かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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※前話を一部だけ修正しました。


狙われた首飾り

〖予告状10分前〗

 

【ジャックSide】

 

「ウソノワール様。この作戦、キュアアルカナ・シャドウは知っているんですか?」

 

私はその名を口にしながら、無意識に息を詰めていた。

 

ウソノワール様の声は、いつも通り静かだ。

けれど、仮面の奥に潜むわずかな揺らぎを、私は聞き逃さなかった。

 

あの存在の名を口にするだけで、周囲の空気が重くなる。

 

個人的に気に入らない少女——それが、キュアアルカナ・シャドウという存在だった。

 

「知らない」

 

「……!!」

 

思わず目を見開く。

 

知らない?

 

あいつが?

 

それは、ただの情報の欠落じゃない。

明確な"ズレ"だ。

 

てっきり、事前に劇場でウソノワール様の作戦を聞かされて動き始めたのだと思っていた。

 

だから、当然知っているものだと——。

 

「キュアアルカナ・シャドウは恐らく、マコトジュエルが目的で美術館に向かっているわけではないようだ」

 

静かに告げられたその言葉が、胸の奥で不気味に響く。

 

同じ場所に向かうのに、目的が違う。

それはつまり——

 

「となると……」

 

喉が渇いた。

続きを口にするのが、妙に嫌だった。

 

「場所は同じだが、目的はキュアアルカナ・シャドウと全く異なる」

 

私はゆっくりと息を吐いた。

胸の奥に、じわじわと嫌な感覚が広がっていく。

 

「ところで、作戦会議の際に流してましたが——キュアアルカナ・シャドウが予告状を送るというのを、どうやって知ったんですか?」

 

それも気になっていた。

事前にあいつがウソノワール様に報告していたのなら話は別だけど、そうじゃないとすれば。

 

「倉庫に保管されていた予告状のカードが何枚か抜かれていたからだ」

 

「………」

 

——聞かなかったことにしよう。

 

「…ウソノワール様も、気になるんですね。あいつの行動を」

 

自分でも驚くほど、声が低くなっていた。

 

「お前が虹ケ浜で起きたことを報告してからというもの、キュアアルカナ・シャドウの動きが気になってな……」

 

あの時の光景が、脳裏をよぎる。

 

あいつは——明らかに、"普通じゃなかった"。

 

目的のために動いているはずなのに、その行動には一貫性がない。

 

まるで何か別の"意志"に引っ張られているみたいに。

 

ちぐはぐで、読めなくて、それでいてどこか——引っかかる。

 

「…信用できない、と」

 

私の言葉に、ウソノワール様はわずかに間を置いた。

 

「簡潔に言えば、そうだ。元々キュアアルカナ・シャドウは_________だからな」

 

やっぱり。

胸の奥で何かが、確信に変わった。

 

「そうですね。_________……そんな中途半端さがありましたから」

 

無表情を貫いているが、内心ではいろいろなことを考えている。

所謂ポーカーフェイスというやつだ。

 

めんどくさい相手だ、まったく。

 

「……頼めるか?」

 

静かな一言。

その重みは、命令以上だった。

 

私は一歩前に出る。

 

「……お任せください。マコトジュエルを持ち帰るという使命がありますから」

 

キュアアルカナ・シャドウが何をやろうとしているかなど、どうでもいい。

 

任務を遂行するのが私の役割。

ただそれだけだ。

 

ウソノワール様は短く頷く。

 

「……任せた」

 

その言葉を背に受けながら、私は口元を歪める。

 

心臓の鼓動が、速くなる。

 

いいねこの感じ。

 

何かが起きる前の、張り詰めた空気。

 

静寂が、まるでガラスみたいに薄く、今にも割れそうで——その瞬間を待つ感覚が、たまらなく好きだった。

 

「ライライサー!!」

 

目指す世界のため、私はそっと後ろを向き、足を進めた。

 

 

_______________

 

 

 

〖予告状予定時刻〗

 

【るるかSide】

 

人は誰だって嘘をつく。

 

それは悪意だけで生まれるものじゃない。

 

優しさや恐れ、あるいは守りたい何かのために、言葉は簡単に形を歪める。

気づけば真実は削られ、都合のいい断片だけが並べられていく。

 

私も例外ではない。

むしろ、誰よりもそれを知っている。

 

夜の街は静まり返り、遠くでかすかな車の音が流れていた。

 

美術館の窓に映る自分の顔は、どこか他人のように見える。

表情は穏やかで、何も隠していないように整えられているのに、その奥で何かが蠢いているのがわかる。

 

あのときもそうだった。

 

差し出された手を、私は取らなかった。

 

取れなかったのか、取らなかったのか——その違いすら曖昧にしてしまったまま、私は理由を塗り重ねていった。

 

仕方がなかった。

間に合わなかった。

どうしようもなかった。

 

そんな言葉をいくつも積み重ねて、ようやく自分を納得させた。

 

けれど、本当は違う。

 

ほんの一瞬、躊躇しただけだ。

 

その一瞬がすべてを壊した。

それを認めることが怖くて、私は嘘をついた。

 

誰に対してでもなく——自分自身に。

 

それからずっと、私は真実を見失ったまま生きている。

 

正しさも、優しさも、信じることも、どこか曖昧なまま。

 

目の前にある現実すら都合よく解釈しているのではないかという疑念が、常に胸の奥で燻り続けている。

 

だから私は、確かめなければならない。

 

誰かの言葉ではなく、自分の目で、自分の手で。

 

どれが本物で、どれが偽物なのかを。

 

曖昧なままにしてしまえば、また同じ過ちを繰り返す。

そうなれば、今度こそ取り返しがつかない。

 

風が吹いた。

 

冷たい空気が頬を撫で、意識を引き戻す。

 

足元に広がる影は、街灯の明かりで歪に伸びていた。

 

その形は、まるで別の誰かのようで——どこまでが自分なのかさえわからなくなる。

 

それでも、進むしかない。

 

嘘に塗れたこの世界で、たった一つでもいい。

揺るがない真実を見つけ出すために。

 

過去の自分が逃げたその瞬間を、今度こそ正面から見つめるために。

 

人は誰だって嘘をつく。

だから私は、証明しなければならない。

 

閉館時間を迎えた美術館は、すっかり静まり返っていた。けれど一室だけ、明かりが灯っている。

 

「ふ……ふふ、うふふふふ……はぁぁぁ……」

 

一人の女性がオークションの冊子を読みながら、うっとりと笑っていた。

 

この宝生美術館のオーナーだ。

室内に響く笑い声は、夜の静寂にひどく浮いている。

 

「次のオークションも素敵なこと!コレクター魂が疼いちゃう!ムフフフフフ……」

 

一人でご機嫌に笑っているところ悪いけど、失礼するよ。

 

声には出さず、私は一枚のカードを指に挟んだ。

 

そして、迷いなく室内へと投げ入れる。

 

カードは空気を切りながら弧を描き、オーナーが手にしていた冊子を貫通した。

 

そのままふわりと、テーブルの上に静かに落ちる。

 

「ぎゃああああああ!!?な、なんですの……?」

 

震える手で冊子をどかし、オーナーはテーブルの上に落ちたカードを恐る恐る手に取った。

 

 

〔予告状〕

 

明日、夜8時、

『星明かりのプリンセス』

をいただく

 

怪盗団ファントム

 

 

「か、かかかかか怪、盗、団んんんんん!!?」

 

予告状の文字を目にした瞬間、オーナーの叫び声が夜の美術館に響き渡った。

 

開いた窓から、その声は遠くまで吸い込まれていく。

 

「予告状だなんて、おしゃれね。るるか」

 

腕の中のマシュタンが、くすりと笑うように話しかけてきた。

 

「………………」

 

私は答えなかった。

 

強めの風が吹く。

髪が揺れ、服の裾がはためく。

 

私がやるべきこと。

 

それを実行するのは、私自身が決めた任務だ。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

_______________

 

 

 

〖予告まで23時間〗

 

【みのるSide】

 

〈昨日、宝生美術館の宝生ちなみオーナーに、『怪盗団ファントム』と名乗る人物から予告状が届きました〉

 

それは、突然のことだった。

 

食事を終え、後片づけも済ませて、ソファでのんびりテレビを眺めていたところだ。

 

ニュースの速報が割り込んできた瞬間、私の手が止まる。

 

画面には、予告状を記者やカメラマンに向けて見せている宝生美術館のオーナーの姿が映っていた。

 

「え!?」

 

〈「明日、夜8時、『星明かりのプリンセス』をいただく」と書かれており、美術館は警備員の動員や見回りの強化等を実施すると………〉

 

アナウンサーの淡々とした声が、どこか遠く聞こえる。

 

ついに予告状まで——。

 

本当に怪盗団ファントムはどこまでも油断ならない存在だ。

まさかここまでするなんて…衝撃で、言葉が出なかった。

 

「あんな!これって!」

 

「うん!みくる、みのる、ポチタン!」

 

あれ?私も?

 

みくるとあんなの真剣な表情はよくわかる。

 

でも——流石に、ここまで大事になった事件に私が加わるのは、場違いすぎる気がした。

 

それでも、散々私のことを受け入れてくれた二人の気持ちを無下にしたくなくて、何も言えなかった。

 

「美術館に行こう!!」

 

「ええ!!」

 

「ポチ~!!」

 

「お、おー?」

 

明日美術館に行くことが、あっという間に即決してしまった。

行動力お化けか。

 

決まったのなら仕方ない。

 

私が行って良いのかどうかは一旦置いといて——せめて迷惑だけはかけないように、お客さんのフリでもしていようかな。

 

それが私にできる、一番無難な立ち位置な気がした。

 

ジェット先輩は……相変わらず研究室にこもって、何かを作っている。

もしかしたらプリティホリックの新商品の開発も進めているのかもしれない。

 

とにかく明日のことは、先輩に伝えておかないと。

 

私はそっとテレビから目を離し、小さく息をついた。

 

 

_______________

 

 

 

〖予告まで10時間〗

 

【ジャックSide】

 

キュアアルカナ・シャドウがいない劇場も、空気はいつも通りだった。

 

私たちの出撃まではまだ早い。

 

手持ち無沙汰なまま、私は思考を巡らせる。

 

アルカナ・シャドウの目的はマコトジュエルではない——それはウソノワール様からすでに聞いていた。

 

じゃあ、一体何がしたいのだろうか。

 

「アルカナ・シャドウ……!わざわざ予告するとか、チョーありえない!!」

 

アゲセーヌが今になって不満を口にした。

 

「いいじゃねぇか。初陣で張り切ってるんだろうよ」

 

「はぁぁぁ!?何それ!?」

 

ゴウエモンはまるで保護者のような立ち位置で、まったく気にしていない。

 

そういえば、ゴウエモンが任務に向かう際は大体キュアアルカナ・シャドウが同行しているのがほとんどだ。

 

何か特別な思い入れがあるのだろう。

詮索する気にはならないけれど。

 

「予告状……それもまた一興」

 

華麗に優雅に、をモットーとするウソノワール様は、予告状をむしろ評価していた。

 

「我々怪盗にとってなくてはならない重要なもの、予告状はボクにとってロマンなのさ♡」

 

「うわ、気持ち悪っ」

 

ニジーはこんなときもキザな態度を崩さない。

 

なんとかならないのかその性格。

だからこいつだけ奈落に落とされそうになるんだよ、と私は内心で呟く。

 

「ひどいなぁ……ジャック、キミも時間が経てばボクの素晴らしさに気づくはずだよ」

 

「………………」

 

「……その顔やめてね?」

 

あああぁぁぁ……。

 

早く美術館に行きたい。

暇すぎる。

 

こいつらと一緒にいると、じわじわと頭が悪くなっていく気がする。

 

私は視線を天井に向け、違うことを考えて時間を潰すことにした。

 

 

_______________

 

 

 

〖予告まで8時間〗

 

【みのるSide】

 

宝生美術館。

 

オーナーである宝生ちなみさんが経営している、まことみらい市の外れにある美術館だ。

 

宝石などのアクセサリーが多く展示されていて、しかもここの展示物はなんと全てちなみさんの私物だというから驚きだ。

 

一体どれほどのお金が行き来したのだろう。

想像するだけで目が回りそうになる。

 

時刻は丁度、昼の12時を過ぎた辺り。

 

予告状が届いたにも関わらず、館内の周囲は来館者で賑わっていた。

 

そして私たちは今、受付の係員に探偵であることを伝えている。

 

「……はい。怪盗から首飾りを守ると」

 

係員が宝生さんへ内線で連絡を入れながら、半信半疑な表情を浮かべている。

 

まあ、当たり前か。

どう見ても中学生だし、この二人が実は化け物みたいな力を発揮する名探偵プリキュアだなんて、知るわけがない。

 

「予告状なんて、名探偵への挑戦ね!ファントムの好きにはさせない!」

 

「うん。ポチタンもミスティックの衣装着てやる気満々だよ!」

 

みくるがイケボでカッコつけている。

とりあえずやる気があるのは伝わった。

 

そしてポチタンはいつの間にかミスティックの衣装を身につけていた。

 

「ポチポチ!」

 

「ジェット先輩、いつの間にミスティックの衣装まで作ったの!?」

 

改めて凄いな、と思う。

 

一日中店番して、研究して、開発して……人間だったら過労死してもおかしくない業務量を平然とこなしている。

 

妖精だから体力もあるんだろう。

私も妖精だったら良かったのに、と少しだけ思った。

 

「……あ!」

 

「ん?」

 

みくるが何かに気づいて声を上げる。

 

私とあんなも釣られて振り返ると、階段の上から赤いドレスを纏った女性がこちらへ向かって降りてくるところだった。

 

「あれって!」

 

「テレビで見たオーナーさんだ!」

 

「宝生ちなみさんだね」

 

その出で立ちから既に、億万長者のオーラが漂っている。

 

人生で大成功した人って余裕があって良いよな、と思う。

 

お金さえあればなんでもできるという言葉もあるけれど、同時に大切な何かを失いそうで——自分はちょっと怖い気がした。

 

「宝生さん!初めまして!キュアット探偵事務所の小林みくるです!」

 

「明智あんなで……す」

 

「スタスタスタスタスタスタスタスタスタスタ………」

 

怖……。

 

宝生さんがずっと何かを呟きながら歩いてくる。

 

二人はキラキラな目で自己紹介しているのに、宝生さんの視線は一点に集中したまま反応していない。

 

その視線の先は——ポチタン?

 

「な~んてかわいいポーチなの!」

 

「ぇ」

 

「このフリフリもたまらないわ~!」

 

全員に冷や汗が流れた。

 

ポチタン……頼むから、動かないでね。

 

「譲ってくださらない?」

 

「えええ!?」

 

ポチタンの冷や汗がヤバい。

動いていないのに怪しまれそうで、見ているこっちがヒヤヒヤする。

 

「ダメです!友達ですから!」

 

さりげなくポーチを友達って言っちゃったよ、あんな……。

 

しかも譲ってほしいって、絶対お金で解決しようとしてるじゃん。

 

やっぱりお金だけじゃ全ては解決できないね、と私は心の中でこっそり頷いた。

 

「星明かりのプリンセスの警護は、あんたたちに任せるから!ね!」

 

オーナーの声は、いつもより少しだけ張り詰めていた。

 

けれど、その奥にある信頼は隠しきれていなくて——むしろそれが余計に、重くのしかかってくる。

 

星明かりのプリンセスの警護。

 

その言葉だけで、今回の任務がどれだけ重要かが分かる。

 

軽い気持ちで関わっていいものじゃない。

私は静かに、息を飲んだ。

 

「ポ、ポチタンは譲りませんけど、星明かりのプリンセスは任せてください!」

 

「守ってみせます!」

 

あんなとみくるは、迷いなく頷いた。

 

あんなはしっかりと任務を引き受ける意思を示していて、みくるの「守ってみせます」という言葉には、一切の揺らぎがない。

 

……やっぱり、すごいなと思う。

 

二人は、ちゃんと前に立てる人間だ。

だからこそ——

 

「私は流石に手出しできないのでお客さんのフリしてます!!」

 

気づけば、そんな言葉が口から飛び出していた。

 

一瞬、空気が固まる。

次の瞬間、ぴったりと重なるように返ってきた声。

 

「「なんで!!?」」

 

そりゃそうだよね、と思いながらも、内心では冷静に状況を分析していた。

 

規模が違う。

今までとは明らかに。

 

怪盗団ファントムがどう立ち回ってくるか分からない。

危険度も想定できない。

 

そんな中に——ただの"生身の人間"である自分が踏み込むなんて、どう考えても無謀だ。

 

あんなが詰め寄ってくる気配がする。

みくるの視線もこちらを射抜いている。

 

でも、これは感情の問題でも、できるできないの問題でもない。

 

合理性の問題だ。

 

「違う違う、そうじゃなくて!」

 

慌てて言葉を重ねる。

誤解されたままじゃまた同じ流れになる。

 

「明らかに今までと規模が違いすぎるよ!二人はプリキュアだから大丈夫だけど、生身の人間の私が入って良い領域じゃないから!」

 

これは事実だ。

 

どれだけ足掻いても、プリキュアと人間の私では明確な差がある。

 

恐らくファントムは本気で来る。

私は戦える力も、守れる力もない。

 

二人を疑っているわけじゃないけど、もし私に流れ弾が飛んできたら、どうなるかわからない。

 

「今回の件、大人しく私——むぎゅ!?」

 

言い切る前に、頬に柔らかい感触が食い込んだ。

 

……いや、柔らかいというか、普通に痛い。

 

みくるの手だ。

逃げ場を塞ぐように、しっかりと掴まれている。

 

視線を上げると、彼女はいつになく真剣な顔をしていた。

 

「来て」

 

「……はい」

 

短い一言。

でも、それだけで十分だ。

 

拒否権なんて最初から用意されていないみたいに、ぐっと引き寄せられる。

 

あんなも、何も言わずにこちらを見ている。

 

その目は——怒っているというより、呆れているような、それでいてどこか優しい色をしていた。

 

……本当に、この二人は。

 

合理性とか、危険度とか、そういうものを全部ひっくり返してくる。

 

ため息が出そうになるのを、なんとか飲み込んだ。

 

本当は分かっている。

ここで一人だけ安全圏に逃げたって、きっと後悔する。

 

それに——二人が前に進むなら、せめて同じ場所に立っていたいと思う自分がいる。

 

理屈じゃなくて、感情で動いているのは——どっちなんだろうね。

 

「ふむ……ま、気が変わったら譲って」

 

宝生さんはそれ以上ねだってくることはなかった。

 

二人の背後ではポチタンが慌てて衣装を脱いでいる。

 

ちょっとバタバタしているけど、なんとか怪しまれずに済んだようだ。

 

 

_______________

 

 

 

美術館の二階にある「特別展示室」には、数多のアクセサリーや骨董品がショーケースの中に飾られ、展示されていた。

 

「わあぁぁ……」

 

あんなの声が漏れる。

 

どれも価値がありそうな物ばかりで、直視していると目が眩みそうだ。

 

「世界中から集めた私のコレクションよ。皆さんにも見て頂いてるの」

 

宝生さんはコレクターらしい。

だからこうして珍しい物をたくさん集めているのか。

 

ポチタンをあれだけ欲しがっていたのも、そういう理由なんだろう。

 

でも、わざわざ美術館を建ててコレクションを展示するというのは——改めて考えると、相当に凄いことだ。

 

「そして、こちらが『星明かりのプリンセス』」

 

展示室の奥。

 

一際存在感を放つ、頑丈そうなショーケースの中に、それは収められていた。

 

金色の光沢を帯びた首飾り。

胸元には、緑色に輝く大きなエメラルドが埋め込まれている。

 

見ただけで、その辺の展示物とは次元が違うことが分かった。

 

「うわぁ……」

 

「はなまる綺麗……」

 

また声が漏れる二人。

私もうっかり見惚れていた。

 

「歴史的な価値がある首飾りで、20億円は下らないわ」

 

「え゙え゙え゙え゙え゙!?」

 

「に……20億円!?」

 

「……あはは……多分、産まれて初めて聞く桁数」

 

想像以上だった。

 

とんでもない金額に二人が変なポーズを取っている。

 

驚きを通り越して、もはや笑えてくる。

 

この首飾り一つで、一生遊んで暮らせるお金が手に入る計算になる。

まさか怪盗団ファントム、お金目当てで盗みに来たわけじゃないよね……?

 

「ウフ……!怪盗団ファントムが狙う首飾りか~。キラキラしてて素敵ね、ダ~リン!」

 

「うん、ハニー!キミの方が眩しいよ!」

 

「「ウフフフフフフ」」

 

——なんだあのバカップル。

 

あの二人、前に公園で見たような……。

相変わらず暑苦しくて見ていられない。

 

人前でそこまでいちゃついて、恥ずかしくならないのだろうか。

 

「しかし……怪盗団なんて本当にいますの?ノストラダムスのような噂話では?」

 

「最近、話題になっていますよ。結婚式場やパティスリーに現れたって」

 

もうそこまで有名になっていたとは。

 

結婚式場は一番最初にニジーがティアラを盗んだ場所で、パティスリーはエリザさんがペンを盗まれた場所。

 

どちらの事件でもニジーが変装しているのに普通にバレているという。

 

「その事件!私たちが解決しました!」

 

「うん!」

 

二人の言葉に、係員が口に手を当てて驚く。

 

まあ無理もない。

見た目だけじゃ、とてもそうは思えないだろう。

 

でも、この二人は凄いから——いろんな意味で。

 

「ええ!?本当に!?」

 

「はい!私嘘つかないんで!今回もはなまる解決します!」

 

「こう見えて二人は優秀ですよ。幾度も怪盗団ファントムを退けてきた探偵ですから」

 

確かに、こんな女の子たちが怪盗団ファントムと戦ったなんて、信じられないと思うだろう。

 

でもその疑いは、いずれ大きくひっくり返されることになる。

 

「あなた方の出番はありませんわ!はいカモン!」

 

パン!パン!

 

「「うええええっ!!?」」

 

宝生さんが二回手を叩いた瞬間、ズラーと大勢の警備員が一斉に私たちの前に並んだ。

 

圧巻の光景だった。

ものすごい威圧感が、じわりと肌に伝わってくる。

 

「当美術館には優秀な警備員がいます。さらに防犯カメラで24時間監視、ケースは超強力な特殊ガラス製!象が踏んでも潰れませんことよ!」

 

「「おおー!」」

 

この展示室だけでも、ざっと見ただけで防犯カメラが6台はある。

 

大勢の警備員に、頑丈な強化ガラス。

確かに厳重な警備であることは間違いない。

 

「決め手は、こちらのマシーン!私の顔をカメラで読み取りケースが開く、超最先端のセキュリティ!」

 

「あ、顔認証!」

 

宝生さんの説明に、あんなが反応した。

 

顔認証を知っているなんて、あんなも意外と知識があるみたい。

 

「ん、ご存知なの?」

 

「スマホによくついてるから!」

 

「「げ!?」」

 

スマホというのは、あんながいた時代にあった携帯電話のことだと、前に教えてもらったことがある。

 

指で画面を操作したり、電話以外にも動画を見たりネットを使えたりと、今の時代よりも遥かに技術が進んでいるらしい。

 

まさか顔認証までできるとは……。

 

いや、そんなことより。

今の時代でスマホのことを口にすると、混乱が起きる。

 

マズい。

 

「スマ、ホ?」

 

「あああの!!気にしないでください!」

 

「この子虚言癖がすごいので!」

 

「ひどい!!」

 

あんなが顔を赤くして、少し泣きそうになっている。

 

適当に誤魔化そうとしたら、余計なことを言ってしまった。

申し訳ない……。

 

「とにかく、あんた方が必要ないのはわかったでしょ?ポーチを譲る気になられたら、いつでも声をかけて!オーホッホホホ!!」

 

高笑いしながら、宝生さんは行ってしまった。

 

係員が一礼をして後をついていく。

私たちも反射的に礼をした。

 

……ザザッ!

 

「「「うわっ!!?」」」

 

並んでいた警備員が、また一斉に消えていく。

 

どこから来たのだろうか。

まるで忍者だ。

 

さて、まだ明るい時間帯だから、美術館の内部を調べることはできそう。

 

宝生さんは自信満々に警備の厳重さを信じきっているが——それはあくまで、人間相手の話だ。

 

宝生さんも警備員も、怪盗団ファントムが人間じゃないことを知らない。

 

妖精ならではの身体能力や超常的な力を使うファントムの幹部たちには、これほどの厳重な警備でさえ意味を成さないかもしれない。

 

警備員も人間だから、妖精が相手では簡単に蹴散らされることもあり得る。

 

どんなに頑丈なケースでも、妖精なら簡単に破壊してしまうかもしれない。

 

防犯カメラも、妖精なら無視して強引に突破してくる可能性がある。

 

それが、最大の懸念だった。

 

そう考えると——同じ超人的な力を使える、名探偵プリキュアの二人が唯一の望みになる。

 

「ファントムが狙うってことは、マコトジュエルが宿ってるんだよね?」

 

「きっとね……。予告した時間は8時、それまで美術館を調査しよう!」

 

「うん!」

 

幸い、時間はある。

 

せめて何か対策を思いつければいいけれど、ファントムがどうやって奪うつもりなのか、何人で仕掛けてくるのかすら分からない現状では、収穫は少ないだろう。

 

「私もその辺を歩いて防犯カメラの位置や構造を見てみるから、気になることがあったら伝えておくね」

 

「「わかった!」」

 

私たちは別々に行動することにした。

 

とにかく今の私たちにできるのは、調べること。

 

少しでも情報を共有できるよう——私は意を決して、歩みを進めた。

 

 

_______________

 

 

 

〖予告まで7時間〗

 

【みくるSide】

 

私は美術館の一階に降りて、周囲の状況を確認する。

 

「出入り口は防犯カメラが10台以上、予告状のおかげで記者もたくさん……」

 

一階は特に防犯カメラの数が多い。

曲がり角を進む度に次のカメラが待ち構えている。

 

普通に逃げるだけなら、ばっちり撮影されて終わりだ。

 

そして外には、予告時間までまだ7時間あるというのに、大勢の報道陣が美術館を取り囲んでいた。

 

生中継でリポートしている人、写真を撮り続ける記者——ほぼ全てのテレビ局と新聞社が、この場に集結している。

 

顔を知られてはいけない怪盗にとって、報道陣は正に天敵。

一階から逃走する確率は低いと見た。

 

「……よし!」

 

廊下を抜けたあと、私は手元のプリキットブックをぎゅっと握りしめた。

 

調べ終わった情報が、頭の中でまだ渦を巻いている。

早く伝えなきゃ——そう思った瞬間、ちょうど向こうからみのるの姿が見えた。

 

「あ、みくる。そっちはどう?」

 

「みのる!今調べ終わったところだよ」

 

声をかけると、みのるも軽く頷いた。

 

その落ち着いた表情に、少し安心する。

どうやら、向こうも同じタイミングだったらしい。

 

「私も丁度調べ終わったから、情報を共有しようと思って」

 

「私もそうしようと思ってた!」

 

情報を共有しようという考えまで、ぴったり一致していた。

 

「どっちから言う?」

 

「みくるからどうぞ」

 

尋ねると、みのるは迷いなく私を指名した。

 

よし、と小さく気合いを入れて、調べた内容を一つずつ思い出しながら口にする。

 

「わかった。一階は防犯カメラが10台以上あるのを確認。外は報道陣が多すぎるというのが現状かな」

 

「確かにすごい人だね……」

 

防犯カメラは軽く10台を超え、外には報道陣が押し寄せている。

 

人の目も機械の目も多すぎる。

あれでは、普通の侵入も脱出も難しい。

 

話しながら、その光景が脳裏に蘇る。

 

人、人、人——騒がしさと視線の重圧に、思わず肩がこわばる。

 

みのるも同じことを感じていたのか、小さく相槌を打った。

 

「みのるは何かわかった?」

 

「うん、屋上に繋がる廊下と階段付近を調べたんだけど、防犯カメラは階段近くにあった1台だけで、警備はそこまで厳重じゃなかった」

 

「一階と全然違うね……ここは監視の目と人の目が多すぎて逃走には不向き……」

 

屋上へと続く廊下と階段付近——そこは一階とはまるで別世界だという。

 

防犯カメラはたった一台、警備も驚くほど緩い。

 

その話を聞いた瞬間、頭の中で何かが繋がった。

 

一階は厳重すぎる。

対して屋上付近は甘い。

 

まるで意図的に"逃げ道"を残しているみたいに。

 

「ということは……」

 

「屋上から逃走する可能性大だね」

 

言葉にするより先に、みのるが結論を口にした。

やっぱり、同じ考えだった。

 

「屋上は確かに逃げ場がないから、そもそも警備を厚くする必要がない……」

 

そうだ、屋上は逃げ場がない場所だ。

 

普通なら屋上に追い詰めた時点で警備員に取り押さえられて、事件は解決する。

 

——そう思いかけた時、みのるの一言が、その前提をあっさり覆した。

 

「でも怪盗団ファントムは妖精。屋上から飛び降りることくらい容易のはずだよ。私がファントムだったらそうしてる」

 

相手は怪盗団ファントム、妖精。

 

——飛び降りることなんて、簡単にできる。

 

その瞬間、頭の中の霧が一気に晴れた。

 

「あっ……そっか!相手は妖精だってことを忘れてた!」

 

思わず声が裏返る。

自分でも呆れるくらい単純な見落としだった。

 

人間の常識で考えてしまっていた。

相手の本質を、完全に見失っていた。

 

「もう……しっかりしてよ、名探偵さん」

 

「た、たまたま忘れてただけだから/////」

 

少しだけ顔が熱くなる。

 

名探偵なんて呼ばれているのに、こんな基本的なことを忘れるなんて。

 

みのるの軽い一言に、さらに頬が熱くなりかけた——けれど、そのあとに続いた言葉は、思っていたものとは違っていた。

 

「わかってるよ。うっかり忘れるくらいのことは誰にでもある。私は二人のこと信じてるから」

 

責めるどころか、優しく受け止めてくれる声。

 

その言葉が、胸の奥にじんわりと広がる。

恥ずかしさも、焦りも、全部ひっくるめて——力に変わっていく気がした。

 

「みのる……ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

自然と笑顔になる。

今度はちゃんと前を向けている気がした。

 

絶対にこの事件、解決してみせる。

そう心の中で強く誓いながら、私はもう一度、みのると視線を合わせた。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

私は星明かりのプリンセスが飾られている特別展示室の周辺を調べていた。

 

展示室の中には防犯カメラが6台。

目玉の首飾りが展示されているだけあって、警備は厳重だ。

 

部屋の出入り口の廊下にもカメラがある。

この美術館に、一体何台のカメラがあるのだろう。

 

「この辺は……大丈夫かな」

 

ガラス越しに輝く首飾りは、まるで光そのものを閉じ込めたみたいに静かにきらめいている。

 

周囲ではざわめきが絶えず、話し声が重なり合っていた。

 

そのとき、不意に隣から声が聞こえてきた。

 

「すごい人気ね」

 

「……え?」

 

右を向くと、いつの間にか一人の少女が立っていた。

 

亜麻色の2本のアホ毛が目立つセミロングヘアに、紫色の瞳。

 

身長は私よりも少し高く、どこか落ち着いた雰囲気を纏っていて、この騒がしさの中でも不思議な存在感を放っている。

 

両手にはポチタンと同じくらいの大きさの、ぬいぐるみのようなものを抱いていた。

 

視線は、真っ直ぐに首飾りへと向けられている。

 

「あの首飾り」

 

「ああ、そうですね。ファントムが狙ってて話題になってますし」

 

そう答えながら、私は改めてその輝きを見つめる。

 

確かに注目されるのも無理はない。

けれど——少女は、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……だけじゃない」

 

「え?」

 

思わず聞き返す。

 

「騒動になる前から首飾りが好きな人はたくさんいた。何がそう……惹き付けるのかしら?」

 

問いかけるようでいて、どこか自分自身に向けているような声だった。

 

私は少しだけ考え込む。

宝石の価値とか、歴史とか、そういう難しいことは正直よくわからない。

 

「うーん、よくわからないけど……みんなの想いが集まって、キラキラ輝いているから、ですかね」

 

自然と、言葉が口からこぼれた。

 

自分でも少し抽象的だと思う。

でも、不思議とそれが一番しっくりきた。

 

大切にしてきた人たちの気持ちが重なって、あの光になっている——そんな気がしたから。

 

言い終えても、少女は何も言わなかった。

じっと私を見つめてくる。

 

その視線に、なぜか胸の奥がざわつく。

 

試されているような、見透かされているような——そんな感覚。

 

どうしていいかわからずにいると、遠くから聞き慣れた声が飛び込んできた。

 

「あんな!」

 

「みくる!」

 

通路の向こうを見ると、みくるとみのるがこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 

ほっとした気持ちと同時に、私は少女へ向き直る。

 

「……失礼します!」

 

軽く一礼して、その場を離れた。

 

二人のもとへ駆け寄る足取りは、自然と速くなる。

けれど、背後から静かな声が追いかけてきた。

 

「………頑張って、名探偵さん」

 

思わず足が止まる。

その声音は、優しさのようでいて——どこか試すような響きを含んでいた。

 

「……え??」

 

振り返る。

 

けれど、そこにはもう誰もいなかった。

 

さっきまで確かにいたはずの少女の姿は、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。

 

人々の話し声だけが、変わらず周囲に広がっていた。

 

「……………」

 

胸の奥に、言いようのない違和感が残る。

 

今のは一体、何だったんだろう。

 

私はしばらくその場に立ち尽くしたまま、少女がいたはずの場所を、ただ見つめ続けていた。

 

 

_______________

 

 

 

〖予告まで3時間〗

 

【ジャックSide】

 

人のざわめきの裏側——人が少ない通路を、私たちは静かに進んでいた。

 

制服は警備員のもの。

見慣れたはずの衣装なのに、鏡で見たときの違和感は最後まで消えなかった。

 

けれど、そんなことはどうでもいい。

目的はただ一つ。

 

私は足を止め、わずかに口元を緩める。

 

「さて……そろそろ私たちの出番だね」

 

誰にも聞こえないような声量。

それでも、後ろにいる仲間たちには十分だった。

 

「さて、首飾りはどこにあるのかな?」

 

ニジーが軽い調子で言う。

いつも通りの、掴みどころのない声だ。

 

「かわいいアクセサリーもたくさんあるじゃん!!これって盗んじゃダメ?」

 

アゲセーヌは目を輝かせて、ショーケースの方へ身体を乗り出している。

……本当にブレない。

 

「やめておけ。ターゲット以外の物を盗むのは、無粋だぞ」

 

低く制するゴウエモンの声。

 

変装をしない彼は無理やり警備員の服を着せられているが、その威圧感は隠しきれていない。

 

バレない……よね?

 

「わかってるし!もう!」

 

「はぁ……変装してもこの調子なんだから……」

 

頬を膨らませるアゲセーヌに、私は思わず小さく息を吐いた。

 

緊張感の欠片もない。

けれど、それがこのチームらしさでもある。

 

ゴウエモンは壁に設置されたフロアマップへと視線を移した。

 

「マコトジュエルが宿っている星明かりのプリンセスとやらは、二階にあるのか」

 

その言葉に、私は思考を巡らせる。

 

——キュアアルカナ・シャドウ。

 

あの女は、単独でこの首飾りを狙っている。

 

目的は同じ"盗む"こと。

けれど、狙いは違う。

 

マコトジュエルではない何か。

 

それが、妙に引っかかっていた。

 

何を見ているのか。

何を求めているのか。

 

私たちとは違う"価値"であの宝石を見ている。

 

「……ん?」

 

不意に、ニジーの足が止まった。

 

視線の先にはショーケース。

さっきまでの軽薄さが消え、珍しく真剣な顔をしている。

 

「どうしたのニジー?いつものヘラヘラした顔じゃなくて、珍しく真面目になって……」

 

アゲセーヌが茶化すように覗き込む。

けれど、ニジーは反論しなかった。

 

「ここにある展示品……全部偽物だぞ」

 

一瞬、時間が止まった気がした。

 

「え!?」

 

「何!?」

 

アゲセーヌとゴウエモンの声が重なる。

私はゆっくりとニジーに視線を向けた。

 

「……本当なのニジー?」

 

「間違いない。ここにある宝石、アクセサリー、骨董品、全て精巧に作られたレプリカだ。仮に盗んだとしても価値がない」

 

断言。

その言葉に、空気が一気に冷える。

 

偽物。

つまり——ここは"空っぽ"。

 

「ただ、ウソノワール様は確かにマコトジュエルがここにある首飾りと言っていたが……」

 

ゴウエモンの声が続く。

 

私は静かにショーケースへと歩み寄り、ガラス越しに宝石を見つめた。

 

完璧な輝き。

欠点のない造形。

 

だからこそ、逆に不自然だ。

 

まるで"本物らしく見せるためだけ"に作られた光——そんな印象が広がっていく。

 

「偽物にマコトジュエルが宿ってるってことじゃない?」

 

口に出した瞬間、アゲセーヌが目を丸くした。

 

「そんなことあるの!?」

 

あるかないかで言えば——ある。

 

マコトジュエルは器を選ばない。

 

価値や本物かどうかではなく、"想いが宿るに値するか"で決まる。

 

そういう類の代物だ。だからこそ面白い。

 

視線を宝石から外し、私は心の中で別の存在を再び思い浮かべた。

 

——キュアアルカナ・シャドウ。

 

君の目的は一体なんだ?

 

同じ"盗む"という行為に立ちながら、その本質が噛み合わない。

 

マコトジュエルではない何か……。

 

……まさか。

 

この美術館そのものを疑っている?

 

不正を暴くために、あえて盗む——そんな回りくどいことを?

 

胸の奥に小さな違和感が引っかかる。

何故そんな意味のないことを……。

 

マコトジュエルを盗むのが、私たち怪盗団ファントムの役目なのに。

 

思考を断ち切るように、ニジーが肩をすくめた。

 

「まあ、ボクたちの目的はマコトジュエルだ。本物だろうが偽物だろうが、マコトジュエルが宿ってさえいれば十分だ」

 

その通りだ。

余計な思惑に引きずられる必要はない。

 

目的は単純で、明確。

私は小さく息を整えて、仲間たちを見渡した。

 

「キュアアルカナ・シャドウに越される前に準備は整えておこう。予告時間まであと3時間を切ってる」

 

時間は十分あるようで、決して多くはない。

この"違和感"の正体を見極めるにも、動くしかない。

 

「任せろ。警備員が来てもオレの桜吹雪をお見舞いしてやろう」

 

ゴウエモンが笑う。

その言葉には、確かな自信と——少しばかりの物騒さが混じっていた。

 

私は目を細める。

 

「……くれぐれも無関係な人は殺さないでね」

 

「当たり前だ。それくらいは心得てる」

 

釘を刺すように言うと、空気がわずかに張り詰めた。

 

この任務において、必要なのは奪うことだけ。

無駄な血は、ただのノイズでしかない。

 

一部の"脅威"を除いて。

 

私は再びショーケースへと視線を戻した。

 

星明かりのプリンセスに眠るのはマコトジュエルなのか——それとも、もっと別の"真実"なのか。

 

どちらにせよ、奪って確かめるだけだ。

そのために、私たちはここにいるのだから。

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