かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みくるSide】
「急げ急げ~!」
廊下を駆け抜けながら、私は心の中で焦りを募らせていた。
授業開始まで、残りわずか。
理科室さえたどり着けば、なんとかなる。
そう信じて、角を曲がり、また角を曲がり——ようやく目的の扉の前へとたどり着いた。
「間に合っ……た??」
肩で息をしながら、扉のプレートを確認する。
確かに、そこには「理科室」の文字。
私は迷わず扉を引いた。
しかし。
「理科室……じゃない!?」
目の前に広がっていたのは、体育館だった。
広大な空間。
バスケットゴール。
床に引かれたラインテープ。
どこをどう見ても、疑いようのない体育館。
春休み中に移転したわけでも、改装されたわけでもない。
それなのに、理科室と書かれた扉の向こうには、まぎれもなく体育館が口を開けて待ち構えていた。
___ガタン!!
「あ!?」
振り返ると、開いたはずの扉が、誰に触れられるでもなく音を立てて閉まっていく。
自動ドアでもないのに。
「どういうこと…?」
混乱が頭の中をかき回し始めたそのとき——。
「ようこそ、からくり迷路へ!」
ステージから声が降ってきた。
反射的に顔を上げた私の視線の先、ステージの中央に、ゴウエモンが仁王立ちで待ち構えていた。
両腕を組み、いかにも余裕ありげな笑みを口元に貼り付けて。
「怪盗団ファントム!!」
その名を口にしながら、眉をひそめる。
ニジーやアゲセーヌといい、どうしてこいつらはこんなにも神出鬼没なのか。
学校の中にまで堂々と現れるとは、まったく油断もすきもない。
「またマコトジュエルを盗りに来たのね!……ってからくり迷路?」
いつも通りマコトジュエルを狙ってハンニンダーを呼び出してくる——そう構えていた。
しかし、からくり迷路、とはいったい何なのか。
マコトジュエルと何か関係があるのだろうか。
「このゴウエモンの力で、学校全体を謎が犇めく異空間、からくり迷路に変えてやったのさ」
ゴウエモンは誇らしげに胸を張る。
学校を迷路に——また勝手なことを!
巻き込まれたこちらの気持ちなど、これっぽっちも気にする様子がない。
私の内心の怒りをどこ吹く風とばかりに、ゴウエモンは悠然と続ける。
「これからお前たちには謎を解いてもらう。どれか一つでも謎を解けなければ、永遠にこの迷路から出られない!」
「永遠に!?」
「そんな…!」
脱出ゲームにしては、いきなり難易度が高すぎる。
私たちが探偵だと見越して、わざと難しくしているのだろうか——いや、そんな気づかいはいらない。
永遠に迷路の中に閉じ込められるなんて、想像するだけで背筋が冷たくなる。
「早速最初の謎へと招待してやろう」
___パン!!
ゴウエモンが両手を打ち合わせる。
乾いた音が体育館の高い天井に大きく反響した。
次の瞬間——足元が、消えた。
「え——」
声を上げる間もなかった。
床に大きな穴が口を開け、私とあんなはそのまま重力に引きずられるように、暗い穴の中へと真っ逆さまに落ちていく。
「「うわぁぁぁぁぁ!!?」」
二人の悲鳴が重なる。
しかしその声も虚しく、暗闇の中を落下した私たちはどさりと別の部屋の床へと放り出された。
「いたた……」
打ちつけた腰をさすりながらゆっくりと顔を上げる。
「ここは……理科室?」
そこは、紛れもなく、さっきまで目指していた理科室だった。
実験台が整然と並び、棚には試薬の瓶が並んでいる。
ただ、授業開始直前であるはずなのに、室内には生徒の影ひとつない。
不気味なほどの静寂が部屋を満たし、なんとも言いようのない不快感がじわりと肌に染みついてくるようだった。
——ここも、ゴウエモンの迷路の一部。
そう理解しながら、ゆっくりと立ち上がった。
(謎を解くと言われても……ここから普通に出られたりはしないかな?)
特別教室は夜中や使わない時間帯を除けば基本的に施錠されているが、授業前の理科室ならまだ開いているはずだ。
最悪、内側からつまみを回して出ることだってできる。
そう思ってためしに扉へ近づこうとしたら——すでにあんなとポチタンが先に動いていた。
「ポチィィぃぃぃ……!」
「うぅぅぅぅ……開かないよ~!!」
二人がかりで扉にしがみつき、体重を乗せて引っ張っているが、扉はびくともしない。
結果はほとんど見えていたが、私も一応もう一方の扉に手をかけてみた。
——びくともしなかった。
謎を解かない限り永遠に出られない。
ゴウエモンの言葉は、どうやら本当だったらしい。
「こっちのドアも開かないみたい……」
「閉じ込められたってこと!?」
よく確かめると、内側から開けられるはずのつまみが跡形もなく消えてしまっていた。
もはや力ずくではどうにもならない。
やはり謎を解く以外に道はないようだ。
(ゴウエモンは、一体何の目的でこんなことを……?)
「なんとかしないと……」
謎、といっても、何の謎なのかすらわからない。
手がかりを探そうと室内を見まわしていると、ポチタンが短く鳴いた。
「ポチぃ!」
「ん?……鍵穴だ!」
扉に近づいてよく見ると、つまみがあったはずの場所が、いつの間にか鍵穴に変わっていた。
それに気づいた直後、どこからともなくゴウエモンの声が降ってくる。
「脱出せよ。ドアを開けるには鍵が必要。理科室の注意を守り、鍵を見つけよ」
——これが謎解き。
本当に脱出ゲームそのものだ。
「ここから出るには、鍵を見つけないとってことね」
「よーし、そうとわかれば!」
あんなは自信満々に声を上げると、さっそく理科室の中をあちこち物色し始めた。
ただ——それはどちらかといえば謎解きではなく、宝探しゲームに近い気がする。
「ない……ない……!………ない!!」
「ポチ!」
ビーカーが整然と並ぶ棚、引き出しの中、丸底フラスコの底、果ては人体模型の中まで、あんなは理科室中を駆け回る。
しかし鍵はどこにも見当たらない。
「どこにもなあああぁぁい!!!」
絶叫しながら探し続けるあんなを横目に、私は静かにゴウエモンの言葉を頭の中で繰り返した。
「理科室の注意を守り、鍵を見つけよ……理科室の注意?」
こういうときにみのるがいれば、きっとすぐに答えを出してくれるのに——そんな考えが頭をよぎったが、今は自分で考えるしかない。
ふと壁に目を向けると、一枚のポスターが貼られていた。赤々とした炎のイラスト。
その下に、太い文字で——「FIRE」と書かれている。
「あんな、こっち!」
鍵を探し回っているあんなを呼び止め、私はポスターを指さした。
「ん、どうしたの?」
「これを見て」
「ファイア……は火のことだけど」
炎のイラストに、そのまま「FIRE」の文字。
これだけ目立つ場所に貼られているということは、実験室として特に気をつけるべき注意事項として強調されているのかもしれない。
「注意を守るってこれのことじゃない?」
「確かに……理科室って実験とかで火を使うし、気をつけなきゃだよね?」
ガスバーナー、マッチ、アルコールランプ。
実験で扱う器具はどれも、使い方を一歩間違えれば大事故に繋がりかねない。
「もし大きな火が出ちゃったらすぐに消さないとだし」
「火を消す……」
実験器具を取り出して実際に火をつけて消せばいいのだろうか。
いや——そんな手間のかかることのはずがない。
一人考えを巡らせていると、隣であんなのアホ毛がピンと跳ね上がった。
「この火を消せばいいんだよ!!」
「ポスターの火を?……どうやって?」
ポスターに描かれた絵の火を消すとはどういうことなのか?
首をかしげる私をよそに、あんなはさっさとフラスコに水を汲んで、ポスターの前に立つ。
「それは、こう!」
フラスコの水をぶちまけ、弧を描いてポスターへとかかった。
すると——不思議なことに、炎のイラストがじわじわと薄れていき、その下に書かれた「FIRE」の文字まで跡形もなく消えていった。
「あれ……こっちも?」
よく目を凝らすと、「F」の文字だけがかすかに残っている。
すると、その「F」が淡い光を帯びたかと思うと——するりと形を変え、小さな鍵になった。
「「あ、鍵だ!!」」
二人の声がぴたりと重なった。
鍵を拾い上げ、扉の鍵穴へと差し込んで回す。
——ガチャ
確かな手応えとともに、鍵が開く音が鳴った。
「「やったああぁぁぁ!!」」
私たちは顔を見合わせて手を打ち合わせた。
達成感が全身に広がる中、再びゴウエモンの声が室内に降ってくる。
「まずまずだな。だが、次の謎がお前たちに解けるかな?」
まだある、か——でも、このくらいなら怖くない。
私の胸に、じわりと闘志が灯る。
「みくる!」
「ええ、どんな謎だって」
「「解いて見せる!!」」
「ポチ~!!」
私たちは、名探偵プリキュアなのだから——かっこよく決めたつもりだったのだが。
「「え……またああああぁぁぁぁぁ!?」」
扉の外へ踏み出した瞬間、重力がぐにゃりと歪む。
気づいたときにはもう遅く、二人は目の前の床に向かって真っ逆さまに落下していた。
——この迷路、部屋の向きまでバラバラなの……?
「もう……この教室は……」
また痛めた腰をさすりながら、ゆっくりと頭を上げて周囲を見渡した。
右側には黒い艶やかなグランドピアノ。
その隣には大きなティンパニ。
正面の黒板の上には、額縁に収まったベートーヴェン、バッハ、名だたる音楽家たちの肖像画が一列に並んでいる。
「音楽室?」
間違いなく、音楽室だ。
理科室からここまで来るには、廊下をしばらく歩かなければたどり着けないはずの場所。
それなのに、扉一枚をくぐっただけで——。
私は地図を広げ、現在地を確かめた。
「最初の教室は理科室……」
「今いるのは音楽室……本当に、違う場所に通じてるんだ……」
それにしても、今のところ他の生徒と誰一人すれ違っていない。
この異空間に迷い込んだのは、自分とあんなだけなのだろう。
プリキュアである私たちを狙って閉じ込めたのはわかる。でも、一体何のために?
そしてまたゴウエモンの声が、どこからともなく音楽室に響き渡った。
「脱出せよ、ドアを開けるには鍵が必要。『鍵』を打て」
声と同時に、扉に鍵穴が出現した。
しかし——その形が、どこかおかしい。
「鍵を打て……どういうこと?」
「それも気になるけど、この5本の線はなんだろう?」
あんなの言う通りだった。
鍵穴は三色団子のように3つが縦に連なっており、それぞれが5本の横線の上に配置されている。
真ん中の鍵穴は一番下の線の位置に、上の鍵穴はそこから一本上の線に。
そして一番下の鍵穴には左右に小さな切れ込みがあり、5本線よりもさらに下に位置していた。
この5本線——どこかで見たことがある。
「音楽室で見る5本線……五線譜じゃないかな?」
「あ!楽譜に書いてあるやつね!」
私は子供の頃ピアノを習っていた。
ト音記号やヘ音記号が左端に並ぶあの楽譜を、何年も読み続けてきた記憶が、今になって手を差し伸べてくれている。
「そうなると、この鍵穴は音符を表していて……位置を五線譜と合わせると」
鍵穴の位置は、五線譜の第一線と第二線。
一番下の鍵穴の切れ込みは、おそらく下一線を示している。つまり——
「ド、ミ、ソ。鍵はドミソ!」
音階まではたどり着いた。
しかし……。
「で……ドミソの鍵を打つって何?」
「あ、え……それは……?」
肝心のところで言葉に詰まる。
鍵を打つとはどういう意味なのか。
鍵を探すのか、それとも別の何かなのか。
「うーん、もう少しでわかりそうなのにぃぃ」
改めて音楽室を見渡した。
黒板
肖像画
ティンパニ
ピアノ
——ピアノ。
……!!
気づいた瞬間、私のアホ毛がピンと跳ね上がった。
五線譜に関係するものといえば、あれ以外にない。
「ドミソの鍵……その在処は、そこ!……ピアノ!!」
「なんでピアノ?」
あんなはまだ繋がっていない様子。
しかし、私の推理が正しければ、答えはあのグランドピアノの中にある。
「正確には——ピアノのここ、鍵盤!」
鍵盤を指差しながら言葉を続けた。
「漢字で『鍵盤』と書くんだけど、『鍵』の部分は『かぎ』とも読むでしょ?」
「そっか!鍵を打てって言うのは、鍵盤を打てってことなんだ!」
あんなの顔がぱっと明るくなる。
なかなかに凝った謎だ——漢字の読みまで仕込んでくるとは、ゴウエモンも意外と手が込んでいる。
「それと、さっきの音符。ドミソがお団子みたいに一列に並んでいるのは『和音』といって、それぞれの鍵盤を同時に鳴らすって意味なの」
高さの異なる複数の音が一度に響き合うことで、音楽に厚みと色彩が生まれる。
作曲にも演奏にも欠かせない、音楽の根幹をなす要素だ。
「つまり……?」
「ピアノでドミソの和音を奏でる!」
私、あんな、ポチタン。
三人でそれぞれの鍵盤に指を置き、息を合わせて同時に押し込んだ。
——ポン、と、澄んだ和音が音楽室に広がる。
直後、扉の方からガチャリと鍵の外れる音が鳴り、鍵穴がすうっと消えていった。
「よし!」
「みくるすごい!」
「昔、ピアノ習ってたから……」
目をきらきらさせながら詰め寄ってくるあんなを軽くいなしながら、私は次の扉へと足を向ける。
次の謎が何であれ——もう、怖くはなかった。
_______________
【みのるSide】
私は一体、何をやっているのだろうか。
「そうこなくっちゃな!」
「ゴウエモン……楽しそう……」
音楽準備室の壁に開けられた穴から、ゴウエモンが音楽室の様子を覗き込んでいる。
その隣には、名も知らない少女と小さな妖精。
そして——その一部始終を後ろから眺めている私。
特等席といえば特等席なのだろうが、結局のところゴウエモンがあんなとみくるの様子を見ているだけだ。
「妖精の力を見るんじゃなかったの?」
少女の妖精が、ぽつりとそう尋ねた。
ポチタンの力——それを確認するためにこんな大掛かりなことをやっているというのか。
それにしても、迷路の中でどうやってポチタンの力を測ろうというのだろう。
私は少女へと視線を移した。
怪盗団ファントム——しかしこの少女だけ、他の幹部たちとはあまりにも違いすぎる。
ニジーたちのように妖精というわけでもなさそうだし、それでいて妖精を連れているということは……まさか。
「ずっと思ってるんだけど、君は何者?怪盗団ファントム……なんだよね?」
「……………」
「……ノーコメントってことだね、了解」
「話が早くて助かる」
少女は答えなかった。
それはつまり、答えることができないということだ。
答えればマズい——そういうことだろう。
(それなら……少し鎌をかけてみようか)
みのるは自分でも気づかないうちに、口を開いていた。
「君、キュアアルカナ……だよね?」
「「「!!?」」」
——あれ?
自分の口から出た言葉に、私自身が一番驚いていた。
キュアアルカナ。
鎌をかけようとした、その瞬間に、どこからともなく浮かび上がってきた名前。
なぜ自分はこの少女に向かって、聞いたこともないはずのその名を口にしたのか。
反応は、想定をはるかに超えていた。
少女の妖精が息を呑み、ずっとみくるたちの様子を眺めていたゴウエモンまでもが振り返り、驚愕の表情を浮かべている。
図星どころではない——まるで秘中の秘を暴かれたような、異常なほどの動揺だった。
「ど、どこでその名前を知ったの!?」
さっきまで完璧なポーカーフェイスを保っていた少女が、私の肩を両手で掴んでぐらぐらと揺さぶってくる。
私こそ聞きたい——なぜ知らないはずの名前が自分の口から出てきたのか。
「お前……ウソノワール様が見込んでいる人物なのはわかるが……やはりただ者ではないな。何者だ?」
「あなた……どこまで知ってるのかしら?少なくとも、るるかがプリキュアだってことは、怪盗団ファントム以外、誰も知らないはずよ」
ゴウエモンと妖精が、畳み掛けるように問いを重ねてくる。
妖精がさらりと彼女の名前とプリキュアであることを漏らしていることには、あえて触れないでおく。
わからない——これに関しては、本当に、心の底からわからない。
自分でも混乱している。
なぜこの名が出てきたのか。
なぜこんなにも確信めいた言葉が口をついて出たのか。
「ごめん……私も勝手に口から出ただけで、なんでなのかは本当に知らないの。本当だよ!」
私は正直に言葉を絞り出した。
嘘をつく意味もない。
「私も前までは名探偵プリキュアの存在も、怪盗団ファントムの存在も知らなかった。私自身はただの普通の人間。知るようなきっかけなんて、絶対にないよ」
自分が何も知らないということ——それだけは、嘘偽りなく本当のことだった。
「その顔を見るに嘘をついている様子でもないしな……ただ、まぐれで名前を言い当てたにしては無理がある……。だがウソノワール様が興味を示すほどだ。これくらいのことを知っていても不思議ではない……か……」
ゴウエモンは自分に言い聞かせるように呟きながら、ひとつ頷いた。
腑に落ちているとは言い難いが、とりあえずの納得はしてくれたらしい。
しかし——るるかと妖精は、まだ私を疑っている。
その視線が、真正面から突き刺さってくる。
「………」
「そ……そんな見つめないで……ち、近い……///」
探るような瞳で、至近距離からじっと顔を覗き込まれる。反応に困る……というより、自分の顔が熱くなっていくのがわかった。
るるかはしばらくみのるの顔を見つめた後、ふいとそっぽを向いた。
「名探偵プリキュアに報告しないのなら、これ以上言及はしない」
なんとか見逃してもらえたようだ。
内心ほっとしかけたところへ——
「でも、もし話したら……」
「は、話したら……?」
「…………何でもない」
怖っ!この子怖っ!!何——私が話したら何をされるの?
相手はプリキュアなんだよね。
私、一般人なんだけど。
瞬殺じゃん。
でもこんな美少女に始末されるのなら別に……いや、良くはない。
全然良くない。
動揺を押し殺しながら、ふと以前のことを思い出した。
『やつとは違う……新手か?』
あのとき、ニジーが確かそう呟いていた。
あの言い回しからすると、ニジーはすでに別のプリキュアの存在を知っていることになる。
それがるるかを指しているのだろうか。
しかし——同じ組織の人間を「やつ」と呼ぶだろうか?
もしかしたら、るるか以外にもさらに別のプリキュアがいるのかもしれない。
あくまで予想に過ぎないし、今は深く考えるつもりはないけれど。
「さーてそろそろお前の出番だ、花崎みのる」
「……?」
ゴウエモンが唐突に、私へ向かってそう言い放った。
出番?いったい何の話?状況が飲み込めずにいると、
「アタシたちは見物させてもらいましょう」
「うん」
るるかと妖精はその場に留まり——ゴウエモンがためらいもなく私をひょいと抱え上げ、そのまま移動を始めた。
妖精の身体でありながら、私の体重などまるで感じていないかのように軽々と運んでいく。
「ちょっと!今度はどこに連れていくつもり!?」
「安心しな、お前は今から図書室に隠れてもらうだけでいい」
「図書室?」
図書室に隠れる——それが謎解きとどう繋がるのか、見当もつかない。
そう考えているうちに、ゴウエモンはみくるたちを先回りしてあっという間に図書室へたどり着いていた。
「で、何をどう隠れろって?」
「自分の好きな場所に隠れるだけでいい。オレとしてはオススメの場所があるんだがな」
「じゃあオススメの場所でいいよ。かくれんぼなんて全然やったことないし……」
隠れろと言われても図書室で隠れられる場所など限られているし、そもそもこれはもう謎解きとは関係ないのではないかという気がしてくる。
「ほう……かくれんぼの天才と言われたこのゴウエモンの意見に素直に従うとは、見る目があるな」
「めんどくさいだけだよ」
かくれんぼの天才——自分でそれを言って恥ずかしくないのだろうか、と思った。
とはいえ、とにかく隠れればいいのだろう。
ゴウエモンが隠れられる場所なら、自分だって大丈夫なはずだ……たぶん。
「この本棚の中に隠れてくれ」
ゴウエモンについていくと、一つの本棚の前で足が止まった。
かと思うと、本棚に見せかけた布をひょいと取り払う。
その奥には、人が十分に入れるくらいの空間が口を開けていた。
「良いけど……どうして私が隠れるの?ゴウエモンも入れそうな空間だけど」
「特等席とはいえ、ずっと様子を見ているのも疲れるだろう。ここで待って、二人が見つけるまで様子を見ているだけでいい」
「じゃあ一緒じゃん」
結局、様子見するだけで終わる。
私の扱い、雑すぎない……?
内心でそう呟いたとき、ゴウエモンが「そうだ、これを忘れてた」と言いながら一つの鍵を差し出してきた。
ゲームの画面で見るような、簡素な形の鍵だった。
「プリキュアがお前を見つけたら、これを渡してやってくれ」
「……わかった」
とりあえず頷いておく。
鍵を受け取ったちょうどその瞬間、扉の向こうからかすかに足音が聞こえてきた。
あんなとみくるだろう。
「来たようだな。じゃ、後は頼んだぞ」
ゴウエモンはそれだけ言うと、布を被せてどこかへ行ってしまった。
(布を被せるだけなんだから、すぐにわかりそうなんだけどな……)
そんなことを思っていると、図書室の扉が勢いよく開いてあんなとみくるが飛び込んでくる。
「さあ、次の謎は!!」
ものすごく気合いが入っている。
名探偵としての技量を披露できるチャンスだとでも思っているのだろうか。
むしろこの状況を楽しんでいるように見えなくもない。
「脱出せよ、ドアを開けるには鍵が必要」
ゴウエモンの声が図書室に響き渡る。
その鍵なら私が持っているんだけどね、と手の中の鍵をそっと握りしめた。
「鍵は少女が持っている!」
「少女が持っている?」
「他にもこの迷路にいる生徒がいたの……?」
少女って——そこは本名を言わないんだ。
変なところで気を遣う。
「なら簡単ね!隠れてそうな場所を一つずつ探していけば——」
みくるが言いかけた瞬間、ゴウエモンの声が割り込んだ。
「おっと、忘れていた!今回の謎の制限時間は1分。時間内に見つけられなければ、そこでゲームオーバーだ!」
……まあ、なんとなく予想はしていた。
謎解きといっても探すだけなら、考えなくてもいつかは見つかる。
だから制限時間くらいはあるだろうと思っていたけれど——1分は短すぎる。
ただのかくれんぼと思わせておいて、やっぱり意地悪だった。
もし時間切れになって永遠に出られないとなれば、それはさすがに理不尽というもの。
「えええ!?」
「急にズルい!!」
「スタート!」
文句を言う二人を遮るように、容赦なくカウントダウンが始まってしまった。
(本当は直接渡しに行きたいんだけど……反則扱いされてゲームオーバーになったら、それこそ取り返しがつかない)
私は鍵を握ったまま、じっと息を潜めた。
ここは大人しく待つしかない。
「どどどどどうしよう!!」
あんながみくるの肩を激しく揺さぶり、みくるが目を回している。
その構図を見て思わず苦笑した。
まるであの時の私みたいだ。
「うわ……ぐ……そうだプリキット!!」
「あ、そっか!」
目を回しながら閃くみくる。
あんながはっとして、腰につけた数多のプリキットアクセサリーの中から一つを素早く手に取った。
「オープン!プリキットミラールーペ!」
(あのプリキット……本来はあんな形をしてるのか)
二人は慣れた手つきで扱っているが、私が実物を目にするのは初めてだった。
派手な見た目なのは言うまでもなく、他のプリキットとはどこか違う雰囲気が漂っている。
プリキットグミ、プリキットボイスメモ、プリキットグロス、プリキットライト、プリキットブック、プリキットミラールーペ——気づけばずいぶんと道具が増えた。
どれも現代の科学をはるかに超えた探偵道具に違いないと思うと、正直なところ少し恐ろしい。
「ジェット先輩曰く、ミラールーペがあれば大事な手掛かりを見逃さない!」
確かにルーペは肉眼では気づきにくい証拠を拾い上げるための、探偵にはお馴染みの道具だ。
しかしジェット先輩の技術が加わればどんな機能を持つのか——想像もつかない。
二人がミラールーペ越しに床を覗き込んでいると、何かを発見したようだった。
「はなまる発見!」
「この形は、足跡!」
なるほど——足跡を照らし出す道具か。
他にどんな痕跡を映し出せるのかはまだわからないが、そういう使い方ができるのだということはわかった。
二人は私の足跡をたどっているのだろう、迷うことなくじりじりと本棚の近くまで近づいてきている。
しかし天井のカウントダウンはすでに20秒を切っていた。
「ここで消えてる……」
目の前まで来た。
しかし本棚に同化した布が被さっているせいで、なかなか気づく様子がない。
私は息を潜めたまま、じっと二人を見つめた。
「他に足跡は……ああ!!あと10秒しかない!!?」
「ポチ~!!」
「ええ!?」
天井のカウントダウンが刻一刻と数字を削っていく。
短すぎる制限時間に追い詰められた二人とポチタンが、じりじりと焦りを滲ませ始めた。
「こ、この辺の本棚の奥とかにぃぃぃ!!」
もうヤケクソだ。
あんなが近くの本棚を手当たり次第に漁り始める。
——違う、そこじゃない。
私がいるのは隣の本棚だ。
「ここは!?」
そこだ!!
___バサッ
布が落ちた。
「……………」
「……………」
二人と目が合う。
無言の時間が、果てしなく長く感じた。
「「みのるううぅぅぅ!!?」」
至近距離からの絶叫に、耳が痛い。
「少女ってみのるのことだったの!?」
「なんでみのるがこんなところにいるの!?」
「なんか……私も巻き込まれて……ゴウエモンに付き合わされちゃって……あはは」
驚くのも無理はない。
私だってこんなことやりたくてやっているわけじゃない。
気づいたらゴウエモンに運ばれていて、気づいたら本棚の中に押し込まれていただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「みのるまでゴウエモンに巻き込まれてたなんて……」
「変なことされてない!?ひどいことされてない!?」
ゴウエモンに巻き込まれたと言った途端、みくるがいつもの倍以上の勢いで私の肩を掴んできた。
もしプリキュアに変身した状態だったら、肩が粉砕していたかもしれない。
「大丈夫……大丈夫だから、落ち着いて!……あ、そうだ」
ゴウエモンに鍵を預かっていたことを思い出し、ポケットから取り出してみくるに手渡した。
「はい、次の部屋の鍵だよ」
「あ、うん……ありがとう」
ようやく一息つける——そう思ったときだった。
「なんか立ってるだけなのに無駄に疲れ、うわああぁぁぁぁ!!?」
背後の壁が突然回転し、私はそのまま向こう側へと放り出された。
「「みのる!?」」
「私のことは大丈夫だから次に進んで~!!」
これ以上心配をかけないようにと声を張り上げる。
……いたた。
バランスを崩して肘を打ってしまった。
どこまでも運が悪い。
「と……とりあえず、図書室の謎クリア……かな?」
「多分そうかも」
「ポチ!」
みくるたちも無事を確認して安心したのか、次の教室へと足を向けていった。
その声を聞きながらながら私はそっと肘をさすった。
「お疲れ、楽しかったか?」
「どこが?」
待機していたゴウエモンが顔を覗き込んでくる。
せめてもう少しマシな謎解きにしてほしい——いや、そもそもあれは謎解きですらなかった。
_______________
それからあんなとみくるは家庭科室、美術室と順番に教室をクリアしていった。
特に大きく詰まる様子もなく謎を解き続け、ついに最後の謎が待ち構える場所へと足を踏み入れる。
「あれ……体育館?」
「最初に来たところだよね?」
最初にゴウエモンと対峙した、あの体育館だ。
どうやら一周して戻ってきたらしい。
私とゴウエモンは体育倉庫からその様子をこっそり眺めている。
「これが最後の謎。脱出せよ、正解のドアを選べ。『前へ進むには後ろへ戻り、道なき道を作りだせ』」
ゴウエモンの声が体育館全体に朗々と響き渡った。
正確には、私の隣でマイクに向かって喋っているだけなのだが。
そして体育館に五つの大きな扉が出現。
その中から正解の扉を選べば脱出できるらしい。
「進むには……戻る?」
「ヒントだとは思うけど……」
二人が首をひねる中、ポチタンが扉の上に描かれたマークを見つけ、二人に教えた。
「ドアにマーク?」
「ポチ!ポチポチ!」
「そっちにも!」
五つの扉にはそれぞれ異なるマークが描かれている。
これが謎を解く鍵になっているのは間違いないだろう。
「えーと、五つのドアにはそれぞれ『○、△、☆、♪、✕』のマークがあって、これが謎を解くヒントだと思う」
「このマークとさっきの言葉の意味……」
私も倉庫の隙間からじっと扉を見つめながら、頭の中で学校の地図を広げた。
二人はまず体育館から始まり、理科室、音楽室、図書室、家庭科室、美術室——そして体育館へと戻ってきた。前へ進むには後ろへ戻る。
——あぁ、なるほど。そういうことね。
「どうだい花崎みのる?オレの考えた謎解き、お前には解けるかな?」
隣に立つゴウエモンが、自信たっぷりに声をかけてきた。
その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
しかし残念ながら、私の中ではもう答えが出ている。
「☆でしょ?正解は」
「何!?」
「「!」」
ゴウエモンが派手に驚き、後ろに控えていたるるかと妖精も思わず反応した。
一見複雑に見えるルートだが、地図に沿って一階と二階の道筋を重ねて見れば、線が繋がって星の形が浮かび上がる。
だから正解は☆だ。
「ま……まさか……名探偵プリキュア側にも、これほどの頭脳を持つ人物がいたとは……」
唸るゴウエモンをよそに、私は二人の様子へと視線を戻した。
みくるは地図を広げている。
あの子ならきっとすぐにわかるはずだ。
「『行き詰まったら始めから考える!』みくるが前に言ってたでしょ?つまり、今までの謎を振り返れってことだよ!」
「そっか!」
あんなが提案する。
その調子だ——振り出しから道筋をたどっていけば、自然と答えにたどり着く。
「まずはここまで通った教室とマーク……あ、音楽室で謎を解いたから♪マークが正解とか?」
——違う、そうじゃない。
倉庫の隙間から見守りながら、心の中で首を振った。
「ゴウエモンが言ったことを思い返してみて。『道なき道を作りだせ』、これも関係あると思う」
「道か……」
「ここはからくり迷路、迷路を抜けるには謎を解いて道を進む……」
一見難しそうに見えるが、わかってしまえば意外と単純なものだ。
二人はしばらく考え込んでいたが、やがてみくるの手がぴたりと止まり、地図の上にペンを走らせ始めた。
「あっ!?わかった!!」
「どうしたの!?」
「今まで謎を解いた場所!そこを結んでみるの!最初が体育館、それで理科室に飛んで音楽室、図書室、家庭科室、美術室、で体育館に戻ってきて……」
二枚の紙に書かれた地図の上に、通った教室から教室へと線が引かれていく。
しかしそこで、みくるの手が止まった。
「ん?」
「意味があるはずなんだけど……」
——そうだ。
地図は二枚ある。
一階と二階に分かれているから、線が中途半端になって形が完成していない。
あと一歩なんだ——頑張れ、もう少し……!
「ポ……ポ……ポックチュ!!」
その瞬間、ポチタンが盛大なくしゃみをした。
はずみで一枚の地図がもう一枚の上にふわりと重なる。
その様子を目にしたみくるの目が、大きく開かれた。
「……!!そっか、重ねるんだ!!」
「え?」
あんなはまだ繋がっていない様子。
しかしみくるの口から説明が飛び出した。
「地図のこと!一階と二階、一枚ずつだと意味がないように見えるけど、二つを重ねれば道は繋がる!」
みくるが二枚の地図を重ねて光に透かした。
一階と二階の線がぴたりと繋がり、その輪郭がくっきりと浮かび上がる——☆の形が。
「「見えた!これが、答えだ!!」」
二人の声が重なった。
「星のマークのドア、行くよ!」
「うん!」
あんなとみくるが取っ手を押し、大きな扉が開いていく。それと同時に、私たちがいた体育倉庫も眩い光に包まれ、ゆっくりと景色が塗り変わっていった。