かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
「出られた?」
気がつけば、足の下に馴染み深い感触があった。
固く踏み固められた土。
視界が開ける。
「……あ!」
校庭だ。
閉じ込められた空間から弾き出されるように、私は外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
一人でも脱出できれば、全員が解放される——どうやらそういう仕組みらしい。
けれど、見上げれば空はまだ歪んでいる。
半透明の膜のように広がる結界が、薄曇りの青を歪に覆っていた。
まだ、終わっていない。
「あんな!みくる!」
名前を呼ぶより先に、体が動いていた。
「「みのる!!」」
前方に、二つの見覚えのある後ろ姿。
振り返った二人と目が合った瞬間、映画なら壮大な音楽が流れ始めるような、そんな構図が完成した——。
謎解きをしていただけなのに。
感動はなかった。
正直に言えば、全くなかった。
「よかった!無事だったんだね!」
「二人こそ!立派な推理だったよ!」
「ずっと見てくれてたんだ、ありがとう!」
三人で駆け寄り、肩をぶつけながら笑い合う。
束の間の安堵だった。
本当に、束の間の。
「やるじゃないか」
低く、静かな声。
それだけで、三人の足が止まった。
背後に、気配がある。
振り返らなくてもわかる。
ゆっくりと首を回すと——ゴウエモンが立っていた。
腕を組み、余裕の笑みを口元に湛えて。
「「「!!」」」
誰も、言葉を出せなかった。
「妖精についてはよくわかんなかったが……マコトジュエルは頂いていくぜ!」
じゃあ何だったんださっきまでの謎解きは。
あの密室は、あの仕掛けは、全部何のためにあったんだ。
私は頭の中で叫んだが、声にはならなかった。
「結局、こうなるんだ……」
呟きが口から漏れる。
力で奪う。
最初からそのつもりで。
脱出ゲームなんて茶番だったということなのか。
「ウソよ覆え!来やがれ、ハンニンダー!」
ゴウエモンが腕を振り上げた瞬間、桜吹雪が渦を巻いた。
ひらひらと舞う花びらは美しかった——その美しさが、恐ろしかった。
渦は吸い込まれるように、校庭に根を張るあの大きな桜の木へと纏いつく。
何世代もの生徒たちを見守り続けてきた、あの木に。
「ハンニンダー!!」
轟音と共に、木が唸った。
幹がうねり、枝が鞭のようにしなる。
木の姿をしたハンニンダーが、嘘の力に染まって校庭に降臨した。
「桜の木が!?」
「みくる、行こう!」
あんなの声に、みくるが頷く。
二人の間に、言葉を超えた何かが走った。
「「オープン! ジュエルキュアウォッチ!」」
光が、弾ける。
眩しさに目を細めながら、それでも私は目を逸らさなかった。
光の中で二人の輪郭が変わっていく。
髪が舞い、瞳の色が変わり、鮮やかな衣装を纏った二人が——着地した。
「どんな謎でも、はなまる解決! 名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ! 名探偵『キュアミスティック』!」
「「名探偵プリキュア!」」
決め台詞が校庭に響く。
「みのる、逃げて!」
「う、うん!」
みくるの声に弾かれ、私は後ろへと駆けた。
二人の背中を目に焼き付けながら距離を取る。
ここから先は、私の出る幕はない。
それはわかっている。
わかっていても——もどかしさが胸に刺さる。
でも信じろ。
今は、信じるだけだ。
「ハンニンダーっ!!」
ハンニンダーの右腕が唸った。
直線的な、重い一撃。
当たれば——考えたくなかった。
「「はあああぁぁっ!!」」
二人は地を蹴り、高く跳ぶ。
ハンニンダーの拳は空を切る。
そのまま弧を描くように頭上を取り、重力ごと体重を乗せてハンニンダーの頭を踏み抜いた。
「っ……ニン…ダー!」
地鳴りのような声と共に、巨体が大きく傾ぐ。
しかしハンニンダーは膝をつかなかった。
ぐらりと揺れた体が、ゆっくりと、確かに立て直されていく。
体勢を整えたハンニンダーの目が、二人を捉えた。
反撃が来る。
「ハンニン……ダー!!」
腹の底に響く咆哮と共に、ハンニンダーが動いた。
桜吹雪と衝撃波が絡み合い、竜巻のような暴風となって二人に迫る。
花びらの一枚一枚が刃のように鋭く、美しいものが凶器になる——その理不尽さに、思わず息を詰めた。
前に出たのは、ミスティックだ。
「ミスティックリフレクション!」
宝石の輝きが弾けてバリアが展開される。
迫り来る暴風が壁に叩きつけられ、花びらが散り散りになった。
止めた。
安堵が胸をよぎった——次の瞬間、それが吹き飛んだ。
「小賢しい!」
ゴウエモンが動いた。
扇子が一閃する。
それだけで、レーザーが走った。
細く、速く、迷いのない一筋の光がハンニンダーの暴風の中に割り込み、二つの攻撃が絡み合って螺旋を描く。
威力が、跳ね上がった。
バリアの向こうで、みくるの表情が僅かに歪むのが見える。
「桜吹雪に溺れちまいな!」
……いつも指示を出しているだけだと思っていた。
ニジーも、アゲセーヌも——ハンニンダーに命じて、自分は後ろに退いていた。
ゴウエモンも、最初はそうだった。
なのに今は前に出てきている。
ハンニンダーと息を合わせて、隙を突いて、連携を仕掛けてくる。
怪盗団ファントムも変わってきている。
少しずつ、確実に。
「ミスティック!」
あんなの声が裏返った。
「大丈夫!人形のハンニンダーに比べたら、この程度どうってことない!!」
その声にはまだ余裕がある。
——人形のハンニンダー?
頭の中で、その言葉が引っかかった。
もしかして、私のマコトジュエルから生まれたハンニンダーのことだろうか。
今の、ゴウエモンとハンニンダーの同時攻撃を「大したことない」と言うなら——あの時のハンニンダーは、いったいどれほどのものだったのか。
考えたくなかった。
でも、考えてしまう。
「はあぁぁっ!!」
みくるが吼えた。
バリアごと力を込めて、押し返す。
ハンニンダーの攻撃が逆流し、塊となって飛んでいく。
「ハンニン……ダー!!」
ハンニンダーは腕一本で払った。
宝石のバリアが砕け散る。
それだけだった。
まるで羽虫を追い払うように。
「行くよ!」
「うん!」
二人が踏み込む。
ハンニンダーへと一直線に——ゴウエモンの目が、細くなった。
「逃がすか!」
ビームが走る。
二人は咄嗟に跳んで躱した。
しかしビームは地面に叩きつけられ、爆発するように砂埃が舞い上がった。
白く、濁った煙幕が広がって視界を根こそぎ奪っていく。
「っ……前が見えない!」
「ハンニンダー!!」
その声に答えるように、重い足音が砂埃の中から迫った。
二人は上へ逃げた——跳ぶしかなかった。
「そこか!」
まずい。
直感が叫ぶより先に、ゴウエモンの扇子が向いていた。
空中にいる二人を、真っ直ぐに捉えて。
空中では、逃げ場がない。
ビームが、二人を飲み込んだ。
「うっ……!」
「ぐ……っ!」
くぐもった声が届く。
「アンサー!ミスティック!」
気づいたら私は叫んでいた。
二人はなんとか地面に着地。
しかしその着地点に向かって、ハンニンダーの拳が振り下ろされる。
直撃は辛うじて免れたが、地面に叩きつけられた衝撃で再び砂埃が爆発的に舞い上がり、校庭が白く霞んだ。
……意外と、厄介だ。
以前のツバメのハンニンダーもそうだった。
一人が加わるだけで——それだけで、戦場の色が変わる。
ハンニンダーが削り、ゴウエモンが追い詰める。
隙を作り、視界を奪い、逃げ場を潰す。
それだけのことが、これほどの圧力になる。
白煙の向こうで、二人の気配がある。
倒れていない。
まだ立っている。
「どうすれば……」
「大丈夫、あの迷路を出られたんだもん! 私たちならなんとかできる!」
「……! ……うん!」
砂埃の向こうから、あんなの声が聞こえた。
迷いがあって、でも確かな意志があった。
みくるの返事は短かったが、それで十分だった。
——修羅場を乗り越えてきた二人だ。
あの密室の中で、二人は何かをすれ違わせて、何かを取り戻した。
その中身を私は全部は知らない。
でも、あの二人がそれを糧にできることは、なぜか疑わなかった。
二人が動いた。
左右に、ぱっと散る。
あんながゴウエモンの方へ、みくるがハンニンダーの方へと向かっていく。
(分断を狙った……?いや、それだけじゃないはず……)
何かある。この状況を打開するための、何かが。
「食らえ!」
ゴウエモンの扇子が向いた。
標的はあんな一人に絞られる。
ビームが連続して走り、校庭の地面を次々に抉っていく。
あんなは走った。
躱しながら、しかし無秩序ではなく——特定の場所へと確かめるように足を運んでいる。
みくるも同じだった。
ハンニンダーの追撃をいなしながら、あんなの動きを横目で追っている。
二人の動きが、静かに揃っていく。
「ちょこまかと逃げやがって……」
苛立ちを滲ませたゴウエモンの声と同時に、二人の足が止まった。
その瞬間、私には見えた。
(この配置……なるほど、そういう作戦!)
背中合わせ。
あんなとみくるが互いの背を預け合い、その二人を挟む形でゴウエモンとハンニンダーが向かい合っている。
砂埃はまだ漂っていて、視界は悪い。
——その視界の悪さを、逆手に取る気だ。
「ハンニンダーぁぁっ!!」
咆哮と共にハンニンダーが踏み込んだ。
「今だよ!!」
みくるの声が弾けた。
「「ジャンプ!!」」
二人は同時に地を蹴った。
高く、まっすぐ、迷いなく。
砂埃を抜けて視界が開ける。
ハンニンダーの桜吹雪は前方へと直進して——その先にいたのは、ゴウエモンだった。
「ぐおっ……!?ぐぁぁぁぁ……!!」
自分のハンニンダーの攻撃に、巻き込まれた。
視界不良を利用した同士討ち。
私が息を呑む間も、二人はもう次の動きに入っていた。
(二人の連携も、上がってるじゃん)
最初の頃とは違う。
今はさらに呼吸が合っている。
間合いが合っている。
信頼が、戦い方に滲み出ている。
まったく、羨ましい限りだよ……。
「ハ、ハンニンダー!?」
ゴウエモンに攻撃が当たり、ハンニンダーが困惑している。
その隙に——何かが、真上から降ってきた。
反射的に手を伸ばす。
受け取ってから、それが何かわかった。
扇子だった。
ゴウエモンの扇子が、私の手の中にあった。
さっきの衝撃で吹き飛ばされたのだろう。
意外と細工の細かい一品だ。
「ぬぅ……な、扇子がない!?」
ゴウエモンが自分の手元を見て、顔色を変えた。
辺りを見回して、私と目が合う。
「ごめん……私が持ってる」
「な!?」
ゴウエモンの目が丸くなった。
返してあげた方がいいかな、とは思う。
でも今は戦いの最中だ。
一応、終わるまで預かっておこう。
「ハンニンダー?」
ゴウエモンが扇子を気にしている、その一瞬。
「こっちだよ!」
あんなの声が背後から飛んだ。
振り向いたハンニンダーが見たものは——迫り来る、全力の一撃だった。
「アンサーアタック!!」
「……ダー!?」
ハンニンダーの体が宙を舞った。
勢いよく吹き飛び、地面を転がり、止まった。
立ち上がれない。
立ち上がろうとする気配もない。
もう、逆転の手はない。
誰の目にも、そう見えた。
「ポチ〜!!」
ポチタンの声が響いて、あんなとみくるが合流する。
いつもの、あの突撃していく浄化技が来るかと思った。
しかし、来なかった。
「「オープン!プリキットミラールーペ!」」
(プリキットミラールーペ!? いつもと違う!?)
二人の手に、見覚えのある形が輝いていた。
図書室で使っていた、あの道具だ。
謎解きの道具だと思っていた。
ただの調査道具だと思っていた。
それが今、戦場で光を放っている。
「「ポチタン!」」
「ポチー!」
ポチタンの体から光が溢れ、マコトジュエルが二つ生まれた。
いつものマコトジュエルとは纏う雰囲気が違う。
深く、澄んでいて、見ているだけで胸の奥が震えるような輝きだった。
あんなとみくるが一つずつ受け取り、プリキットミラールーペに装着する。
レンズの蓋が、静かに開いた。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!」」
中央の宝石が回り始める。
ゆっくりと、しかし確かな力を込めながら。
校庭の空気が変わった。
風が止み、音が遠のいて、二人だけが世界の中心にいるような静けさが満ちる。
「「これが……私たちの、
プリキットミラールーペを前にかざして、もう一方の手で——二人が大きなハートの形を作った。
その瞬間、息を忘れた。
「「プリキュア! フライング・スペクトル!!」」
白い光が、弾けた。
光の中から白い鳥が飛び出した。
巨大な、まばゆい翼を持つ鳥が、まっすぐに——ハンニンダーの胴体を、豪快に貫く。
「「キュアット解決!」」
光の柱が立ち昇る。
ハンニンダーを包んで、覆って、染め上げていく。
「ハン……ニン………ダー……」
掠れた声が消えた。
抵抗も、怒声も、もう何もなかった。
ハンニンダーはただ静かに光の中へと溶けて、塵となって、風に散った。
マコトジュエルがゆっくりと落ちてきて、ポチタンがそれを受け取る。
荒れた校庭の地面が、まるで時間を巻き戻すように元の姿を取り戻した。
静けさが、戻ってきた。
「フン…おもしれーじゃねえか…よっ!」
ゴウエモンはそのまま撤退し、私が持っていた扇子もいつの間にか消えていた。
るるかと妖精の姿もなかった。
_______________
「……プリキュア……フライング・スペクトル……」
気づけば、私は呟いていた。
光がまだ瞼の裏に焼きついている。
ツバメが飛び立った瞬間の、あの軌跡が。
ただの光じゃなかった。
攻撃の光とは、全然違った。
優しくて、あたたかくて——それなのに、胸の奥を直接つかんでくるような不思議な輝きだった。
説明しようとすると言葉が逃げていく。
でも確かに、何かが届いた。
「……すごい……」
声が漏れた。
止められなかった。
私はただの一般人だ。
変身もできないし、戦う力もない。
あの光の中に飛び込むことも、誰かを守るために前に出ることも、私にはできない。
それでも——あの技を、この目で見た。
ゆっくりと、みくるがこちらを振り返った。
戦っていたとは思えない優しい顔をしていた。
肩の力が抜けていて、目が柔らかくて、いつものみくるの顔がそこにあった。
気づいたら、足が動いていた。
「今の……何……?」
自分でも、何を聞いているのかわからなかった。
もっとまともな言葉があったはずだ。
でも胸がいっぱいで、それ以上が出てこなかった。
「すごすぎるよ……あんなの……」
声が、震えた。
「ただの技じゃないよね……。なんか……見てるだけなのに、胸がいっぱいになって……苦しくて……でも、あったかくて……」
言葉がまとまらない。
順番もバラバラで、伝わっているのかもわからない。
それでも止まれなかった。
「……かっこよかった」
やっと、それだけ言えた。
みくるが目を瞬かせた。
それから——少しだけ、照れくさそうに笑った。
「……ありがと」
その一言と、その笑顔。
胸がぎゅっと締めつけられた。
前みたいに痛いわけじゃない。
でも、確かに何かが収縮する感覚があった。
ああ、この子は本当に——
「ねえ……」
気づいたら、声に出していた。
「私の親友が、こんなにすごいなんて……ちょっと誇らしいかも」
みくるがきょとんとした。
一拍置いて、吹き出す。
「ふふっ…なにそれ」
「本音だよ」
笑いながら答えた。
笑えた。
なのに目の奥が熱くなってきた。
変だな、と思う。
泣く場面じゃない。
泣く理由もない。
みくるとあんなは無事で、戦いは終わって、青空が広がっている。
なのに——
本人は命懸けなはずなのに。
危ないはずなのに。
「……もっと、見ていたいって思っちゃった」
声に出してから、自分でも驚いた。
戦いなんて怖い。
見たくない。
ハンニンダーの拳が迫るたびに心臓が縮んで、ゴウエモンのビームが二人を捉えるたびに息が止まりそうだった。
それでも——あの光は、違った。
誰かを傷つけるためじゃなかった。
あの白いツバメは、ハンニンダーを壊したんじゃなくて、救ったんだ。
嘘の力に染められた桜の木を、元に戻したんだ。
だから、目が離せなかった。
「……ねえ」
みくるの手を、そっと取った。
まだ少しだけあたたかい。
戦っていた熱が、まだそこに残っている。
「これからも……見てていい?」
守ることも、戦うこともできない。
隣に立つことさえ、たぶん邪魔になる。
それでも——せめて。
「あなたが頑張ってる姿、ちゃんと見届けたい」
みくるは少し驚いた顔をした。
それから真っ直ぐに、頷いた。
「うん。見てて」
たった一言だった。
なのに、胸の奥に真っ直ぐに刺さった。
見届けることを、許してもらえた気がした。
何もできなくても、そこにいることを、肯定してもらえた気がした。
夜空を見上げると、まだ光の余韻が滲んでいる気がする。
あの白いツバメが飛んだ軌跡が、どこかに残っているような。
彼女が生み出した、誰かを救う光——。
「……ねえ」
すぐ隣から、声がした。
「え?」
振り向くと、あんなが腕を組んでこちらをじっと見ていた。
その顔は、どこか不満げで。
でも同時に、期待しているような目をしている。
その組み合わせに、一瞬だけ笑いそうになる。
「みくるだけじゃなくて、私のことも褒めてよ!」
「え、ええ!?」
思わず一歩後ずさった。
近い。
顔が近い。
「ほら、どうなの?私だってちゃんと戦ってたし? みくると息が合って結構いい動きしてたと思うんだけど?」
「そ、それは……もちろん見てたよ!?」
「じゃあ感想は?」
間髪入れずに来る。
逃げ場がない。
あんなの目が真っ直ぐにこちらを見ている。
拗ねているようで、でも本気で聞いている目だ。
——ちゃんと言わないといけないな。
私は一度、深く息を吸った。
それからあんなの目を、正面から見返した。
「かっこよかったよ」
「……え?」
「連携とか、すごく息ぴったりで……」
あの場面を、思い出す。
砂埃の中で二人が跳んだ瞬間。
背中合わせで、呼吸を合わせて、ゴウエモンとハンニンダーを同士討ちに持ち込んだあの動き。
「一人じゃなくて、二人で戦ってる感じがして……なんていうか……安心した」
言い終えてから少し照れくさくなった。
うまく言えたかわからない。
でも、本当のことだった。
あんなの表情が、ほどける。
「みのるも、ありがとね」
「……え?」
間抜けな声が出た。
「私たちのこと、見守ってくれて……」
穏やかな声だった。
さっきまで戦っていた人間の声じゃないみたいに、静かで、優しくて。
でも——
「……なんで?何もしてないのに?」
本当にそう思った。
嘘じゃない。
戦ったのは二人。
私はただ、少し後ろから見ていただけだ。
叫んで、祈って、固唾を飲んで——それだけだ。
助けもしなかった。
守りもしなかった。
それなのに——
「ありがとう、って……おかしくない?」
困惑したまま言うと、あんなは肩をすくめた。
「はあ……わかってないなあ」
「え?」
「見てるだけって、結構すごいことなんだよ?」
少しだけ、真面目な顔になる。
「怖かったでしょ?」
「……それは……」
言葉が詰まった。
怖くなかった、なんて言えない。
プリキュアがいるとわかっていても、あの爆発音が、砂埃が、ハンニンダーの咆哮が、身体の芯まで響いてきた。
二人がビームに直撃した瞬間、名前を叫んでいた。
あの時の感覚は、まだ手のひらに残っている。
「でも逃げなかった」
静かな声だった。
はっとする。
「ちゃんと最後まで見てたじゃん」
言われて初めて、気づいた。
逃げることを、一度も考えていなかった。
怖かったのに。
足がすくんでいたのに。
それでも、後ろを向こうとしなかった。
なぜだろう、と思った。
自分でも、よくわからなかった。
「それってね」
みくるがそっと言葉を重ねる。
「私たちにとっては、すごく心強いことなんだよ」
「……心強い?」
思わず聞き返した。
その言葉と、自分の行動が、うまく結びつかなかった。
「うん」
みくるは真っ直ぐに頷いた。
「だって、みのるが見ててくれるって思うと——ちゃんと頑張ろうって思えるから」
照れくさそうに笑うみくるを見ると、胸がきゅっとなった。
私が見ていることで、みくるたちが頑張れる。
その言葉の重さを、どう受け取ればいいのかわからなかった。
嬉しいのか、申し訳ないのか、それとも別の何かなのか。
いろんなものが混ざって、うまく整理できない。
「それにね」
あんなも続けた。
「誰かに見てもらえてるって、すごく大事なんだよ?」
「……そうなの?」
「名探偵プリキュアは無闇に存在を話してはいけない。つまり、戦っているところも多くの人に見られたら大きな騒ぎになる」
「うん、だから誰にも言えないんだってわかった」
あんなは少し間を置いて、こちらをちらっと見た。
「でも、みのるみたいにちゃんと見てくれてる人がいるとね」
「みのるのためにも頑張ろうって思えるの」
「……」
言葉が出なかった。
そんなふうに思われていたなんて、考えたことすらなかった。
私はただ、親友のことが心配で、目が離せなかっただけだ。
それが誰かの力になるなんて——そんな大それたことだとは、思っていなかった。
「だから」
あんなが、一歩近づいた。
「何もしてない、なんてことないよ」
「みのるはちゃんと——」
そっと、微笑んで。
「私たちの力になってくれてる」
「ポチポチ!」
ポチタンも横から声をかけてくれる。
みんな真っ直ぐだった。
飾りのない、真剣な目だった。
それが余計に刺さった。
胸の奥に、じんわりと何かが広がっていく。
温かくて、くすぐったくて、でも受け取り方がわからなくて。
「……なんか」
気づいたら、少しだけ俯いていた。
「そう言われると……変な感じ」
「「ふふっ」」
二人が笑った。
その笑い声が、耳に馴染んでいた。
戦いの音とは全然違う。
いつもの声、いつもの二人だった。
笑い方も、目の細め方も、何も変わっていない。
「私、ほんとに何もできないし……」
口から素直に出てきた。
言い訳でも謙遜でもなく、ただ事実として。
「でも……」
それでも、言葉を続けたかった。
勇気、というほど大げさなものじゃない。
でも、少しだけ踏み出す必要があった。
「それでもいいなら……」
二人の目を、まっすぐ見た。
「これからも、見てていい?」
少しの沈黙。
風が、校庭を静かに抜けていった。
「もちろん!」
「むしろ、ちゃんと親友の活躍、見ててよね?」
二人が同時に答えて、笑った。
その笑顔を見た瞬間——胸の奥にずっとあった、形のない不安が、音もなく溶けていった。
何もできない。
変身もできない。
戦えない。
それは何も変わらない。
これからも変わらないだろう。
それでも、私にはここにいる二人がいる。
見守ることを、許してもらえた。
それだけで——今は、十分だった。
「桜の木も元に戻ってよかった……」
ハンニンダーに染められる前の姿に戻った桜が、校庭の端でそっと佇んでいた。
何事もなかったかのように、静かに。
ついさっきあの木が唸り声を上げて暴れていたとは、到底思えない穏やかさだった。
ずっと見ていたかった。
この光景を、もう少しだけ。
「何か忘れてない?」
あんなが呟く。
二人はきょとんとして——次の瞬間、同時に顔が青くなった。
「「理科の授業!!!」」
「あぁ……」
そうだ。
今は休み時間だ。
しかも残り時間はほぼない。
二人は言葉も交わさず、全速力で校舎へと駆けていった。
感動の余韻も、さっきまでの温かい時間も、全部置き去りにして。
私だけが、校庭に残された。
(……私も行かないとな)
空を見上げると、結界はもう消えていた。
桜がそこにある。
さっきまで戦場だった校庭が、何事もなかったように日常に戻っている。
サボってしまおうか、と一瞬思った。
でも、理事長のことが頭をよぎった。
目をつけられている今、安易なことはできない。
溜め息をついて、私も歩き出した。
_______________
「みくるぅ~どこぉ……」
「ポチィ~……」
私は目を疑った。
廊下の隅で、あんなが歩いている。
ポチタンを抱えて、完全に遭難した人の顔をしていた。
しかもここは理科室とは校舎の端から端、真逆の場所だ。
なぜ。
「あの……あんな?」
「みのる……助けて……」
「ポチぃぃ」
涙目のまま、しがみついてきた。
ずっしりとした重さが腕にかかる。
ポチタンまでしがみついてくる。
私はその場に立ち尽くしながら、状況を整理しようとした。
一緒に走っていったはずだ。
二人で、同じ方向に、全速力で。
どこでどう分岐すればこうなるのか。
「理科室はここと真逆の場所だよ……みくる、あんなを置いて行っちゃったの……?」
あんなはゆっくりと、力なく頷いた。
私にも授業がある。
でもこの状態のあんなを放置して行ける気もしない。
さっきあれだけ一緒に戦ったプリキュアが、校舎の中で遭難しているという現実に、笑っていいのか困っていいのかわからなくなる。
「とにかく理科室まで送っていくから、そんな泣きそうな顔しないで」
「うぅ……ありがとう……」
掠れた声だった。
本気でありがたそうにしている。
「ポチ~」
ポチタンも何か言っている。
感謝しているのか謝っているのか、判断がつかない。
私はあんなの背中をとりあえず軽く押して、歩き出した。
「もう迷路はこりごりだよ~!!」
「やれやれ……」
廊下を歩きながら、私は小さく溜め息をついた。
さっきまで変身して戦っていた子が、今は私の隣で半泣きになりながら歩いている。
結界も、ハンニンダーも、あの白い光も——全部本物だった。
なのに今この瞬間も、同じくらい本物だ。
あんなの学校生活は、始まったばかりだ。
この調子で、本当に大丈夫なのだろうか。
心配なような、でも少しだけおかしいような——妙に温かい気持ちを胸に抱えながら、私はあんなを引率して廊下を歩き続けた。
_______________
【???Side】
劇場の奥、光の届かない玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が一段と重くなった気がした。
この圧は何度味わっても慣れない。
いや、慣れてはいけないのだろう。
闇の中心――そこに座す存在へ、私は静かに頭を垂れる。
「ウソノワール様、お久しぶりです」
低く、底の見えない声が返ってきた。
「……随分早かったな」
声だけで値踏みされているような感覚。
だが、ここで怯む理由はない。
「新たな名探偵プリキュアが出たという報告を受け、急遽予定を変更して戻って参りました」
ほんのわずか、沈黙が落ちる。
その一瞬でさえ、無駄な言葉は許されない。
「……収穫はあったか?」
私はポケットに手を差し入れ、静かに取り出す。
闇の中でも鈍く光る――真実の結晶。
「……できる限りの範囲でマコトジュエルを集めてきましたがこれだけしか集められませんでした」
掌の上に並ぶ、10の輝き。
その価値を理解できない者はいない。
「……10個集めただけでも優秀だ。よくやった」
短いが、確かな評価。
それだけで十分だ。
「ありがとうございます」
私は再び一礼する。
だが、これで終わりではない。
「名探偵プリキュアの調査はどうだ?」
問いは鋭い。
試されている――いつだってそうだ。
「順調です。ある程度策は考えましたが、思いついた作戦は全て試してみます」
私は顔を上げ、はっきりと言い切る。
「もし気づかれても……実力行使で突破すれば良いだけですから。マコトジュエルは必ず、ウソノワール様の手元へと届けます」
自分でも驚くほど、声は迷いなく出た。
これが私の役割だ。
迷う必要などない。
「……二言はないな?」
その一言に、空気がさらに張り詰める。
だが――
「少しは私のことも信用してはどうですか?」
思わず、口元がわずかに緩む。
挑発ではない。ただの事実確認だ。
「……そうだったな。怪盗団ファントムの斬り込み役……だったか?」
「それが私の取り柄なので……」
前線で切り開く、それしかできない。
だが、それで十分だ。
「……良いだろう。期待しているぞ」
その言葉を受け取った瞬間、胸の奥で何かが静かに燃え上がる。
期待――それは命令よりも重い。
私は踵を返し、闇の中へと歩み出す。
「ライライサー」
号令と共に、空気が揺らぐ。
次に向かうべき戦場は、すでに見えている。
新たな名探偵プリキュア――どれほどの存在かは知らない。
だが、関係ない。
立ちはだかるなら、切り裂くだけだ。
すべては――ウソノワール様のために。