かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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キュアミスティックの激情

【あんなSide】

 

張り詰めた空気が、肌に刺さる。

 

私とミスティックは無言のまま、目の前に立つジャックを警戒しながら視線を動かせないでいた。

 

地面にはひびが走っている。

衝撃の名残が、まだ空気の中でうなりを上げているというのに。

 

当の本人は――退屈そうに、こちらへ視線を向けてきた。

 

人間離れしている、なんて言葉では足りない。

あれは異様だ。

 

その余裕が、何よりも腹の底に火をつけた。

 

「あなたたちまだ探偵ごっこやってるの?」

 

軽く、吐き捨てるような声音。

 

胸の奥で、何かが弾ける。

 

「遊びじゃない!!私たちは困ってる人を助けるために戦ってるんだ!!」

 

言葉がほとんど反射で飛び出す。

隣でミスティックも一歩踏み出し、声を張り上げた。

 

「あなたたちみたいな嘘をつくやつらに、好き勝手させないようにね!!」

 

けれど。

 

「……はぁ」

 

深く、露骨なため息。

その一音で、私の言葉は行き場を失った。

 

「ほんと呆れる」

 

「え?」

 

ジャックの目は私たちを見ていないようで――確実に、見下していた。

 

「二人ともさぁ……まず現実見てみなよ。人間だってみんな普通に嘘をつくよ。一生嘘をつかない人間なんて一人もいない、絶対に」

 

「そんなことあるわけないでしょ!?」

 

ミスティックが即座に否定する。

私も続こうとして、口を開いた。

 

「そうだよ!私、嘘つか――」

 

「私、嘘つかないから……なんて言葉が通用するとでも思ってるの?バカみたい」

 

「なっ……」

 

遮られた。

言葉ごと、切り裂かれたみたいに。

 

言い返したいのに、喉の奥で言葉がうまく形にならない。

 

形にしようとするほど、何もかもが空回りしていく。

 

ジャックは、私の沈黙など眼中にないとばかりに続けた。

 

「私たち怪盗団ファントムよりも人間の方が、よっぽど嘘をついてる」

 

その声には、確信があった。

迷いのひとつもない、冷えた確信が。

 

「政治家の不祥事の隠蔽。学校によるいじめの隠蔽。容疑の否認。お金を騙し取る詐欺。挙げ始めたらキリがない。人間がよっぽど嘘に染まってる存在だと思うんだけどね」

 

次々と並べられる言葉。

どれもどこかで見聞きした現実だった。

 

ニュースの中で、大人たちの会話の端で確かに存在していた言葉たちが、今更のように胸に重く落ちてくる。

 

否定しきれない。

 

「「………」」

 

反論が、出てこなかった。

出そうとするほど、空白だけが広がっていく。

 

「信じたくないって顔だね」

 

ジャックはそう言って、それからわずかに間を置いた後――

 

「じゃあキュアアンサー」

 

名指しされた。

 

「な、何?」

 

視線が、真っ直ぐ突き刺さってくる。

逃げ場がどこにもない。

 

「あなたは2027年から来たんだよね?」

 

――時間が止まった。

 

心臓が、一瞬で凍りつく。

 

どうして、それを。

 

誰にも言っていない。

言えるはずがない。

 

あれは――私たちだけの秘密のはずで、絶対に、絶対にそのはずで。

 

息が、うまくできない。

 

視界の端で、ミスティックが驚愕の表情でこちらを振り向くのがわかる。

 

でも声が出ない。

頭の中が、真っ白に塗りつぶされていく。

 

ジャックは、そんな私の反応をじっと見つめて――わずかに口元を歪めた。

 

全部見透かされている。

そう悟った瞬間、背筋を冷たいものが這い上がった。

 

「なんで……なんで知ってるの!?」

 

ミスティックの張り詰めた声が、空気を切り裂いた。

その問いに、ジャックはわずかに目を細める。

 

「へえ」

 

口元が、ゆっくりと弧を描いた。

 

「鎌をかけたつもりだったのに、まんまと引っ掛かったね」

 

「しまっ……!」

 

全身の血の気が一気に引いた。

 

やられた。

完全に誘導されたんだ。

 

あの一言で私の反応を引き出して――見抜いた。

 

私が否定しなかったその瞬間を、ジャックはずっと待っていたんだ。

 

「あなたが本来いた世界はどうだった?みんな正直な人だった?」

 

その問いが、鋭く胸に突き刺さる。

 

答えようとした瞬間、頭の奥に映像が浮かんだ。

 

ニュース画面。

 

繰り返し報じられる政治家の裏金問題。

巧妙化する詐欺の手口。

学校ぐるみで握り潰されたいじめ。

 

どれも――見たくなかった現実、目を背けたかった出来事。

 

それでも確かに"あった"、消せない事実たち。

 

「……みんな正直だった?」

 

「そ……それ、は……」

 

言葉が出ない。

否定しようとするほど、浮かぶ映像が増えていく。

 

「そうだよね!嘘ついてる人はたくさんいるよね!」

 

楽しそうに断言する声。

その明るさが、かえって怖かった。

 

逃げ場を一つずつ塞がれていく感覚がした。

 

「あなたも結局、みんなに未来から来たことや正体がプリキュアだってことを隠してるじゃん」

 

一拍。

 

「嘘つき」

 

「うっ……ぐっ………!!」

 

胸を抉られたみたいだった。

 

違う、と叫びたい。

でもできない。

 

ずっと否定したい気持ちでいっぱいなのに、言葉が形にならない。

 

だって――それは、事実だから。

 

隠している。

ずっと隠してきた。

 

それは、確かなことで。

 

「……ジャック!!」

 

横から怒りを孕んだ声が飛んだ。

でもジャックは気にした様子もない。

 

「……教えてあげようか?私たちの目的を」

 

「……さっきから何なの?」

 

苛立ちと混乱が声に滲み出る。

頭の中がうまく整理できない。

 

「目的……?世界を嘘で覆うんでしょ?」

 

「合ってはいるけど、厳密には違う」

 

ジャックは静かに、しかし確信を持った声で言った。

 

「本当の目的はね。元々嘘だらけなこの世界を、嘘で上書きして相殺することなんだよ」

 

その言葉に、空気が一瞬止まった気がした。

 

「「………」」

 

理解できない。

 

いや――理解したくないのかもしれない。

 

「嘘を嘘で覆う……そうすれば互いに打ち消し合って、嘘が存在しない世界が訪れる。悪くないでしょ?」

 

静かな声だった。

まるで、それが"救い"であるかのように語る。

 

穏やかに、当然のことのように。

 

でも――

 

「……だからといって嘘をついてみんなを傷つけても良いの!?」

 

思わず叫んでいた。

体が先に動いていた。

 

そんな理屈、認められるはずがない。

 

手段が目的を正当化するなんて、そんなことがあって良いわけがない。

ミスティックも私に続いた。

 

「ジャック、あなたの話は全く信じられない!!うまい話をして私たちを騙そうとしても無駄だよ!!」

 

強く、はっきりとした拒絶。

 

その言葉に、ジャックは一瞬だけ――ほんの一瞬だけ沈黙した。

 

「……ふーん、残念」

 

興味を失ったように、まるでこちらの選択などどうでもよかったとでも言いたげに。

 

その声音が不気味だった。

激昂するわけでも、動揺するわけでもない。

 

でも、ずっと背筋に冷たいものが走っている。

 

この会話は終わっていない。

言葉のやり取りは区切りを迎えたかもしれないけれど、ジャックの目はまだ何かを計算している。

 

まだ、何かを見ている。

 

むしろ――ここからが、本当の"始まり"なんだ。

そんな予感が、どうしても拭えなかった。

 

「まあいいよ。どうせ私たちとあなたたちとでは物事の基準が違うだろうから。でも……」

 

その「でも」が、胸の奥で引っかかる。

 

嫌な予感がする。

体が、本能的に警戒信号を叫んでいる。

 

「……!!」

 

次の瞬間。

さっきまで正面にあったはずの気配が――消えた。

 

「プリキュアとかいう偽善の力じゃ、私には及ばないよ」

 

背後、声がすぐ耳元で響いた。

 

反射的に振り向く。

けれど――

 

視界が横に弾けた。

頬を貫く衝撃。

 

頭の中がぐらりと揺れて、足元の感覚が一瞬消える。

 

「っ――!!」

 

何が起きたのか理解するより先に、体が大きく傾いていた。

 

脳みそを直接殴られたみたいに視界が歪む。

地面が近いのか遠いのか、どっちかもわからない。

 

「アンサー!!」

 

遠くで名前を呼ばれた気がした。

 

ぼやけた視界の中、ミスティックがジャックへ向けて蹴りを放つのが見える。

鋭い、速い蹴りだ。

 

いつものミスティックなら、それで十分なはずで――

 

けれど、ジャックは軽やかに宙返りした。

 

アルカナ・シャドウと同じ動き。

空中で体を捻り、まるで踊るように、そのまま――

 

「うっ!!」

 

着地の勢いを殺さず、ミスティックの背中を真上から踏みつけ、鈍い音が響く。

 

ジャックの表情は、無のままだった。

 

ミスティックがすぐに体勢を立て直す。

その判断は速い。

 

反撃に出る動きも、迷いがない。

いつものミスティックなら――十分通じるはずの速さのはずで。

 

でも………

 

「あっ……が……!?」

 

違った。

ジャックはさらに速い。

 

ミスティックの拳を、首をわずかに傾けるだけで躱す。

最小限の動き、無駄が何一つない。

 

そして、ジャックの拳がミスティックの顔面を正確に捉えた。

 

「ミスティック!!?」

 

「っ………!!」

 

一撃で終わらない。

二撃、三撃、四撃――

 

見えない、速すぎる。

 

ジャックの拳が、何度も何度も何度も何度も、ミスティックの顔を打ち据える。

 

鈍い音が連続する。

リズムみたいに、規則的に。

 

ミスティックの表情が歪む。

苦しそうで、それでも倒れまいとしているその顔が――見ていられない。

 

「やめてえぇぇぇっ!!」

 

叫びながら地面を蹴った。

 

拳に力を込めて、一直線にジャックへ飛びかかる。

 

「ぐっ!!?うぅぅ……」

 

気づいたときには、ジャックの足が私の鳩尾にめり込んでいた。

 

息が抜ける、声すら出ない。

鋭い痛みが内側から爆発するみたいに全身へ広がって、視界が白く弾ける。

 

頭の中が焼き切れそうになる。

 

それでも――足を踏みしめる。

 

膝が笑っても。

視界が揺れても。

 

倒れない。

ここで止まるわけには、いかない。

 

「「はあああぁぁぁ!!!」」

 

ミスティックの声が重なった。

 

二人同時に、ジャックへ拳を叩き込む。

今度こそ――

 

「「っ!?」」

 

止められた。

あまりにも、あっさりと。

 

私とミスティックの拳が、それぞれ片手で掴まれている。

 

まるで、最初からそこにあったみたいに。

 

強引に引き寄せられ、ジャックの腕が交差する。

その勢いのまま――

 

ゴッ、と。

 

鈍い音がした。

 

「「…………っ」」

 

視界が揺れる。

ミスティックの頭と、私の頭が正面からぶつかっていた。

 

思考が一瞬途切れる。

白い閃光みたいなものが、脳の奥で散った。

 

そして、ジャックの足が大きく振り抜かれた。

直接触れてすらいないのに、衝撃が空気ごと叩きつけてくる。

 

「きゃあっ!!」

 

ミスティックと一緒に、後方へ吹き飛ばされた。

 

地面を何度も転がる。

止まれない。

 

ようやく体が止まったとき、肺が焼けるように熱かった。

 

息を吸うたびに、胸の内側が悲鳴を上げる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「なんて……やつ……」

 

息が荒い、体が重い。

 

それでも顔を上げる。

視界の先には、変わらずそこに立つジャック。

 

無傷で揺るがずに。

その存在だけが圧倒的すぎた。

 

ひびだらけの地面も、空気を満たす土埃も、関係ない。

 

ジャックだけが、別の世界にいるみたいだった。

 

荒い呼吸のまま視線を動かすと、影は一つじゃないことに気づく。

 

アルカナ・シャドウやアゲセーヌたちが、ずっとこちらを見ていた。

 

まるで退屈な芝居でも眺めていたかのように、静かに、余裕たっぷりに。

 

「……そろそろ動いていい?」

 

アルカナ・シャドウのその一言に、空気がまた張り詰めた。

 

「あのさぁ……アタシたちのこと忘れてない?」

 

「ハンニンダー………」

 

軽い調子の声と、不気味な低音が重なる。

 

観戦していた側の余裕が、ありありと伝わってくる。

私たちの必死の戦いを、本当にただ見物していたんだ。

 

「戦いたいの?別に良いけど、余計なことしないでよ?」

 

「わかってる。本当はマシュタンと一緒に終わらせたかったけど、私も戦う」

 

「アルカナ……無理しなくても……」

 

「………」

 

沈黙、アルカナ・シャドウは何も言わずにただマシュタンを見つめる。

 

その視線は、言葉よりもはるかに強く何かを訴えていた。

何を――?

 

「……わかったわ」

 

短い返答、それだけで通じ合ったらしい。

二人の間にある何かが、私には見えない。

 

「アゲセーヌもいきなりハンニンダーを召喚するのはやめた方がいいよ」

 

「ええぇぇ?戦力は多い方が良いじゃん!」

 

「まあ、召喚しちゃったならしょうがないか……で、誰と戦うの?」

 

「どっちでもいい」

 

「一番反応に困るんだけど……」

 

歯を食いしばる。

 

私たちのことを、まるで"どの駒を動かすか"みたいに選んでいる。

 

命を懸けているのに、本気なのに。

それをゲームみたいに扱われるのがどうしようもなく悔しくて、それ以上に――怖かった。

 

「じゃあこっちで勝手に決めるか……ら!!」

 

空気が裂けた。

 

「きゃあああああっ!!」

 

視界の端で、ミスティックの体が弾き飛ばされる。

同時に――

 

「………!」

 

黒い影が、一直線に私へ突っ込んできた。

 

速い、と考える暇もない。

とっさに腕を交差させ、防御を取る。

 

直後、重い衝撃。

骨の奥まで響くような蹴りが叩き込まれ、全身が軋んだ。

 

「っ――!!」

 

吹き飛ばされそうになるのを、足に力を込めて踏みとどまる。

けれど――

 

「ああもう!!ハンニンダーもやっちゃって!!」

 

「ハンニンダー!!」

 

背後から、空気を裂く音。

 

振り向くより早く、鞭が迫ってくる。

ギリギリで身を捻る。

 

頬をかすめた風圧が、鋭く肌を刺した。

 

(挟まれてる……!!)

 

前にはアルカナ・シャドウ。

後ろにはハンニンダー。

 

完全に挟撃。

 

視界の端で、ミスティックとジャックが遠ざかっていくのが見えた。

 

戦場が、分断された。

 

「そんな……」

 

私だけが残される。

 

アルカナ・シャドウと、ハンニンダー。

 

2対1という今までの立場と逆転した戦力差。

 

(本当に……できるの?)

 

足が震える、それに――

 

(みのるは……無事なの……?)

 

頭をよぎる、不安。

守るべき存在。

 

それすら、今は確認できない。

 

相手は目の前にいて、状況は最悪で、でも足が動かない。

 

(どうする……どう動く……?)

 

考えろ、止まったら終わる。

 

でも――圧倒的すぎる現実が、じわじわと心の奥を侵食してくる。

押しつぶされそうになる。

 

この絶望的な状況で。

 

私は――どう戦えばいいの。

 

 

_______________

 

 

 

【みくるSide】

 

視界の端で黒い影が揺れる。

次の瞬間、腹部に重い衝撃が叩き込まれた。

 

内臓がひっくり返るような感覚と共に、私は数メートル後方へ吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

 

どうにか着地し、足が地面を削る。

靴底が焼けるように熱い。

 

踏みとどまったはずなのに、膝がわずかに震えていた。

 

前方――そこに、ジャックはいた。

何事もなかったかのように、軽く首を傾げている。

 

「今の見えてた?」

 

感情がほとんど乗っていないのに、どこか愉しんでいる響きが混じっていた。

 

「……見えてるよ」

 

息を整えながら答える。

嘘じゃない、確かに"見えてはいる"。

 

だけど――

 

(身体が、追いつかない……!)

 

再び踏み込む、考えるより先に動く。

間合いを詰めて、拳を振り抜いた。

 

けれど。

 

「遅いね」

 

パシッ、と。

あまりにも軽い音で、私の拳は振り払われる。

 

まるで子どもをあしらうみたいに。

 

「っ!?」

 

「力は悪くないけど……軌道が素直すぎ」

 

そのまま腕を引かれ、バランスが崩れる。

 

まずい――そう思った瞬間。

 

ドンッ!!

 

胸元に肘打ちが突き刺さった。

 

「――っ、ぁ……!」

 

息が完全に止まる。

肺が潰れたみたいに空気が入らない。

 

その隙を、ジャックは逃さない。

 

足払い、視界が一瞬で反転して背中から地面に叩きつけられた。

 

「がはっ……!」

 

衝撃で空気が全部吐き出される。

起き上がろうとした瞬間、影が覆いかぶさった。

 

「まだ立つの?」

 

見下ろす瞳、冷たい金属みたいな光。

 

私は歯を食いしばる。

 

「……当たり前、でしょ」

 

腕に力を込め、身体を起こそうとする。

 

その動きを読んでいたかのように、ジャックの足が肩に叩き込まれた。

 

「っ……!」

 

また倒れる、今度は受け身すら取れない。

 

(強い……強すぎる!)

 

単純な力じゃない。

速さも、技術も、判断も――全部が一段上にある。

 

こちらの動きを"答え合わせ"するみたいに、最適解で潰してくる。

 

手札を全部読まれているみたいだった。

 

「ねえ」

 

ジャックの声が、すぐ近くに落ちた。

 

「あなた、"探偵"なんでしょ?」

 

ゆっくりと、私の襟を片手で掴んで持ち上げる。

 

「じゃあさ……私のこの動き、どう答えるの?」

 

ゾッ、とした。

次の瞬間、拳が振り上げられた。

 

咄嗟に腕でガードする――けど。

 

「――っ!!」

 

重い、さっきまでと比べ物にならない。

防いだはずなのに、衝撃が腕を突き抜けて脳まで響く。

 

(威力を……上げてきた!?)

 

ぐらり、と視界が揺れる。

ジャックは、わずかに笑った。

 

「今の、いい反応。でも――こんなんじゃダメだよ」

 

もう一撃、今度は横から。

 

ガードが間に合わない。

 

脇腹に直撃して、私は再び吹き飛ばされた。

 

地面を転がる。

転がって、止まる。

 

立てない。

いや――立たないと。

 

(私は……怪盗団ファントムを止めないと……!)

 

震える腕を地面につけ、力を込める。

その瞬間、またすぐ目の前に影が落ちた。

 

「……へえ、まだ来るんだ」

 

ジャックの声。

見上げると、そこに立っている。

 

それでも――私は、無理やり身体を起こした。

 

視界が痛みで滲む。

呼吸が荒い、膝が笑っている。

 

それでもジャックを、真っ直ぐに見据える。

 

「いいね、潰しがいがありそう」

 

 

動け、駆け寄れ。

そう思っているのに、足が言うことを聞かない。

 

体が、悲鳴を上げている。それでも目は動く。視線は動く。

目の前のジャックが、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

 

「その程度の実力で、さらに足手まといの雑魚が親友だなんて……本当に笑える」

 

――笑った。

 

その一言で、時間が止まったように感じた。

頭の中で、何かがぷつりと切れる音がした。

 

「……今、なんて言ったの?」

 

自分でも驚くほど低い声だった。

震えているのに、妙に冷たい。

 

敵は肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。

 

「聞こえなかった? "雑魚"だって言ったんだよ。あんなの、足を引っ張るだけの――」

 

最後まで、聞く必要なんてなかった。

 

気づいたときには、私はもう一歩踏み出していた。

足元の地面がひび割れるほど、強く。

 

「私の親友に何をしたのっ!!?」

 

言葉が、勝手に口から零れた。

 

あの子が、どれだけ必死に戦っていたか。

 

怖くても、震えても、それでも前に出て――私の隣に立ち続けてくれたことを。

 

それを、こいつは。

 

「この美術館のオーナーを庇ってて、邪魔だったからちょっと眠ってもらったよ」

 

拳を握る。

骨が軋む音が、自分でもはっきりと聞こえた。

 

怒りが、熱として全身を駆け巡る。

血液が煮えたぎるみたいに、視界が赤く滲む。

 

「……あの子は、雑魚なんかじゃない」

 

一歩、また一歩と近づく。

 

ジャックはまだ笑っている。

余裕ぶったその顔が、どうしようもなく癇に障る。

 

「怖くても、痛くても……それでも、私の隣にいた」

 

声が震える。

怒りと、そして少しの恐怖。

 

それでも、止まらない。

 

「それを"足手まとい"って言うなら――」

 

顔を上げる。

真正面から、ジャックを睨みつける。

 

「あなたは何も分かってない」

 

風が、強く吹き抜けた。

 

胸の奥で燃え上がるものが、もう抑えきれない。

 

こいつを許さない。

 

親友を嘲笑った、その口も、その顔も、その存在ごと。

全部――叩き潰してやる。

 

「……笑っていられるのは、今のうちだよ」

 

そう言ったとき、自分でも分かるくらい、声に殺気が混じっていた。

 

もう迷いはない。

ただ一つ、はっきりしていることがある。

 

――絶対に、倒す。

 

「煩いなあ。私はみのるに何をしたかって聞かれて教えただけなのに、この言われよう。ちょっとは私が不憫だと思わないの?」

 

軽い口調。

まるで、本当に自分が被害者だとでも思っているみたいに。

 

その声音が、神経を逆撫でする。

 

「……もう喋らないで。私はあなたを倒す。それだけよ」

 

地面に響く足音がやけに大きく聞こえた。

 

けれど、ジャックは肩を揺らして笑った。

 

「またそれ?倒すとか許さないとか。そんな生易しい言葉で戦っていけると思ってるの?」

 

嘲りが、刃みたいに突き刺さる。

 

「殺す気でやらないと、あなたはどんなに頑張っても私には勝てないよ」

 

胸の奥が、わずかに揺れた。

けれど――すぐに、押し潰す。

 

倒れたままの親友の顔が脳裏をよぎった。

 

あの子が、それでも立ち上がろうとしていた姿。

 

震えながらも、諦めなかった姿。

 

だから。

私も、諦めない。

 

「……そういうあなたは、傷つけた人たちが可哀相だと、少しでも思わないの?」

 

一瞬だけ、静寂が落ちた。

 

敵は、きょとんとした顔をしたあと――ゆっくりと、口元を歪める。

 

「……ああなるほど、確かに。これは私が悪かった」

 

やけに素直な口調だった。

 

「今の発言は撤回するよ。確かにそうだ……」

 

その目が、ゆっくりと細められる。

 

「私は、私が傷つけた物も、人も、そのどれもに対して、何の感情も抱いていない」

 

心臓が、強く脈打つ。

強い感情が背筋を這い上がる。

 

「みのるは……何を言ってた?」

 

「え?泣いてたよ。何言ってるかわかんないけど、頭から血を流してたし、骨は大丈夫かもだけど、もう死んでるかもね!」

 

――世界が、止まった。

 

音が、消えた。

 

呼吸の仕方すら、一瞬わからなくなる。

頭の中が真っ白になって――次の瞬間、真っ赤に染まった。

 

「……あはっ!!良い目だ!!」

 

ジャックは一瞬だけ目を見開いて――すぐに、弾けるように笑う。

 

ぞくりとするほど、嬉しそうに。

 

興奮を隠しきれない声で、こちらを見つめてくる。

その視線が、まるで獲物を見つけた捕食者みたいで。

 

――でも、構わない。

 

胸の奥で、何かが完全に壊れた。

もう戻れない、戻るつもりもない。

 

ただ一つ、はっきりしている。

 

こいつだけは――絶対に、このまま終わらせない。

 

床を蹴った瞬間、空気が裂けた。

 

距離なんて意味を持たない。

気づいたときには、私はもう敵の懐に踏み込んでいた。

 

拳を振り抜く――迷いも躊躇もない、ただ叩き潰すためだけの一撃。

 

けれど、乾いた音とともに、私の拳は空を切った。

 

「バーカ」

 

耳元で囁かれた次の瞬間、腹部に衝撃が突き刺さる。

 

「っ――!!」

 

呼吸が一瞬で奪われ、視界が揺れる。

 

それでも、倒れない。

歯を食いしばり、無理やり足を踏みしめて、そのまま肘を振り上げる。

 

「……っ」

 

当たった、確かな手応え――しかし、浅い。

 

敵は軽く身体を逸らしただけで、その威力を逃がしていた。

 

「みんなを助ける優しい優しい名探偵さんなのに、そんな殺気を込めた表情をするなんてね!そんなに悔しいんだ!親友が傷つけられたこと!」

 

嘲る声、笑っている。

その余裕が、何よりも腹立たしい。

 

「黙れ」

 

踏み込む、もう一歩。

さらに踏み込む、拳を何度も、何度も振るう。

 

右、左、右――連打。

 

考えるより先に身体が動く。

ただ目の前の存在を制圧するためだけに。

 

なのに当たらない。

 

すべて、いなされる。

 

流される。

 

紙一重でかわされる。

 

視界の中で、ジャックだけが異様に鮮明だった。

 

「ほらほら、どうしたの?」

 

軽い足取り。

遊ぶような動き。

 

次の瞬間、頬に衝撃が走る。

 

横からの一撃。

体が浮く。

 

落下する直前、腕で受け身を取る――それでも衝撃が全身を突き抜けた。

 

「うっ……!!」

 

それでも、すぐに立ち上がる。

倒れている暇なんてない。

 

あの言葉が、頭の中で何度も反響している。

 

――もうみのるも死んでるかもね!

 

「……黙れ」

 

低く、唸るように呟く。

 

足が震えているのがわかる。

 

痛みもある、呼吸も乱れている。

 

肺が、まだ悲鳴を上げている。

 

でも、それ以上に。

怒りがすべてを塗り潰していた。

 

視界の中で、ジャックだけが見えている。

笑っている、まだ笑っている。

 

「ほらほら!もっと私を楽しませてよ!!」

 

「黙れ!!黙れ!!黙れ!!黙れ!!黙れ!!!」

 

叫びながら再び突っ込む。

 

今度は防御も考えない。

全部を捨てて、ただ前へ。

 

拳を振りかぶる。そのまま振り下ろす――

 

掴まれた。

 

「っ!?」

 

手首をあっさりと。

そのまま引き寄せられ、膝が腹にめり込む。

 

視界が歪む。

 

「甘いよ」

 

冷たい声、さらに追撃。

 

腕を掴まれたまま投げ飛ばされる。

背中に走る衝撃。

 

動けない、身体が言うことを聞かなくなる。

 

その隙を、見逃してはくれなかった。

 

首を掴まれ、無理やり引き起こされる。

 

「ほら、さっきの威勢はどうしたの?」

 

視界が揺れ、焦点が合わない。

 

それでも、私はその顔を睨みつけた。

手が震える、けど止めない。

 

震える拳を、無理やり持ち上げる。

 

「……許さない」

 

声が掠れる。

 

「……あんただけは絶対に許さない!!!」

 

バキッ!!

 

そのまま、顔面に拳を叩き込んだ。

確かな衝撃が拳に伝わった。

 

……けれど。

 

「うん、その目。最高だね」

 

ほとんど効いていないみたいに、ずっと楽しそうに笑っている。

 

次の瞬間、視界が反転。

 

再び床に叩きつけられ、何度目かわからない、全身が悲鳴を上げる感覚。

 

それでも、それでも私は。

指を、床に食い込ませる。

 

どれだけ叩きのめされても、何度倒されても、この怒りだけは――絶対に、消えない。

 

「さっきより少しはマシになったじゃん!」

 

軽い声。

まるで出来のいい玩具を褒めるみたいに。

 

ふざけないで。

 

何も言わない。

ただ、強く目線を向ける。

 

その視線を受けて、ジャックは楽しそうに口元を歪めた。

 

「そろそろ本気で行こうよ……そうじゃなきゃ面白くない」

 

空気が、変わった。

 

さっきまでの"遊び"とは明らかに違う、鋭い圧が場を支配する。

 

呼吸をするたびに、その圧が肺に押し込まれてくるみたいだ。

 

私は息を整えながら、腕を持ち上げる。

 

ジュエルキュアウォッチ、淡く光るそれに意識を集中させる。

 

落ち着け私……これ以上感情的になるな。

じゃないと相手の思う壺だ。

 

対するジャックは、ゆっくりと手を上げた。

 

指を、ピストルの形に。

 

互いに構える。

 

動かない。

 

風だけが、静かに吹き抜ける。

 

ざわり、と葉が揺れる音。

 

時間が引き伸ばされたみたいに長く感じる。

 

鼓動が、一つ、また一つと大きく響く。

 

一枚の葉っぱが、くるりと回りながら地面に落ちた。

 

その瞬間――

 

「ミスティックリフレクション!!」

 

「極光殲滅砲」

 

同時だった。

 

私の前に展開される光の障壁。

それと同時に、ジャックの指先から放たれる、真っ黒な閃光。

 

――激突。

 

轟音が、空気を引き裂いた。

 

視界が闇に塗り潰される。

 

押し寄せる光の奔流が、バリアに叩きつけられる。

まるで巨大な波が、壁を砕こうとしているみたいに。

 

「っ……!!」

 

歯を食いしばる。

 

重い、想像以上に重い。

 

両腕にかかる圧力が、骨ごと押し潰そうとしてくる。

 

足が、地面を削りながら後ろへ押される。

 

押されている。

それでも――バリアを、手放さない。

 

「ははっ、いいね!!耐えるじゃん!!」

 

ジャックの声が、光の向こうから響く。

 

相変わらず楽しんでいる、完全に。

でも――

 

「……っ、まだ……!」

 

負けない!!

バリアに、さらに力を込める。

 

光が軋む。

ひび割れるみたいに、表面が揺らぐ。

 

このままじゃ、破られる。

 

それでも。

脳裏に浮かぶ、倒れている親友の姿。

 

震えながらも前に出て、私の隣に立ち続けてくれたあの姿。

 

「絶対に……負けない!!」

 

叫びと同時に、バリアが強く輝いた。

 

押し返す。

ほんのわずかだけ、レーザーを押し戻す。

 

光と光がぶつかり合い、空間そのものを歪ませる。

 

地面が砕け、空気が震え、衝撃波が周囲を吹き飛ばす。

 

けれど、均衡は崩れない。

 

いや――じわじわと、確実に押されている。

 

腕が震え、限界が近い。

 

「いいよ、その顔……!」

 

ジャックの声が、さらに高揚する。

 

「壊れる寸前って感じで、最高だ!」

 

――うるさい。

 

そんなことどうでもいい。

 

ただ一つ、ここで止める。

それだけだ。

 

黒い奔流に飲み込まれそうになりながら、私は必死に立ち続ける。

 

砕けそうなバリアの向こうで、ジャックが笑っている。

 

それでも、私は。

 

その光を――真正面から、受け止め続けた。

 

――ピキッ。

 

嫌な音が、やけに鮮明に響く。

 

「……え」

 

一瞬、何の音か分からなかった。

 

けれど次の瞬間には、理解してしまう。

 

目の前に展開しているバリア。

その表面に、細い亀裂が走っていた。

 

嘘……。

 

心のどこかで、そんな言葉が浮かぶ。

 

でも現実は容赦ない。

ヒビは一本で止まらない。

 

蜘蛛の巣みたいにじわじわと、確実に広がっていく。

 

「っ……!!」

 

力を込める。

さらに、さらに押し返そうとする。

 

けれど、押し寄せる光は弱まらない。

むしろ増している。

 

腕が震える。

膝が軋む。

 

足元の地面が削れて、もう踏ん張りも限界に近い。

 

それでも、退けない。

退いたら――全部終わる。

 

「まだだあああああぁぁぁぁっ!!!!」

 

叫ぶ、叫びながら力を振り絞る。

 

なのに。

 

「ははっ……」

 

光の向こうで、あいつはずっと笑っている。

 

まるで最初から結果が分かっているみたいに。

余裕を、一切崩さないまま。

 

「終わりだね」

 

その一言が、やけに静かに聞こえた。

次の瞬間、圧が跳ね上がる。

 

「――っ!?」

 

光が膨れ上がる。

 

さっきまでとは比べ物にならない出力。

 

押し潰される。

支えきれない。

 

ヒビが、一気に広がる。

 

そして――

 

バリーン!!

 

世界が、砕けた。

 

ドス黒く眩い光が、直接こちらに叩きつけられる。

防ぐものは、もう何もない。

 

「あ――」

 

声にならない声が漏れる。

 

避けることもできない。

 

ただ、その闇に飲み込まれていく。

衝撃も、痛みも、すべてが一瞬で塗り潰されていく。

 

視界が、黒に染まる。

 

何も見えない。

何も聞こえない。

 

自分がどこにいるのかも、分からない。

 

ただ、深く、深く落ちていくような感覚だけがあって。

 

――その先で。

 

私の視界は、途切れた。

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