しんでいるように見える。
それなりに拮抗しているはずだ。
少なくとも、私の目にはそう映っている。
だとすれば——本気を出された時、私は果たして。
(考えるな。今は、目の前だけ)
砂を踏み締め、構え直した。
(それなら——)
息を吸う。
冷たい潮風が肺に入り込んで、少しだけ頭が冷える。
みのるのことで頭がいっぱいになって、感情的になってはいけない。
今は目の前だけを見る。
「来ないなら、こちらからだ!ハンニンダー!!」
「ハンニンダーあああ!!」
動きが変わった。
直線ではない。
フェイントを織り交ぜながら、ハンニンダーが私の周囲を走り回る。
砂が舞い上がる。
視線を追うほど翻弄される。
気づいた時には、背後にいた。
「ぐっ……」
「ハンニンダー!!」
右が来る。
脳が判断するより早く、体が動いた。
上体を逸らす。
風圧が頬をかすめた瞬間、その勢いに乗せて足を払う。
「……ハン……ニン!?」
「まだ!!」
左拳に全力を込めた渾身の一撃。
受け止められた。
硬い。
岩のように硬い。
守りに入った腕もダメージを受けているはずなのに、ハンニンダーの体勢はわずかに揺らぐだけで崩れない。
そして間を置かず、右が来た。
「が……ぁ、ぐぁっ……!」
体が浮いた。
砂浜が背中を叩く。
曇り空が見えた。
「は……ぁ……はぁ……はあ……」
全身が燃えるように痛い。
戦い続けてきた疲労なのか、今の一撃によるものなのか——もうわからない。
どちらとも判断できないほど、あらゆる場所が悲鳴を上げていた。
「まだ……だ……」
膝をつきながら、立ち上がる。
体が言うことを聞いた。
まだ動ける。
「しぶといね」
ニジーの声は穏やかだった。
それが余計に腹立たしい。
「早く諦めた方が身のためだよ。余計に苦しむことになるから」
「うるさい……!」
砂を握り締める。
「私の親友のマコトジュエルをこんなことに利用して!!絶対に……絶対に許さない!!」
なぜまだ体が動くのか、自分でもわからない。
怒りが原動力になっているのか。
みのるを助けたいという気持ちから来るのか。
それとも単なる意地なのか——どれとも言えなかった。
ただ、動かせるなら。
使わない手はない。
「やれ、ハンニンダー」
「ハンニンダーあああぁぁぁ!!!」
一撃が来た。
受ける。
全身で、受け止める。
衝撃が骨の奥まで走り抜けた。
「あぐっ……!」
視界が揺れた。
砂浜が二重に見える。
足の感覚が薄れていく。
膝が、落ちた。
砂に手をついて、顔を上げる。
目の前に——ハンニンダーが立っていた。
息が、荒い。
限界が来ている。
「よくここまで堪えたね、名探偵プリキュア」
ニジーの声は静かだった。
嘲りではなく、本心から言っているように聞こえる。
「キミは、とても強い名探偵だ。けれど、ボクには届かなかった。キミの最大の敗因は——怪盗団ファントムが相手だったということ」
「ハン……ニン……ダーあああああ!!」
ハンニンダーが唸った。
右腕が振り上げられる。
確実に、仕留めるための一撃。
「これで、終わりだ……!」
取った………ニジーの目がそう語っていた。
私たちを侮ってはいなかったはずだ。
だからここまで徹底的に準備してきた。
合体、分断、みのるのマコトジュエル。
すべてが、怪盗団ファントムを倒す力を持つ相手へ向けた策だった。
今、私は膝をついて打ちひしがれている。
少なくとも——ニジーの目にはそう映っていた。
その隙を、私はついた。
ほんの僅かな隙。
どれだけ戦闘に慣れた者でも見逃すような、針の穴ほどの瞬間。
体を、わずかにずらした。
視界は疲労で朦朧とし、ほとんど見えていなかった。
それでも——体が覚えていた。
振り下ろされたハンニンダーの右腕が、空を彷徨う。
「は、ァ……っ!!」
「ハン……ニン!!?」
カウンターの拳がハンニンダーの胴を抉った。
感覚だけで位置を掴み、よろめいた巨体へ追撃を叩き込む。
「はぁぁっ!!」
「ハンニンダー!?」
「こいつ……まだ戦えるというのか!?」
ニジーの声から、余裕が消えていた。
信じられないものを見る目で、立ち上がる私を見ている。
なぜ動けるのか、自分でも説明できない。
ただ、わかることがある。
ツバメの像がなくなったら、みんなが悲しむ。
私たちが負けたら、みのるのマコトジュエルはハンニンダーにされたまま終わる。
そんなの、絶対に嫌だ。
「私は……名探偵プリキュア……キュアミスティック」
砂を踏み締めて、一歩前へ出た。
ハンニンダーを、真っすぐに睨む。
「ハン……ニン……」
巨体が、わずかに後退った。
私の気迫を感じたのだろうか。
それとも——絶対に諦めないという意思が、言葉よりも先に届いたのか。
どれだけ強い相手でも。
どれだけボロボロでも。
困っている人がいる限り、諦める理由にはならない。
「困っている人を助ける……それが私の答えだ!!!!」
「ハンニンダーあああああぁぁぁぁぁっ!!!」
「はああああぁぁぁぁっ!!!!」
拳と拳が、激突。
衝撃波が砂浜を薙ぎ払い、砂煙が空へと吹き上がった。
_______________
【あんなSide】
「ハンニンダー!!」
「ぐっ……あぁっ!?」
強い。
攻撃が悉く躱され、一方的に叩かれる。
砂浜よりは動きやすい——それだけ。
木々が周囲を囲み、視界が狭い。
地の利など、どちらにもない。
「プリキットライト!!」
光の足場を空中に描き、踏み台にして高度を上げる。
木の梢を抜けると、空が広がった。
「ハンニンダーぁぁぁ!」
「来た!」
視界が開いた瞬間、ハンニンダーが一直線に突っ込んでくる。
足場を蹴って横へ跳ぶ。
間一髪で躱す。
さっきみたいに足場を砕かれるわけにはいかない——そう思った直後、
「ハンニンダー!!」
(まずい……)
翼が広がり始めた。
体勢を整えている。
エネルギー弾を大量に撃つ気だ。
——いや、逆だ。
撃たせなければいい。
「はぁぁっ!!!」
距離を詰めた。
引かずに、真正面から突っ込む。
向かってくると思っていなかったのか、ハンニンダーの動きが一瞬止まった。
その一瞬で十分だった。
「ハンニンダーぁぁぁ~~!?」
拳がハンニンダーの胴体に直撃する。
大きく体勢が崩れた隙に追撃を叩き込む。
「ふっ!」
「ダー!?」
顔面への蹴りがハンニンダーを地面へ叩き落とした。
だが、これで終わるわけがない。
「ハンニンっ!!」
遠距離をやめたのか、ハンニンダーが自ら飛んでくる。
ぶつかる寸前、向かいの足場へ跳び移る。
背後を取って、背中に跳び蹴り。
「ダーっ!?」
よろめく。
別の足場へ移って畳み掛けようとした——躱された。
「うっ!!」
「ハンニンダー!!」
ハンニンダーも黙っていない。
私のパンチを宙返りで躱し、そのまま背後を取られた。
蹴りが脇腹に突き刺さる。
「うっ!!」
「ハン……ニンダー!!」
足場を蹴り、空中を走る。
取って、取られて、縦横無尽に動き回る。
だが——わかる。
ハンニンダーにはまだ余裕がある。
こちらはミスティックのことが頭から離れず、体力も削られていく。
時間は、味方をしてくれない。
「ハンニンダーあああぁぁ!!!」
「……なっ!?」
翼が大きく広がった。
全身から溢れ出すエネルギーが一点に集まり、巨大なツバメの形を成していく。
見ただけでわかる——食らったら終わりだ。
距離を取る。あれだけ大きければ撃つまでに時間がかか………
「ハンニンダー!!」
「……は、早っ!!?」
もう、目の前にあった。
避けられない。
「うぅぅぅああぁぁぁぁぁ!!!!」
光が、全身を飲み込んだ。
痛みとも衝撃ともつかないものが全身を貫き、エネルギーが爆散する。
体が宙に投げ出された。
木の葉が舞い、空がぐるりと回る。
「うっ………っ……あぁ……」
足場だった。
辛うじて近くの足場の上に落ち、地面への激突は免れた。
だがそれだけだ。
全身が悲鳴を上げている。
手をつくと、腕が震えた。
「はぁ……はぁ……」
ハンニンダーが見下ろしていた。
急かすでもなく、焦るでもなく——いつでもトドメを刺せるとわかっているから、余裕がある。
(……こんなことで……終わりたくない!)
でも。
このまま終わるなんて、絶対に嫌だ。
決めたんだ…嘘で覆われた世界になんてさせないって。
みくると、そう決めたんだ。
困っている人を助けるって。
膝に力を込める。
腕を伸ばす。
体が、立ち上がった。
「……もう終わり?」
「ハ……ンニン……ダー!?」
ハンニンダーの顔に、初めて動揺が走った。
あれだけの一撃を受けて、まだ立っている。
その事実が、向こうの想定を超えたのだとわかった。
怪盗団ファントムとの戦いは、始まったばかりだ。
こんなところで、私は負けない。
「これ以上時間はかけてられない。一気に倒す!」
「ハンニンダー!!」
ハンニンダーが慌てたようにエネルギー弾を連射してくる。
私は足にパワーを集中させた。
跳んだ。
ツバメのエネルギーが乱れ飛ぶ中を、隙間を縫うように直進する。
左、右、また左——体が弾道を読んでいた。
ハンニンダーの眼前まで一気に肉薄する。
「……!」
だが攻撃には転じない。
そのまま速度を上げ、ハンニンダーを中心に足場を踏み台にして周囲を駆け始めた。
「ハンニン……!?」
円を描くように、加速する。
さらに加速する。
足場から足場へ、止まらずに、緩めずに。
視線を追わせる。
目で追わせる。
追いきれなくなるのは時間の問題だ。
ハンニンダーが大きなエネルギー弾を一つ生み出した。進路上に置く気だ。
減速できない。
「っ……まだ!」
ぶつかった。
光が弾け、黒煙が広がる。
痛みが全身を走る——構わない。
煙の中から、再び加速した。
「……っ!?」
ハンニンダーが判断を変えた。
エネルギー弾を自身の周囲に集め、盾にする。
同時に翼を構える。
私の動きを目で追いながら、足場に足をつける一瞬を待っている。
軌道を変えるために着地した瞬間——そこを狙うつもりだ。
「そうくるよね!」
読んでいた。
全部、読んでいた。
フェイクを入れた。
着地するふりをして、ハンニンダーの視線を引きつける。
その瞬間を、私は待っていた。
「はっ!!」
「ハン……ニン!!?」
着地する瞬間、パワーを込めた足を思い切り振り払った衝撃波の反動を利用した。
軌道を変え、背後へ回る。
拳を振りかぶる。
パワーが集まってくる。
光が、拳に満ちていた。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「ハンニンダー!?」
振り返るのと、放たれるのが同時だった。
手をかざして防ごうとするハンニンダーよりも早く、パワーが二人の間を伝う。
直接叩きつける一撃のはずのそれは、空間ごと歪ませながらハンニンダーへと到達した。
「……ハンニンダーぁぁぁ!?」
命中した。
確かに、した。
「……うっ!?」
なのに、衝撃が体を叩く。
腹部をかすったエネルギー弾——防御の瞬間に弾かれた流れ弾が、私を捉えていた。
状況を理解するのに、一秒もかからなかった。
脇腹が、熱い。
「うぅぅ!?」
滲む血を手で押さえながら、ハンニンダーを見据える。
その隙を、見逃さなかった。
「ハンニンダー!!!」
「あっ……がはっ!?」
体当たりがまともに入った。
地面に叩きつけられる。
腹部の痛みと衝撃が重なり、視界が明滅する。
体力の底が、見えてきた。
——諦めない。
「ハンニンダー!!」
追撃が来た。
紙一重で躱し、横から一撃を叩き込む。
「ハン……ニン!?」
速度を上げた。
地面を蹴り、角度を変え、四方から畳み掛ける。
「ハンニンダーぁぁぁ!?」
全て当たった。
致命傷ではない。
だけどハンニンダーの体勢が崩れた。
大技を決めるには、十分な隙。
息を吸う。
全部、ここに込める。
ありったけの全部を、この一撃に。
「アンサーアタアアァァァック!!!はぁぁぁぁぁあああああッ!!!!!」
「ハンニンダーああああぁぁぁぁぁ!!!?」
閃光が弾けた。
激しく吹き飛ばされたハンニンダーが轟音を引き連れながら、砂浜の方へと墜落していく。
「はぁ……はぁ……まだ!」
脇腹が痛む。
血が滲み続けている。
でも足は動く。
ツバメのハンニンダーはかなり弱っている。
だけどまだ浄化できていない。
ミスティックと合流して、二人で浄化する。
それまで油断はできない。
血の滲む脇腹を押さえたまま、私は砂浜へと走った。
「ミスティック!!どこにいるの!?」
声が砂浜に吸い込まれていく。
辺りを見回した。
ニジーの姿がない。
人形のハンニンダーも見えない。
視界に入ったのは、砂の上に横たわる、みのるの体だった。
「……みのる……みのっ——」
声が、途切れた。
見てしまった。
みのるの傍らに、もう一人。
ボロボロになった姿で、砂浜に倒れている。
「み……ミスティッ……ク……」
キュアミスティックだった。
私と同じように傷だらけになって、動いていない。
「なかなかしぶとい相手だったけど、やっと倒せたよ」
背後から、声がした。
振り返る。
ニジーが立っていた。
その隣に、人形のハンニンダー。
ミスティックが、負けた。
その事実が、どうしても——どうしても飲み込めない。
「今度はキミの番だよ。さようなら、キュアアンサー」
「ハンニンダー!!」
気づいた時には、体が宙を飛んでいた。
恐ろしい力だった。
これを、ミスティックは一人で受け続けていたの?
この化け物を、たった一人で——。
(二人で……約束したのに……)
体がミスティックの隣に落ちた。
砂が顔に触れる。
腕に力が入らない。
意識の端が、暗くなり始める。
——負けちゃうの?私たちは?
「み……くる……」
声を絞り出した。
返事は、なかった。
『私たちで困った人たちを助ける。マコトジュエルを守って、ポチタンも元に戻して、そしたらあんなも元の時代に!』
みくるの声が、耳の奥で響く。
あの日の、あの言葉。
一緒に困っている人を助けるって。
——約束したのに。
みくるがいなくなっちゃったら。
みのるがいなくなっちゃったら。
私は……もう……。
涙が、砂に落ちた。
嫌だ。
このまま終わるなんて嫌だ。嫌だ。嫌だ——。
でも、そう思っても何も変わらない。
状況は変わらない。
現実は、何も変わらない。
砂を踏む足音が近づいてくる。
ニジーと、ハンニンダー。
ゆっくりと、確実に。