かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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大人気俳優、家入しるくが来校!?

【みのるSide】

 

学校は楽しい!学校に行きたい!なんて人もいるけど、私にとって学校なんて苦痛以外の何物でもない。

 

まあ、本当に学校が楽しいっていう人の気持ちを否定するつもりはないけど。

 

せめてみくるたちと同じクラスだったら、まだ少しはマシだったのかもしれない。

 

でも私は別のクラスで、ずっとみくると一緒にいられる時間はなかった。

 

すれ違いを乗り越えて仲直りした今だって、それは変わらない。

 

心の距離が縮まっても、環境まで都合よく変わってくれるわけじゃないのだ。

 

「はぁ……」

 

朝早くから登校させられて、掃除させられて、自業自得とはわかってるけど気分は一向に晴れない。

 

理事長は人の内情を無闇に詮索するような人じゃない。

 

普通ならそれはありがたいことのはずなのに、こんな宙ぶらりんな状態のままでいると、それが逆につらかったりする。

 

(帰りたい……いっそこんな学校、辞めてやろうかな)

 

義務教育だからそんなことは無理だとわかっていても、自由を求めずにはいられない。

まあ、本気でそんなことを言い出したらみくるたちが全力で止めにくるのが目に見えているから、実際には辞めないけど。

 

授業が終わると、こうして校舎の外をぶらぶらと歩き回るのが日課になっていた。

 

別に楽しいわけでもない。

それでも足は自然と外へ向かってしまう。

 

ロボットみたいに歩き回っている自分が、少し滑稽に思えた。

 

隣のクラスに顔を出してみくるたちの輪に混ざる、という選択肢もある。

でも身体が勝手に、校舎の外へと向かっていく。

 

きっとまだ、人が多い場所に慣れていないんだろう。

 

みくるには申し訳ないけど、今は静かな場所で少しだけ、ひとりで息をしたかった。

 

「……ん?」

 

沈んだ気分のまま校門近くの広場まで来て、思わず足を止めた。

 

いつもより、明らかに生徒の数が多い。

 

みんなある一点に視線を集めて、ざわざわと騒いでいる。

 

今日、何かイベントでもあったっけ。

記憶を探ってみても心当たりは何もない。

 

視線を校舎の前へ移すと、理事長の姿があった。

でもそれだけじゃなかった。

 

カメラを抱えたスタッフらしき人、複数の関係者とおぼしき人たち。

 

そして——帽子を目深に被った、長い水色の髪が目を引く女性。

 

(何かの番組撮影かな?)

 

どう見てもテレビの取材っぽい雰囲気だけど、何の番組なのかはさっぱりわからない。

そもそも私はテレビをほとんど見ないから、流行りやブームには本当に疎い。

 

知識だけはあるのに世間のことは何も知らない、ちょっと残念な私である。

 

(まあいいや、校舎に入ろう)

 

人だかりが多くて近づきにくいけど、撮影中というわけでもなさそうだ。

 

そのまま端を突っ切って校舎へ向かおうとした瞬間。

 

「あっ!」

 

「痛っ!!」

 

横切ろうとした私は、その女性とまともにぶつかって、そのまま尻餅をついた。

 

ひとつ、気づいたことがある。

 

ぶつかった衝撃で私はよろけたのに、彼女はほとんどふらついていなかった。

 

体幹が普通の人とは違う。

身体を使う仕事をしているのだろうか。

 

「ごめんなさい!大丈夫?」

 

「あ、はい……」

 

差し出された手を掴んで立ち上がる。

 

私が無事だとわかったのか、彼女はほっとしたように笑顔になった。

 

(おぉ、近くで見たらかなり美人……)

 

帽子のせいでわかりにくいけど、なかなかの容姿端麗だった。

誰なのかはまったく知らないけど。

 

周囲がざわめいている。

何か、まずいことでもしてしまっただろうか。

 

「花崎さん……家入しるくさんにご迷惑をおかけしてしまいますから、周りはよく見て歩かないと……」

 

理事長にまで注意された。

 

家入さん?

家入さんって、何?

 

「家入しるくって、誰ですか?」

 

気づいたら、口から出ていた。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

周りが一斉に静まり返った。

 

みんな信じられないものを見るような、ありえないものを目の前にしたような顔で、完全に固まっている。

 

え、何。

本当に何。

 

私、何かした??

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

「シルクのような口溶け……あーん♡。私はこれ、『シルキーアイス』♡」

 

「あっははは!似てる!」

 

私の物真似に、ゆみが腹を抱えて笑っている。

 

最近テレビで流れているCMの真似をしてみたのだけど、どうやらゆみには好評だったみたいだ。

 

今日の学校も平和で、いつもどおりみんなで集まってわいわい話す。

みのるも誘いたかったんだけど、隣のクラスを覗いたら移動教室でもないのにいなかった。

 

仲良くしている私たちの輪を見て、一人だけクラスが違うことにまた孤独を感じていたりしないだろうか。

 

みのるは私たち以外にはまだ友達がいない。

だからこうして声をかけているのに、不在のことが多くて少し心配になる。

 

次は絶対に誘ってやる!

 

そう胸の中で決意したそのとき——机の上でポーチのふりをしていたポチタンが、突然声を上げた。

 

「ポチポチ!」

 

「「あ!!?」」

 

すかさずポチタンを背中に隠す。

 

まだ赤ちゃんだから、ときどきこうして不意に声を出してしまうことがあるのだ。

 

油断も隙もない。

 

「ポチ?」

 

怪訝そうな顔をするゆみに、みくるが食い気味に割り込んだ。

 

「ポチポチアイス良いよね!!」

 

「ポチ……?そんなアイス、あったっけ?」

 

「「あははは……」」

 

怪しかったけど、なんとか誤魔化せたみたい。

 

「家入しるく、すっごくかわいいよね!私だ~い好き!」

 

「私も私も!昨日みくると一緒に、しるくさんが出てるドラマ見たんだ!1999年にも素敵な俳優さんいるんだね~!すっかりファンになっちゃった!」

 

家入しるくさん。

 

さっき私が真似したのは、しるくさんが出演しているアイスのCMだ。

 

最近話題になっている大人気俳優で、その存在感はスクリーン越しでも圧倒的で、見た人を一瞬で虜にしてしまう。

 

そんなしるくさんに、気づけば私もすっかりハマっていた。

 

私がいた2027年にも大勢の人気俳優が活躍しているけれど、この時代だって負けていない。

そのことを、しるくさんを通じて改めて実感していた。

 

でも……私が生まれてから2027年になるまで、その名前をテレビで聞いたことが一度もない。

 

………いや、考えるのはやめよう。

 

そう思ったちょうどそのとき、廊下の方からバタバタと激しい足音が近づいてきた。

 

教室の扉が思い切り開かれて、りえが飛び込んでくる。

 

「みんな大変!! 事件だよ!!」

 

「「事件!?」」

 

その二文字を耳にした瞬間、私とみくるが即座に反応した。

 

職業病みたいになってきているけれど、仕方ない。

事件が起きたなら、すぐに解決へ導くのが探偵の使命なのだから。

 

「い、い、い!いる!い、いるるるるるるる!」

 

よほどの大事件なのか、舌が回っていないりえの背中を、ゆみたちが撫でながら落ち着かせようとする。

 

「りえ、落ち着いて」

 

「深呼吸して……」

 

「外、来ぃぃぃてぇぇぇ!!!」

 

それでもりえは落ち着かず、大声で叫んだ。

 

理由も言わずに外へ来いとりえが叫ぶ、その校舎の外には一体何があるというのか。

 

その謎を解明するため、我々探偵団はアマゾン——ではなく、学校の外へと向かったのだった。

 

 

_______________

 

 

 

学校の外の広場には、大勢の生徒がひしめき合っていた。

ただ事じゃない雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。

 

でも、誰もパニックになっているわけでも、悲鳴を上げているわけでもない。

それだけは確認できてとりあえず安心した。

 

「事件って……?」

 

「あれは?」

 

カメラを持ったスタッフらしき人たちも気になるけれど、何より一際存在感を放っている水色の長髪の女性から目が離せなかった。

 

まさか……。

 

その女性が、ゆっくりと帽子を脱いだ。

 

「家入しるく!私立まことみらい学園へ入りま~す!」

 

「「「「「きゃああああああああ!!!」」」」」

 

黄色い歓声と男子たちの熱狂が一瞬にして広場を埋め尽くした。

 

何度目を凝らしても間違いない。

あの、みんなの憧れ——家入しるく本人だ。

 

「これは……」

 

「まさしく……」

 

「「大事件だああああああああ!!!」」

 

思わず声が揃ってしまった。

大事件なんて言葉じゃ全然足りない。

 

テレビの中にしかいないはずの大人気俳優が、今この瞬間、目の前にいる。

 

こんな機会は滅多にない。

 

2027年にいたころだって、実際に有名人を生で見たことなんて一度もなかった。

 

「そうなんですか?」

 

するとしるくさんの傍から、別の声が聞こえた。

 

でも——その声には聞き覚えがある。

いつも側で聞いている声だ。

 

「えっ!?なんでみのるがしるくさんと話してるの!?」

 

「みのるじゃん!?何やってるの!?」

 

しるくさんの隣に立っていたのは、なぜかみのるだった。

 

しかも、あのしるくさんを相手に普段とまったく変わらないテンションで接している。

 

どうしてそんなに冷静でいられるの……?

 

「ほら!シルキーアイスって知ってるでしょ!私が宣伝してるやつ!」

 

「シルキーアイス?ハーゲン○ッツなら知ってますけど」

 

「いやそれじゃなくて……!」

 

その会話を聞いて、私は軽く衝撃を受けた。

 

みのるがシルキーアイスを知らない?

 

シルキーアイスは2027年にも生産されているアイスで、私だってちゃんと知っているのに。

 

でも、みのるはそれだけに留まらなかった。

さらにとんでもないことを、しるくさんに向かって真顔で聞いたのだ。

 

「しるくさんって、何のお仕事してるんですか? 私、見たことなくて」

 

「えっ!!」

 

ストレートな言葉に、しるくさんがあからさまにショックを受けている。

 

「「「「何やってんのみのるううう!!?」」」」

 

私たちの声が再び揃って広場に響き渡った。

 

みのる……しるくさんのことすら、知らなかったんだ。

 

何でも知ってそうな雰囲気があるのに、まさかそんな意外な一面があるなんて。

 

 

_______________

 

 

 

「家入しるく……現役高校生でドラマやCMに引っ張りだこ。今をときめく超人気俳優さんなの~!!なのになんで知らないの!?本当に知らないの!?」

 

「え?うん、初めて見た。みんなこそ、どうしてそんなに興奮してるの?」

 

とりあえず、みのるをこっそりと私たちのところへ連れ戻した。

 

みのるは本当にしるくさんのことを知らなかったのだ。

 

「う……嘘でしょ……」

 

「りえ!?しっかりして!!」

 

ショックで崩れ落ちそうになるりえを、ゆみが慌てて支えた。

それだけのファンだということなんだろう。

 

「ごめん……私、あまりテレビを見たことがないし、ネットもほとんど使ったことがないから、流行には詳しくなくて。昔の流行なら本に載ってたりしてわかることもあるんだけど……どうしてみんながしるくさんを見てそんなにはしゃいでいるのか、理解できなかった。気分を悪くしちゃったらごめんなさい……!」

 

「みのる……」

 

頭を深々と下げて、本気で謝るみのるを見て、胸が痛んだ。

 

今のみのるからは、友達を失いたくないという気持ちが痛いほど伝わってくる。

 

ショックを受けたりえの様子を見て、自分の言葉の重さをちゃんと受け止めたんだろう。

 

みのるはいじめを経験している。

だから、仲良くなった今でも、何かのきっかけでまた壊れてしまいそうで——そんなみのるを見ていると、こっちまでつらくなる。

 

でもそれは、完全に見捨てられたらの話。

 

ここにいる子たちは、そんなことをしない。

 

「ううん、気にしないで。私もみのるがしるくさんを知らないって、今わかったばかりだし……てっきりみんなと同じように知ってるんだと思ってた。私こそごめんね」

 

りえはみのるの謝罪を柔らかく受け入れて、それ以上責めることはしなかった。

 

ここにいる子は、みんな優しいから。

みのるはもう、ひとりぼっちにはならない。

 

そう思いながら見ていると、みのるの表情にもだんだんと明るさが戻ってきた。

 

「なら、今が絶好のチャンスじゃない?みのるもしるくさんを見て、虜になっちゃいなよ~!」

 

「え? ちょっ!?」

 

ゆみがみのるの腕をぐっと引っ張って、私たちの隣に並ばせた。

 

知らないなら今知ろう、という少し強引なやり方だけど——これもゆみなりの優しさなんだな、と思って、みくるとそっと顔を見合わせて笑った。

 

「家入しるくです。よろしくお願いします!」

 

前の方に視線を戻すと、しるくさんはちょうど理事長に挨拶をしているところだった。

 

ただそこに立っているだけで、絵になる。

遠くから見ているだけで、美少女だということが一目でわかった。

 

「本物のしるくさん、素敵~」

 

「かわいい~」

 

「ポチ~」

 

 一目惚れとは、きっとこういうことを言うんだろう。

 

多くの人の心を鷲掴みにしてきた、歴戦の猛者のような——そんな独特の空気が、しるくさんの周りにはたしかに漂っていた。

 

「でも、どうしてうちの学校へ?」

 

カメラマンがいるから何かの撮影なのはわかる。

でも、何の撮影なのかはまだわからない。

 

「番組の撮影だって!『学校でトライ』!」

 

「知ってる!芸能人が学校へ行って、生徒と一緒にいろんなことをやるんだよね!」

 

その番組名を聞いて、はっとした。

 

昔から大人気だった番組、『学校でトライ』。

 

残念ながら2005年で放送は終わってしまったけれど、最近でもたまに不定期で復活したりするから、今でも知名度はかなり高い。

私もその一人だ。

 

「1997年10月16日からTBS系列で放送されているドキュメントバラエティ番組のことだね」

 

「そ、それは知ってるんだ……」

 

すぐ隣でみのるが静かに付け足した。

 

テレビで見られる内容以外は、本当に何でも知っているんだね……。

 

「テレビ見てないのに何で??」

 

「雑誌で見たことあるから……」

 

「あぁ……雑誌かぁ……」

 

ゆみが思い出したように頷く。

 

確かに、雑誌なら番組のことだって載っている。

 

だとしたら、しるくさんのことだって絶対に載っているはずなんだけど……。

 

たまたまその番組のことが書いてある冊子を見かけただけだったのだろうか。

 

「今回は、その番組にこの学校が選ばれたってこと?」

 

私が最近見た不定期放送の回では、最大の応募数が10万件を超えていた。

それほどの人気番組がこの学校を選んだというのは、奇跡に近い。

 

「うん!新入生の歓迎会で演劇部が劇をするんだけど、役者のしるくさんが協力して劇を盛り上げるんだって!」

 

「じゃあ、直接しるくさんとお話できるのは演劇部の人たちだけか……」

 

みくるが残念そうに呟いた。

 

握手会とか開いてくれたら嬉しいのにな、と思ったけれど、現実はそんなに甘くなかった。

 

演劇部の特権か……。

この中で演劇部なのは、りえだけだ。

 

「りえ羨ましい~!」

 

「はああぁぁっ……はああ……!?」

 

そのりえは、顔面蒼白で呼吸が荒くなっていた。

 

「りえ、どうしたの?」

 

「顔が青ざめて冷や汗が出てる。かなり緊張してるね」

 

みのるの分析どおり、相当緊張している様子だった。

 

理由はもちろん、普段はテレビの中にしかいないしるくさんが劇を観ることになるから。

 

演技をしるくさんに見てもらうという滅多にない貴重な機会だ。

 

「わわわわ、本物のしるくさんだよ!?ちゃんと話せるかなぁ!?」

 

「しるくさん、憧れだもんね……」

 

りえがしるくさんに憧れて演劇部に入ったというのは、以前ゆみから聞いていた。

 

憧れの存在が目の前に現れた状況で、緊張しない人なんてまずいないよね……。

 

——ピンポンパンポーン。

 

〈これより、テレビ番組の撮影が始まります。演劇部の皆さんは、部室に集まってください〉

 

校内放送が、いよいよ番組が始まることを告げた。

 

それと同時に、演劇部への招集がかかる。

運命の立ち会いは、すぐそこまで来ていた。

 

「いよいよですね!楽しみです!」

 

大人っぽく見えるしるくさんが子供みたいにはしゃいでいる。

その姿を見ていると、やっぱり年相応なんだなと実感する。

 

「りえ、頑張って!」

 

「ぁ………………ぁぁ…………」

 

りえは完全に固まって、そのまま撃沈してしまった。

 

 

_______________

 

 

 

りえのことがどうしても気になって、みくるとみのるを連れて3人でこっそりと部室の廊下側の窓から中を覗いてみた。

 

部屋では部員たちと向かい合う形でしるくさんが座っている。

 

まるで面接みたいな光景だけど、漂う雰囲気はずいぶん柔らかい。

 

「改めまして、今日はよろしくお願いします。家入しるくです。お名前、教えてください!」

 

「部長の大森です。家入さんとお会いできてとても嬉しいです!」

 

「しるくでいいよ!あなたは?」

 

「小藤です。衣装や小道具を担当していて……」

 

一人ひとりが名前を伝えて、しるくさんも一人ひとりに言葉を返していく。

 

自己紹介を通じて関係を築こうとしているのがよく伝わってきて、さすがだなと思った。

 

部員たちも、しるくさんと会えることをずっと楽しみにしていたのが一目でわかる。

 

ただ——一人だけ、ガチガチに緊張している人物がいた。

 

「りえ、めちゃくちゃ緊張してるね……」

 

「あれは相当重症だよ……。憧れが止まらなすぎて、ブレーキが完全に効かなくなってる」

 

「大丈夫かな……」

 

りえはどう自己紹介すればいいのかを必死に考えているみたいだけど、身体は震えたままで、パニックになりかけている。

それでも、順番は容赦なく回ってくる。

 

「ありがとう!あなたは?」

 

「びゃ゙ぁ゙!!?」

 

悲鳴とともに立ち上がるりえに、周りの部員たちが引いている。

 

「わわわわわ、ななあのああのあのああ、わわ!!」

 

ダメだこりゃ……。

りえは完全にパニックだ。

 

何かを伝えようと必死に口を動かしているけれど、もはや呂律すら回っていない。

 

どうしたものかと考えていると、しるくさんがすっと立ち上がった。

 

「みんなも立って」

 

「「「「え?」」」」

 

言われるままに、部員たちが立ち上がる。

その瞬間、自然と私たちも背筋が伸びていた。

 

「なんで2人まで立ち上がるの?」

 

「みのるも立ち上がってるじゃん」

 

「……あれ?なんでだろう」

 

無意識に立ち上がってしまうほど、しるくさんの引力は大きいということなんだろうか。しるくさん……恐ろしい人だ。

 

「腕を伸ばして」

 

しるくさんが左腕をすっと伸ばす。

部員たちがそれを真似る。

 

私たちも真似をしていた。

 

「反対も伸ばす」

 

右腕も伸ばす。

またみんなで揃って真似をする。

 

「優雅にターン。最後にスマイル!」

 

「「「「スマイル!」」」」

 

すると——あれだけガチガチに固まっていたりえが、すっと落ち着きを取り戻した。

 

他の部員たちの顔にも、さっきよりずっと自然な笑顔が広がっている。

 

「今のはしるく体操。緊張した時によくやってるの」

 

「しるくさんも緊張するんですか!?」

 

「もちろん。本番前はいつも足がガクガクするし、カメラの前に立つと頭が真っ白になっちゃう」

 

どんなにプロでも、大舞台に立つたびに緊張するという話を聞く。

 

どれだけ技術が優れていても、どれだけ上手な人でも、人間であることに変わりはない。

 

失敗もするし、緊張もする。

全てにおいて完璧な人間なんて、世界中のどこを探してもいない。

 

しるくさんのしるく体操は、そんな自分の緊張をほぐすために編み出したものなんだ。

 

「へぇ……わ!?」

 

しるくさんの顔が、すっとりえの至近距離まで近づいた。

りえの頬がみるみる赤くなっていく。

 

「そういうときは、体を動かすと緊張がほぐれるよ」

 

なるほど。

緊張した時は体を動かすのが有効、か。

これは覚えておこう。

 

「ちなみに今のがしるく体操第一で、第二、第三もある!」

 

「あははは……ラジオ体操みたい!」

 

部室に笑いの渦が巻き起こった。

 

しるくさんの柔らかい対応ひとつで、部室の空気が一気に明るくなる。

本当に凄い人だ……しるくさん。

 

「緊張するのは当たり前。一人じゃないからね。一緒に頑張ろう!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

部員たちの元気な返事が廊下まで届いて、私たちは思わず顔を見合わせた。

これならもう大丈夫だ。

 

「あんなに緊張してたりえが笑ってる!」

 

「うん!」

 

りえの表情も、すっかり元通りになっていた。

 

さっきまであれだけガチガチに固まっていたのが、嘘みたいだ。

 

「しるくさんにはリラックス効果まで備わってるんだ……」

 

「自分も緊張するからこそ、こういう特技を編み出せたんだよ!」

 

「しるくさん……すごいね」

 

完璧にはできないからこそ、どうすれば解決に近づけるかを試行錯誤していく。

 

その積み重ねが、しるくさんをはじめとするプロの人たちを形作っているんだ。

 

そのことが、窓の向こうの光景を見ながらじんわりと伝わってきた。

 

 

 

_______________

 

 

 

 

「カメラ、準備OKです!」

 

カメラマン(大和田あきら)さんがカメラを構えて、準備完了を告げた。

 

ついに番組の撮影が始まる。

 

「うん。じゃ、撮影始めまーす!」

 

ディレクター(榊原ともき)さんが撮影開始の合図を出す。

 

「撮影中は静かにね」

 

「はい!」

 

いつの間にか私たちの存在に気づいていたマネージャー(安藤みわ)さんが、優しく静かにするよう伝えてきた。

 

私たちも口の前に指を立てて、こくりと頷く。

 

「本番! 3、2……」

 

リポーターはもちろん、しるくさんだ。

 

「今回は、どんな劇をやるんですか?」

 

「演目は『シンデレラと中学生』です」

 

聞いた感じ、どんな内容なのかいまいちピンとこないタイトルだけど、逆にどんな劇なのかとても気になる。

 

「どんな内容なの?」

 

「シンデレラと女子中学生の青春を描いた物語です」

 

りえの説明によると、劇の内容はこうだ。

 

お城の舞踏会へ向かうはずだったシンデレラが、魔法使いの手違いで1999年のまことみらい市へタイムスリップしてしまう。

そこで偶然出会った女子中学生と力を合わせ、舞踏会へ戻ろうと奮闘する物語。

 

「面白そう!!」

 

しるくさんが瞳を輝かせて身を乗り出した。

 

……待って。

 

1999年のまことみらい市にタイムスリップ……って、まんま私のことじゃないの?

 

私をモデルにしたわけじゃないよね?

 

みくるとみのる以外の生徒は誰も知らないはずだし……偶然だとは思うけど、内心ではかなり焦った。

 

「シンデレラなら、衣装はドレス?」

 

「はい、これを使います」

 

小藤さんがしるくさんの後ろに吊るされた一着のドレスを紹介した。

 

ドレスだから綺麗な衣装なんだろうと思って目を向けると、生地は少し荒れていて、所々に縫い足したような跡がある。

 

「このドレスは、代々演劇部に引き継がれてきた衣装で、いろいろな劇に使ってきたんです。飾りやパーツを付け替えて……よく見るとボロボロなんですけどね……」

 

「先輩たちの思いが詰まった素敵なドレスだね!」

 

常に新品を用意するわけじゃなく、その一着を使い続ける。

そのおかげで先輩たちの想いと一緒に舞台へ立てる。

 

ボロボロなのは、先輩たちの汗と涙と努力の結晶。

そんな素敵な想いが込められていたんだ……。

 

「そうなんです!」

 

「今年も使えるのが嬉しくて!」

 

「どんなアレンジにしよう!」

 

新年度になって早速このドレスに出番がやってきた嬉しさが、部員たちの顔から溢れ出している。

 

昔の先輩たちも、こうして同じように喜んでいたのかな。

 

「……そうだ!スカートにボリュームがあるとゴージャスに見えるから下にパニエを履いたらどうかな?」

 

「良いですね、それ!」

 

しるくさんがドレスの存在感を上げようと提案してくれた。

 

パニエ……ドレスやスカートの下に重ねて、ふんわりとしたボリュームを作るアンダースカートのことだ。

 

そういえば、初めてプリキュアになった後に、自分の衣装について気になってみのるに聞いたとき、教えてくれたっけ。

 

キュアアンサーとキュアミスティックのスカートの下にも、あのモコモコしたものが入っているんだって。

 

「それでね……」

 

しるくさんはさらに舞台をより良くするために、部員たちと意見を交わしながら話を進めていった。

 

撮影中であることをすっかり忘れてしまうくらい、部室の空気はごく自然な日常のように流れている。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

撮影は一旦無事に終わり、後はいよいよ劇の披露となる。

 

今日は授業が午前中だけというラッキーな時間割で、私たちはしるくさんの控え室の前まで来ていた。

 

「今がチャンスじゃない?サイン貰いに行かない?」

 

「でも休憩時間に迷惑かも……」

 

「サイン会が開催される日が来るまで、気長に待とうか」

 

「あ、そっか……」

 

控え室にサインを要求するのは、ライブを控えているアイドルの楽屋にいきなり突撃するようなものだ。

 

こういうのはサイン会や握手会といった正式なイベントで求めるのが筋だろう。

 

「ええ……サイン会はいつなんだろう……」

 

みくるがしょんぼりしているそのとき、急にポチタンが動き出した。

 

「ポチぃ……ポチぃ!!」

 

「ぐえっ!?」

 

――ガシャン!!

 

背中からポチタンに押しつけられて、私は顔面から扉に勢いよく激突した。

 

痛い。

 

「ちょっとポチタン!?」

 

「静かに!みのる大丈夫!?」

 

「あぁぁぁ……鼻血出てないよね?」

 

良かった、血は出ていないみたい。

 

ただ、ポチタンと激突した衝撃で大きな音が鳴ってしまった。

しるくさんに気づかれたようで、ガラガラと扉が開かれる。

 

「あの……?」

 

「「「あ」」」

 

「大きな音がしたけど、大丈夫?」

 

しるくさんだ。

目の前に憧れの存在が現れて、あんなとみくるの思考が一瞬で飛んだのがわかった。

 

「「し、しるくさん!?」」

 

「落ち着いて」

 

さっきのりえみたいにならないよう、先手を打って声をかけておく。

 

2人までパニックになったら収集がつかない。

 

「休憩中にすみません……」

 

「あの……サイン貰えませんか?」

 

しるくさんが目の前にいるという状況に耐えられなくなったのか、みくるがこっそりとプリキットブックを取り出した。

 

「……喜んで!」

 

こういうときもしるくさんは神対応だった。

 

嫌がることなく、笑顔でみくるの要望に応えてくれる。

 

 

_______________

 

 

 

「これにお願いします!」

 

「すごくかわいい手帳だね」

 

差し出されたプリキットブック。

 

相変わらず派手な見た目だが、見る人によってはかわいく映るらしい。

 

普通の手帳じゃないのは確かだけど。

 

「プリキットブックって言うんです」

 

「探偵をするときに使ってて……」

 

「探偵?」

 

その単語が出た瞬間、しるくさんの目が反応した。

 

探偵というのは大体アニメの中でしか聞かないから、現実で耳にすると気になるのはなんとなくわかる。

 

「はい!」

 

「私たち——」

 

「「こういう者です!」」

 

宣伝のチャンスとばかりに、2人がしるくさんへ名刺を差し出した。

 

「キュアット探偵事務所……探偵さんなの?」

 

「はい! 困った人を助けたくて!」

 

「笑顔になってもらえたら嬉しいから!」

 

2人の言葉を聞いて、しるくさんの表情がさらに明るくなった。

そしてその視線が、少し離れたところでぽつんと立っている私へと移る。

 

特に用があるわけでもないので少し距離を置いて待っていただけだが、そんな存在感が空気並みの私にも、しるくさんはちゃんと気づいてくれた。

 

「後ろの子も探偵さん?さっき会った子だね」

 

「私は探偵ではなくてただの一般……わぁっ!?」

 

否定しようとした瞬間、あんなとみくるに両腕を掴まれて、しるくさんの前にずいっと突き出された。

 

「この子は助手として私たちの手伝いをしてくれる大切な仲間です!」

 

「うんうん!」

 

 (助手っぽいことすらあまりやってないから、あえて違うと言おうとしたのに……)

 

そう言ってくれるのは嬉しい。

 

でも正直なところ、最近の私はあまり大したことをやっていない。

というか、助手らしいことをやったことが本当にあったかどうかも怪しい。

 

ただ2人の親友として事務所で一緒に過ごしているだけで、そのもどかしさは今も消えないでいる。

 

2人が、いるだけで安心するって言ってくれるのは純粋に嬉しいけれど。

 

「素敵!!」

 

しるくさんが立ち上がった。

でも2人の表情は、逆に少し曇った。

 

「でも、依頼がなかなか来なくて……」

 

「やっぱり、私たちが中学生だからかな……」

 

確かに、ちゃんとした依頼はほとんど来ていない。

 

ほとんどこちらから困っている人を見つけるような形だ。

 

唯一の依頼といえば漫画家を目指している小松崎純一さんのときくらいだけど、あれも偶然事務所の前を通りかかった際に、私が半ば紹介するような形だったから。

本当の意味での依頼はまだ一度もないかもしれない。

 

プリティホリックが開店して事務所の知名度も上がっているはずなのに、気長に待つしかない状況だ。

 

そもそも依頼がないのは事件がなくて平和だということだから、それが一番いいことではあるんだけれど。

 

「「!」」

 

「決めつけちゃダメ!」

 

しるくさんが人差し指でみくるの額に軽く触れ、微笑んだ。

 

「私ね、今高校に通いながら芸能活動をしてるんだけど、最初は事務所の社長や両親にすごく心配されてね……仕事をやりながら学校へ行くのは難しいって」

 

「「………」」

 

文武両道という言葉がある。

 

勉強と運動の両方に打ち込むこと——でも学校での勉強と部活の両立でさえかなり大変なはずなのに、しるくさんの場合は芸能活動という多忙を極めた世界との両立だ。

 

どんなに仕事が増えても、勉強という現実は常につきまとう。

 

学生としての自分と俳優としての自分、どちらもしるくさんにとって大切なんだろう。

 

「でも、私は両方やりたかったの!大好きな仕事もやりたいし、高校で友達と過ごす時間も好きだから。大変だけど、頑張ってやってるよ!」

 

しるくさんも、ずっと努力してきた。

勉強をサボっているわけでも、仕事を手を抜いているわけでもなく、ずっと頑張り続けてきたんだ。

 

私とは真逆の人だな、と思った。

 

「だからあなたたちも、探偵……頑張ってほしいな。ダメかもって決めつけないで」

 

ダメかも——それは私がこれまでの人生で、何十回も何百回も心の中で繰り返してきた言葉だ。

 

決めつけちゃダメと言われても、過去の苦しみを身をもって味わった以上、何かのきっかけでまた崩れてしまいそうな私には、その言葉がすんなり届くかどうかはわからない。

 

今はみくるたちがいるから明るくいられるけど、もしみくると出会っていなかったら、私はどうなっていただろう?

 

「決めつけちゃダメ……か」

 

「諦めたら、事件も解決しないもんね!みのる!」

 

「う、うん!そうだね!」

 

危ない。

また自分の中に沈み込むところだった。

 

過去がつらいものだったからこそ、今いるこの時間を大切にしなくては。

 

「その意気だよ!」

 

しるくさんの言葉に、2人が笑顔になった。控え室に漂っていた静かな空気が、少しだけ温かくなった気がした。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

「マジ暇~~」

 

静かな劇場に、アゲセーヌの声だけが響いた。

 

ニジーとゴウエモンは今日は不在。

 

ジャックも今日一日は外にいるようで、こんなに騒がしくない日は久しぶりだ。

 

ただ座っているだけなのに、それだけで落ち着く。

 

「チョー暇~~。退屈すぎて~ヤバぁぁ~~」

 

「退屈なんかしてないし~。ねえ?」

 

気持ちよさそうなマシュタンの声が聞こえる。

 

私はマシュタンのふわふわした頭を撫でながら、ひたすら癒されていた。

 

「気持ちいい……」

 

このフサフサが、たまらなく心地いい。

 

撫でられて嬉しそうにしているマシュタンもかわいすぎる……。

心の中まで浄化されていくようだ。

 

「新たなマコトジュエルの在処がわかっ——」

 

「はいはいはいは~い!!」

 

ウソノワールの声を遮る勢いで、アゲセーヌが手を挙げた。

 

名探偵プリキュアが誕生してまだ一回しか戦っていないアゲセーヌ。

そのやる気だけは十分みたい。

 

「アゲが行くっしょ!!」

 

持ち場から舞台まで一瞬で移動して、スポットライトを全身に浴びる。

 

「行け、アゲセーヌ!」

 

「ラ~イラ~イサー!!」

 

久々の出番に気合いが入ったアゲセーヌが飛び出していった。

 

これで劇場に残ったのはウソノワールと私だけになり、さらに静かになる。

 

「やっと静かになるわね」

 

これで心置きなくマシュタンを堪能できる。

 

はしゃぎ続けるアゲセーヌのことなど気にも留めず、私はひたすらマシュタンを撫で続けた。

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