かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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怪盗団の残した爪痕

【あんなSide】

 

――ドォンッ!!

 

腹の底まで響く爆音が、空気ごと世界を揺らした。

 

美術館の向こう、森の奥。

 

そこから立ち昇る爆炎を、私は一瞬だけ視界の端に捉えた。

 

遅れて熱風が押し寄せてくる。

頬を焼くような空気の塊が、現実を叩きつけるように私に当たった。

 

今の爆発は――まさか。

 

「ミスティック……!!」

 

名前を叫んだのと、横から声が落ちたのは、ほぼ同時だった。

 

「……やりすぎよ、ジャック」

 

キュアアルカナ・シャドウだ。

 

その隣で、アゲセーヌはただ爆発の方角を見つめていた。

 

その横顔に浮かぶものが、畏れなのか純粋な興味なのか、私には読めない。

 

「………」

 

言葉にならない重さが、じわりと皮膚の下に滲んでくる。

 

「ハンニンダー!!」

 

「っ!」

 

意識を引き戻された瞬間、影が迫っていた。

 

考える暇すらなかった。

全力でひねった身体が、振り下ろされた一撃をギリギリで躱す。

 

風圧が頬をかすめ、髪が乱れる。

 

今、一手遅れていたら。

 

……考えるな。

今は目の前だけを見ろ。

 

爆発など気にも留めていない様子のハンニンダーが、次の動作へ移ろうとしている。

 

アルカナ・シャドウにハンニンダー。

この状況はどう考えても最悪だ。

 

なのに――

 

「……?」

 

違和感が拭えなかった。

 

アルカナ・シャドウは確かに厄介だ。

 

攻撃を仕掛けるたびに、まるで最初から軌道を知っていたかのように躱される。

 

でも、おかしい。

一度も反撃が来ない。

 

最初に分断された瞬間に受けた蹴り。

あれ以来、一切の攻撃動作がない。

 

それどころか、

 

『姿勢を低くして。じゃないと反撃を食らう』

 

『そんな単調な攻撃だと、すぐ後ろを取られるよ』

 

『常に周囲に気を配りなさい』

 

頭の中に直接響くような感覚。

 

戦いながら言葉が飛んでくる。

 

指導されている。

まるで、師匠と弟子のように。

 

意味が分からない。

敵のはずだ。

 

あれだけの威圧感を持っていたはずの相手が、なぜ。

 

「キュアアルカナ・シャドウ!アンタなんで攻撃しないのよ!?」

 

先に声を上げたのはアゲセーヌだった。

苛立ちを隠しもしない叫びが夜気を切る。

 

「これが私の戦い方だから」

 

「そんなわけないでしょ!!」

 

「………」

 

私は言葉を失った。

 

危機的な状況のはずなのに。

ハンニンダーと戦いながら、この妙な会話が続いていて、それなのに緊張感の糸がどこかへ行きそうになる。

 

何、この流れ。

これは一体、何の戦いなの――。

 

そのとき。

 

「……随分とのんびりした戦いだね」

 

背筋が凍った。

 

声じゃない、気配だ。

この重さ、この密度。

 

「ジャック!!」

 

振り向く。

 

そこにいたのは、ジャック。

 

――そして、その腕に無造作に抱えられていたのは。

 

「――っ!!」

 

ボロボロだった。

 

あのミスティックが、満身創痍で、ぐったりとその腕の中にいた。

 

ミスティックが放り投げられる。

 

まるで用済みの荷物のように。

地面に転がる身体に、心臓が跳ね上がる。

 

「ミスティック!!?」

 

気づいたときには走っていた。

 

考えるより先に、足が動いていた。

 

膝をつき、その身体を抱き起こす。

温かい、生きている。

 

でも――

 

「大丈夫!?しっかりしてミスティック!!」

 

「う……うぅ………」

 

かすかに声があった。

 

意識はある、でも一目見ただけで分かる。

 

これ以上戦えない、戦わせてはいけない。

 

私は顔を上げた。

 

ジャックは無傷だった。

 

呼吸ひとつ乱れていない。

服の乱れすら、ない。

 

その事実が、音もなく私の中に落ちてきた。

 

怒りより先に、何か冷たいものが込み上げてくる。

 

恐怖だ。

純粋な、本能的な恐怖。

 

ここまで一方的に、ミスティックをこんな姿に。

 

――この相手は危険だ。

 

私が思っていた以上の何かが、この少女にはある。

理解したくなかったけれど、もう理解してしまった。

 

「そこそこ楽しめたけど、結局こうなっちゃうんだよね……」

 

「ミスティック……そんな……」

 

言葉が続かない。

 

手の中にあるぬくもりが、やけに頼りなく感じる。

 

さっきまで共に戦っていた仲間が、今はこんなにも小さく、こんなにも重い。

 

「次はあなたの番だよ、キュアアンサー」

 

静かに告げられた。

 

感情がない。

怒りも、侮蔑も、何もない。

 

ただ次の手順を述べるような声だった。

 

まるで死刑宣告みたいに。

 

「……っ」

 

気づいたとき、一歩後退っていた。

 

ダメだ、と分かっている。

 

後退ってどうする。

 

戦わなきゃいけない。

前に出なきゃいけない。

 

それでも足が、言うことを聞かない。

 

どうすればいい。

この状況を覆す方法が、まるで見えない。

 

目の前に立つ存在があまりにも大きすぎて、重すぎて、私はただ息を呑むことしか、できなかった。

 

前には、倒れたままのミスティック。

背後には、アルカナ・シャドウの圧倒的な存在感。

 

さっきよりずっと絶望的な状況だった。

 

出口がない。

どこにもない。

 

「今度こそプリキュアが大ピンチって感じ?」

 

アゲセーヌの軽い声が私の耳を通り抜ける。

 

「………待って」

 

その一言で、空気が変わった。

 

「!?」

 

思わず振り返る。

声の主――アルカナ・シャドウが、一歩前に出ていた。

 

「何か問題?」

 

「キュアミスティックのトドメは私が刺す」

 

「え………」

 

耳を疑った。

 

何を、言ってるの?

 

トドメ、私の耳がその言葉を一度だけ繰り返した。

 

トドメって、ダメだ。

 

ダメだよ、そんなの。

絶対に——

 

「お、もちろん良いよ!容赦なくやっちゃって!!」

 

ジャックが、あっさりと笑って言った。

 

心臓が、嫌な音を立てた。

 

「やめて……お願い……お願いだから……!!!」

 

気づいたときには、ミスティックの前に飛び出していた。

 

両手を広げて、身体ごとかばう。

 

来るなら私に来い。

そう叫びたかったのに、声は震えていた。

 

でも、アルカナ・シャドウは。

私なんて見えていないみたいに、静かにアルカナロッドを掲げた。

 

「アルカナスターレイン」

 

空間に、光が生まれた。

 

無数の星が、私たちを覆うように展開されていく。

逃げ場なんて、どこにもない。

 

「せいぜい耐えてみなさい……私の攻撃を『跳ね返せない限り』、回避することはできないよ」

 

「……?」

 

跳ね返せない限り?

 

その言葉の意味を考える暇はなかった。

星が、動いた。

 

「ぁ………」

 

視界を埋め尽くすレーザーの奔流。

 

避けられない。

 

間に合わない。

 

身体が動かない。

 

終わる——そう思った瞬間。

 

「……っ!!」

 

隣から、衝撃が走った。

 

「ミスティック!?」

 

倒れていたはずのミスティックが、立ち上がっていた。

 

震えている。

全身が、今にも崩れ落ちそうなほど震えている。

 

それでも前に出ていた。

ボロボロの身体で満身創痍のまま、私の前に立った。

 

「なっ!?」

 

ジャックの声が、初めて揺れた。

初めて感情が滲んだ。

 

「ミスティックリフレクション!!!」

 

宝石のバリアが広がった瞬間、無数のレーザーが直撃した。

 

凄まじい衝撃に視界が白く弾ける。

 

無理だ。

今のミスティックに、こんなものを受けきれるはずが——。

 

「ゔゔゔぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!!!」

 

絶叫が、夜を引き裂く。

 

胸が裂けそうになった、この声を聞いているだけで。

 

こんな叫びを上げながら、それでもミスティックは足を踏ん張っていた。

 

倒れない。

崩れない。

 

満身創痍の身体で、ただ前だけを向いて。

私を、守っていた。

 

「やめて……もう……!!」

 

手を伸ばした。

でも、届かない。

 

ミスティックはその場から一歩も動かない。

 

震える身体で、それでもバリアを維持したまま、ぐっ、と角度を変えた。

 

強引に、無理やり、光の軌道を——ずらす。

 

まるで鏡で反射させるみたいに。

 

「うわっ!?」

 

「ハンニンダー!!?」

 

レーザーが、向きを変えた。

その先には——ジャックとハンニンダー。

 

直撃。

 

轟音と衝撃波が世界ごと吹き飛ばした。

 

爆炎が夜を照らし、衝撃が地を揺らし、熱が頬を焼く。

 

「ちょっと!?どうなってんの!?」

 

アゲセーヌの叫びが、爆音の向こうで聞こえた。

 

「……ごめん、失敗した」

 

「……?」

 

アルカナ・シャドウが、ぽつりと呟いた。

 

その言葉に、どこか引っかかるものがあった。

 

でも——それを考える余裕が、今の私にはない。

 

「ハン……ニンダー………」

 

煙の中、ハンニンダーが崩れ落ちる。

 

仰向けに倒れ、そして——動かなくなった。

 

「アンサーっ!!」

 

「う、うん!!」

 

ミスティックの声が、私を現実に引き戻す。

 

——今だ。

 

マコトジュエルを取り返せるのは、この瞬間しかない。

頭より先に、身体が理解していた。

 

「オープン!プリキットミラールーペ!」

 

震える手でプリキットミラールーペを掴む。

指先が言うことを聞かない。

 

それでも、必死で掴む。

 

「ポチタン!」

 

「ポチ~!」

 

「マコトジュエル!」

 

ポチタンから受け取った宝石を、ルーペに装填。

 

一瞬、指が滑った。

でも——落とさなかった。

 

「見て!」

 

「感じて!」

 

「「謎を解く!」」

 

中央の宝石に手をかけて、回す。

 

光が収束していく。

力が、集まっていく。

 

身体の芯から何かが満ちてくる感覚。

 

もう迷わない。

迷っている時間も、資格も、私にはない。

 

「「これが、私たちの答え(アンサー)だ!!」」

 

声が重なった。

ミスティックの声と、私の声が。

 

「「プリキュア!フライング・スペクトル!!」」

 

白い鳥が、一直線に駆けた。

 

貫いた。

 

「「キュアット解決!」」

 

閃光。

背後で、すべてが弾けた。

 

「ハン……ニン……ダーァァァァ……」

 

その声を最後に、ハンニンダーは消えた。

 

残されたマコトジュエルがふわりと浮かび上がり、ゆっくりとポチタンへ吸い込まれていく。

 

そして——壊れていた景色が、静かに修復されていった。

 

崩れた屋上が戻る。

抉れた地面が塞がる。

焼けた森が蘇る。

 

まるで何もなかったかのように、元通りに。

 

でも、私の胸の中に残ったものだけは、決して元には戻らなかった。

 

爆煙がゆっくりと晴れていく。

耳鳴りだけが、やけに長く残っていた。

 

「徹底的に力の差を見せたのにここまでやるなんて……やっぱり見込みがありそうだね」

 

ジャックの声は、軽かった。

 

形勢を逆転されたのに。

あれだけの大技を直撃させられているのに。

 

まるで何でもなかったみたいに、余裕に満ちている。

 

「ぬうう……!!絶対勝てると思ったのに、マジチョベリバ!!」

 

アゲセーヌが地面を蹴る。

その声が、不思議なほど現実味を欠いていた。

 

私はただ、乱れた息を整えることしかできなかった。

 

「仕方ないよ。私たちの見込みが甘かった。マコトジュエルを取り返された以上、ここにいる必要はない。撤退するよ」

 

「はぁ……」

 

ジャックの声は、あっさりしていた。

 

まるで最初から、こうなることも全部織り込み済みだったみたいに。

 

その余裕が、勝ったはずなのにひどく腹立たしかった。

 

「待ちなさいっ!!!」

 

ミスティックの鋭い声が夜気を切る。

 

でも——二人の姿は、かき消えるように消えた。

風だけが、静かに通り過ぎる。

 

「……アルカナ・シャドウ」

 

ミスティックが、残った一人に視線を向けた。

 

「………」

 

アルカナ・シャドウは、何も言わない。

 

「さっき、私に攻撃しようとしたのは、フェイントだよね?」

 

「え?」

 

思わず声が漏れた。

 

フェイント?

どういうこと?

 

「本当にトドメを刺すつもりなら、わざわざ『跳ね返せない限り』なんてヒントは言わない」

 

あ——確かに。

あの一言がなければ、あの状況は——。

 

頭の中で、さっきの光景が巻き戻る。

 

無数のレーザーが迫るあの瞬間、アルカナ・シャドウがぽつりと零した言葉。

 

あれがなければ、ミスティックはバリアの角度を変えることに気づかなかったかもしれない。

 

「………」

 

アルカナ・シャドウは、沈黙したまま。

 

「どうして私たちに手を貸したの?あなたは一体、何がしたいの?」

 

ミスティックの問いかける声は、真っ直ぐだった。

 

揺れがない。

疲弊しているはずなのに、その目だけは澄んでいた。

 

答えは、返ってこない。

 

代わりに——

 

「はっきりわかった……」

 

その一言で、空気が張り詰めた。

 

次の言葉を無意識に待っていた。

息を止めていたことにも、気づかなかった。

 

「今のあなたたちでは、ファントムに勝てない」

 

静かに、断言された。

 

感情がない。

怒りでも侮蔑でもない、ただ事実を述べるような声。

 

だからこそ、その言葉の重さが、胸の奥まで真っ直ぐに刺さった。

 

その直後、強い風が吹き抜けた。

 

「っ……!」

 

思わず目を閉じる。

髪が乱れ、衣装がはためく。

 

風が、止んだ。

ゆっくりと目を開ける。

 

——誰も、いなかった。

 

アルカナ・シャドウの姿は、完全に消えていた。

 

さっきまでの激戦が嘘みたいに、屋上には何もない。

 

残っているのは、私とミスティックだけ。

 

「なんで……プリキュアが怪盗なの……」

 

言葉が零れていた。

 

いろんなことが起きすぎて、混乱がずっと収まらない。

 

頭の中がぐるぐるしている。

整理しようとするたびに、新しい疑問が湧き上がってくる。

 

「そうだ、ミスティック!!怪我は!?」

 

慌てて向き直った。

あれだけの攻撃を受けたんだ、無事なはずがない。

 

「……大丈夫。このくらい平気」

 

でも、その声は明らかに無理をしていた。

表情も、戦う前とどこか違う。

 

より険しくなったような、何かを押し込めているような——。

 

「……ジャックと何かあったの?」

 

口に出してから、少し後悔した。

 

でも、聞かずにはいられなかった。

 

今のミスティックの雰囲気は、何かがあったとしか思えない。

 

「……………」

 

返事はなかった。

視線を逸らしたまま、黙り込む。

 

——ああ、これは安易に触れちゃいけないやつだ。

 

「………そっか」

 

それ以上は、聞かなかった。

 

風が静かに吹く。

激戦の痕跡を、どこかへ運んでいくみたいに。

 

何もかも終わったはずなのに。

勝ったはずなのに。

 

胸の奥には、重たい何かが残り続けていた。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

「……る………のる!!」

 

遠くで、誰かが呼んでいる。

 

意識が水の底から浮かび上がるみたいに、ゆっくりと戻ってくる。

 

柔らかい感触。

誰かに抱き起こされているような——そんな、かすかな安心感があった。

 

……そうだ、私はジャックに——

 

記憶が途切れた瞬間と、鈍い痛みが、遅れて身体に戻ってくる。

 

全身が重い。

呼吸するたびに、どこかがじくじくと訴えてくる。

 

「みのる!!」

 

「しっかりして!!」

 

今度ははっきりと聞こえた。

 

みくると、あんなの声だ。

 

重たいまぶたに力を込めて、ゆっくりと持ち上げる。

滲んだ視界の中に、二人の顔が広がった。

 

「……アンサー……ミスティック……」

 

「っ………よかった……みのる……」

 

安堵が声に滲んだ、と思った瞬間。

ミスティックが、強く抱きついてきた。

 

「い、痛いよ……」

 

思わず苦笑が漏れる。

今はプリキュアなんだから、そこは加減してほしい。

 

でも——その腕の温かさに、じわりと何かが緩んでいくのが分かった。

 

視界が落ち着いてくると、ミスティックの姿が目に入った。

 

衣装は傷だらけで、ところどころ焦げていて。

 

満身創痍、という言葉がそのまま形になったみたいな姿だった。

 

——ああ、相当厳しい戦いだったんだ。

 

「展示室に戻ったらみんな倒れてるんだもん……本当に怖かったんだから……みのるが無事で本当に良かった……」

 

震える声だった。

演技じゃない、心の底から心配してくれていたのが伝わってきて、胸の奥が温かくなる。

 

同時に、申し訳ない気持ちも湧き上がってくる。

 

「……他の人も心配してあげてね?」

 

倒れている人は私だけじゃないから、自分ばっかり心配されるのは良くない気がして小さくそう言うと、ミスティックははっとしたように顔を上げた。

 

「この人たちも、ジャックにやられたの?」

 

アンサーが問う。

私はゆっくりと頷いた。

 

「ジャック、ニジー、アゲセーヌ、ゴウエモン……全員来てた」

 

「「全員!?」」

 

二人の声が重なる。

 

無理もない、私だってあの場に全員が揃っていた事実を、今こうして言葉にしながら改めて実感している。

 

考えれば考えるほど、恐ろしくなる。

 

最悪、死んでいたかもしれない。

 

それが大げさじゃない話だったのが、身体の痛みが証明していた。

 

「……ニジーたちは?」

 

「私たちが来た時はいなかったよ。多分、撤退したんだと思う」

 

そうか。

ニジーもゴウエモンも、暴れるだけ暴れて逃げた。

 

展示室には警備員が倒れ、あちこちに戦いの爪痕が残っている。

 

これだけのことをして——何食わぬ顔で消えていった。

 

視線を動かす。

動かない人たちの姿が、視界に広がっていた。

 

胸の中に、静かに重いものが積もっていく。

 

怒りとも悲しみとも違う、もっと鈍くて、じっとりとした感覚。

 

「そうだ……戦った相手は?ジャックはプリキュアって言ってたけど……」

 

頭の中で、断片的な記憶をかき集める。

 

怪盗団にいるプリキュア。

キュアアルカナ・シャドウ……だったっけ。

 

実際にその姿を見ていない私には、全容が掴めない。

 

「キュアアルカナ・シャドウ……私もよくわからない……」

 

「敵対してるのかしてないのか、微妙って感じだった」

 

「……そう」

 

短く返すことしかできなかった。

 

頭の中で情報がうまく繋がらない。

二人でさえ曖昧な返答しかできない存在。

 

謎が深まるばかりで、答えが何一つ見えてこない。

 

「アルカナ・シャドウ……というより、私はジャックに散々弄ばれた」

 

「……ジャックが?」

 

思わず聞き返した。

 

改めて、ミスティックの姿を見る。

 

傷だらけの衣装、焦げた痕。

 

これを——ジャックが一方的にやったというなら、想像しただけで背筋が冷たくなった。

 

そんなに、強いのか。

 

ミスティックの声には、悔しさが滲んでいた。

押し込めようとして、それでも滲み出てしまうような悔しさが。

 

私は長い時間気を失っていた。

その間に何が起きたのか、知らないことが多すぎる。

 

自分だけ蚊帳の外に置かれていたみたいで、それもまた、じくじくと胸を刺した。

 

「宝生さんは?」

 

「倒れてる……」

 

アンサーの視線の先を追う。

 

警備員たちと同じく、宝生さんと係員が気絶したまま倒れていた。

 

命に関わる状態じゃない——それだけが、唯一の救いだった。

 

「……悔しいなぁ」

 

自然と言葉が漏れ、視界が少しだけ滲んだ。

 

結局——私は、何もできなかった。

 

守りたかったのに。

目の前で全部壊されて、私はただ倒れていただけだった。

 

気づいたときには終わっていた。

何も知らないまま、何もできないまま。

 

「守りたかったのに……二人みたいに少しでも立ち向かえたら良かったのに……ごめん」

 

「みのる……」

 

声が震えた。

情けない、と思う。

 

悔しい、とも思う。

 

泣くな、と自分に言い聞かせながら、うまくいかない。

 

「……マコトジュエルは?」

 

なんとか気持ちを押し込めて、別の話題を口にした。

感情を引っ込める場所が、今の私にはそこしかなかった。

 

「……取り返した」

 

「そっか、良かった」

 

小さく息を吐く、それだけは救いだった。

 

マコトジュエルは取り戻せた。

 

でも、怪盗団ファントムは、いつも通り逃げた。

私たちを徹底的に痛めつけた上で、何食わぬ顔で消えた。

 

勝ったはずなのに。

 

胸の奥に残るのは、勝利の実感じゃない。

 

重く、じっとりと沈むような——敗北感だけだった。

 

静まり返った展示室の中で、倒れたままの人たちに囲まれながら、その苦しさだけが、静かに広がっていった。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

ステンドグラスから射し込む月明かりが、私の横顔を静かに照らしていた。

 

マシュタンの占いで警戒はしていた。

でも、あそこまで苛烈を極める戦闘になるとは思っていなかった。

 

ジャック——想像以上に厄介な存在になった。

 

相手を傷つけることに一切の感情を持たない、あの冷酷さ。

容赦なく叩き潰そうとする姿勢。

 

油断したら、私まで喰われる。

 

それだけは、認めなければならなかった。

 

でも、目的は達成できた。

美術館の不正を暴く——それだけのこと。

 

マコトジュエルはついでに手に入れれば良い、最初からそういう考えだった。

 

「マコトジュエルは残念だったな」

 

階段の下から、ゴウエモンが声をかけてきた。

 

「まあ落ち込むな。失敗は成功の元だ」

 

別に落ち込んではいない。

いつも私のことを気にしているのは、どうしてだろうか。

 

私一人でも十分なのに。

 

光に包まれ、変身を解いた。

ティアアルカナロッドがまたペンダントの形に戻り、首元に収まる。

 

「いいえ……私に失敗はない」

 

それだけ答えた。

結果さえ良ければ、それでいい。

 

ステンドグラス越しに月を眺める。

 

夜が深い。

空高くまで上った三日月は、まことみらい市を静かに照らしていた。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

幸いにも、星明かりのプリンセス以外の展示品は全て無事だった。

 

首飾りも無事に戻り、今回の事件はなんとか解決——そのはずだった。

 

でも、宝生さんたちが意識を取り戻してからも、騒動は収まらなかった。

 

「美術館のスタッフによると、展示品が全て偽物だったそうですが!?」

 

「自慢したいけど!盗まれるのが恐くて~!!ほ、本物を展示するから、許してあそばせ~!!」

 

今回の件で美術館が偽物を展示していた事実が外に漏れ、外で待機していた報道陣が一斉に押し寄せた。

 

宝生さんは大勢の記者に囲まれ、マイクを向けられ、質問責めに遭っていた。

 

その騒ぎを少し離れた場所から眺めながら、みくるとあんなの声が耳に届く。

 

「今回予告して世間を騒がせたから、本物が展示されることになった」

 

「アルカナ・シャドウ……もしかして、これが目的だったの……?」

 

私は、その言葉をゆっくりと頭の中で転がした。

 

キュアアルカナ・シャドウ。

マコトジュエルが目的ではなく、この美術館の不正を暴くために事件を起こしたのだとしたら、一体なんのために。

 

怪盗団ファントムはマコトジュエルだけを狙うはずなのに、アルカナ・シャドウという人物だけは、何かが違う。

 

私は二人のようにアルカナ・シャドウの姿を直接見ていないから、詳しくはわからない。

 

でも——もちろん盗みはいけないことだ、それは分かっている。

 

それでも、根っからの悪人ではないような気が、どこかでしていた。

 

答えは出ない。

でも、その問いだけが、静かに胸の中に残り続けた。

 

 

_______________

 

 

 

【ジャックSide】

 

薄暗い空間に足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつくような静寂が広がった。

 

息苦しいほどの沈黙。

まるでこの場所そのものが、すべてを見透かしているかのようだ。

 

私は片膝をつき、頭を垂れた。

 

「申し訳ありません、マコトジュエルを取り返されました。如何様にも罰は受けます」

 

言葉は淀みなく出た。

感情は混ぜない、ただ事実だけを差し出す。

 

それがこの場での正しい振る舞いだと、私はよく理解している。

 

やがて、低い声が空間を満たした。

 

「構わん。戦いの様子を伺っていたが、またキュアアルカナ・シャドウの妨害に遭ったようだな」

 

責める色は、ない。

 

だが、それが逆にこちらの内側を鋭く抉る。

叱責であれば、受け流す方法がある。

 

でも、この静かな容認は、どこにも逃げ場がない。

 

「はい、ハンニンダーへ攻撃しようとしたことは事実です。他にも怪しい部分はありましたが、断言できるのはその場面かと」

 

脳裏にあの瞬間の光景が蘇る。

 

不自然な動き、迷いのない干渉。

偶然で片付けるには、あまりにも露骨だ。

 

「キュアアルカナ・シャドウの離反行為は今回で二度目か……」

 

静かな言葉。

しかし、その裏にある確信の重さは、言葉以上のものを持っていた。

 

「まだ泳がせますか?」

 

問いかけながら、私はわずかに目を細める。

 

排除するのは容易い。

だが——それで終わる話ではないことも、理解している。

 

「そうしておけ。目的さえ実現すればそれでいい」

 

「わかりました」

 

静かに頷いてから、私は続けた。

 

「そして僅かではありますが、『彼女のマコトジュエルに嘘の力が溜まった』のを感じました」

 

あの瞬間、確かに感じていた。

 

純粋であるはずの輝きに、微かな濁りが混ざる感覚。

光の中に、ほんの少しだけ、異質なものが滲んでいた。

 

「……そうか。やはり絶望を見せるのが最も効率が良い……」

 

「本来は正直な想いのこもった結晶。そのマコトジュエルに無理矢理嘘の力を溜め込んだらどうなるのですか?」

 

純粋な疑問だった。

いや——確認しておくべき、未来の形か。

 

自分でもどちらか判断がつかないまま、言葉は出ていた。

 

「人間の負の感情というのは強大なものだ。通常であれば自然と負の感情はなくなるが、長い時間をかけて嘘の力を溜めれば、マコトジュエルでも負の感情が蓄積していく。その力があるきっかけで臨界を超えれば……」

 

空気が変わる。

 

言葉の続きを、空間そのものが待っているようだった。

静寂が、さらに深くなる。

 

「………超えれば?」

 

無意識に、問い返していた。

 

「マコトジュエルは『反転』する」

 

反転。

 

その言葉が、頭の中で静かに広がった。

 

光が闇へと変わることを意味しているのか。

それとも——もっと取り返しのつかない、何かが。

 

私はゆっくりと、その言葉を噛み締めた。

 

顔は上げなかった。

上げる必要がなかった。

 

もしそれが実現したとき、世界はどう変わるのか。

 

運命の時は、そう遠くない。

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