かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
静かな部屋に包まれる。
萌絵さんが住むマンションに足を踏み入れると、リビングの壁にそれはあった。
額縁に収められた一枚の絵。
文江さんが自ら描いた、本物の自画像だ。
「どうぞ」
萌絵さんが静かにそれを壁から外して、私たちへと手渡した。
二人は受け取りながらそれをじっと見つめる。
「ふーん……」
「写真と違う部分は特にないね……」
「質感は違うけど、肉眼ではわからないね」
何かメッセージが記されているわけでもなく、わかることといえば、これが本物の絵だということだけだった。
描き方も、他の風景画と大差はない。
至って普通の、丁寧な一枚。
「やっぱり私、あんな歪なマカロンを作ったとは思えなくて……。母はいつだって、完璧を目指す人でした」
萌絵さんの視線が、棚の上の写真へと流れた。
娘の入学式、雪の中で笑いながら遊んでいる光景——どれも幸せそうな瞬間ばかりが切り取られている。
今では萌絵さん自身が家庭を持ち、母親という立場になっている。
それでも、胸の奥に残る寂しさは消えない。
それが人間というものなのだ。
棚の一番左側に、文江さんが写った一枚があった。
萌絵さんはゆっくりとその写真を手に取る。
「自画像を描いたのも、そんな輝いている自分の姿を見せたかったから……」
「本当にそうなのかな……」
みくるが呟く。
愛されていたのか、愛されていなかったのか。
私みたいに、愛されなかった側の人間にはなってほしくない——そんな気持ちが胸のどこかで燻っている。
完璧主義だった文江さんは、自分の娘のことをどう思っていたのだろう。
故人だから、もう直接聞くことはできない。
それが、ひどく悔やまれた。
「ううん!きっと他に重要な手がかりが隠されているはず!」
あんなが声を上げた。
まだ諦めていない。
服の裾をぐいとめくり上げて、プリキットを取り出す。
「オープン!プリキットミラールーペ!」
最近はすっかりこの道具がメインになっている気がする。
証拠を探すという、探偵として最も根本的な捜査において、プリキットは何よりも万能すぎるのだ。
おまけに浄化アイテムまで兼ねているというチートっぷり。
あんなは鏡のカバーをめくってルーペモードに切り替え、自画像をそっと覗き込んだ。
次の瞬間、額縁の表面に複数の指紋が浮かび上がる。
「「あ!!」」
あんなとみくるの声が重なる。
(指紋まで見えるんだ……)
本当に、鑑識顔負けの機能だ。
これはもう警察が常備した方がいいんじゃないかとさえ思ってしまう。
「はなまる発見!これは絵を持ったときについた手の跡かも!」
縦向きに立てかけられた自画像の左右には、何度も持ち上げた際についたのだろう、指紋が大量に重なっていた。
しかし——私はそこで眉をひそめた。
「あれ?ここにもある」
「あ!こっちにも!」
二人が指摘した通りだ。
左右だけではない。
上下にも、一人分の指紋がついていた。
ほとんどの人は縦向きに持つはずなのに、一人だけ、横向きに持った人物がいる。
ん……?
この一人分の指紋、もしかしたら……。
「なんでこんなところに?」
「あ……これって!」
「……途切れてる?」
みくるがさらにもう一つ、気になる箇所を見つけた。
下についている小指らしき部分の指紋が、不自然なところでぷつりと途切れていた。
つまり——指に、何かをはめている可能性がある。
絵の向き
もう一度、自画像を見つめた。
そして——繋がった。
「そうか!上と下にある手の跡は文江さんのものだよ!絵の文江さん、左手の小指に指輪してるでしょ?だからここが途切れてるんだ!」
みくるもその部分に気がついた。
そう、自画像に描かれている文江さんの左小指には、細い指輪がはめられている。
つまり、この不自然に途切れた指紋は——文江さん本人のものだ。
「でも、何で上と下を持ったの?絵を持つなら普通、横側を持つよね?」
あんなが首を傾げる。
……いや、待って。
もしかしたら、私たちは最初から勘違いをしているのかもしれない。
そもそも、この自画像にはずっと引っかかっていた違和感があった。
文江さんが立っているように見えるから縦向きが正しいと思い込んでいたけれど——足元を見ると、全身が描かれているにもかかわらず、靴が地面に接していない。
これでは、まるで宙に浮いているような状態になってしまう。
背景も、よく見れば妙だった。
左側にほんの少しだけ覗く白い部分と、彼女の背後に広がる緑色の部分とで、塗り方がはっきり異なっている。
緑色の部分は、柔らかい布地のような質感で描かれていた。
……そうか。
そういうことか。
「自画像は縦向きだという先入観に囚われているのかもしれない。そもそも絵の向きが違うんじゃないかな?」
「「……!!」」
二人の息が、同時に止まった。
「「見えた!これが、答えだ!!」」
声が重なって部屋中に響く。
その様子を眺めていた萌絵さんが、不思議そうな表情を浮かべていた。
——いつものことなんで、気にしないでください。
「文江さんの本当の姿は……」
「これだ!」
本当の自画像の向きは、縦ではない。
文江さんは立っているのではなく——本当の体勢は。
「萌絵さん。これが、絵の正しい向きです」
「……横向き?」
みくるが縦に持っていた額縁を、静かに横向きへと持ち替えた。
それだけで、作品の雰囲気がガラリと変わった。
「みのるが言った通り、みんな勘違いをしていたんです。縦にして見るものだって」
「でも本当はそうじゃなかった。作者である文江さんが持っていた方が、正しい絵の持ち方。それが——この向きなんです」
「横になって……寝ている?」
立っているようにも寝ているようにも見える、絶妙なポーズ。
しかし正解は寝ている方だ。
縦向きでも横向きでも完璧に見えるよう、文江さんが意図して描いたのだろう。
それが彼女の、完璧主義者としての流儀だったのかもしれない。
「はい。始めは靴を履いているし、何かおかしいなって思ったんですけど……」
「萌絵さん、海外に住んでたんですよね?海外では家の中でも靴は脱がないですし、寝ていても不自然ではありません」
日本と違い、欧米をはじめとする多くの地域では湿度が低く、靴が汚れにくい。
カーペットやタイル張りの床が主流で、靴のまま歩き回る方がむしろ合理的とされている。
靴を含めてコーディネートするという美意識もあり、ゲストに脱ぐよう求めることが、かえって失礼にあたるという考え方もある。
そうした文化的な背景が積み重なって、海外では自宅でも靴を脱がないことが自然なのだ。
文江さんが海外で暮らしていたなら——靴を履いたまま横になっている絵も、何もおかしくはない。
「よく見ると描き方も、後ろの壁と寝ている部分とで若干違いますし、そういう細かい部分も完璧に描く文江さんの特徴のおかげで、私も違和感に気づけたんです」
最後に私が口を開く。
完璧にこだわることは、精神的につらいこともあるかもしれない。
でも、完璧を目指しているからこそ——見えていない世界が見えることもあるのだ。
「そういえば母はよくこの色のソファで………っ!」
萌絵さんが何かを思い出したかのように、ぱっと目を見開いた。
「………そうだ。母は、母はあの時…………忘れてた……」
気づけば、萌絵さんの瞳から涙が溢れていた。
「一緒にマカロンを食べて、『美味しくないね』って笑いあって……」
その光景が、自然と頭に浮かぶ。
ソファに並んで座って、歪なマカロンを口に運びながら笑い合う親子。
味はイマイチだったかもしれない。
でも——そのマカロンには、最高の幸せが詰まっていた。
「あの頃を思い出しました。そうか……最高の幸せって、あの瞬間のことだったのね……お母さん……」
なんだ……萌絵さん。
ちゃんと愛されてたんだ。
安心と同時に、じわりと羨ましさが込み上げてくる。
「ポチ!……ポ、ポチぃ!?」
「ポチタン?」
ポチタンが突然声を上げて、ふと天井の方へと視線を向けた。
釣られて見上げると——どこからともなく光が集まり始め、やがて大きな結晶を形作る。
それはふわふわと周囲を漂いながら、すうっと自画像の中へと吸い込まれていった。
「何……これ?」
「まさか今の……マコトジュエル?」
はっきりとはわからなかったけど、確かによく見る、あの形をしていた。
マコトジュエルが宿る瞬間って、こんな感じなんだ……。
「萌絵さんの思いとお母さんの思いが重なって、マコトジュエルが宿ったんだ!」
穏やかな空気が部屋を包む。
事件は、無事に解決——。
………ピンポーン。
唐突に玄関の方から呼び鈴が鳴り響いた。
「はーい!」
萌絵さんが玄関へと向かっていく。
「邪魔しちゃ悪いから、私たちは帰ろうか」
「うん、そうだね」
そう言って帰る準備をしようとしたときだった。
「ちょっと!?」
萌絵さんが慌ただしくリビングへ戻ってくる。
そして扉の向こうから姿を現したのは——巨体な男。
紛れもなく、アイツだった。
「「「…ああああぁぁ!!?」」」
「ファントム宅配便でーす!マコトジュエルを回収しに来ましたー!」
マコトジュエルが誕生したばかりだというのに、早速ゴウエモンが乗り込んで来た。
片手にはファントムのロゴが入った段ボール箱を抱えて、宅配便のように振る舞っているが——もはや怪盗とか関係なく、これは強盗である。
「ゴウエモン!」
「出たな!私を拉致しようとした人!!」
「あなた!勝手に入るなんて!!」
強盗未遂に不法侵入。
普通の人間なら即逮捕案件のことを、この男は堂々とやってのける。
今回の依頼はファントムと関わらずに済むと思っていたのに、よりによってこれか……。
マコトジュエルが誕生した瞬間に乗り込んで来るなんて、一体どこから嗅ぎ付けたのだろう。
「すぐ出ていくさ。その絵を奪ったらな!」
「させない!!」
みくるが絵を奪おうとするゴウエモンを躱し、私たちはすぐさま外へと飛び出した。
ゴウエモンは妖精——身体能力において、人間では太刀打ちできない相手だ。
二人がプリキュアに変身すれば話は別だが、今はまず距離を取ることを優先する。
_______________
【るるかSide】
……ゴウエモン、どこまで行ったんだろう。
マコトジュエルを回収する任務に向かったゴウエモンに、また私が付き合うことになった。
けれど途中で「どら焼きを買いに行く」などと言い出して、どこかへ消えてしまった。
「どら焼き買ってくるから待ってろだなんて……ホント意味わかんない」
マシュタンが呆れたように背伸びをする。
「ね、アイスの方が美味しいのに」
「……そうじゃなくて」
……?
まあ、こうしてアイスを食べながら気長に待っているのも、悪くはない。
やっぱり静かだと落ち着く。
「あれは……?」
マシュタンの視線を追うと——名探偵プリキュアの二人と、みのるが全力で走っているのが見えた。
ゴウエモンに追われているのだと直感的に理解すると同時に、ミスティックに変身する少女——みくるの腕に、絵画が大切そうに抱えられているのが目に入った。
恐らくその絵に、マコトジュエルが宿っているのだろう。
三人は疲れた様子で一度足を止めたが、すぐにゴウエモンが追いついた。
妖精と人間では、逃げ切れるはずがない。
当然のことだ。
「ここまでだな……」
「だったら……オープン!プリキットミラールーペ!」
追い詰められたキュアアンサー、あんながプリキットミラールーペを取り出し、絵にかざした。
「はなまるコピー!」
かざされた絵が6枚に分裂して、三人それぞれの両手に全く同じ絵が渡された。
「ミラールーペのコピー機能!どんなものでもそっくりそのまま増やせちゃう!」
「なっ!?な……なんだと!?」
……もはやルーペとも関係ない機能まで搭載されている。
あの道具、浄化技や証拠探しだけでも十分すぎると思うのだけど。
「あ、これ私も持つの?というか探偵が作品をコピーするのって危なくない?」
「今は緊急だからそんなことはいいの!」
みのるのツッコミは、ごもっともだった。
絵面的に、かなりまずい光景。
高価な美術品において他人の作品を模倣して複製する行為——作者の名を騙って売買する「贋作」とまではいかないにしても、著作権的には相当アウトな行為だ。
それを探偵がやっているという事実。
怪盗側の私は……まあ、今は伏せておく。
プリキットミラールーペは模倣の機能も持っている……逆にどんなことならできないのだろうか。
「これならどうだ!」
三人がバラバラに逃げ回る。
確率は6分の1。
「くっ……どれが本物だ??」
ゴウエモンは完全に混乱していた。
このまま普通に追いかけるだけでは埒が明かない。
さっきみくるが大切そうに抱えていた絵画のことを思い出す。
少し頭を捻れば、この問題は簡単に解決できる。
「早くマコトジュエルを回収したら?」
「お前ら!そうは言ってもだな……!」
マシュタンが急かすも、肝心のゴウエモンが何もできないのだから意味がない。
……仕方ない。
ヒントくらいは教えてあげる。
「簡単ね、『本物なら絶対に守る』」
「……!なるほど……」
ゴウエモンは意外と頭が冴える。
少しのヒントだけですぐに自分で解決策を見つけるから、ニジーやアゲセーヌより優秀だと個人的には思っている。
「はぁっ!」
目の前の噴水に向かって扇子を振り、桜吹雪を叩きつけると——たちまち噴水の水が柱のように轟音を立てて吹き上がり、大量の水が三人へと襲いかかった。
「きゃぁ!?」
「みくる!」
みくるは両手に持った絵で咄嗟に防御した。
つまりどちらも偽物。
その証拠に、水を浴びた2枚の絵はあっさりと消えてしまった。残り4枚。
「うぁ!?」
「「みのる!!」」
みのるも反射的に絵で水を防いだ。
両方とも偽物。
みのるの持っていた絵も消え——本物はあんなが持っているどちらかということになった。
「……っ!あぁ!?」
あんなの元にも水が押し寄せる。
あんなは左手に持っていた絵を背中へ回し、右手の絵で防御した。
これで、本物がどれかわかった。
守るように後ろへ下げた、左手の絵が本物だ。
「……うっ」
衝撃の強さでその場に倒れ込むあんな。
ゴウエモンはその隙を逃さず、あんなが持っていた本物の絵画を拾い上げた。
「これが本物か。ふふん♪」
「あ!しまった!」
そのままゴウエモンは撤退——ではなく、呑気に歩きながらその場を後にし始めた。
「アタシたちも行きましょ」
「うん」
とりあえず私とマシュタンもゴウエモンの後をついていく。
……どうして走って逃げないのか。
そのペースだと道具を使うまでもなく、普通に走るだけで追いつかれてしまう。
やる気があるのかないのか、本当にわからない。
「ちょろいもんだ!」
案の定、探偵の三人はすぐに追いかけてきた。
「返して!!」
「そいつはできねぇ相談だな」
ゴウエモンが扇子を手に取り、桜吹雪を絵画へと浴びせる。
……結局、ハンニンダーを召喚するつもりね。
「ウソよ覆え!来やがれ、ハンニンダー!」
絵の中に宿るマコトジュエルが黒く染まり、新たなハンニンダーが誕生した。
「ハン……ニン……ドゥア!!」
イーゼルの上にキャンバスが乗った形をしたハンニンダーが、名探偵たちの前に立ち塞がる。
——ただ、正直なところを言えば。
ハンニンダーでは、成長を続けている名探偵プリキュアには敵わなくなってきている。
もはやハンニンダーを呼び出すことは、負けフラグと思った方がいいのかもしれない。
ハンニンダーを呼び出さずに、持ち前の身体能力を駆使してそのまま逃げ回れば、相手に変身する余裕すら与えないのだから——その方がずっと有利なはずだ。
……そこまで考えられるのは、ファントムの中では私かジャックの二人くらいのものでしょうけど。
「「……うん!!」」
「………」
プリキュアの二人はお互いの目を見て強く頷き合った。
後ろにいるみのるも二人と顔を合わせ、無言で頷いて距離を取る。
「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!」」
いつものように光をまとって変身していく。
さて——今回はどんな戦いを見せてくれるのか、見学させてもらいましょう。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
「「名探偵プリキュア!」」
変身が完了すると同時に、ハンニンダーが高く跳び上がった。
太陽の光に照らされたその姿は、マントの影響もあってまるでヒーローのよう。
実際には真逆の立場だけど。
「ハンニンダー!!ハァァァ!!」
急降下で二人を押し潰さんと迫る。
アンサーとミスティックは飛び退いて回避。
ハンニンダーはそのまま地面に激突し、激しい砂埃が辺りに舞い上がった。
「ハンニン、ダー!!」
頭部からビームを発射。
躱したアンサーを確認する間もなく、続けてビームが放たれる。
それもアンサーが躱したが、後ろにあったベンチにビームが直撃し——ベンチはたちまちキャンバスに描かれた絵へと変貌した。
「え!?」
「ハンニン……ダー!!」
「うわっ!?」
驚くアンサーに構わず、ハンニンダーは次にミスティックへと標的を移す。
連続で放たれるビームに、ミスティックは逃げるしかない。
巻き込まれた木々が次々と絵に変わっていく。
「絵になった!?」
「2枚のプリキュアの絵か……。マコトジュエルと一緒に持ち帰れば、ウソノワール様もきっと喜んでくださるぜ!」
——マコトジュエルを持ち帰れれば、の話だけどね。
名探偵プリキュアと関わらずにさっさと持ち帰った方が評価は上がるはずなのに。
「ハンニン……ダー!」
続けざまにビームが放たれ、プリキュアが逃げる背後で木もゴミ箱もベンチも、片っ端から絵に変えながら二人を翻弄していく。
プリキュアが車を跳び越えて身を潜めたが、ハンニンダーは気にせずビームを発射した。
「「わ!?」」
車ごとキャンバスの中に閉じ込め、遮るものがなくなった二人へさらに追撃が襲いかかる。
それでもプリキュアはギリギリで回避した。
……反応速度も、以前より上がっている。
ハンニンダーの猛攻が一段落し、両者が睨み合う。
「うん!」
「……うん!」
また、お互いに頷き合う二人。
それだけで意志疎通ができるレベルにまで仕上がっているみたい。
今度はプリキュアの二人が空高く跳び上がった。
「ハンニンダー!!」
上空では身動きが取りにくい——格好の的だ。
ハンニンダーは一度に大量のビームを拡散させて、逃げ場を塞ごうとする。
触れれば絵にされてアウト。
防御は通用しない。
しかし——あの二人は、激しい弾幕の中を急降下しながら全部躱している。
体の自由が効きにくい、空中で。
「……!!?」
「……!」
「……やるわね」
ゴウエモンだけではなく、私も少し驚いた。
想像以上に、成長が早い。
「萌絵さんのお母さんは、あの絵に最高の瞬間を残したかった!!」
「ハン!!?」
速度に乗ったミスティックのキックがハンニンダーに直撃する。
強烈な一撃で、ハンニンダーが大きく仰け反った。
「二人で過ごした時間が何よりも幸せだと伝えたくて、自画像を描いた!!」
「ニン!!?……ダー!」
続けてアンサーのキックも直撃し、ハンニンダーはその場に尻餅をつく。
形勢逆転——。
どんなに優勢に見えても、最終的には必ずプリキュアに軍配が上がるのはなぜか。
単にハンニンダーが弱いからという理由ではないはずだ。
困っている人を助けたいという、決して諦めない強い決意と覚悟——それがあの二人を勝利へと導いている。
「……大切な絵なんだ!!」
「絶対に渡さない!!」
追い詰められるほど、二人の気持ちは強くなる。
「ふーん……」
厄介ではあるけれど、そこまで意外には思わない。
「だからこそ奪いがいがあるってもんよ!ハンニンダー!」
「ハン、ニン、ダー!!」
ゴウエモンの指示に、ハンニンダーが巨大なレーザーを発射した。
不気味な光線が二人に向かって迫る。
「ミスティックリフレクション!」
ミスティックが宝石のバリアを展開して防ぐ。
プリキュアの技は触れても絵にはならないみたい。
「私たちが……守るんだ!!」
「はあぁぁぁぁっ!!」
ミスティックが攻撃を受け止めている隙に、アンサーがハンニンダーの懐へと一気に接近し、渾身の一撃をお見舞いした。
「ハンニン!!ダー!?」
吹き飛ばされたハンニンダーが、音を立てて仰向けに倒れる。
そこへプリキュアの二人は容赦なく、浄化技の準備を始めた。
「「オープン!プリキットミラールーペ!」」
プリキットミラールーペを構える。
「「ポチタン!」」
「ポチ~!」
「「マコトジュエル!」」
ポチタンから受け取ったマコトジュエルを、プリキットミラールーペに装填。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!」」
プリキットミラールーペ中央の宝石を回して、力を溜めていく。
「「これが、私たちの
高らかな宣言が響いた。
「「プリキュア!フライング・スペクトル!!」」
白い鳥が光を放ちながら、ハンニンダーを貫いた。
「「キュアット解決!」」
爆散——二人の背後で閃光が立ち上る。
「ハン……ニン……ダー……!?」
消滅したハンニンダーからマコトジュエルが戻り、アンサーがそれを受け取ってポチタンが吸収。
一連の流れが終わると、周囲で絵にされていた物体が全て元通りになった。
「ほう、やるじゃねぇか!」
ゴウエモンはそう言って撤退していった。
「………」
私はすぐには動かなかった。
その光景をしばらく、静かに眺め続けた。
名探偵プリキュア——私は近いうちに、この二人と戦うことになる。
胸にかけたペンダントをそっと握りしめ、私は踵を返して劇場の方へと歩み始めた。
_______________
【みのるSide】
夕暮れの帰り道。
太陽は沈み、空がオレンジ色に染まっていた。
「ありがとうございます!」
無事に絵を取り返し、萌絵さんはその絵を大切そうに胸に抱きしめた。
謎は解けた。
母の形見となったその自画像は、これからもずっと、この家族を見守り続けるだろう。
「あ!お母さ~ん!!」
遠くから一人の子供が手を振っていた。
萌絵さんの娘だろうか。
その子と萌絵さんは手を繋いで、笑顔で歩き始める。
その背中を、私はずっと眺めていた。
「………」
あんなも同じだった。
一人で、ずっと違う時代にいると——嫌でも家族のことを思い出してしまうものだ。
そんなあんなの肩を、みくるがそっと叩いた。
「あんな、お母さんの得意料理って何?」
「え?……ハンバーグだけど」
きょとんとするあんなに、みくるの表情はまた一段と優しくなった。
「きっとすぐに食べられるよ……」
「………!………みくる!」
「大丈夫、絶対にあんなを元の時代に戻してみせるから!」
みくるの言葉で、あんなの表情がぱっと明るくなった。
元の時代の家族のもとへ帰してあげたいという、みくるの優しい気持ちがちゃんと伝わったみたいだ。
「ポチ~!!」
「……うん!!」
ポチタンもあんなにしがみつき、あんながそっと抱きしめる。
二人の会話は、春の柔らかい空気に溶けていくみたいに、どこか温かかった。
楽しそうに笑い合う声を、私は少し離れた場所からぼんやりと聞いていた。
——いいな。
口には出さない。
ただ胸の奥で、小さく呟いた。
視線を逸らした先には、子どもと手を繋いで歩く萌絵さんがまだ見えていた。
小さな子が何かを指差して、萌絵さんに一生懸命話しかけている。
萌絵さんはしゃがんで目線を合わせ、優しく頷いていた。
その光景が、眩しく見えた。
……ああいうの、私にはない。
最初から、ずっと。
わかってる。
慣れてる。
だから、平気なはずなのに。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
気づかないふりをして、少しだけ俯いた。
靴の先を見つめる。
ぼやけた視界に、さっきの萌絵さんの姿が焼きついて離れない。
私がさっき泣いたのは——きっと、寂しかったからだ。
それだけは間違いない。
「……みのる?」
不意に名前を呼ばれて、顔を上げた。
いつの間にか、あんなとみくるが目の前に立っていた。
「どうしたの?元気ないよ」
あんなが心配そうに覗き込んでくる。
みくるは何も言わずに、ただ優しい目で私を見ていた。
「……別に、なんでもないよ」
反射的にそう答えた。
でも、自分でもわかるくらい、声が少しだけ弱かった。
二人は顔を合わせて、それからゆっくりと私の隣に立った。
距離を詰めるみたいに。
「さっき、萌絵さんを見てたでしょ」
あんなが静かに言う。
図星だった。
「……見てたけど」
短く返すと、言葉が詰まる。
否定する理由もなくて、ただ黙るしかなかった。
すると、みくるが小さく笑った。
「ねえ、みのる。無理に隠さなくていいよ」
「……」
「寂しいって思うの、普通だよ」
その言葉はやけに真っ直ぐで、胸の奥にすとんと落ちた。
私は少しだけ息を吐いた。
「……ちょっとだけ、ね。いいなって、思っただけ」
ようやく出てきた本音は、自分でも驚くくらい小さかった。
すると、隣であんながふっと笑った。
「そっか」
それだけ言って、私の頭をぽん、と軽く撫でる。
驚いて顔を上げると、あんなは少し照れくさそうに目を逸らしていた。
何で頭を撫でるのか意味わかんない……でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
「……じゃあさ」
今度はみくるが明るい声で言う。
「みのるは一人じゃないってこと、ちゃんと覚えててよ」
「え?」
「だって、私たちがいるじゃん。もう忘れちゃったの?」
あっけらかんとした言い方だった。
でも、その言葉が嘘じゃないってわかる。
「あんなもいるし、私もいる。三人でいる時間だって、家族に負けないくらい大事でしょ?」
「……」
返事ができなかった。
喉の奥が、少しだけ詰まる。
あんなも小さく頷いた。
「みのるが寂しい時は、そばにいるよ」
「……ずっとじゃなくても」
少し考えてから、言葉を足す。
「でも、今はいる」
その不器用な優しさが、なんだかあんならしくて。
思わず、少しだけ笑ってしまった。
私はお父さんとお母さんの顔を知らない。
家族がどこにいるのかわからない。
寂しい気持ちは確かにある。
でも——やっぱりこの二人がいてくれて良かったと思う。
「……ありがと」
そう言うと、みくるがぱっと顔を明るくした。
「そういえば……」
ふと、あんなが何かを思い出したように口を開いた。
「最近、みのるの手料理……食べてないなぁ……」
「え?」
声が漏れる。
その流れに、みくるもすぐに乗っかってきた。
「私も!かれこれ1年近く食べてないし、みのるの手料理すごく美味しいからまた食べてみたい!」
「ええっ、いきなり!?」
さっきまで真剣な話をしてたのに、急に話題が飛びすぎじゃない?
戸惑っている私をよそに、二人は顔を見合わせて、にやっと笑った。
——あ、これ嫌な予感するやつだ。
「ねえ、みのる〜」
「おねが~い」
次の瞬間、ぐいっと距離を詰められた。
「ちょ、ちょっと近いって……!」
左右から挟まれる形で、逃げ場がない。
みくるは上目遣いでこちらを覗き込み、あんなは少しだけ口元を緩めている。
その表情が妙に破壊力が高くて、直視できない。
「ね?いいでしょ?」
「また食べたい!」
二人の声が重なる。
しかも、じわじわ距離が近づいてくる。
「ちょ、待ってほんと近い!!」
思わず後ずさるけど、すぐに追い込まれる。
完全に包囲されている。
「……っ、わかった!わかったからそんなに近づかないで!!」
半ば叫ぶみたいに言うと、二人はぱっと顔を輝かせた。
「やったー!」
「ほんとに?」
さっきまでの圧が嘘みたいに、ぱっと離れる。
……なんか、してやられた気がする。
「はあ……もう……」
小さくため息をつく。
でも、不思議と嫌な気分じゃない。
むしろ、ちょっとだけくすぐったい。
夕暮れの空は、いつの間にかもう少し深い色になっていた。
オレンジの中に、薄紫が混じり始めている。
三人並んで立っていると、風がそっと通り抜けた。
——寂しいけど、一人じゃない。
そんな当たり前のことが、今日は少しだけ、ちゃんと胸に届いた気がした。
「仕方ないな……」
そう言って、少しだけ考える。
「さっき話してたハンバーグでも作ろうか!」
その瞬間。
「本当に!?本当に良いの!?」
あんなの瞳が、ぱあっと輝いた。
普段も明るいけど、こういう時は特に小さな子どもみたいに目をキラキラさせるからずるい。
「やった〜!絶対おいしいやつじゃん!」
みくるも嬉しそうに跳ねる。
二人の反応を見ていると、胸の奥がじんわり温かくなった。
「そんなに期待されるとプレッシャーなんだけど……」
「大丈夫大丈夫!みのるの料理だもん!」
「うん、美味しいの知ってる」
即答だった。
迷いのない言葉に、少しだけ照れる。
「……明日ちゃんと作るから、それまで大人しく待ってるんだよ」
「楽しみ〜!」
「ポチポチ~!」
あんなの腕の中にいたポチタンが、今度は私に飛びついてくる。
言葉はわからないけど——一人ぼっちにはさせないよ、と言っているような気がした。
二人の笑顔に囲まれて、思う。
——ああ、こういうのも悪くないな。
家族みたいに賑やかで、でもちょっとだけ騒がしくて。
そんな時間が、確かにここにある。
春の夕方のやわらかい光の中で、私たちは笑いながら歩き続けた。
_______________
「あ、事務所に入る前にプリホリに寄ろうよ!」
探偵事務所の玄関前まで帰ってきたとき、あんなが二階へ繋がる階段を指差した。
「そうだね!ジェット先輩がちゃんと明るく接客できてるか見ないと!」
「すぐに変わるとは思わないんだけどね……」
店番をしているジェット先輩を抜き打ちでチェックしようと企んでいるようだが、あの調子で変われるかといえば、正直難しいと思う。
人は一度クセがついてしまうと、それをなくすまでにはかなり時間がかかるものだ。
……あ、ジェット先輩は妖精か。
「ただい……」
二階に上がり、そっとプリティホリックの扉を開けた、その瞬間だった。
「いらっしゃいませ!!」
満面の笑顔のジェット先輩が、私たちを出迎える。
お客さんだと勘違いして。
「「「え?」」」
「ポチ?」
沈黙が流れる。
これは所謂——「一番見られたくない場面に限ってなぜか見られる」ってやつ?
「うぐっ!?違う!これは!!」
あからさまに顔を赤らめるジェット先輩。
でも今の笑顔は、紛れもなくプリティスマイルを受け継いでいた。
「ジェット先輩!それだよ、それ!」
「やればできるじゃ~ん!」
「もう一回やってみせて!」
「こ、断る!!」
私たちが一斉にジェット先輩を取り囲んで、口々に言葉を並べた。
プリティスマイル以外のジェット先輩の激レア描写に、興奮が止まらない。
カメラでも持っておけば良かった。
「そんなこと言わずに~!」
「もっと自信を持って~!」
「おねが~い!」
「ポチポチ~!」
止まらない私たち。
あんなとみくる側なのに、こっちまで圧を感じる。
「もう二度とやるもんかあああああぁぁぁぁぁ!!!」
夕暮れの事務所に、ジェット先輩の絶叫が遠くまでこだました。
——キュアット探偵事務所は、今日も賑やかだった。
家族がいなくても、みくるたちとこうして一緒にいられる。
それはきっと、家族のようなものかもしれない。
そんなことを思いながら、私は笑っていた。