かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
「――犯人が、わかりました!」
その一言で部屋の空気が一変した。
「えっ?」
「一体、誰なんだ!?」
驚きの声を上げたのは、候補として集められていた三人だった。この中の誰かが、花嫁の大切なティアラを盗んだ――そういうことになる。
誰の表情を見ても露骨に怪しい様子はない。けれど、私たちの目にははっきりと“浮いている存在”があった。
「犯人は……あなたです!!」
みくるとあんなが、同時に指を突きつける。
「……え?」
戸惑いの声を漏らしたその人物――想田まりさんの友人、藤井ともかだった。
「やだな~。ティアラってポーチに入らなかったでしょ? 外に持ち出せるはずがないよ」
軽く笑ってごまかすその態度。けれど、私は最初から違和感を覚えていた。
珍しく遅刻せずに式場へ現れたこと。
そして、友人の結婚を祝う言葉よりもやたらとブーケトスに執着していたこと。
その目的があまりにも不自然だった。
「ええ。ティアラは、まだこの部屋にあります」
みくるが静かに告げる。
「あなたは、自分にブーケを投げてほしいってまりさんに頼んだ。そして――ティアラを、ブーケの中に入れた」
あんながブーケの中へ手を入れる。次の瞬間、取り出されたのは写真で見たのと同じ――想田さんのティアラだった。
隠し場所はブーケ。
想田さんに“お願い”をした理由。
ブーケトスへの異常なこだわり。
すべてが、ぴたりと噛み合った。
……けれど。
私の胸には、まだ消えない違和感が残っていた。
「……藤井さん」
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「あなた……“本物の藤井ともかさん”じゃありませんよね?」
「えっ!?」
今度はみくるとあんなが同時にこちらを振り返った。
確かに、犯人が“藤井ともか”であることは間違いない。けれど、その中身が本当に彼女なのか――私はずっと考えていた。
「想田さん」
私は花嫁に視線を向ける。
「はい……」
「藤井さんが珍しく遅刻せずに来たって言ってましたよね。それって、どのくらい珍しいことなんですか?」
「……ほとんど、ですね」
想田さんは少し困ったように微笑みながら続けた。
「ともかは、もともと朝がすごく苦手で……体内時計のズレが大きいって病院で診断されてるんです。睡眠時間も普通の人と全然違って」
その場の誰もが、静かに聞き入っていた。
「大事な式でも遅れることがあるのは、私も親戚も理解してます。だから……今日、遅刻しないで来たのは本当に珍しくて……」
「……睡眠相後退症候群、ですか?」
私が口にした言葉に、想田さんははっきりと頷いた。
「はい。その通りです」
「え、え……なに? どういうこと?」
みくるは完全に混乱した様子で首を傾げる。無理もない。突然、聞き慣れない医療用語が飛び出したのだから。
睡眠相後退症候群――体内時計が通常よりも大きく遅れてしまい、夜になっても眠くならず、朝になるとどうしても起きられない。本人の意思ではどうにもならない睡眠リズムの病気。
つまり、藤井さんの“遅刻癖”は怠慢でも性格でもなかった。
――それなのに。
今日に限って完璧なタイミングで現れた。
この事実が、意味するものは――。
「そして――今の藤井さんがやたらとブーケトスにこだわるのも、あなたが“偽物”である証拠です」
私は一度、深く息を吸ってから言葉を続けた。
「普通なら『友達の結婚式を祝うために来た』って言いますよね。でもあなたの第一声は『お願いがあって来た』だった。つまり――」
視線をまっすぐ藤井さんに向ける。
「ティアラが入っていたブーケを絶対に受け取ることしか考えていなかった。違いますか?」
その場がしんと静まり返る。
「……すごい」
誰かの思わず漏れたような声。
(しまった……)
私は内心で顔をしかめた。
(勝手にみくるちゃんの出番を取っちゃった……!)
さっきまで励まし合っていたばかりなのに勢いで推理を進めすぎた。みくるとあんなを見ると二人とも完全に話に聞き入っていて、逆にそれが胸に刺さる。
――その時だった。
パチ……パチ……パチ……
乾いた拍手の音が、部屋に響く。
藤井さんがゆっくりと立ち上がっていた。
その顔にはさっきまでの取り繕った笑顔とはまるで違う、不気味な微笑みが浮かんでいる。
「ふっふっふ……やるじゃないか」
声の調子まで、別人のようだった。
「特にそこのキミ。僕の“正体”にまで辿り着くとは、見事だよ!!」
そう言った瞬間、藤井さん――いや、“藤井さんの偽物”は、指先一つで変装を解いた。
髪、顔立ち、服装が一瞬で切り替わる。
「!?」
現れたのは、うす緑色の長い髪に星形のハイライトが浮かぶ赤い瞳。右頬には黒い星のフェイスペイント。顔の半分を覆うベネチアンマスクに黒のシルクハットとマント。
手には、一本の赤い薔薇。
「僕は――ニジー。怪盗団ファントムの怪盗さ」
「怪盗団……ファントム?」
呆然と呟くみくるたちに、ニジーは満足そうに笑った。
「惚れ惚れする変装だっただろ?」
そう言うと、距離を一気に詰めてくる。
「……頂くよ」
その視線の先にあるのは――あんなの手にある、想田さんのティアラ。
(まずい!!)
瞬間的に理解した。盗る気だ。
「さーせーるーかあああああっ!!」
体が勝手に動いた。
ニジーの手とほんの紙一重。私はティアラに触れ、そのまま強く引き寄せて胸に抱きしめる。
「おっと……なかなかやるね、お嬢ちゃん」
「ティアラは……渡さないよ!!」
奪われる最悪の事態は免れた。けれどニジーは少しも焦った様子を見せない。
私が必死にティアラを握りしめていると、彼は周囲を一瞥して肩をすくめた。
「ふむ……人が多い場所で無理に奪うのは無粋だね」
そして、にやりと笑う。
「ちょっと荒っぽいけど……失礼するよ!」
「えっ!?ちょっ――」
次の瞬間、視界が浮いた。
気づけば私はニジーに軽々と抱き上げられていた。いわゆる――お姫様抱っこ。
「きゃああああ!?」
「みのるちゃん!!」
叫ぶ暇もなくニジーは窓へ向かって駆け出し、そのまま外へ飛び出した。
着地は信じられないほど鮮やかで、そのまま猛ダッシュ。
私を抱えたままなのに恐ろしく俊敏だった。子供とはいえ、人一人分の重さを腕に集中させてどうしてこんな動きができるのか――恐怖より驚愕の方が勝っていた。
「離して!!」
叫びながら必死にもがくけれど、自由になるのは足だけで上半身はしっかりと抱え込まれている。振りほどこうにも腕を使えば――その一瞬で、手の中のティアラを奪われるかもしれない。そう思うと力を込めることすらできなかった。
「そう心配する必要はないさ。事が済んだら、ちゃんとキミを元の場所へ帰してあげるよ!」
「それっていつなんですかあああああ!!」
叫びは虚しく、風に散る。
ニジーは町の中心部を離れ、舗装された道を抜け、そのまま森の奥へと駆け込んでいく。木々が密集し、光が遮られていくにつれて胸の奥にじわじわと不安が広がっていった。
(どこへ行く気……?)
怪盗団ファントム。そう名乗った以上、仲間がいるのだろうか。アジト?隠れ家?
考えれば考えるほどろくでもない想像しか浮かばない。
(とにかく……逃げる方法を考えないと……)
そう思った時だった。
「待てー!!」
聞き覚えのある声が、背後から響いた。
「……あんなちゃん!みくるちゃん!!」
振り返ると確かに二人の姿が見える。必死に、全力で走ってきている。でも――
(無理……このスピードじゃ……)
ニジーの脚力は人間離れしていた。追いつくどころか、距離はみるみる広がっていく。
しかし…
「うわぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴とともに、さっきまで地面を走っていたはずの二人が突然――上空を高速で通過した。
「……え?」
思わず目を疑う。
よく見ると、あの妖精が飛行しながら二人を同時に引っ張っていた。
(あの妖精、馬鹿力すぎでしょ!?)
内心でツッコミを入れる私とは対照的に、ニジーは一瞬で先回りされた状況を見ても余裕の笑みを崩さない。
「……へぇ」
やがてあんなとみくるはニジーの正面に着地した。それに合わせるように、ニジーも足を止め、私を地面に下ろす――けれど腕はしっかりと私を抱えたままだ。
「……困ったベイビーだねぇ」
からかうような口調。焦りは微塵も感じられない。
「ティアラとみのるちゃんを返して!!」
あんなの声は真っ直ぐだった。
「できない相談だよ。このティアラには――『マコトジュエル』が宿っているんだもの」
「……マコトジュエル?」
聞き慣れない言葉に私たちは同時に首をかしげる。
ティアラに“宿っている”?どういう意味?
そう思った、次の瞬間。
――軽い感触。
いつの間にか私の手は空を握っていた。
視線を上げると、ニジーの手の中に確かにティアラがある。
「っ……!」
「花嫁がティアラを大切にする想いが、マコトジュエルを引き寄せたのさ」
そう言ってニジーはティアラに手をかざした。
淡い光が溢れ、ティアラの中からまったく別の宝石が姿を現す。
それはアクセサリーのような形をした不思議なアイテムだった。中央には大きく澄んだ宝石が嵌め込まれている。
「このジュエルを頂くのが、ボクたちの目的」
ティアラそのものではない。
それでも、なぜこれほどまでに執着するのか――その理由は、まだ語られなかった。
「そうだ。ティアラの代わりに――素敵なショーをお見せするよ!」
「……ショー?」
ニジーはふと思いついたように口元を歪め、こちらに向かって楽しげな笑顔を向けた。
その表情を見た瞬間、胸の奥がひやりと冷える。
(……嫌な予感しかしない)
「ウソよ覆え!出でよ、ハンニンダー!!」
叫ぶと同時にニジーは手にしていた赤い薔薇を取り出し、ティアラへと投げ刺した。
次の瞬間――。
マコトジュエルが音もなく黒く染まり始める。
光は歪み、ねじれ、闇へと変質していく。
「……っ!」
空気が重くなり、地面が震えた。
闇の中から、何かが生まれる。
――巨大な影。
やがてそれははっきりとした形を持ち、砂埃と地響きを伴って豪快に地面へと降り立った。
「ハンニンダー!!」
低く、不気味な咆哮。
そこにいたのは、巨大なティアラの怪物だった。
ティアラに手足が生え、悪意を宿した黄色い目。
立派な髭を蓄え、黒いシルクハットとマントを纏ったその姿は、まるで――怪盗アルセーヌ・ルパンを歪めて具現化したようだった。
「な……なに、これ……」
言葉が震えて消える。
間近で見ると、その怪物はニジーの三倍以上の巨体で、ただ立っているだけなのに圧倒的な存在感を放っていた。
空気が張り詰め、心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
身体が勝手に震える。
それは、あんなもみくるも同じだった。
「ファントムが新たに開発した『ハンニンダー』さ!」
ニジーは両手を広げ、舞台役者のように宣言する。
「さあ、ショータイムだよ、ベイベー!」
「ハン……ニンダー!!」
その合図とともに、怪物が腕を振るう。
――轟音。
放たれた衝撃波が、森の木々を直撃する。
太い幹が紙細工のように真っ二つに折れ、倒れていく。
「…………」
言葉が、完全に失われた。
(……あれが、人に当たったら……)
考えるまでもない。
生きていられるはずがない。
恐い。
私は、初めて――本気の恐怖を感じていた。
冷静だとか、賢いだとか、そんな評価は関係ない。
恐いものは、恐い。
震える身体がそれをはっきりと証明していた。
きっと今の私は、ひどく怯えた顔をしている。
「さあ……探偵ごっこはおしまいだよ」
ニジーは静かに、しかし残酷に言い放つ。
「怯える瞳が全てを物語っている」
その視線はみくるに向けられていた。
獲物を見定める猛獣のような、逃がさない目。
「キミは探偵じゃない」
言葉が刃のように突き刺さる。
「……探偵気取りの、真っ赤なニセモノだ」
「……っ……くっ……!」
その瞬間、みくるの呼吸が詰まった。
唇が震え、目に涙が溜まる。
必死に、必死に泣くまいとしているのが、痛いほど伝わってきた。
「……っ」
違うと言いたいのだろう。
否定したいのだろう。
でも――みくるは声が出ない。
胸の奥で信じてきたものが、音を立てて崩れ落ちていく。
探偵になりたいという想い。
助けたいという願い。
それらすべてが、恐怖の前で押し潰されそうになっていた。
「……ふざけないで」
自分でも驚くほど強い声が出た。
胸の奥が熱くなって、喉が震える。ここまで言われてもう黙っていられなかった。
ニジーがこちらを見下ろす。視線が怖い。身体も震えている。
それでも――止まれなかった。
「みくるちゃんは、ニセモノなんかじゃない!!」
「……みのる……ちゃん……」
か細い声が聞こえる。
みくるの視線が、縋るように私に向けられていた。
「怖がってるから何?泣きそうだから何?」
胸の奥に溜め込んでいた言葉が、堰を切ったように溢れ出す。
「それでも逃げなかった。分からなくても、投げ出さなかった。誰かを助けたいって気持ちだけで、ここまで来たんだよ」
私はニジーの目を、真っ直ぐに睨み返した。
一瞬も逸らさず、はっきりと告げる。
「それを『ニセモノ』って言うなら……あなたは探偵を何も分かってない!」
みくるが、息を呑む気配がした。
「みくるちゃんは名探偵だよ!!完璧じゃなくても、怯えてても……それでも、人を助けたいって思うのをやめない」
それが、私の知っている彼女だった。
「……みのるちゃん……!」
震える声が胸に突き刺さる。
それでも、私は退かない。みくるをこれ以上踏みにじらせない。たとえ相手が誰でも。恐怖に包まれていても。
みくるがニセモノなんかじゃないことを、私は誰よりも知っている。
「その通りだよ!!みくるちゃんは、名探偵になるんだ!!」
その言葉に応えるように、あんながみくるの前へと出た。
「二人揃って何を言い出すかと思えば……流石にありえないよ」
「なれる!!助けたいって気持ちがあるから!!」
その瞬間、脳裏に浮かんだ。
『今度は私が名探偵になって、みんなを助けたい!』
さっき、みくるが言った言葉。
そうだ。みくるは絶対に名探偵になる。根拠なんてない。でも、私は信じていた。未来が見える気がしたからだ。
「強がってるけど……二人とも、本当は怖いんだろ?」
ニジーが私とあんなを交互に見た。
抱えられている私は、今も恐怖で震えている。あんなも拳を握りしめ、必死に耐えているのが分かった。
「そうだよ……怖い」
あんながはっきりと答える。
「怖いけど、ティアラとみのるちゃんを取り返したい!困ってるまりさんを、私も助けたい!!みくるちゃんたちと一緒に!!」
「……えっ」
――助けたい。
その言葉に呼応するように、あんなの身体が淡く光った気がした。
みくるが、あんなに向かって手を伸ばす。さっきとは、逆の立場で。
「…みくるちゃん!」
「一歩の勇気が……」
「答えになる!」
「……二人とも……」
恐怖を乗り越えた二人の笑顔が、眩しかった。
思わず頬が緩む。一番ピンチなのは私のはずなのに、まるで他人事みたいに嬉しくなってしまう。
「見せてもらおうかな。その答えとやらを!」
「ハンニンダー!!」
ニジーの叫びと同時にハンニンダーが跳び上がり、二人を踏みつけようとする。
けれど、あんなとみくるの表情に、怯えはなかった。
二人はしっかりと手を取り合う。
「私たちで……」
「みのるちゃんと、ティアラを――取り返す!!」
その瞬間。
あんなのスカートのポケットからペンダントのようなアイテムが飛び出した。同時にみくるの胸元も光ったと思ったらあんなと同じペンダントが飛び出してみくるの手へと渡る。
「私のと……」
「同じ……?」
あんなとみくるの持っているペンダントは全く同じ。これが何を意味するのかはわからない。
でも私は確信した。二人のペンダントは――この状況を、打開する力だ。
アイテムが放つ光がさらに強くなり、二人を包み込む。
「ううっ……!?」
「……眩しい!一体、何が……!」
激しい光にニジーと私は目を細めた。
何が起こるのか分からない。ただ、その中心に確かな“何か”が生まれている。
その様子を見ていた妖精が、満面の笑みで叫んだ。
「プリキュアー!!」
「「オープン!!ジュエルキュアウォッチ!」」
二人の手にあるペンダントが、まばゆい光を放つ。
宝石のような輝きが弾けると同時に、ペンダントは形を変え、カラフルな懐中時計――ジュエルキュアウォッチへと姿を変える。
あんなとみくるは、迷いなくそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。色はあんなとは逆に、明るいピンクから紫へと溶けるように移ろう。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
――そして。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズ。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
その名とともに、光が弾けた。
――伝説の名探偵プリキュアは、
今この瞬間、確かに誕生した。
「名探偵……プリキュア……あんなちゃんがキュアアンサーで、みくるちゃんがキュアミスティック……」
頭の中で言葉をなぞるように呟きながら、私は目の前の光景を見つめていた。
――最初に思ったのは。
きれい。
その一言だった。
恐怖も、不安も、さっきまで胸を締めつけていた感情も、すべてを塗りつぶすほどの光の中に、二人は立っていた。
ふわりと舞う衣装。空に溶け込む色彩。巨大な怪物がすぐそこにいるはずなのに、不思議と恐くなかった。
「ハンニンダー!!」
「「はああああああああっ!!」」
二人は同時に空高く舞い上がった。
迷いのない蹴りが怪物を捉え、轟音とともにハンニンダーが吹き飛ばされる。
衝撃は、地面を通して私の全身にまで伝わってきた。
「……すごい」
気づいたときには、声が零れていた。
あんなふうに空を蹴って。
一歩もためらわず、前に進める人がいるなんて。
二人が拳を握るたび、光が応えるみたいに輝く。
まるで世界そのものが、彼女たちの味方をしているみたいだった。
私はしばらく言葉を失っていた。
胸の奥が、じんわりとあたたかい。でも、その感情に名前をつけられない。
――プリキュア。
妖精がそう呼んでいた。
その名前を知った瞬間、遠い存在だったはずの二人がほんの少しだけ近づいた気がした。
(名探偵プリキュアって……本当に、いるんだ)
頭はまだ追いついていない。
でも目の前の光景は、考える余地すら与えてくれなかった。
怪物に立ち向かうみくるは私の知っているみくるより、ずっと大きく見える。
いつも隣を歩いていたはずなのに。
今は、空から来たもう一人の女の子と並び、ずっと高い場所に立っている。
プリキュア――
同じ女の子の身体なのにどうしてこんな力を使えるのか、原理なんて分からない。
それでも目を逸らせなかった。
だって、その姿は、あまりにも綺麗だったから。
必死で。
真剣で。
誰かを助けたいという強さと優しさが、作りものじゃないって、分かってしまったから。
「私……プリキュアって!?」
「名探偵!!私がなりたかった名探偵プリキュア!!」
「ええっ、これが!?」
キュアミスティック――みくるが嬉しそうに跳ねながら目を輝かせている。
その姿に胸が少しだけくすぐったくなった。
ああ、そうだ。
思い出した。
みくるが言っていた。
伝説の名探偵は、妖精をお供に連れているって。
そして、名探偵プリキュアに変身して戦ういう不思議な力を持っているって。
だからあのとき――
空から落ちてきたあんなと妖精を見てあんなにも興奮していたんだ。
夢じゃなかった。
空想でもなかった。
みくるの憧れていた“名探偵”は、
今、確かに――目の前で、輝いている。
「プリキュアだって……!?……ヤツとは違う……新手か?」
ニジーが低く呟いた。
(……ん?)
その言葉が、胸に引っかかる。
“ヤツとは違う”――まるで、プリキュアを知っているかのような言い方だった。
(今の二人以外にも……プリキュアが、いる?)
「ヤツって……?」
思わず問い返すとニジーは肩をすくめる。
「いや、こっちの話さ。気にする必要はない」
それ以上語る気はないらしい。
気になる。でも今はそれどころじゃなかった。
「ハンニンダー!!」
吹き飛ばされたはずのハンニンダーが、地面を削りながら体勢を立て直す。
全身に光を纏い、次の瞬間――視界が歪むほどの速度でプリキュアへ突進していった。
「アンサー!!ミスティック!!前来てるよ、前!!」
「え?」
さっきまで勝利に浮かれていた二人は私の叫びでようやく気づく。
直撃したら――
そんな考えが浮かぶ前に二人は正面から突進を受け止めていた。
「うぅぅぅ……!!」
衝撃音。
大地が軋む。
二人の足が、ずるずると後退していく。
流石に無理か――そう思った、その瞬間。
「「はああああああああっ!!!」」
「ハン……ニン!!?」
アンサーとミスティックは、同時に回転した。
鋭く、迷いのない回し蹴り。
さっきよりもはるかに重い衝撃が炸裂し、ハンニンダーの巨体が空を舞う。
「うっそー……!?」
思わず声が出た。
もう物理法則とかそういう次元じゃない。
どう見ても普通の女の子なのに、そのギャップが凄まじすぎる。
――でも。
ハンニンダーはまだ倒れない。
両足で着地し、再びプリキュアへ向かって迫ってくる。
「その程度では倒せないよ!」
「ハンニンダー!!!」
巨大な拳が振り上げられる。
押し潰す気だ。
でも――
「一歩の勇気が!」
「答えになる!」
二人は顔を見合わせ、力強く頷いた。
ジュエルキュアウォッチを取り出し、針を十一に合わせる。
その瞬間、眩しいほどの光が二人を包み込んだ。
「「これが私たちの――アンサーだあああああああ!!」」
閃光。
二人は一直線に突き進む。
光を纏った拳が、ハンニンダーの胴体を――一瞬で貫いた。
「「キュアット解決!」」
決めポーズ。
その背後で、轟音とともに大爆発が起きる。
「ハン……ニン……ダ……」
力を失った声とともに、ハンニンダーは光に包まれ、霧のように消えていった。
静寂。
次の瞬間――
アンサーの手のひらに、淡く輝く宝石が現れる。
想田さんのティアラに宿っていた、マコトジュエル。
――取り戻した。
胸の奥が熱くなる。
あんなとみくるは、本当に――
名探偵プリキュアなんだ。
そう、疑いようもなく。
「くっ……今日は、幕を下ろしておこう!」
ニジーは悔しそうに舌打ちすると、足元に煙幕を叩きつけた。
白い煙が一気に広がり、視界を覆う。
「……っ!」
そこにニジーの姿はなかった。
けれど――
奪われたはずのティアラは消えず、ふわりと宙を舞っている。
「危ない……!」
反射的に手を伸ばし、地面に落ちる直前で受け止めた。
確かに想田さんのティアラだ。
(……取り返せた)
そう思った途端、全身から一気に力が抜けた。
「……っ」
足が、動かない。
「みのるちゃん!!」
聞き慣れた声が飛んでくるのと同時に視界が揺れた。
今日一日だけであまりにも多くのことが起こりすぎたのだと思う。
緊張が切れた身体は、そのまま地面に座り込んでしまった。
俯いた視界に、影が落ちる。
顔を上げると――
そこに、プリキュアがいた。
さっきまで空を蹴り、怪物と戦っていた存在が今は私と同じ目線でしゃがんでいる。
その距離の近さに、思わず息を止めた。
「大丈夫?」
差し出された手。
さっきまで光をまとっていたはずなのに、触れ方は驚くほど優しい。
声が出なくて、私は小さく一度だけ頷いた。
それを見て、ミスティックは少しだけ肩の力を抜いた。
その仕草が不思議と胸に残る。
「……すごかった」
ようやく出てきた言葉は、それだけだった。
でも、それじゃ足りない気がして必死に言葉を探す。
「不安だったのに……でも、きれいで……強くて……」
感情ばかりが先に溢れて言葉が追いつかない。
それでも、アンサーもミスティックも黙って聞いてくれていた。
遮らず、急かさず、ただ真剣な目で。
その視線に胸がいっぱいになって、私は最後に小さく言った。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉なのか自分でもよく分からなかった。
それでも、ちゃんと届いてほしかった。
ミスティックはほんの一瞬だけ困ったように笑う。
そして、私の肩にそっと手を置いた。
「……うん」
短い返事。
それなのに、不思議なくらいあたたかい。
立ち上がる時、支えてくれた手がほんの少しだけ離れがたそうに感じた。
――きっと、気のせいだ。
でも。
そのぬくもりだけは、しっかりと胸に残っている。
_______________
ウェディングベルが鳴り響く。
澄んだ音が空気を震わせ、祝福の余韻が会場一帯に広がっていった。
花嫁の頭にはあの銀色のティアラ。光を受けてきらりと輝き、大勢の人々に囲まれながら新郎新婦は揃って幸せそうな笑顔を浮かべている。
その光景を――
私たちは少し離れた屋根の上から見下ろしていた。
「良かった~、式に間に合って!」
アンサーが心底ほっとしたように胸をなで下ろす。
それを聞いてミスティックは深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「私のお陰というか……――はっ、怪盗!?」
アンサーが何かに気づき、慌てて視線を下に向ける。
「本当のともかさんですよ!」
ミスティックが指差した先。
ちょうどブーケトスが始まる直前、息を切らして走ってくる女性がいた。
藤井ともかさん。
――今度は間違いなく本人だ。
花嫁が高くブーケを放り投げる。
ふわりと舞ったそれはまるで導かれるように、藤井さんの腕の中にすっぽりと収まった。
「やったぁ!!」
満面の笑みで喜ぶその姿を見て、ミスティックは胸の奥で小さく息を吐いた。
(……これで、本当に解決だ)
そう思った。けど、
「あの……私、いつまでこの状態ですか……?」
ミスティックにおんぶされたまま会話が進んでいく状況に、私は恐る恐る声を出す。
「ああ、ごめんね!」
気づいたミスティックが少し慌てた様子で言う。
「みのるちゃん、かなり疲れてるみたいだし、こんな高い場所で下ろすのは危ないから。もうちょっと我慢してね!」
「……はい」
プリキュアと違って私は普通の人間だ。
彼女たちと同じ感覚で動いたら、身体がもたない。
……それはそれとして、この年齢でおんぶはやっぱり恥ずかしい。
そんなことを考えていると、アンサーが突然思い出したように声を上げた。
「あ! 私、帰らないと! 誕生日パーティーが……!」
「それより!」
ミスティックが興奮した様子で身を乗り出す。
「プリキュアになれたってことは、テスト合格ですよね!?1999年4月~! とうとう私もキュアット探偵事務所の名探偵になったんだ~!!そうだよね、みのるちゃん!!」
「うんうん」
私も思わず笑って頷いた。
「春と同時に親友の探偵デビューを祝えるなんて、私も嬉しいよ!」
そのやり取りを聞きながらアンサーだけがぽかんとした表情で首を傾げていた。
「……1999年? またわけのわからないことを」
「え?」
「今日は1999年4月2日、春だよ?」
ミスティックが指差した先には満開の桜並木。
そよ風に揺れて、花びらが雨のように舞い落ちている。
その光景を見た瞬間。
「え……桜……?」
アンサーの顔から、さっと血の気が引いた。
「私がいたのは……2027年1月、冬……」
一拍の沈黙。
「……もしかして私、昔にタイムスリップしちゃったのおおおおおおおおおおおおーっ!!!?」
アンサーの叫び声が、町の遥か彼方まで響き渡った。
私はその声を聞きながら、空を見上げる。
(……タイムスリップ?)
怪盗、怪物、プリキュア。
それだけでも十分すぎるほど非日常なのに。
どうやら――
このドタバタは、まだ始まったばかりらしい。